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お茶会の悪魔

さらばシェリンガム! また会う日まで!!

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 煌びやかな王城のホール。
 大勢の騎士や侍従、そして二人の王子と一人の王女を引き連れながら姿を現したのは現国王陛下と王妃殿下。
 この国の頂点にして、貴族を統べる国の象徴だ。
 老若男女関係なく、誰もが首を垂れて恭順の意を示す。
 ただ一人、私へ怒りを向けていたシェリンガムを除いて。

 会場を見回した国王は、ふむ、と頷いてから豊かな顎髭を撫でつけながら口を開く。

「皆の衆、よくぞ我が招待に応じてくれた。我が義弟も久しいな。その傲慢な態度も変わっていないようだが」
「あっ、いや、これはっ!」

 咄嗟に頭を下げるか挨拶を返せば少しは心証も悪くならなかっただろうに、シェリンガムは慌てふためくだけ。
 国王並びに王妃の前で取り繕う機転もないとは呆れるばかりだ。

 しどろもどろになったシェリンガムに痺れをきらした王妃がアイラインが引かれた目を鋭く釣り上げながら扇を広げる。

「ああ、そうだわ。シェリンガム、あなた、私の息子を脅迫したそうですね。その落とし前、どうつけるつもりかしら?」
「え……? あ、いや、それは誤解でして……!」

 優雅で洗練された姿からは想像もできないほど、駆け引きとは程遠い直球的な怒気を孕んだ言葉な飛び出す。

「何がどう誤解だというのかしら? この場で虚偽を述べるならば偽証罪を覚悟してから発言なさい」

 どこまでも冷たい言葉がシェリンガムに浴びせられる。
 直接私に浴びせられているわけではないというのに、思わず身震いしてしまいそうなほど威圧がある。

 ふと視線を落とせば、私の肌に鳥肌が立っていた。
 精神的なものではなく、物理的な現象によってだ。
 なるほど、王妃の魔力の属性は氷。
 それもかなり強力な、アランと同程度かそれ以上かと思われる。

 視界の端でシェリンガムが、じり、と動いたのが見えた。
 どうやら弁解するつもりらしい。

「ご、誤解です! 私、シェリンガムは心よりこの国に忠誠を誓い、愛国心に基づいて誠の真心をもって行動しております! 断じて、我が親愛なる姪や甥に脅迫行為など行ったことはありません!」
「……シェリンガム。それはつまり、私が何の根拠もなく貴方を疑っていると言いたいの?」

 冷たさを増す風が剥き出しの素肌に突き刺さる。
 真夏日に最適な装いと思っていたが、今日ばかりは違ったらしい。
 騎士や侍従、そして王子と王女は結界のなかで身を寄せ合っていた。
 なんだかとても暖かそうで羨ましい。

 吹き荒ぶ氷風にシェリンガムは一歩踏み出して、風に負けないように叫ぶ。

「全てはこの女、レティシアが仕組んだ陰謀でございましょう!」

 風に拐われないよう叫んだ声は確かに私の耳にも、そして近くにいた王妃や国王にも聞こえただろう。
 ピタリ、と風が止む。
 ほっとシェリンガムが息を吐き出す音が聞こえた。
 きっと彼はこう思っているのだろう。
 ────自分の話を聞いてもらえる、と。

 けれども、私はそんな楽観的な考えを持てなかった。
 このピリつく雰囲気は知っている。
 母が子に『怒らないから言ってごらん?』と問いかけている時の緊張感を孕んだ空気。
 例えるならば、嵐の前の静けさ。

「……ふ、ふふ…………」

 ぱちん、と王妃が手に持っていた扇が閉じる。
 その音はさながらギロチンが滑り落ちる音に似ていた。

「シェリンガム、そこの令嬢がなにをどう仕組んだのか教えてくださるかしら?」

 蜂蜜を垂らすように優しく甘い声で誘いをかける。
 これまで窮地にあったシェリンガムは、罠としか思えない誘いに乗って喋り始めた。

「そもそも、この女が盗賊に襲われたという話からおかしかったのです! マクシミアン公爵に近づき、エッシェンバッハ侯爵の令息に擦り寄り、そして今度はこの場にこんな破廉恥な格好でいる!」

 紡いでいくのは、なかなか悪くない筋書きの妄想だけれども……。
 ああ、なんともありきたりで説得力がない。
 もし私がシェリンガムなら『この女は私にまで肉体関係を迫ってきた!』と叫ぶのに。
 あるいは、『まだ調査中ゆえに詳しくは述べられない』と言葉を濁して時間を稼いでからもっと良い冤罪ストーリーを創りあげるのだけど、これは高望みかしら?

「あら、それは恐ろしいわね」
「ええ、それはすえ恐ろしい醜悪な本性を隠した女です!」

 シェリンガムはしてやったりと笑みを浮かべる。
 王妃の唇も緩やかに弧を描く。

「それで証拠は?」
「……は?」
「まさか、妄想で他人を糾弾するつもりだったのかしら」

 はて、『微笑みのなかに悪魔は宿る』とは誰の言葉だったか。
 もっとも欲しい時に与えられる優しさこそ警戒するべきだという警句だったことは覚えている。
 今、シェリンガムが置かれた状況はまさしくそれであった。

 王妃は敢えてシェリンガムに喋らせて、尻尾を出させたのだ。
 それはつまり、身内であれども容赦するつもりはないという意志の現れ。

「証拠も提示できない貴方からこれ以上、話を聞く意義を見出せません。連行なさい」

 王妃の命令に、王家の紋章を付けた騎士が敬礼を返すと無言でシェリンガムを捕らえる。
 抵抗する素振りを見せた彼を、騎士は問答無用で殴り付けて気絶させると紐で縛り上げて会場の外へ連行していった。

 水を打ったような静寂。
 呼吸することさえ憚られるような緊張感。
 なるほど、これが国を纏め上げるカリスマと威厳かと感心してしまう。

 すっと王妃が一歩下がる。
 そして、入れ替わるように沈黙を保っていた国王が口を開いた。

「さて、邪魔者がいなくなって清々したところで君の話を伺おうか。レティシア・フォン・ルーシェンロッド、その格好のわけを」

 王妃の凍えるような視線と威圧とはまた違った、心の奥まで見透かしてくるような視線と圧力に私は息を飲んだ。
 相手は国のトップ、生半可な嘘やおべっかは通じない。
 ここが正念場だ。
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