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1章
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しおりを挟むエヴァトリスが退室した後は部屋の中に静けさが戻った。
「後少しで荷物の整理も終わりかしら?みなさん頑張ってくれてありがとう。もう一息お願いするわね」
カタリーナの声かけで部屋にいる侍女達は一斉に動き始める。それからものの15分ほどで片付けは終わってしまった。カタリーナが見る限り、公爵家の自室と変わらなない様子に仕上がっている。
「食事の時間まで、少し休ませてもらっても良いかしら?何かあれば声をかけるので皆も部屋で楽にしてもらってよいわよ」
その声に従い何人かの侍女は隣にある控え室の方へ移動し、それ以外の者達は他の持ち場へと移動した。全ての使用人が部屋から退室したことを確認すると、そこからはカタリーナの家探し(仮)の始まりである。
まずは本棚からと本の背表紙を眺める。一見公爵家の自室の本の内容と同じものばかりかと思っていたが、それ以外にも王家の歴史に関する本や聖魔法に関する本まで並べてある。王家と聖魔法に関する本では、今まで数多くの本を読んできたカタリーナでさえも見たことのない本ばかりである。それらの本の背表紙を撫でながら、思った以上に充実した時間が過ごせそうな予感がし自然と笑みがこぼれる。家探し(仮)以上に興味をそそられる本達に出会ったでしまったカタリーナは食事の声がかかるまでの時間を本と一緒に過ごすことになるのだった。
国王夫妻とエヴァトリスとの食事の場は先日王妃とも食事をしたあの部屋だった。派手な豪華さはないものの、その分落ち着いた雰囲気がある。そして、さすが王宮といった所だろう。調度品の一つ一つをよく見るとそのどれもが一級品であることがうかがえる。
カタリーナが席に着きそれほど時間が経たないうちにエヴァトリス、続いて国王夫妻が部屋の中に入る。入室を知らせる声がかかった際に立ち上がり礼の準備をしていたが、
「楽にしてくれ、ここはプライベートな席で使って居るので改まる必要はないよ。次からもここで食事をするときはそのまま座って待っていてくれて構わない。」
穏やかな声で国王から声がかかったため、カタリーナはそのまま席に腰を下ろし微笑んだ。幼い頃はこうやって食事をしていたことをカタリーナも思い出したのだ。
「昔はこうやって、宰相とカタリーナ嬢と食事をしたが・・・途中からあいつが礼儀だの何だのとうるさくなったから、楽に食事もできなくなった。」
少し恨みがましそうに国王は話続けたため、カタリーナは苦笑を浮かべる。それは臣下として決して間違った姿勢ではなかったのだろうが、古くからの友であった国王からすれば不満でもあったのだろう。
「私の勉強のため、とう言う理由もあったのかと思います。」
これは嘘偽りのない事実であるためカタリーナは微笑みながら告げる。
「あぁ、そうだろう。カタリーナの動作は本当に一つ一つが美しいからな。ここまでになるにはよほど努力もしだのだろう。」
満足そうに国王はカタリーナを見ながら頷いている。
「私などまだまだでございます。これからも研鑽を続けてまいります。」
カタリーナの言葉の後に王妃が続く。
「久しぶりにあったから、カタリーナに構いたいのはわかるけど、食事が冷めてしまうわ。早く食べましょう。」
そこからは、穏やかな雰囲気での食事が始まる。何てことのない公爵家での父の様子や、神殿でのカタリーナの過ごし方など、カタリーナは投げかけられる質問に答えていくだけで会話が途切れることはなかった。食事の内容もカタリーナ好みの物が多く大満足である。最後のデザートを食べた後に国王が姿勢を正すと少し力のある声を出した。
「宰相からも聞いて居ると思うが3日後の夜会で正式な婚姻の日取りが発表される。王宮での生活と婚姻式の準備と急に忙しくなるだろうがよろしく頼む。政治的な問題からの婚約であったが、私たちはカタリーナを王家に迎えられることを本当に嬉しく思っているよ。」
婚約が決まった直後のカタリーナの言葉を覚えているのかもしれない国王の声は優しくもあったが、少し申し訳なさそうでもあった。小さな沈黙の後にエヴァトリスのため息が聞こえる。
「そうやって、父上はいつも政略結婚のように話しますが私はカタリーナを愛していて、この婚姻を本当に望んで居るのですから水を差さないでください。」
少しふてくされた様な言い方にエヴァトリスがまだ10代である事を思い出させてくれる。気が抜けたカタリーナはエヴァトリスに微笑んだ後、そのまま国王夫妻に顔を向け
「そう言ってもらえて嬉しく思います。」
と笑顔で告げた。そして、思い切った様に声を出す。
「先日王妃様から教えていただいた、聖女の泉についてですが夜会の前に拝見させていただくことは可能ですか?できればエヴァトリス殿下と一緒に過ごせると嬉しいのですが。」
夜会の前にしっかりと想いを伝えたいと感じていたカタリーナは、勇気を出して告げる。少し顔が熱く感じるが、この程度であればそれほど赤くなっていくことはないだろうと思い視線はしっかりと上げたままだ。
「もちろん、カタリーナのためならいくらでも時間を作るよ。あそこも、母上がこないだ許可をくださったし問題ないよね。」
嬉々として話始めたエヴァトリスに対して、苦笑をもらしながらも国王が答える。
「あぁ、大丈夫だ。日付と時間は二人で決めて行ってきなさい。」
すんなりと許可がおりたため、カタリーナはホッとした表情に戻る。
会話が途切れたところで、食事会はお開きとなる。国王がプライベートな空間と言ってくれたことも要因の一つであったのだろうが、カタリーナはは思った以上にこの食事会を楽しむことができたのだった。
食事会が終わるとカタリーナはエヴァトリスにエスコートされ自室に戻る。
「本当は私の私室の隣にカタリーナの部屋を準備していたんだけど、『まだ早い』って止められちゃったんだよね。」
自室に着くと突然そんな話をされた。それは当然だろう。いくら婚約者とはいえ、王太子の隣となれば王太子妃の部屋である。正式に婚姻も済んでいない令嬢が入って良い場所ではない。ましてや今回の王宮への滞在目的は公務を学ぶことである。ごく少数派とはいえ王太子妃の座を狙って居る貴族はまだ居る可能性はある。そんな状態で状態で、エヴァトリスの隣の部屋に住もうものならどこから火の粉があがるのか考えるだけでも面倒だと思い、カタリーナは苦笑いを浮かべる。
「それでもカタリーナと過ごせる時間が増えるのは嬉しいね。」
カタリーナからの返答を求めた声かけではなかったのだろう。カタリーナの返事を待つことなくエヴァトリスは会話を進める。
「さっき話してくれた泉がある庭園に行きたいって話だけど、夜会当日だとどうしても忙しくなるから前日の夕方にしようか。夜会まで特に予定のないカタリーナとしては断る理由はない。
「ありがとうございます。では明後日、よろしくお願いします。」
言葉尻に少し力が入ってしまうが、それもカタリーナの決意の現れであり仕方のないことだろう。その日の夜はどういう言葉でエヴァトリスに思いを伝えようか悩みなかなか眠りにつくことのできないカタリーナだった。
自室に備え付けられて居る本を読んだり、持ち物の確認など室内に引きこもって居る状態であっという間に2日後を迎えることとなった。いつもは朝の準備はそれなりに見られる格好になっていれば良いと思って居るカタリーナも、気合いを入れるためにいくつかのアクセサリーを指定しそれに合う様仕上げてもらう。自宅からついてきた侍女だけはその指定したアクセサリーがエヴァトリスから贈られたものだと理解しており穏やかに微笑んでいる。
その日、カタリーナはどうにも落ち着かず読んでいる本も中々頭に入ってこず本を開いたり閉じたりと繰り返して過ごしていた。朝食も昼食もしっかり食べてはいるが何を食べたのか聞かれると悩んでしまうほど注意散漫であった。そんな中、時計だけはチラチラと確認しておりいつものカタリーナの様子とは明らかに違う様に回りの侍女にも戸惑いがみられている。
約束の時間の30分ほど前になると部屋にノックが響く。どうやらエヴァトリスがやってきたらしい。予定よりも早い時間にカタリーナは一瞬表情をこわばらせたが、すぐにいつもの取り繕った表情へと戻った。
「予定より早く執務のきりがついたので来たよ。ちょっと早いけどお茶にしないか?」
その言葉に頷いたカタリーナはエヴァトリスのエスコートを受けながら過去に聖女が現れたという庭園に向かうのだった。
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