上 下
85 / 93
2章

5

しおりを挟む
「私が・・・聖女をどう思っているか・・・」
呆然とした表情のエヴァトリスから出た言葉はとても小さく、無意識で出た言葉の様だった。だが、その後に続く言葉はなく、エヴァトリスはただ呆然としている。
「エヴァ・・・」
カタリーナの縋るような視線も、囁かれた言葉も今のエヴァトリスには届かない。
どれぐらいの時間を過ごしたのだろう。5分なのか10分なのか、はたまた30分以上経っているのか・・・エヴァトリスが呆然としている間、カタリーナの時間の感覚はどんどん薄れていく。気づくと目尻から一粒の涙がこぼれていた。カタリーナは慌ててそれを拭い取りエヴァトリスに視線を向けるが、エヴァトリスはそれに気づく様子もない。カタリーナは大きく息を吐き、気持ちを整える。そして

バチン

両手を合わせて大きな音を出した。



ハッとしたようにカタリーナと視線を合わせたエヴァトリスに対して、カタリーナは微笑んだ。いや、微笑んだというのには語弊があるかもしれない。正しくは口元に孤をえがいた、だ。それほど近しい存在でなくても、今のカタリーナが作り笑顔であることは一目瞭然だろう。エヴァトリスは一気に表情を青くした。
「いや、リーナ。今のはっ」
言い募ろうとするエヴァトリスに対してカタリーナは聞く耳を持つ気は無いように立ち上がる。
話し込んで・・・・・いつもより時間が押してしまったみたいですね。今日はこれぐらいにしないと・・・私、明日起きられそうにないですわ。おやすみなさい。」
エヴァトリスが口を挟む暇もなく言い切ると入り口のドアを開けて退室を促す。エヴァトリスは椅子から立ち上がった姿勢であるものの、そこから動く気配がない。今のカタリーナはいつもに比べて感情的であり、止めることはできなかった。
「そういえば、借りたい本があったのを思い出したので先に失礼しますね。鍵は護衛にお願いしてください。」
エヴァトリスが出ないならば、自身が出て行くというように、カタリーナは扉に手をかける。その間もエヴァトリスは動けずにいた。エヴァトリスはかろうじて、動かすことのできた口で一言だけ告げる。
「ごめん。」
それは何に対しての謝罪なのか。エヴァトリスに背を向けているカタリーナは屈辱から涙がこぼれ落ちるのを止めることはできなかった。部屋を出てすぐ、涙を拭うこともできず歩いていた先ですれ違ったのはエヴァトリスの側使えであり、彼は驚きの表情を隠せずにいた。


特に行くあてがなかったカタリーナは、予告通り王宮の図書室を訪れていた。就寝間近であり、図書室内に他に人は見られない。それでも、誰にも会いたくなかったカタリーナは奥へ奥へと進む。そして、個室に入るとそのままドアと鍵をかけた。鍵をかけかことで、気持ちが緩んだのだろう。ポロポロと涙をこぼし始める。
護衛も、付き添いの侍女も図書室の入り口に置いてきた。この空間にはカタリーナの他に誰もおらず、声を聞く者も居ない。

「エヴァは・・・、今まで聖女様のことを考えた事もなかったのね。」
エヴァトリスの驚き様からそれは間違えないだろう。だが、今まで考えたこともないのに、あそこまでの熱が生まれ、視線が集まるのは少し不思議だった。
「これは、私がきっかけを与えた事になるのかしら・・・」
思わず自嘲の笑みが漏れる。だが、遅かれ早かれやって来た未来なのかもしれない。誰にも聞かれることのない空間でカタリーナは1人話続ける。
「・・・まだ、婚姻の取りやめは間に合うかしら」



最後にそう呟くと、落ち着いたと思っていた涙が再び溢れ始めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...