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お茶会の悪魔
微笑むのは悪魔だけ
しおりを挟む肌を突き刺すような冷気はいつの間にか消え失せ、代わりに指先が震えるほどのプレッシャーを私は感じていた。
大ホールの鏡のような床には青白い顔をした自分が映っている。
このプレッシャーは想定外だったけど、なかなかどうしていい塩梅で演出を手伝ってくれている。
ひたすらに無言を保つ。
けして音は立てず、顔は上げず、けれど青ざめた顔色は周りから見えるように。
今の私は側から見れば『精神的に動揺しながらも表には出さない令嬢』のようにみえるだろう。
「…… 頭を上げての発言を許そう。故に、その服装をしている真意を述べよ」
国王からやっと『発言を許された』という言質を手に入れた。
国王に話しかけられるまでは、臣民と言えども沈黙を保たねばならないという法律がある。
今でこそ半ば形骸化しているが、相手を攻撃する口実としてはこれ以上ないほど使い勝手の良いルールだ。
まず、服という掴みは反応を見る限り上々。
露出は極端であるが、清楚な白を基調とした装いであるから男性受けが良い。
前日まで美容に気を遣ったことで令嬢からの評判も悪くない。
だからこそ、国王はわざわざ私にその服装の理由を尋ねてきたのだ。
ならば次は、『何か理由があるはず』という好奇心を最大限利用する。
シェリンガムという悪役があそこまでお膳立てしてくれた。
マイナスにまで落ちている私の評価をほんの少しプラスにするだけで人は“落ちる”。
好むと好まざると関わらず、心理学的に人は行動に理由や信念を求めてしまう生き物だ。
「発言をお許しいただき感謝します。この服装にて馳せ参じた理由としまして、我が家の国に対する愛国心と忠誠心が高じたものとご認識いただけますと幸いです」
「ほお! 愛国心ゆえに、そのような破廉恥で常識のない格好をしていると申すか」
国王の慇懃無礼な口振りには曖昧に微笑んで受け流す。
どうとでも受け取れるように、後に真綿で首を絞める為に。
国王が無礼であればあるほど、私にとっては好都合だ。
周りからは哀れむような視線が注がれている。
「して、そのような格好をしている経緯を語れ」
絶対的支配者が焦れて詳細を求めた。
この、相手の好奇心を掴んだ瞬間の手応えはいつだって心地よい。
深く息を吸って、瞬きをしている三秒。
極限まで関心を引きつけてからハキハキとした声で告げる。
「拒否します」
ざわ、と会場がどよめく。
非難めいた囁きと視線が私に注がれるが、ある程度のヘイトは今後の展開で必要になるからこれも好都合。
国王からの命令を拒否したという事実に会場全ての関心が私に集まっている。
彼らの頭の中ではきっと様々なストーリーが繰り広げられているだろう。
「……今、なんと?」
「『拒否します』と申し上げました────」
再度きっぱりと告げてから、ほんの少しだけヒントを与える。
想像力を掻き立てて、妄想を事実なのではないかと錯覚させる。
「この服装にて馳せ参じた経緯を語るのであれば、不特定多数の方が不名誉の烙印を押され、国を混乱に陥れかねません。であるならば、私は恥を忍び、『非常識』な令嬢としての地位に甘んじましょう」
私の言葉に、王妃の眉がピクリと動く。
この場において、私の次に舞台裏を知っている彼女にとって私の言葉は想定していなかったものだろう。
シェリンガムが引き起こしたことを赤裸々に告げれば同情を得られるだろうが、それは一時的なもの。
それよりも王妃のデザインが流出したこと、シェリンガムの横暴が許されていたこと、そして王城内にまだいるであろうシェリンガム傘下に情報を与えてしまうことになる。
父の話では、既に王妃はシェリンガムを貴族から引き摺り下ろすつもりでいたらしい。
王太子である第一王子よりも王位に近く、人を統べる才能がなく野心家でありながら狡猾で独善的。
最も王位に据えてはいけない人だと揶揄されていたそうだ。
王妃の心中では様々な憶測と計算と利害衡量がなされているのだろう。
扇を弄びながら考えた末に、結論を出した。
その時間、僅か二秒。恐るべき決断力の高さだ。
「まあ、独創的な服ね! 仕立て屋は『天使の刺繍針』というの?」
「はい、世界に一つだけの私のドレスにございます」
遠目だというのに、腰のベルトに彫られた店名を目敏く見つけた王妃はニッコリと笑みを浮かべた。
ドレスという私の言葉に会場の令嬢からはクスクスと笑いが溢れる。
「貴女の魅力をこれ以上ないほど引き立てているわ。良ければ詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」
「お望みになられるのであれば喜んでお話いたします」
古今東西、そして異世界においても立場のある人の『興味』ほど強い後ろ盾はない。
これがあるだけで、周囲からの刺のあった視線は関心へと変わる。
「ならぬ。余の話はまだ済んでおらぬ」
勿論、それを是としない人物もいるわけで。
貴族の勢力を削げる絶好の機会を逃すまいと国王が食いついてきた。
「詳細に経緯を語り、陳謝するのであれば厳重注意のみに留めようという余の配慮は不要であったな。晴れやかな日に、礼を失したその服装は余への不敬に他ならない」
捕らえよ、と言葉が紡ぎ出されるよりも早く。
私の視界の端で、私が来るよりも早く会場にいた父が事前に決めていたジェスチャーで伝達してきた。
『概ね想定通り』『根回し済み』『証拠と証人は確保済み』。
舞台はこれにて整った。
ならば、あとは演じるだけ。
「お言葉ながら国王陛下、我が服装は王城での検閲を通り抜けた装いであることだけは明言させていただきます」
いやはや、まさか賄賂も手引きもなく王城へ入れたことがこんなにも功を奏するとは思わなんだ。
まったく、シェリンガムさまさまとしかいいようがない。
世の中、上手いこと転がって物事が進むものだとつくづく感心する。
今の私は清廉潔白、悪戯につつけば蛇が出る。
私の反論に対して、国王は……。
「ぐっ……」
返答に詰まってしまった。
私が賄賂を渡して中に入ったとなれば、汚職があったと認めることになる。
一方で、抜け道を通ってきたのなら杜撰な警備だったと認めることになるのだ。
下手に反論すれば手痛いしっぺ返しを食らうことを警戒したことが裏目に出ている。
沈黙は狼狽の証明。
答えに窮した国王を更に追い詰める。
「それとも国王陛下は我が忠義をお疑いになるので……?」
確認の意図を込めて聞き返せば、国王の視線がわずかに揺れる。
動揺、緊張、思案。
身体に現れた微かな身動ぎが如実に彼の気持ちを代弁していた。
やがて、深く息を吸って吐き出すと苦々しい顔で告げる。
「その装い、この晴れやかな日であることと我が妻が気に入ったということをもって特別に許す」
「慈悲深きお許しに感謝します」
国王の言葉に会場を覆っていた威圧がふっと緩んだ。
同時に、手足の震えが治まって血流が正常に流れる感覚が走る。
なるほど、国王の魔力は相手の精神に働きかけるものかと納得しながらも私は微笑みを保ち続けた。
「レティシア、こちらへ。詳しい話を聞かせてちょうだい」
「かしこまりました」
もうほとんど筋書きは完成したようなもの。
王妃と摺り合わせて仕上げるだけだ。
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