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プロローグ
しおりを挟む深夜過ぎ、満月に照らされた繁華街の裏路地に、女二人の叫び声と発砲音が響く。
ワンテンポ遅れて、電撃が路地を明るく照らす。
コスチュームを着た女二人と仮面を身につけた男が激しく戦っていた。
「シルフィ先輩、前に出過ぎです!」
まるで夕日のような髪色を靡かせ、十六とはいえ未成熟な体躯を包む赤色のレオタードに丈の短いオレンジ色のフリルスカート、バレエ選手が履いているようなバレエシューズ、そして関節を守るプロテクターという快活そうな少女が叫ぶ。
意思の強さを感じさせる吊り目と、頭部から覗く三角の聴覚器官である猫耳、尾てい骨付近からはふりふりと揺れる尻尾、彼女を見たものにネコ科の動物を彷彿とさせるだろう。
可愛らしさと快活さのバランスを大きく崩すのは、その両手に握られたトンファー。そして、プロテクターに取り付けられた針だろう。それらの凶器を躊躇いなく人に振り下ろし、的確に急所を狙って膝蹴りが繰り出される。
「うるさい、あんたが邪魔してるのよッ!! 下がってろ、無能ナツ!」
同じくライムグリーンのレオタードにやや丈が長めなフリルが縫い付けられたコスチュームを身につけている。白のロングブーツに二の腕までの長さを誇る白の手袋、シルフィと呼ばれた顔立ちの少女が二丁拳銃を手に叫び返す。
一瞬でも気を抜けば逆転されかねない、緊迫した場面において仲間同士でいがみ合う光景。『正義の味方』と世間で持て囃されているとは思えない口論を前にして、敵の青年は呆れるしかなかった。
「毎回思うんだが、そのコスチュームを考えたやつの性癖が滲み出てないか? つーか、敵に名前を教えてどうすんのさ」
「ここで君を──ケラウスを捕まえるから問題ないっ!」
ひらひらとナツの近接攻撃を躱しながら、煽りたてる程の余裕を見せる。仮面の下で、ようやく正義の味方らしい言葉が出てきたことに笑みを溢す。
瞬間、ケラウスの頰を弾丸が掠める。明確な殺意を感じさせる一発だった。
「おいおい、基本は無力化。民間人に被害を与えたら殺害命令、だろ? 世間が荒れるぜ」
電撃を紙一重で躱しながら、牽制がてら高圧の電撃をばら撒く。
後ずさった仲間に目もくれず、シルフィは躊躇なくケラウスの頭部に狙いを定める。隠しきれない殺意が滲み出ていた。
(シルフィってやつはイイ線いってんだけど……うーん、イマイチ好みじゃねえんだよなあ。やっぱ堕とすってなると落差が欲しい)
超能力が出現するようになって数年。
半グレ組織の台頭を許していた極道やギャングなどの旧体制はこぞって超能力者の確保に奔走し、資金獲得と戦力増大に惜しみなく資金と人材を投与した。
反社会組織の拡大を重く見た政府は直轄の対超能力組織対策本部の設置を決行。世間はそれを『ヒーロー』や『正義の味方』と持て囃して重宝した。
そんななか、この地域に派遣された超能力者がシルフィとキャットの二人である。もっとも、キャットの本名がナツであることは既に仲間の手で暴露されてしまっているのだが。
ケラウスの任務は戦力拡大のため、この地に派遣された二人の無力化ないし殺害。出来れば衆目に晒すようにと指示を受けている。尤も、敗北した場合は酷い目に遭うのはこの業界では暗黙の了解である。
ケツ持ちの風俗店を使おうものなら、煩わしい人間関係に縛られるだろう。万一、女に怪我でも負わせればその事をタネに脅迫されるのは目に見えている。
そんなことを考えていた彼が目をつけたのは、殺害命令が出ている人間に目をつけたのだ。犯した末に殺しても問題はないし、脅迫や強請りでこっち側に寝返ってくれれば万々歳。
内通者から買った情報を脳内で整理する。
(たしかシルフィは瞬間転移、キャットもといナツが獣化だったか。転移系は便利な分コストもバカ高ぇし、制限も多い)
超能力は精神力を消耗する。それが強力であればあるほど比例するように精神力を必要とするのだ。総じて転移系は利便性からプライドが高く、他を見下す傾向にある。生かしておくメリットはない。
対してキャットのような強化系は爆発力に優れているが、応用は限られる。安定的に運用が可能で、コストも安い。おまけにキャットは敏捷に優れているが、パワーに乏しかった。
連帯が取れていれば、ケラウスは追い詰められていただろう。だが、幸か不幸か、神は悪者に微笑んだ。
超能力に対する研究や理解は裏社会が一歩リードしていた。また、彼女らの上司が事の重大さを理解せず、見栄えだけで組ませたことも影響している。
決定打に欠けた戦闘の均衡はヒーロー側の失態で大きく傾いた。
ナツの二の腕を弾丸が貫通する。ぱっと鮮やかな赤が、路地裏の土埃に汚れたコンクリートを彩った。
「先輩ッ!?」
「だから、邪魔なんだよッ!!」
敵を目前にしてまたも口論を始めた正義の味方に、ケラウスは呆れるしかない。
「隙あり」
ケラウスは狙いをナツに定め、疲労して無防備な腹に電撃を纏った拳を叩き込んだ。電撃を浴びたナツが激しく痙攣しながら地面に倒れ込む。
「うぐ……っ!」
ナツは立ち上がろうと足掻くが、高圧の電撃を浴びた身体は痛みを訴えるばかりで言うことを聞かない。飛びかけた意識をかき集め、戦線に復帰するべく────
「お前は寝てろ」
無慈悲に頭を踏みつけられ、トドメの電撃を流される。白目を剥きながら泡を吹いて気絶してしまった。超能力で発現していた猫耳が消え、ダークブラウンの髪色に戻る。
「ちっ、無能が……覚えてろよッ!」
びく、びくと身体を痙攣させながら地面に倒れ伏す仲間を軽蔑の眼差しで見下すシルフィ。素早く腰から煙玉を取り出して放り投げ、それを狙撃して視界を阻む。
「あー、逃したか」
残りの敵を仕留めようとケラウスが煙に向けて広範囲の電撃を放つが、そこには誰の影もない。唯一無二の味方を見捨てて、撤退を選んだのだ。正義の味方にあるまじき行動に、嘲笑の笑みが込み上げて止まらない。
「なー、後輩を見捨てるなんざ、ヒーローとしてどうかと思うぜ。なあ、お前はどう思う?」
ぐりぐりと踏みつけていた足を退けると、『ヒーロー』とは思えないほど薄汚れた弱々しい少女の顔が暴かれる。電撃を喰らった腹が痛むのか、浅い呼吸を繰り返しながら脂汗をかいていた。
他の任務中、何度か彼女らに妨害された屈辱と煩わしさを思い出したケラウスはさらに上機嫌になる。
「ま、いっか。手に入っただけ上々だわ。追加が来る前に撤退すっか」
ナツの髪を掴み、ずるずると引っ張っていく。微かに呻き声をあげる少女の存在を、表通りでたむろう通行人が気付くことはない。
そのまま二人は路地裏の闇へと消えていった。
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