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お茶会の悪魔
王家からの招待状
しおりを挟む執筆を休憩していたある昼下がりのことだった。
紅茶を飲んで一息入れていると、屋敷のメイドがやってきて恭しく告げたのだ。
「レティシア様、旦那様がお呼びです。書斎までお越し下さい」
「分かったわ。書斎ね」
大抵、書斎に呼び出される時は令嬢としての仕事を割り振られるので少しだけげんなりしながら父の書斎へ向かう。
領地の情報を纏めつつ、書類仕事を熟していた父が私に気づいて顔を上げる。
「来たか、レティシア。呼び出したのは他でもない、建国記念日に王城で行われるお茶会への招待状が届いた」
そう言って、父は白い封筒を取り出して中から便箋を取り出して私に渡す。
受け取ったそれは確かに招待状だった。
「王家のお茶会では新作のドレスや服を着る習わしがある。私とエリザベータの分はどうにか手配できたのだが、お前の分だけは手配できなかった」
「……それはどういうことでしょう?」
「仕立て屋が、お前の名前を出すと顔色を変えて『仕事が立て込んでいる』とゴネ始めたのだ」
仕立て屋にとって貴族とのコネクションは何より重要。
税金を免除されることもあれば、気に入られて大口の仕事を貰える機会も増えるからだ。
まず断ること自体がありえない。
なぜ断ったのか、その理由を考えて一つの可能性に至った。
「シェリンガム公爵の差し金ですか」
「確証はないが、十中八九、奴が裏で後を引いているのは間違い無いだろう。それと王家の招待状にこんなものが入っていた」
父が渡してきたもう一枚の便箋には住所がリストアップされている。
王都の仕立て屋と思しき店名が書かれていた。
「これは……」
「この中からドレスを仕立てろということだろうな。レティシア、このことについてどうするべきだと思う?」
じっと父のワインレッドの瞳が私の顔を見る。
父らしからぬ問いかけに逡巡し、すっとぼけても何も解決しないだろうという自分の直感を信じてみることにした。
これからどうするべきか、自分なりの最善を考えながら口を開く。
「まず、王家の招待状にこのリストがあった時点で私には選択権がありません。お父様とお母様の正装は既に完成しているので、例え王家がリストを使用しなかったとしても非難を免れられますが、私はそうはいきません」
「そうだ、シェリンガム公爵の狙いはお前だろうな」
「よしんば正装を手配したとしても、王家は『斡旋してやった』ことを蔑ろにされたことを恨むでしょうね」
リストを利用したとして、まともな正装が手に入る確証もない。
それどころか社交界でも大顰蹙を買うような物を卸される可能性が格段に高いだろう。
保身を取って王家に弱みを見せるか、令嬢であることを捨てて家を守るか。
二つに一つを迫られている。
「お父様、今回どうにかしたとしても今後王家からの圧力は強まるでしょう。それならば簡単な話ですわ、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』お望み通り、いえそれ以上の道化を演じてやればいい」
避けられないのなら、迎え撃つまで。
犬が噛み付いてくるのなら、嘔吐するまで手を突っ込むように、ルーシェンロッド家に圧力を掛けたことを後悔させる必要がある。
「つまり、レティシア。それは私に切り捨てられても構わない、という覚悟の現れとして受け取ってもいいんだな」
「ええ、それどころかシェリンガム公爵の顔に泥を塗って差し上げましょう」
こんな見えやすいリストという証拠を出しているなら、利用したい手立てはない。
父の力を持ってすれば、リストを作った人物からシェリンガム公爵を引き摺り出せるはずだ。
「証拠集めはお願いしてもよろしいかしら、お父様?」
「ははっ、娘にそう言われて断れる父親がいるものか。お父さんに任せなさい」
「まあ、頼もしい。それでは私はこのリストの仕立て屋を呼びつける手紙をしたためますわ。念のために全部に出してみますが、きっと一人しか来ないでしょうね」
嫌がらせにしては用意周到、虐めにしては詰めが甘い。
事実は小説よりも奇なり、とはよく言うけれど。
一国を回す貴族にしては杜撰過ぎて笑いがこみ上げてくる。
この前のお茶会でも、そして今回の件もきっと『たかが小娘』相手ならこの程度で十分と慢心しているのだろう。
だが、相手は『レティシア・フォン・ルーシェンロッド』。
悪役令嬢にして、中身は生粋の創作好きだ。
相手の度肝を冷やすことに関してならば、誰にも負けない自負がある。
「レティシア、書斎を出る前に悪どい顔を治しなさい」
「まあ、お父様だって大変悪い顔をしていますわ」
「ははは、私のこの顔は生まれつきだ」
執務机の上で手を組んで笑う父はニヒルに口角を上げ、鋭い目が弧を描いている。
まるで賄賂を受け取る官僚のような顔だ。
もしくは裏帳簿を付ける悪徳税理士のようでもある。
もっとも、私もたびたび父の仕事を手伝っているので悪事を働けるほど余裕がないというのを知っている。
領地経営というのは忙しく、裏帳簿なんてつけようものなら却って混乱する。
なので、意外にも父は真っ当に領地を経営している善良な貴族なのだ。
「用件は済んだ。必要な物があったらなんでもいいなさい。なるべく手配しよう」
「ありがとうございます、お父様。それでは失礼いたします」
すっかり板についたカーテシーを行って、書斎を退出する。
部屋の外から話を聞いていたリディが不安げな眼差しを向けてくるが、彼女は何も言わなかった。
よくできた従者である。
「これから忙しくなるわよ、リディ。なにせ、王城の話題は私一色になるんですもの。それに相応しい舞台を整えなくてはいけないわ」
きっとこの件は私の創作にとって大きな糧になるはずだ。
ああ、楽しみで仕方ない。
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