冒険者の受難

清水薬子

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女冒険者サナ

一網打尽の作戦

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 聞きなれたその声は呻き声や叫び声が響くような酒場でもしっかりと聞き取れる落ち着いたトーンだった。
 低くなく、かといって決して甲高くはない。

「まあ、待ちな。ちょっと話をしようじゃないか」

 立ち去ろうとするフィゼルを追いかけた私を引き止めたのは意外な人物だった。
 フードを少しだけずらし、緑色の髪が一房だけ顔の横に垂れる。

 私に声をかけてきたのは同じ冒険者ギルドに所属するフレイだった。
 ブレイドとフィゼルの会話の内容を反芻して、これ以上フィゼルを追いかけるよりもフレイから話を聞いた方がいいと判断して彼女についていく。
 数分ほど歩いたところにある大衆食堂に入って出入り口から最も遠い席に座った。

「なんで彼らを野放しにしているんですか?」

 フレイの横に腰掛けながらひとまず疑問をぶつける。
 ほんの少しだけ声が鋭くなってしまったが、それに対して彼女は特に表情を変えずにエールを一口舐める。

「簡単な話だ。奴らはなんらかの方法で不死身になっている。司祭によれば解除が可能らしいからそれを探るついでに泳がせてるだけ」

 懐から依頼書を取り出して机の上に広げた。
 発行元は珍しく冒険者ギルドの支部長だ。
 内容はシンプルに【モルズ教団の討伐ならびに調査】。
 最近の出来事や冒険者からの報告を受け、身銭切って解決するべき事案だと判断したらしい。

「それで、私らはヤツのケツを追っかけてたってわけ。それで、サナ。アンタはなんでここに?」
「先日衛視に引き渡したはずの輩が出歩いていたからですよ」
「なるほど、そりゃたまげるだろうね。それはまあ、いいとして。アンタのいた位置なら奴らの会話を聞いていたはずだよな?」

 話していいものかどうか判断に迷ったが、自分よりも冒険者としての経歴が長い彼女を信用して相談することにした。

「それが、彼らの目的はカイン司祭のようなんです。なんでも【神託】とやらがあって、彼を【神の器】にするために恋人を攫って脅迫するとかなんとか……」
「神の器ァ? なんだ、唯一神の信徒が他の神の代行者にでもなんのか?」
「神の器になればこの大陸が滅ぶそうですよ」
「へ~~~この大陸滅ぶんだ~~~。
 ……うわあ、こんな大それたことになるなんて思ってなかったぞ支部長……!」

 にわかに信じられないような話でも熟練の冒険者ならばすぐさま理解するようで、フレイは頭を抱えて小さく呻き声を漏らした。

「それならカイン司祭とその恋人の護衛も検討するか。だああ~~~めんどくせえ~~~~!」
「それでフレイさん、不死身になる方法ってなんですか?」
「なんでも奴らはもう人間じゃないらしい。区分としては悪魔、それも淫魔としての性質が近いとかなんとか」
「つまりは、魔物堕ちしたということですか」

 魔物堕ち、という言葉に訝しんで視線を向けてきたフレイ。
 簡潔にプールス村での出来事を説明すると納得できたようで私の質問に対して肯定した。

「なるほど、事情は分かりました。それでこれからどうするんです?」
「まあ、モルズ教団の目的がなんであるかの本格的な調査は学のある司祭に任せるとして。問題はカイン司祭とその恋人かあ……恋人いたんだなアイツ」

 感慨深そうに目を細めるフレイ。
 彼女は私がこの街に来て冒険者を始めるよりも前にここで働いていたというので、カインに対する先入観が強いのだろう。

「狙われていたなら都合が良い。その間に奇襲をかけるか」

 名案が閃いたとばかりに両手をポンと叩く。
 私はフレイがそんな案を検討していること自体が信じられなくて眉を顰める。

「……囮にする、ということですか?」
「ああ、カイン司祭らを襲っている間はモルズ信徒はそれにかかりきり。神の器とやらがアンタの言う通り大事なものなら、単独でそこそこ戦えるブレイドの警備を薄くしてまでやるはず。
 ーーブレイドを殺す、絶好の機会だ」

 感傷に浸っていたフレイの瞳から熱が消え失せる。
 きっと婚約者を殺された数年前に思いを馳せているのだろう。

 商人だったという彼女の婚約者は街道の橋の下、足の筋が斬られた状態で見つかった。
 その季節は不運にもねじれ狼という魔物の繁殖期と重なっていたという。
 そんな魔物の前に満足に歩けないただの商人が放って置かれたなら当然、それは死を意味する。

 婚約者を奪われた彼女の怒りは大いに共感できる。
 絶好の機会を逃したくないと考えるのも分かる。

「それ、は……」

 考えれば考えるほどフレイの作戦は効率的で非の打ち所がない完璧なものに思えてくる。
 それなのに、心のどこかで欠点を見つけて指摘しないといけないような気がして、依頼を受けたわけでも当事者でもないのにあれこれ考えを巡らせてしまう。
 自分らしくもない行動に対する混乱も加わって、どう反論するかの糸口すら掴めない。

 そんな私を不審に思ったフレイが煩わしそうにエールを机に叩きつけた。

「なんだ、サナ。随分と食い下がるじゃないか。普段は『受けていない依頼には関わらない』の一点張りだった癖に」
「……一応は依頼人ですので。変な時期に死なれては困りますから」
「ふうん? とにかく、こっちから人員を割いて護衛するつもりはない。守りたきゃアンタが勝手にやりな」

 私の言い分を微塵も信じていないようだったが、フレイはあっさりと追求をやめた。
 代わりに釘を刺し、追加のエールを一気に飲み干して立ち上がる。

「待ってください、フレイさん。話はまだーー」

 テーブルに代金を置いて立ち去ろうとしたフレイの手を握ると勢いよく振り払われた。
 強い拒絶と初めて垣間見えた彼女の激情に怯んでしまった。

「あの外道を殺せるなら、この大陸がどうなろうと構わない」

 ゾッとするような冷たい声でそう告げる。
 一度も振り返らなかったその背中はまるで抜身の刃物のように鋭く、人を寄せ付けない雰囲気を発していた。
 行き場をなくした手を彷徨わせても結局結論は出なくて、焦燥感を徒に煽るだけだった。



◇◆◇◆


 フレイとの決別から数時間後、私はひたすら風の神アテンタ=フィラウティア様に祈りを捧げながらカインとエリザベスを尾行していた。
 祈りの内容は極々シンプルなもので『頼むからとっととデートを切り上げて家で大人しくしてくれ』だ。
 動き回られては周囲を監視することに加えて二人にバレないように立ち回らないといけない。

 彼らの安全のためとはいえ、コソコソと後をつけ回すのはやはり気分が良いとはいえなくて、さらに憂鬱な気分になるのを加速させてくる。
 モヤモヤとしてスッキリしない嫌悪感を抱えながら街中を歩く二人をバレない程度に監視する。

「最近調子はどうだ?」
「んー、ぼちぼちってところ。教え子が軒並み卒業して暇なの。なにか面白い話はない?」
「ないな」
「カインらしいね」

 エリザベスは呆れつつも片手で口元を隠しながらクスクスと笑う。
 恋人の素っ気無い態度ですらも楽しいようで目元は柔らかい。

「それよりも、この後はどうするつもりなんだ?」
「そうね~。洋服は買ったし、あとは食材だけね」
「まだ買うのか」

 辟易した様子ではあるが、エリザベスに歩調を合わせて歩いている。
 彼の両手には五つほど紙袋がある。
 必然的に冬物は嵩張るとはいえ、服がはみ出るほどの量を購入した上で荷物運びまでしている姿に同情してしまう。
 遠目からなので正確な金額は把握できないが、五つあるうちの四つ分の代金はカインが支払っていた。
 新たな店の前でエリザベスが立ち止まる度、彼の懐には冷たい風が吹き抜けているようだ。

 それにしても食材を購入するということは露天通りに向かうだろう。
 夕暮れに近いこの時間帯、夕食に必要な分を購入する市民や仕事終わりで帰宅途中の人たちでごった返すのは必然。
 見失う可能性も高くなるので尾行のハードルは高くなる。

「ちっ、忌々しい!」

 それはカインを尾行するフィゼル含む三人組も気付いたらしい。
 苦々しくカインを睨みつける彼の気配は、カインが咄嗟にエリザベスを抱き寄せるとさらに険しくなる。
 気配に疎い二人は気づいていないが、遠くにいる私に察知されている時点で実力はそれほどない。
 その他の見慣れない顔の二人も記憶が正しければ周辺を荒らしていた傭兵崩れで、私が近づいても気づいている様子はない。

「…………」

 無言で一番後ろにいた男の首に手刀を入れてノックアウトさせる。
 地面に倒れ込んで音を立てないように支えつつ、建物の裏に運んで手早く武器を取り上げて拘束した。

「何故俺がこんな犯罪紛いなことを……」

 前を歩くもう一人の男とフィゼルは気付くことなく標的の尾行を続ける。
 フィゼルがブツクサと文句を垂れ流してくれるおかげで位置もわかりやすく、多少の物音をかき消してくれる。

「……ぅぐぁ!」

 もう一人の男の首を締めながら物陰に引き摺り込み、地面に押し倒しながら意識を刈り取る。
 またも武器を取り上げ、恐らく拘束用の道具を持ち合わせていたのでありがたくそれを利用して男を縛り上げる。

 引き摺り込む直前、私の殺気に気付いた男がフィゼルに警告しようと声を発しやがったがバレていないようだ。
 ここまで味方を排除されても気づかないとは、相当な間抜けか周到に計画された罠か。
 どちらにせよ、少しの油断と失敗が死に直結する今なら警戒しすぎて損はない。

「おい、やつらがそろそろ商店街に入る。その前に女を捕まえて……?」

 異変を察知したのか、ようやく振り返ってこちらを見たフィゼルの顎を殴りあげる。
 顎先を捉えたので暫くは意識がぐらつくだろう。
 用意しておいたタオルを口の中に突っ込み、猿轡を噛ませたところでフィゼルが抵抗しようと私の手首を掴む。
 二度もしてやられたことを恨んでいるようで、今にも殺意の篭った視線で私を睨みつける。

「うぐぐっ!」

 猿轡越しに捨て台詞を呻いているようだが、当然聞き取れるような言葉になっていないので分かるはずもない。
 手首を掴んできたフィゼルを捻り上げ、腹に膝蹴りを叩き込む。

「すみませんね、これも仕事なので」

 悶絶しながらも猿轡を外そうとするフィゼルの頭を掴んで地面に叩きつける。
 多少雪が積もっているとはいえ勢いよく叩きつけたことでダメージの蓄積していた彼の意識は容易く手放したようだ。
 脱力した体を縛り上げ、武器になりうるものを取り上げる。
 一瞬眼鏡を取り上げるべきかどうか悩んだが、レンズを叩き割って刃物に応用できるので念のために没収する。

「他に不審な人物はいない、か」

 周りを見渡し、未だ呑気にデートしている二人を監視するような不審な人影がないか確認する。
 二人が角を曲がって露天通りに入ったところを見届けて胸を撫で下ろす。

「さて、どんな風に言い訳してこいつらを衛視に引き渡すかな……」

 モルズ教団の教祖ブレイドに関してはフレイがどうにかしてくれると信じて、ならず者三人衆をどういう理由で引っ捕らえたのか考える。
 とりあえず無難に『先日引き渡した男がいかにも怪しい風体の二人を引き連れて街を歩いていたので驚いてぶちのめした」という杜撰な言い分に金貨で色をつけることにした。
 上手い言い訳は賄賂付きで威厳を守りたがる衛視らに任せればいいだろう。

 そうと決まればあとはこいつらが起きる前に近場の衛視を連れてこようと歩き出したその時。

「地震……?」

 滅多に地震のない地方だというのに地面が揺れる。
 治るどころか激しさを増す揺れに周囲の建物の窓ガラスが割れる音や悲鳴が各地で響く。

 数分経ってからようやく揺れが治まると、露天通りから人々が泡を食ったような表情を浮かべながら一斉に逃げ出す。
 込み上げてきた一抹の不安を殺すべく、逃げる途中で転んだ男を助け起こすついでに話を聞く。

「なにがあったんですか?」
「“魔力持ち”の男二人が街中で魔法をぶっ放しやがったんだ! アンタも巻き込まれたくなけりゃ早く逃げな!」

 不安は払拭されるどころか的中したようで、裏付けるように露天通りの方から爆発が起きる。

「してやられたのは私の方か!」

 フィゼルのあまりの間抜けっぷりにまんまと騙されて二人を見送った自分に悪態を吐きつつ露天通りに駆け出した。
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