上 下
18 / 93
1章

閑話 ルルーシュの憂鬱

しおりを挟む
私の名前はルルーシュ=ファビウス。ファビウス公爵家長男だ。私には8歳上の姉がいる。姉は父譲りの赤髪と母譲りの葵い瞳の持ち主だ。目立つような顔ではないがよくみると整った顔立ちをしている。ただ、姿勢や所作が美しく、私は姉よりも所作の美しい女性に会ったことはないと思っている。本来であれば異世界から現れた聖女しか持ち得ないはずの聖魔法を扱うことができるため聖女と呼ばれ、王子の婚約者に選ばれた。
姉はとても頭がいいが抜けている。本当に勉強はよく出来るのだが人の心の機微には少し鈍いところがある。その証拠に殿下の気持ちに気づく様子もない。婚約者であり、あんなに愛情を行動で示されてるのに、いつまで経っても姉対応だ。その結果、いじけた殿下のフォローはいつの間にか私の仕事になっていた。
記憶にある一番古いものは婚約式の時だろう。殿下はスマートにエスコートしたかったらしいが身長差でそれは無理だった。殿下の理想は腕を組んで入場し、お互いに誓いの言葉を話した後に片膝をつきながら手の甲に口づけをし愛の言葉を囁く事だったようだ。それで、周りの貴族達に政略だけでなく気持ちの伴う物だとアピールしたかったらしい。今なら、よくもまぁ7歳のガキがそんな事を思いつくものだと感心するが、当時は身長が足りずいじける殿下に大笑いをし、姉に囁く愛の言葉の辺りでドン引きした記憶がある。
9歳の時は、王宮の庭園で膝枕をしてもらっている様子も見た。9歳と17歳で甘い雰囲気が生まれるはずもなくまた凹んでいるかと思いフォローしようと殿下の部屋に寄ったら、あれはあれで良いらしく大変ご機嫌だった。殿下はただのマセガキでエロガキだった。
姉との思い出を語る殿下は非常に残念な男であったが、優秀な人物でもあった。一度聞いたことは忘れず、周りを巻き込み動かす事にも長けていた。人の上に立つ為に生まれて来た人というのは殿下のような人をいうのだと思わずにはいられなかった。そんな殿下に心の余裕がなくなったのは10歳を過ぎた頃だった思う。姉が夜会デビューをしたからだ。社交の場である夜会に出ない訳には行かない。情報収集と顔を広くするため女性とは会話を、男性とはダンスを楽しむ。未来の皇妃であるため誘いはひっきりなしらしい。姉と一緒に夜会に参加して、互いを思いやる、愛し愛される様子を見せながら周りの男達を牽制したかったらしいが、無理な話だ。年齢故に参加出来ないというのも一つの理由だが、現状の一方通行な想いを見た貴族らに微笑ましいような生暖かい目で見られて終わりであろう。いや、殿下の想い人に手を出すバカは居ないから、牽制にはなるかもしれないが・・・。
そんなすれ違いカップル(仮)故に、姉が爆弾を落とし殿下が暴走する事がよくある。最近あった大きなものはこの前のお茶会の事だろう。
その日は月に一度の我が家でのお茶会に殿下が来ていたらしい。ちょうど殿下に用事があり、短時間で済むものだったのでお茶会に乱入しようとドアを開けたら速攻で後悔した。空気が悪かった。殿下の機嫌はもっと悪かった。姉は呑気に入室のマナーがなってない事を咎めてくるが、その前にこの空気をどうにかしていただきたい。現状を確認したく思い周りの護衛や侍女に視線を向けるが皆青い顔で首を左右にふるばかりだ。こうなれば仕方ないと当の本人達に視線を向ける。顔色を悪くして冷や汗を流しまくってる護衛に向かい合うように姉が立っている。手にハンカチを持っているから貸そうとしたのか?だが、その手は殿下に止められている状態だから・・・姉が要らないお節介を焼いて、殿下がヤキモチやいたってところかな。まぁ、その程度なら仕方ないか。悪気があるわけでもないし。説明を求めるように殿下に視線をむけると
「なんでもないよ。護衛の顔色が悪いのをカタリーナが心配してくれたんだよ。体調も悪そうだし、帰りは馬ではなく一緒に馬車に乗ってもらうよ。それにうちの護衛だからね。体調管理も私の責だから。君はどうだい?一緒に帰れそうかい?」
演技かかったいつもの口調で護衛に話しかけるものの無表情、背を向けているためこの状況を見なくて良い姉がとても羨ましい。正面に立たざるおえない状況の護衛はかわいそうで仕方ないが、代わってやろうなどと間違っても思わない。我が身が一番可愛いのだ。護衛はどれほど具合が悪かろうと選択肢は帰るの一択、壊れた人形のように首を上下に振りまくっている。そのうち取れないか心配になる勢いだ。まぁ、話がまとまり始めて周りがホッとした頃さらに姉はやらかした。姉が護衛の左手を取り小指の先に口付ける。そのあと護衛のの左手を両手で包みながら目を瞑り
「貴方に祝福を」
姿勢を戻し
「早くよくなることを願っています」
姉が声をかけると、それに見惚れる護衛の姿があった。聖女の祈りのポーズの1つらしいが、元々所作の美しい姉がやると儀式のような神聖さがある。私も一瞬惚けてしまったが、殺気に気づき我に帰る。のどかな公爵家に殺気など似つかわしくないものを放っているのは言わずもがな殿下だ。護衛も我に返り震えている。殿下が何かを言い出す前に部屋から連れ出さなくてはいけない。
今はダメだ、この状況で会話などできるはずがない。魔力の暴走すら起こしかねない状態だ。姉にこれ以上余計な事をしないように釘をさし殿下を無理やり連れ出す。抵抗なく動いてくれて助かったが、このフォローをこれからしなくてはいけないと思うと気が重い。それと同様に周りの空気も重く何も気づいていない姉が羨ましい。殿下に明日の午後に王宮を訪れる事を伝え馬車に押し込んだ。続いて、仲間に引きずられるようにやってきた護衛をどうしようか悩んでいると、殿下が同じ馬車に乗るように促す。そう言えば姉にそんな説明をしていたと思い出した。護衛は必死で辞している。それはそうだろう。何が楽しくて自分に殺気を向けてくる人と同じ馬車に乗らなくてはいけないのか、どう考えたってその時間は地獄以外のなにものでもないはずた。だが、殿下にとって姉との約束は絶対であり、哀れな護衛は馬車に乗る以外の選択肢はない。馬車の中でどんな会話があるのか、はたまた無言のまま城までたどり着くのか私の知らないところではあるが、はっきりと分かるのは今日が彼にとっての厄日で、あるということだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...