29 / 71
レティシアと『モンタント』
勘当されるよ(計画通り)
しおりを挟む建国記念日のパーティーから数日。
普段は家族と夕食を食べるためにテーブルを囲うのだが、この日だけは見知らぬ少年が私の隣に座っていた。
ちなみにお誕生日席は当主の父、私の向いの上座は母だ。
「初めまして。姉のレティシアよ」
建国記念日でのパーティーでの振る舞いから、元々魔力のない私はルーシェンロッド伯爵家の後継ぎに相応しくないと親戚筋から非難が飛んできた。
この手の人間は、例え詳細に事情を語ったとしても引かないだろうし、シェリンガムのような目つきで私を睨んでいた。
あわよくば、自分の子供を後継ぎに据えようという目論見もあったらしい。
「初めまして。ニコラスです」
そんな非難から逃れるために、父と母は他の子爵から妾の子として冷遇されていたという子を養子として引き取ることになった。
そうして紹介されたのは、切り揃えた黒髪と赤い目が特徴的な妙に大人しい少年ニコラスだった。
年齢は十、私よりも二歳若い。
魔力が同年代に比べて桁違いに凄いらしく、それがまた冷遇されていたことに拍車をかけていたらしい。
願わくば、このルーシェンロッド伯爵家で健やかに成長してほしい。
前の家で厳しくテーブルマナーを躾けられたのだろう。
恐らく同年代の少年よりも完璧なテーブルマナーで夕食を食べ終えた頃合いを見計らって父がナプキンで拭いながら口を開く。
「今日は引っ越しや挨拶で疲れただろう。早く休むといい」
「ありがとう、ございます」
たどたどしくも、丁寧な敬語で言葉を返すニコラス。
その様子を父と母は微笑ましく見つめていたが、なんとなく私は不安のようなものを覚えた。
日本の歴史を紐解けば、親同士の取り決めで養子縁組が決まることもあったという。
家や世情など、どうしようもない理由があることは分かっているがそれでも前世の価値観から、ある日突然親元から引き剥がされたニコラスには同情してしまう。
まだ親に甘えたい年頃で、生意気盛りのはずなのに大人しい。
細い手足、笑顔を浮かべない顔と青白い肌が私の知る“子供”から離れているからそう思ったのかもしれない。
ニコラスの部屋は私の隣にあった空き部屋が割り振られた。
私の部屋とは違い、明るめの内装になるように家具を整えた甲斐あって子供にも親しみやすい部屋になったと思う。
部屋に案内してもニコラスは静かに部屋を見つめるだけで、特別なにかリアクションが返ってくるわけではなかった。
部屋に戻り、寝支度を整えてから椅子に腰掛けて紙を取り出す。
今の私の部屋のなかは煩雑としていて、隅には木箱が積まれている。
ニコラスを養子に迎え入れた以上、両親の血を継いだ私がいると色々と不都合。
対外的にも家を継ぐのはニコラスと証明するために、近日中に私は家を出ることになったのだ。
「うーん、気がかりっちゃ気がかりだけど私にできることはないかな」
ある程度、親から仕送りがもらえるとはいえあまり額は期待できない。
成人すれば仕送りそのものを貰うこと自体、世間体から見てもまずい。
ニコラスがどれほど伯爵家当主の座に固執するか分からないが、彼がデビュタントに出る前には繋がりを絶っておきたい。
「それよりも、だ。タイトルをどうするかが問題だよなあ」
義理の弟のことも気がかりだが、新作の官能小説を書き上げたはいいが良いタイトルが閃かないのだ。
タイトルは、読者がどんな作品なのか想像しながら購入を決断させる大事な要素だ。
ジャンル、作者、出版社、そしてタイトル。
それらを指針に本を吟味し、購入するのだが……。
「娯楽小説そのものが馴染みのない世界。捻ったタイトルよりも分かりやすい方がいいか」
恐らく短いタイトルでは読者も判断に困るだろう。
ならば、いっそここは思い切ってあらすじも兼ねた長文タイトルの方が好ましい。
幸か不幸か、表紙は絵も何もないから長文タイトルをつけたとしてもイラストとのバランスを考慮する必要がない。
昨日書き上げた官能小説は、これまで些細な誤解からすれ違っていた幼馴染が結ばれ、初夜を迎えるという純愛系の小説だ。
うん、タイトルは『生意気だった幼馴染と俺は相思相愛だった件について~新妻が可愛すぎて夜も眠れないんだが?~』でいこう。
「……プライドは捨てるのよ、レティシア。『分かりやすい』に勝る購入動機はないのよ」
ほんの少しだけ、もっとマシなタイトルがあるのではないかと思ったが、下手に伝わらないよりはいいはずだ。
湧き上がった葛藤に蓋をしてタイトルを書き上げ、封筒に入れてから封蝋を施す。
明日の朝、引っ越しの準備を終える前にアランに送ろう。
「ん? 何かあったのかしら」
そんなこんなで今日やることを終えて、そろそろ明日に備えて寝ようと思った矢先、微かに隣の部屋から悲鳴のようなものが聞こえてきた。
ニコラスの部屋に通じる壁に耳を当てても、特に物音はしない。
気のせいかと思ってほっと胸を撫で下ろした瞬間、また聞こえてきた。
部屋の扉を開け、そっと廊下を覗く。
人の気配もなく、月明かりがぼんやりと照らしているだけ。
やはり静かでいつもと代わり映えはない。
けれど、何か虫の知らせのようなものを感じて、気がつけばニコラスの部屋の前に立っていた。
彼にとって私は赤の他人。
そんな人間に話しかけられても迷惑かもしれない、と考えたがそんなことを気にしていたら人間は一生孤独だ。
迷いを振り切って、部屋をノックする。
「ニコラス、起きてる?」
返事はない。
杞憂であることを祈りながら、部屋の扉を開けてそっとなかを覗く。
寝ていたなら、起こさないように部屋を後にするつもりだったが……。
「…………。」
ベッドの上で静かにニコラスが座っていた。
ぼんやりとした瞳で部屋を見つめている、その頬を涙がぽろぽろと溢れていく。
その姿はあまりにも痛ましく、胸を締め付けられるような気持ちになる。
「嫌な夢でも見たの?」
コクリとニコラスが頷く。
どうしたものか頭を悩ませて、とりあえず自分がして欲しかったことを思い出しながらニコラスのベッドに腰掛けた。
「それじゃあ、嫌な夢を忘れられるように面白いお話をしてあげよう」
「おはなし、ですか?」
「そう、とっておきのお話だよ」
ニコラスの頭を撫でながら、私は頭の中で素早く物語を組み立てた。
0
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

目には目を歯には歯を!ビッチにはビッチを!
B介
恋愛
誰もいないはずの教室で絡み合う男女!
喘ぐ女性の声で、私は全て思い出した!
ここは乙女ゲームの世界!前世、親の借金のせいで若くして風俗嬢となった私の唯一のオアシス!純愛ゲームの中で、私は悪役令嬢!!
あれ?純愛のはずが、絡み合っているのはヒロインと…へ?モブ?
せめて攻略キャラとじゃないの!?
せめて今世は好きに行きたい!!断罪なんてごめんだわ!!
ヒロインがビッチなら私もビッチで勝負!!
*思いつきのまま書きましたので、何となくで読んで下さい!!
*急に、いや、ほとんどR 18になるかもしれません。
*更新は他3作が優先となりますので、遅い場合申し訳ございません!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる