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司祭の思惑
見舞いの花と受付嬢
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ちゅんちゅん、ちゅんちゅん、ちゅんちちちー。
そんな朗らかかつ爽やかな朝を告げる鳥の鳴き声に落ちかけていた意識が覚醒する。
ほんの少しの休憩のはずがうたた寝をしていたらしい。
昨日の深夜過ぎ、手こずっていた書類をどうにかこうにか片付け、夜が明けたら一旦家に帰ってシャワーでも浴びようかと思って窓を眺めているうちに記憶が飛んでいるので、多分力尽きたのだろう。
向かいの机には同じく撃沈したラッセルの頭が見えたので、彼も寝落ちしたらしい。
「失礼します、カイン司祭様のお部屋というのはこちらでしょうか?」
「カインです。用件はなんでしょう?」
「手紙を預かっております。どうぞ……」
眠気覚ましの紅茶を一杯飲み終えてそろそろラッセルを起こそうかと思った時、部屋の扉が叩かれた。
丁寧な断りを入れながら部屋に入ってきたのは教会の横に建てられた病院からの使いだった。
手紙を渡すと使いは静かに一礼して部屋を立ち去る。
どうやら既にお金は支払われていたようだ。
使いから受け取った紙の内容に目を通す。
つい先ほどサナが目を覚ましたらしい。
個人的に繋がりのある父の知り合いの息子の医者が気を遣って知らせてくれたようだ。
「寝癖は、なし。机の跡とかは……ついてないな。よし、行くか」
念の為に洗浄魔法で体を清め、服の皺を伸ばして身支度を整える。
日が出たとはいえ、薄らと積雪が分厚くなり始めた外は防寒具なしで出歩く気にはなれない。
未だ夢のなかにいるラッセルを一瞥し、寝ている今が好機と考える。
騒がしい奴のことだ。
連れて行けば煩くするのは必須であり、そも共通の友人というわけでもない。
後で騒ぎ立てたなら「手伝ってくれた手前、知り合いの見舞いのために叩き起こすのも悪いと思った」と言って菓子の類を握らせれば黙らせることは容易だ。
極力物音を立てぬように部屋の扉を開けて廊下に出る。
深い眠りのなかにいるラッセルはほんの少し身動ぎしただけで再び穏やかな寝息を立てる。
起きていないことを確認して静かに扉を閉めた。
「しかし、見舞いなんて何を持っていけばいいのか」
教会を出て病院へ続く道を歩きながら物思いに耽る。
実家にいた頃はなんだかんだと兄や執事が工面した品を受け取って病室にいる人物に渡していたのだが、いまいちどんな物だったのか思い出せない。
病気の場合、飲食物は好ましくないと兄が愚痴を零していたことを思い出したが、これから会う人物は怪我だ。
生憎思い出した知識は使えそうにない。
そういえば花を見舞いに持っていったことがあったと追加で思い出す。
しかし、この辺りに花屋なんてあったかと一抹の不安を抱えながら周囲を見回し、道の先で目当てのものを見つけて視線を止める。
冬場ともあって人気の少ない道の曲がり角に普段シャッターが降りている花屋が珍しく営業をしていた。
どうやら気難しい花屋の婆さんの孫と思わしき若い女性が店先で懸命に客引きをしている。
冬場で人気もいないというのに、花を片手に道ゆく人に向けて健気に声を掛けていた。
「お花ー! お花は如何ですかー!?」
若い女性の呼び込みに誘われるまま花屋のなかに足を踏み入れる。
花屋があったから入ったはいいものの、見舞いにどの花が最適なのか候補すら挙げられない。
花瓶に活けられた花の名前など、その下にあるプレートに書いてあるのを読んでから初めて分かる程度の知識しかない。
おまけに似たような色形であるにも関わらず、長ったらしい名前がそれぞれにあるのだというのだから完全にお手上げだ。
「いらっしゃいませー! 本日はどのようなお花をお求めでしょうかー?」
「見舞いに持っていくための花が欲しいんだが、どれがいいのかさっぱりわからなくて……どれがいいんだ?」
「その方のお好みはご存知ですか?」
「……すまない」
「なるほど。もしよろしければの話なんですが、私の方でいくつか候補を絞りましょうか?」
思いがけない店員からの提案に半ば食いつくように頷く。
俺の返答に対して店員は接客のための笑みを崩すことなくメモ帳とペンを取り出す。
「かしこまりました。お見舞いとの事でしたが長期的なものでしょうか?」
「それは分からないな」
「退院の時期が不明、と。では、病室の広さや間取りはわかりますか?」
「今日初めて訪ねるから分からないな」
店員の質問に答えていくうちに段々と気分が落ち込んでいく。
サナの好みの花の種類も分からないというのに外さない見舞いの品を持っていける自信が微塵もない。
「なるほど。わたくしのオススメなのですがプリザーブドフラワーはいかがでしょう?」
気落ちした俺を気遣った店員が、所狭しと収められた花に彩られた籠や箱を指し示す。
「水やりの手間もありませんし、日陰であれば一年ほどは色が持ちます。贈り物に最適なんですよ」
プリザーブドフラワーと呼ばれた花は加工が施されている為、生花よりも色鮮やかな花弁が特徴的だ。
花瓶があるかどうかも分からないから、花瓶を必要としないプリザーブドフラワーはこの上なく魅力的に見える。
「そうだな。それから選ぶか」
あまり大きなものは邪魔になるだろうと考えながら用意されたプリザーブドフラワーに心のなかで順番をつけて選り分けていく。
サイズを第一の基準に、色のバランスも加味した結果上位三つまで候補を絞ることに成功した。
どれも丁度良いサイズ感であり、使用された花はどれも主役に据えられた花を損なわず、むしろこれ以上ないというほど最適な引き立て役になっている。
「お客様は大変お目が高い!! この三点は私どもの目玉商品でして……」
何故か目に見えてるんるんと鼻歌でも歌い出しかねないほど満面の笑みを浮かべた店員が懇切丁寧に解説を始める。
透き通った桃色の硝子に収められたそれの中央には桃色の容器と同じ桃色の薔薇が堂々と佇んでいる。
「この薔薇はオールドローズという品種でして、ぎっしりと何層にも重なった花弁が特徴です。また、他のサブに使用した花は苺や林檎などの赤い果実を実らせる花を使用しております」
「そうか、だからピンクの薔薇と反発しないんだな」
「はい!!」
饒舌に話し始めた店員に相槌を打ち、早速候補から外す。
硝子製のものでは割れて怪我を負う可能性もあるし、なによりもサナが恐縮してしまう。
「この緑色の花はなんという名前なんだ?」
「そちらは春の花としても有名なラナンキュラスでございます。一見葉のように見えますが、エムグリーンと呼ばれる大変珍しい色の花弁です」
幾重にも重なる葉のような花弁を考慮したか、他の花の茎や葉は可能な限り除去されている。
店員の話によれば、先ほどと同様マスカットの花などが使用されているらしい。
手頃な値段ではあるが、やはり他二つと比べて色のバランスは良いものの鮮やかさに欠ける。
最後に残った黄色の花が入った箱に視線を止める。
「この花はヒマワリか?」
「はい、大きくならないように品種改良したものです」
記憶にあった中央に種がぎっしりと詰まった大振りのヒマワリとは異なり、箱に収められたヒマワリは片手に収まるほど小さい。
溌剌とした色でありながらひっそりと箱に収まる太陽の化身は控えめに振る舞うサナを彷彿とさせる。
「これにする」
「かしこまりました」
ヒマワリに決定すると店員はこれ以上にないほど満面の笑みを浮かべ、会計の処理も弾むような指取りで勘定を済ませる。
「お買い上げありがとうございました~!」
商品が売れたことがそんなに嬉しいのか、店を出るまで終始にこやかな顔を一切崩すことはなかった。
なんとも言えない居心地の悪さを感じつつも、店員に見守られながら病院に向かった。
◇◆◇◆
「神よ、あなたの導きに感謝します!!」
花屋の新オーナーは未だかつてない高揚感に心を躍らせていた。
花屋の経営を任されてから数日経ってようやく経営が軌道に乗り出したこともあるが、彼女の胸中を占めていたのは先ほどの客だった。
スラリと伸びた足、無造作に流した金髪、そして蒼く輝く瞳。
一目で彼女は確信した。
この店の救世主たり得る逸材だ、と。
花屋など角を曲がればいくらでもあるようなこの街で、彼女が経営する老舗の花屋など一時でも気を緩めればすぐさま経営が傾く。
ブランドを確立できるほどコネクションがあるわけでもない。
そんななかで容姿に優れた男がふらりと寂れた花屋を訪れたのだ。
聞けば見舞いの品を求めているという。
花を真剣に吟味している光景に彼女は思わず感嘆のため息をひっそりと洩らす。
これまで花屋を訪れた男性は大抵彼女に花束を作らせるだけで、花の名前や種類など尋ねることはなかった。
それが、彼はじっくりと時間をかけて花を選んでいる。
常日頃から小説に出てくるような甘酸っぱい恋愛のようなシチュエーションに遭遇する機会に恵まれなかった。
恋愛というものが大好きな彼女のセンサーが殊更反応する。
ーーこの男、間違いなく恋をしている。それも、片思いと見た。
女性に人気のある薔薇を勧めた。
無難といえば無難なチョイスであるし、薔薇は古来より愛を伝える花としてあまりにも有名だ。
しかし、彼はヒマワリを選んだのだ。
太陽に向かって咲く花、国によって違いはあれど憧れや敬意を示すものとして親しまれている。
ーーまだ告白出来てないんだね……ッ! 伝えない方がいいんじゃないかと葛藤しているのね……ッ! がんばれ……ッ!ーー
そんな彼女の胸中などいざ知らず、彼の視線はヒマワリに注がれている。
これから渡す相手に想いを馳せているのだろう、少しだけ緩んだ目元に気づいた彼女は、心のなかでサイレントスタンディングオーベーションで彼のことを称えていた。
遠ざかる背中を見送りながら珍しく晴れ渡った青空を見上げる。
彼には悪いが、集客のための話題になってもらおう。
『片思いが実る花屋さん』としての噂を流し、低コストで市民からのブランドを確立するのだ。
多少脚色すれば、彼に気づかれることはないだろう。
「元作家志望の腕が鳴るわね……ッ!」
既にシナリオは出来上がった。
あとはそこはかとなく題材になった店がここであると分かるようなヒントを恋愛小説のなかに盛り込むだけ。
メラメラと闘志を瞳に宿らせながら彼女は紙とペンを取り出し、早速妄想を膨らませるのだった。
◇◆◇◆
病院のエントランスホールを抜け、受付のいるカウンターに向かう途中で見覚えのある後ろ姿を見かけて思わず足を止める。
茶髪のツインテールは冒険者ギルドのカウンターで見かけることの多い受付嬢の特徴と合致する。
向こうも俺の存在に気付いたようで軽い会釈をしてきた。
「おはようございます、カインさん。サナさんの面会ですか?」
「え、あ、ああ。そんなところだ」
一瞬面食らったのは、日頃の服装と真逆のスタイルであったからだ。
白色のモコモコとしたファーのついたコートを羽織っている所為なのか、化粧もどことなく輪郭がぼやけたような印象を受ける。
前述した印象も手伝って、あどけない幼さの残る顔立ちがどこかで見かけたことがあるような気がするが上手く言葉にできない。
首元まで詰めた長袖のシャツに緑色のベスト、足首までの長いスラックスにハイヒールという普段の職員の制服と異なるだけでこうも外見に違いが出るのかと感心してしまう。
「それは良かった。サナさん、カインさんのことを気にかけていましたから」
「そうなのか?」
「はい、『迷惑をかけてしまった』と申し訳なさそうにしてました。きっとカインさんの顔を見れば安心すると思います」
一番乗りでは無かったことにほんの少しだけ落胆したが、サナが俺のことを考えていたと聞いただけで心臓が跳ねる。
今回彼女が怪我をしたのも俺を助けるためだと緑髪の冒険者から聞いていたこともあって、受付嬢の話に一層心がざわつく。
例えそれが社交辞令だったとしても。
「あ、もうこんな時間。そろそろ仕事に戻らなくてはいけませんので……」
「時間を取ってしまったな」
「いえいえ、それでは失礼します」
受付嬢の名前は何度か聞いたことはあるが、俺の頭は覚えるつもりがないようだ。
最初の方こそ彼女は覚えられようと躍起になっていたようだが、三回目を越した辺りから諦観に、そして最近では名乗りすらしなくなった。
俺の方も彼女は受付嬢としてしか記憶していないので特段困ったことはない。
結局、会話を終えて一礼した彼女の名前の一文字すら思い出さずに別れた。
「…………?」
ふと視線を感じて辺りを見回す。
家族の見舞いに来たと思われる子供連れの主婦、松葉杖を突いた男性、咳をしながら順番を待つ青年……特に俺を見ているような人物は見当たらない。
視線を感じた方を注視しても、異国から来たと思われる赤髪の女性がこちらに背を向けて立っているだけだった。
「気のせいか」
徹夜続きで疲れが溜まっているのか、日頃瞳に感じる視線に対して過敏に反応しただけと結論づけて警戒心を解く。
この見舞いが終わったら一旦仮眠でも取るべきだろうかと考えながらサナのいる病室に向けて歩き出した。
そんな朗らかかつ爽やかな朝を告げる鳥の鳴き声に落ちかけていた意識が覚醒する。
ほんの少しの休憩のはずがうたた寝をしていたらしい。
昨日の深夜過ぎ、手こずっていた書類をどうにかこうにか片付け、夜が明けたら一旦家に帰ってシャワーでも浴びようかと思って窓を眺めているうちに記憶が飛んでいるので、多分力尽きたのだろう。
向かいの机には同じく撃沈したラッセルの頭が見えたので、彼も寝落ちしたらしい。
「失礼します、カイン司祭様のお部屋というのはこちらでしょうか?」
「カインです。用件はなんでしょう?」
「手紙を預かっております。どうぞ……」
眠気覚ましの紅茶を一杯飲み終えてそろそろラッセルを起こそうかと思った時、部屋の扉が叩かれた。
丁寧な断りを入れながら部屋に入ってきたのは教会の横に建てられた病院からの使いだった。
手紙を渡すと使いは静かに一礼して部屋を立ち去る。
どうやら既にお金は支払われていたようだ。
使いから受け取った紙の内容に目を通す。
つい先ほどサナが目を覚ましたらしい。
個人的に繋がりのある父の知り合いの息子の医者が気を遣って知らせてくれたようだ。
「寝癖は、なし。机の跡とかは……ついてないな。よし、行くか」
念の為に洗浄魔法で体を清め、服の皺を伸ばして身支度を整える。
日が出たとはいえ、薄らと積雪が分厚くなり始めた外は防寒具なしで出歩く気にはなれない。
未だ夢のなかにいるラッセルを一瞥し、寝ている今が好機と考える。
騒がしい奴のことだ。
連れて行けば煩くするのは必須であり、そも共通の友人というわけでもない。
後で騒ぎ立てたなら「手伝ってくれた手前、知り合いの見舞いのために叩き起こすのも悪いと思った」と言って菓子の類を握らせれば黙らせることは容易だ。
極力物音を立てぬように部屋の扉を開けて廊下に出る。
深い眠りのなかにいるラッセルはほんの少し身動ぎしただけで再び穏やかな寝息を立てる。
起きていないことを確認して静かに扉を閉めた。
「しかし、見舞いなんて何を持っていけばいいのか」
教会を出て病院へ続く道を歩きながら物思いに耽る。
実家にいた頃はなんだかんだと兄や執事が工面した品を受け取って病室にいる人物に渡していたのだが、いまいちどんな物だったのか思い出せない。
病気の場合、飲食物は好ましくないと兄が愚痴を零していたことを思い出したが、これから会う人物は怪我だ。
生憎思い出した知識は使えそうにない。
そういえば花を見舞いに持っていったことがあったと追加で思い出す。
しかし、この辺りに花屋なんてあったかと一抹の不安を抱えながら周囲を見回し、道の先で目当てのものを見つけて視線を止める。
冬場ともあって人気の少ない道の曲がり角に普段シャッターが降りている花屋が珍しく営業をしていた。
どうやら気難しい花屋の婆さんの孫と思わしき若い女性が店先で懸命に客引きをしている。
冬場で人気もいないというのに、花を片手に道ゆく人に向けて健気に声を掛けていた。
「お花ー! お花は如何ですかー!?」
若い女性の呼び込みに誘われるまま花屋のなかに足を踏み入れる。
花屋があったから入ったはいいものの、見舞いにどの花が最適なのか候補すら挙げられない。
花瓶に活けられた花の名前など、その下にあるプレートに書いてあるのを読んでから初めて分かる程度の知識しかない。
おまけに似たような色形であるにも関わらず、長ったらしい名前がそれぞれにあるのだというのだから完全にお手上げだ。
「いらっしゃいませー! 本日はどのようなお花をお求めでしょうかー?」
「見舞いに持っていくための花が欲しいんだが、どれがいいのかさっぱりわからなくて……どれがいいんだ?」
「その方のお好みはご存知ですか?」
「……すまない」
「なるほど。もしよろしければの話なんですが、私の方でいくつか候補を絞りましょうか?」
思いがけない店員からの提案に半ば食いつくように頷く。
俺の返答に対して店員は接客のための笑みを崩すことなくメモ帳とペンを取り出す。
「かしこまりました。お見舞いとの事でしたが長期的なものでしょうか?」
「それは分からないな」
「退院の時期が不明、と。では、病室の広さや間取りはわかりますか?」
「今日初めて訪ねるから分からないな」
店員の質問に答えていくうちに段々と気分が落ち込んでいく。
サナの好みの花の種類も分からないというのに外さない見舞いの品を持っていける自信が微塵もない。
「なるほど。わたくしのオススメなのですがプリザーブドフラワーはいかがでしょう?」
気落ちした俺を気遣った店員が、所狭しと収められた花に彩られた籠や箱を指し示す。
「水やりの手間もありませんし、日陰であれば一年ほどは色が持ちます。贈り物に最適なんですよ」
プリザーブドフラワーと呼ばれた花は加工が施されている為、生花よりも色鮮やかな花弁が特徴的だ。
花瓶があるかどうかも分からないから、花瓶を必要としないプリザーブドフラワーはこの上なく魅力的に見える。
「そうだな。それから選ぶか」
あまり大きなものは邪魔になるだろうと考えながら用意されたプリザーブドフラワーに心のなかで順番をつけて選り分けていく。
サイズを第一の基準に、色のバランスも加味した結果上位三つまで候補を絞ることに成功した。
どれも丁度良いサイズ感であり、使用された花はどれも主役に据えられた花を損なわず、むしろこれ以上ないというほど最適な引き立て役になっている。
「お客様は大変お目が高い!! この三点は私どもの目玉商品でして……」
何故か目に見えてるんるんと鼻歌でも歌い出しかねないほど満面の笑みを浮かべた店員が懇切丁寧に解説を始める。
透き通った桃色の硝子に収められたそれの中央には桃色の容器と同じ桃色の薔薇が堂々と佇んでいる。
「この薔薇はオールドローズという品種でして、ぎっしりと何層にも重なった花弁が特徴です。また、他のサブに使用した花は苺や林檎などの赤い果実を実らせる花を使用しております」
「そうか、だからピンクの薔薇と反発しないんだな」
「はい!!」
饒舌に話し始めた店員に相槌を打ち、早速候補から外す。
硝子製のものでは割れて怪我を負う可能性もあるし、なによりもサナが恐縮してしまう。
「この緑色の花はなんという名前なんだ?」
「そちらは春の花としても有名なラナンキュラスでございます。一見葉のように見えますが、エムグリーンと呼ばれる大変珍しい色の花弁です」
幾重にも重なる葉のような花弁を考慮したか、他の花の茎や葉は可能な限り除去されている。
店員の話によれば、先ほどと同様マスカットの花などが使用されているらしい。
手頃な値段ではあるが、やはり他二つと比べて色のバランスは良いものの鮮やかさに欠ける。
最後に残った黄色の花が入った箱に視線を止める。
「この花はヒマワリか?」
「はい、大きくならないように品種改良したものです」
記憶にあった中央に種がぎっしりと詰まった大振りのヒマワリとは異なり、箱に収められたヒマワリは片手に収まるほど小さい。
溌剌とした色でありながらひっそりと箱に収まる太陽の化身は控えめに振る舞うサナを彷彿とさせる。
「これにする」
「かしこまりました」
ヒマワリに決定すると店員はこれ以上にないほど満面の笑みを浮かべ、会計の処理も弾むような指取りで勘定を済ませる。
「お買い上げありがとうございました~!」
商品が売れたことがそんなに嬉しいのか、店を出るまで終始にこやかな顔を一切崩すことはなかった。
なんとも言えない居心地の悪さを感じつつも、店員に見守られながら病院に向かった。
◇◆◇◆
「神よ、あなたの導きに感謝します!!」
花屋の新オーナーは未だかつてない高揚感に心を躍らせていた。
花屋の経営を任されてから数日経ってようやく経営が軌道に乗り出したこともあるが、彼女の胸中を占めていたのは先ほどの客だった。
スラリと伸びた足、無造作に流した金髪、そして蒼く輝く瞳。
一目で彼女は確信した。
この店の救世主たり得る逸材だ、と。
花屋など角を曲がればいくらでもあるようなこの街で、彼女が経営する老舗の花屋など一時でも気を緩めればすぐさま経営が傾く。
ブランドを確立できるほどコネクションがあるわけでもない。
そんななかで容姿に優れた男がふらりと寂れた花屋を訪れたのだ。
聞けば見舞いの品を求めているという。
花を真剣に吟味している光景に彼女は思わず感嘆のため息をひっそりと洩らす。
これまで花屋を訪れた男性は大抵彼女に花束を作らせるだけで、花の名前や種類など尋ねることはなかった。
それが、彼はじっくりと時間をかけて花を選んでいる。
常日頃から小説に出てくるような甘酸っぱい恋愛のようなシチュエーションに遭遇する機会に恵まれなかった。
恋愛というものが大好きな彼女のセンサーが殊更反応する。
ーーこの男、間違いなく恋をしている。それも、片思いと見た。
女性に人気のある薔薇を勧めた。
無難といえば無難なチョイスであるし、薔薇は古来より愛を伝える花としてあまりにも有名だ。
しかし、彼はヒマワリを選んだのだ。
太陽に向かって咲く花、国によって違いはあれど憧れや敬意を示すものとして親しまれている。
ーーまだ告白出来てないんだね……ッ! 伝えない方がいいんじゃないかと葛藤しているのね……ッ! がんばれ……ッ!ーー
そんな彼女の胸中などいざ知らず、彼の視線はヒマワリに注がれている。
これから渡す相手に想いを馳せているのだろう、少しだけ緩んだ目元に気づいた彼女は、心のなかでサイレントスタンディングオーベーションで彼のことを称えていた。
遠ざかる背中を見送りながら珍しく晴れ渡った青空を見上げる。
彼には悪いが、集客のための話題になってもらおう。
『片思いが実る花屋さん』としての噂を流し、低コストで市民からのブランドを確立するのだ。
多少脚色すれば、彼に気づかれることはないだろう。
「元作家志望の腕が鳴るわね……ッ!」
既にシナリオは出来上がった。
あとはそこはかとなく題材になった店がここであると分かるようなヒントを恋愛小説のなかに盛り込むだけ。
メラメラと闘志を瞳に宿らせながら彼女は紙とペンを取り出し、早速妄想を膨らませるのだった。
◇◆◇◆
病院のエントランスホールを抜け、受付のいるカウンターに向かう途中で見覚えのある後ろ姿を見かけて思わず足を止める。
茶髪のツインテールは冒険者ギルドのカウンターで見かけることの多い受付嬢の特徴と合致する。
向こうも俺の存在に気付いたようで軽い会釈をしてきた。
「おはようございます、カインさん。サナさんの面会ですか?」
「え、あ、ああ。そんなところだ」
一瞬面食らったのは、日頃の服装と真逆のスタイルであったからだ。
白色のモコモコとしたファーのついたコートを羽織っている所為なのか、化粧もどことなく輪郭がぼやけたような印象を受ける。
前述した印象も手伝って、あどけない幼さの残る顔立ちがどこかで見かけたことがあるような気がするが上手く言葉にできない。
首元まで詰めた長袖のシャツに緑色のベスト、足首までの長いスラックスにハイヒールという普段の職員の制服と異なるだけでこうも外見に違いが出るのかと感心してしまう。
「それは良かった。サナさん、カインさんのことを気にかけていましたから」
「そうなのか?」
「はい、『迷惑をかけてしまった』と申し訳なさそうにしてました。きっとカインさんの顔を見れば安心すると思います」
一番乗りでは無かったことにほんの少しだけ落胆したが、サナが俺のことを考えていたと聞いただけで心臓が跳ねる。
今回彼女が怪我をしたのも俺を助けるためだと緑髪の冒険者から聞いていたこともあって、受付嬢の話に一層心がざわつく。
例えそれが社交辞令だったとしても。
「あ、もうこんな時間。そろそろ仕事に戻らなくてはいけませんので……」
「時間を取ってしまったな」
「いえいえ、それでは失礼します」
受付嬢の名前は何度か聞いたことはあるが、俺の頭は覚えるつもりがないようだ。
最初の方こそ彼女は覚えられようと躍起になっていたようだが、三回目を越した辺りから諦観に、そして最近では名乗りすらしなくなった。
俺の方も彼女は受付嬢としてしか記憶していないので特段困ったことはない。
結局、会話を終えて一礼した彼女の名前の一文字すら思い出さずに別れた。
「…………?」
ふと視線を感じて辺りを見回す。
家族の見舞いに来たと思われる子供連れの主婦、松葉杖を突いた男性、咳をしながら順番を待つ青年……特に俺を見ているような人物は見当たらない。
視線を感じた方を注視しても、異国から来たと思われる赤髪の女性がこちらに背を向けて立っているだけだった。
「気のせいか」
徹夜続きで疲れが溜まっているのか、日頃瞳に感じる視線に対して過敏に反応しただけと結論づけて警戒心を解く。
この見舞いが終わったら一旦仮眠でも取るべきだろうかと考えながらサナのいる病室に向けて歩き出した。
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