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小説家立志編

プロローグ

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「あ、これ死ぬな!」

 雪道で滑って転んだ。
 辺りどころが悪かったみたいで、下半身から下が動かない。
 辛うじて上半身を起こすけど、深く積もった雪で周りが見えない。
 手袋越しに触れたのは、私が昨日完成させたばかりの長編小説が納められた大きな茶封筒。

 昔から本を読むのが好きで、いつしか本を読むだけじゃ物足りなくなって自分でも小説を書いていた。
 小説とはいっても、なんてことはない原作ありきの二次創作。ネットに載せて、少し反響を貰えた程度だったけど。
 文学部に入って、オリジナルの小説を書いて、小さな賞状をもらった時は嬉しかった。
 親は教員になれと言ってきたけど、それでもやっぱり小説家になりたくて、小説を一本書き上げた。
 自分の中では最高傑作の出来だった。それを出して、夢にケリをつけようとして、出しに行く最中だった。

 片道十五分の最寄りの郵便ポストに投函して終わり。
 何事もなく家に帰ってこれると信じていたから、携帯電話を持ってきてない。
 この豪雪に出歩く人なんていない。郵便ポストの近くまで行けば人通りに面しているが、欲をかいて近道したのが仇になった。

 サク、サクと雪を踏み締める小さな足音。
 人の足音ではないとすぐに気づいて、顔を上げる。

「……狐」

 雪の山から私を見下ろしていたのは真っ白な毛並みの狐だった。
 口元には私がコンビニで買った稲荷を咥えている。

「なんで、ここに……? あ、そっか。稲荷神社が近いんだっけ」

 稲荷神社とはいっても、誰も参拝しないような寂れた所だ。
 小説を書く前に『締め切りに間に合いますように』『エタりませんように』と参拝した覚えがある。
 寒さと痛みで朦朧とした意識のまま、手に持っていた茶封筒を差し出す。

「これ、代わりに出してくれないかな。稲荷のお礼としてさ」

 白狐はぽいっと稲荷を宙に放り投げ、バクンと食いついた。
 そして咀嚼もせずに嚥下して満足げに舌舐めずりをするとクルリと向きを変えて歩き出す。

「やっぱだめかあ……。せめて応募してから死にたいなあ。いや、いっそ死ぬなら受賞……書籍化……連載……ファンアートも欲しい……」

 本当に一人になって、これから死ぬと考えると未練がどくどくと吹き出す。
 それでもやっぱり、心の底にあったのは極めてシンプルなたった一つの願い。
 目を閉じて、ため息混じりに呟く。

「まだまだ書き足りないなあ……」

 創作のアイディアは毎日湯水のように溢れてくる。
 技術がないのは知ってるが、それでも物語を綴らずにはいられない。
 完成したというのに、もう新作のプロットを無意識に練るなんてもはや呪われている。

「奇跡でも起きないか、な……ん?」

 捨て鉢な気持ちになった私の顔に翳がかかる。
 もしや人かと思い、目を開けた私が見たものは────

「き、狐アゲイン!?」

 ────太陽を背に高く跳ぶ白狐だった。
 寸分違わぬ正確無比な黒色の肉球は私の額を捕らえると、無慈悲にも怪我人に向けて全体重をかける。
 めきょめきょと人体から聞こえてはいけない類の音が鳴り響くのが聞こえた。

 そうして私の人生は幕を下ろした…………。




「どこ、ここ!?」

 ということはなく、私は目を覚まして飛び起きた。
 病室にしては豪華な天蓋付きのベッドに、ダークな色合いの木材に満ちた部屋。
 床に敷かれたカーペットはふかふかで細やかな刺繍が施されている。

「……いや、部屋のことなんてどうでもいい! 私は何日寝ていた!? アレはどこだ!?」

 転がり落ちるようにベッドから降りて、ネグリジェを翻しながら手元にあったはずの茶封筒を探す。
 部屋のどこにも見当たらない。
 雪の中、落としたままで回収されていないなら今頃べちょべちょに濡れているはずだ。

「大丈夫、大丈夫。頭の中にある。えっと、誰の部屋か知らないけど紙とペンと机借りるね」

 シックな執筆机とセットになっている椅子に座り、引き出しを開けて文字を書けそうなものを取り出す。
 少しイエローがかった紙もあったのでそれも借りることにした。
 費用は後日、自室にあるヘソクリから返せばきっと許してくれるはずだ。

「ガラスペンにインク壺……紙の質まで当時の製法を真似してるんじゃないか、これ?」

 一瞬『高価なものなのでは?』と考えたが、机の引き出しにあったことを加味しても埃を被っていた代物なのでこの部屋の主も持て余していたのかもしれない。
 高校の文芸部に所属していた頃、少しこういうヴィンテージな筆記用具に凝っていたので使い方は分かる。
 ガラスのねじれたペン先がインクを吸い上げる様を見ながら、私はニヤリと口角を上げる。

 
 小説を書きたい。この溢れるアイディアを形にしない限り、死んでも死に切れない。

「この程度のトラブルで諦めてたまるか……! 絶対に小説家になってやる……!」

 燦々と朝日が差し込むなか、私はペン先で紙を撫でて物語を紡ぎ始めた。
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