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翌日。
俺が目を覚ましたのは、もう昼も過ぎた頃だった。
「マナト、起きたか?」
ベッドから起き上がると、食事をしていたらしいグレイが俺の所へやって来る。
美味しそうな匂いが、部屋に充満していた。
「お腹空いてますよね? 一緒に食べましょう!」
リオンが俺の分の食事を用意してくれて、テーブルの上には、色々な種類のパンや具材たっぷりのシチューが並んだ。
「これは…?」
「グレイ様が調達してきてくれました。ギルドの仕事でお金を稼いで。」
「えっ、もう!? 体は大丈夫なのか…?」
昨夜あんなに疲れ切っていたのに、午前中のうちに仕事をこなしたということだろうか?
なんて回復力だと驚いていると…。
「大丈夫ですよ。グレイ様は、寝ているマナトの唇を勝手に奪っていましたから。」
「リオン、黙っとけって言ったろ!?」
「僕にはダメだと言うのに…。」
リオンが頬を膨らませている。
「マナトは、魔力補給マシーンじゃない。それに俺は、脱獄したら好きなだけしていいと許しをもらっている。」
「す、好きなだけ…!?」
リオンが頬を赤くしていたが、俺も脱獄直前の自分の台詞を思い出して赤面した。
そういえば、そんなことを言ってしまった…。
「す、好きなだけとは、具体的にどのあたりまでなんでしょうか…?」
「それは、俺がしたいことを好きなだけしていいって意味に決まってるだろ?」
「マナトっ、いいんですか!?」
グレイの解釈に動揺しつつも、面白がって言っているような笑顔にホッとする。
それから、テーブルについて3人で食事をした。
監獄の食事に比べたら、格段に豪華で美味しい。それなのに、なぜかあまり食がすすまない。
記憶に刻まれた、昨夜のリアルな戦いが次々と頭を巡る。
熱い炎、囚人達の叫び声、肉の焼けた匂い…。
そして、魔獣に噛み付かれたイワンの血が…。
「…………っ。」
急に気分が悪くなってきて、食事の手が止まってしまった。
「マナト、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。こっちの食事の味に、まだ慣れてなくてさ…。」
グレイの気遣う様な眼差しに、心配をかけたくなくて必死に笑顔で取り繕う。
これはゲームでも夢でもないんだから、戦えば血が流れるのは当然のことだ。
ちゃんと戦ってもいないくせに、怖いだのショックだの、守ってくれたグレイとリオンに失礼だろ…。
平和な国で育った俺は、上司のパワハラには苦しんだけど、戦いとは無縁だった。
だからといって思った以上にショックを受けた自分が、情けなく思えてくる。
何とか食事を終えると、俺は風呂場へ逃げ込んだ。
トイレと一緒になった造りで、洒落た猫足のバスタブにシャワーカーテンがついている。
温かいシャワーを浴びながら、お湯をためて浴槽に浸かった。
温かさにホッとしたけど、そのせいかシャワーに紛れて自分の涙まで流れ始める。
一旦流れ出ると止まらなくなって、シャワーの水音に紛れる様に俺は泣いた。
途端に怖くなった。
魔王がいるなら倒さないと!なんて、異世界での冒険の予感に昂揚していた気持ちなんて、一気に吹き飛んでしまった。
魔王なんてものと戦って、グレイとリオンに何かあったらどうしたらいい…?
俺は魔術師の力を増幅するだけで、一緒に戦っていざとなったら守るような力はない。こんなのって…。
情けない自分に、涙が止まらない。
その時、ふいにバスルームの扉がノックされ、グレイの声がした。
「…中、入ってもいい?」
「う、うん、どうぞ。」
てっきりトイレかと思い、俺は慌てて目を擦り、返事をする。
泣いてしまったせいで、少し鼻声になったかもしれない…。
そんなことばかり気にしていると…。
「っ…………!!!」
シャッと音を立てて、シャワーカーテンがいきなり開いた。
俺は、一瞬驚いて声が出ない。
とりあえず、慌ててシャワーを止めた。
「っ…、グレイ!?」
「…1人で泣くなよ。」
その一言に、泣き顔を見られた情けなさと恥ずかしさが込み上げてきて、俺はバスタブの湯の中に体を沈めて俯く。
「…ごめん。」
「マナトのことは、俺が必ず守ってやるから。」
「………ごめん。」
「何で謝るんだよ…。」
グレイは困った様に呟くと、浴槽の中に指を入れた。すると、あっという間に真っ白な泡がモコモコ立ってきて、花の様に甘いいい香りがする。
「す、すごい…っ。」
「そーだよ、俺はすごいんだ。だから泣かなくていい。」
不貞腐れた様なグレイの表情に、ふと気が緩む。グレイを信じていないわけじゃないんだ。
「もちろん信じてるよ。…でも万が一、グレイやリオンに何かあったら…。」
『魔王を倒さないと!』なんて簡単に言っておきながら、今更何を言っているんだと思いながらも、本音がもれる。
「…心配してくれてありがとな。でも、魔王の件は早くどうにかしとかねーと、たくさん人が死ぬことになる。」
「…………っ。」
そうだ、グレイの言う通りだ。
誰かがやらなければいけない。
でも…。
「…大切な人に力を与えるなんて、いいものじゃないな…。危険な目に、遭って欲しくないよ…。」
こうなったらありったけの魔術師にキスして、総攻撃してもらった方がいいとすら思うけど、第一王子側の魔術師達は、もう殺されてしまったんだ…。
「…マナト。」
ふいに、グレイの手が俺の髪に優しく触れる。まるで、壊れモノでも扱う様な触れ方だ。
「俺は死なねーよ。マナトと、『すろーらいふ』するんだから。」
ハッとしてグレイを見上げると、左右で色の違う瞳が、真剣に俺を見つめていた。考えるより先に、目頭がまた熱くなる…。
俺が目を覚ましたのは、もう昼も過ぎた頃だった。
「マナト、起きたか?」
ベッドから起き上がると、食事をしていたらしいグレイが俺の所へやって来る。
美味しそうな匂いが、部屋に充満していた。
「お腹空いてますよね? 一緒に食べましょう!」
リオンが俺の分の食事を用意してくれて、テーブルの上には、色々な種類のパンや具材たっぷりのシチューが並んだ。
「これは…?」
「グレイ様が調達してきてくれました。ギルドの仕事でお金を稼いで。」
「えっ、もう!? 体は大丈夫なのか…?」
昨夜あんなに疲れ切っていたのに、午前中のうちに仕事をこなしたということだろうか?
なんて回復力だと驚いていると…。
「大丈夫ですよ。グレイ様は、寝ているマナトの唇を勝手に奪っていましたから。」
「リオン、黙っとけって言ったろ!?」
「僕にはダメだと言うのに…。」
リオンが頬を膨らませている。
「マナトは、魔力補給マシーンじゃない。それに俺は、脱獄したら好きなだけしていいと許しをもらっている。」
「す、好きなだけ…!?」
リオンが頬を赤くしていたが、俺も脱獄直前の自分の台詞を思い出して赤面した。
そういえば、そんなことを言ってしまった…。
「す、好きなだけとは、具体的にどのあたりまでなんでしょうか…?」
「それは、俺がしたいことを好きなだけしていいって意味に決まってるだろ?」
「マナトっ、いいんですか!?」
グレイの解釈に動揺しつつも、面白がって言っているような笑顔にホッとする。
それから、テーブルについて3人で食事をした。
監獄の食事に比べたら、格段に豪華で美味しい。それなのに、なぜかあまり食がすすまない。
記憶に刻まれた、昨夜のリアルな戦いが次々と頭を巡る。
熱い炎、囚人達の叫び声、肉の焼けた匂い…。
そして、魔獣に噛み付かれたイワンの血が…。
「…………っ。」
急に気分が悪くなってきて、食事の手が止まってしまった。
「マナト、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。こっちの食事の味に、まだ慣れてなくてさ…。」
グレイの気遣う様な眼差しに、心配をかけたくなくて必死に笑顔で取り繕う。
これはゲームでも夢でもないんだから、戦えば血が流れるのは当然のことだ。
ちゃんと戦ってもいないくせに、怖いだのショックだの、守ってくれたグレイとリオンに失礼だろ…。
平和な国で育った俺は、上司のパワハラには苦しんだけど、戦いとは無縁だった。
だからといって思った以上にショックを受けた自分が、情けなく思えてくる。
何とか食事を終えると、俺は風呂場へ逃げ込んだ。
トイレと一緒になった造りで、洒落た猫足のバスタブにシャワーカーテンがついている。
温かいシャワーを浴びながら、お湯をためて浴槽に浸かった。
温かさにホッとしたけど、そのせいかシャワーに紛れて自分の涙まで流れ始める。
一旦流れ出ると止まらなくなって、シャワーの水音に紛れる様に俺は泣いた。
途端に怖くなった。
魔王がいるなら倒さないと!なんて、異世界での冒険の予感に昂揚していた気持ちなんて、一気に吹き飛んでしまった。
魔王なんてものと戦って、グレイとリオンに何かあったらどうしたらいい…?
俺は魔術師の力を増幅するだけで、一緒に戦っていざとなったら守るような力はない。こんなのって…。
情けない自分に、涙が止まらない。
その時、ふいにバスルームの扉がノックされ、グレイの声がした。
「…中、入ってもいい?」
「う、うん、どうぞ。」
てっきりトイレかと思い、俺は慌てて目を擦り、返事をする。
泣いてしまったせいで、少し鼻声になったかもしれない…。
そんなことばかり気にしていると…。
「っ…………!!!」
シャッと音を立てて、シャワーカーテンがいきなり開いた。
俺は、一瞬驚いて声が出ない。
とりあえず、慌ててシャワーを止めた。
「っ…、グレイ!?」
「…1人で泣くなよ。」
その一言に、泣き顔を見られた情けなさと恥ずかしさが込み上げてきて、俺はバスタブの湯の中に体を沈めて俯く。
「…ごめん。」
「マナトのことは、俺が必ず守ってやるから。」
「………ごめん。」
「何で謝るんだよ…。」
グレイは困った様に呟くと、浴槽の中に指を入れた。すると、あっという間に真っ白な泡がモコモコ立ってきて、花の様に甘いいい香りがする。
「す、すごい…っ。」
「そーだよ、俺はすごいんだ。だから泣かなくていい。」
不貞腐れた様なグレイの表情に、ふと気が緩む。グレイを信じていないわけじゃないんだ。
「もちろん信じてるよ。…でも万が一、グレイやリオンに何かあったら…。」
『魔王を倒さないと!』なんて簡単に言っておきながら、今更何を言っているんだと思いながらも、本音がもれる。
「…心配してくれてありがとな。でも、魔王の件は早くどうにかしとかねーと、たくさん人が死ぬことになる。」
「…………っ。」
そうだ、グレイの言う通りだ。
誰かがやらなければいけない。
でも…。
「…大切な人に力を与えるなんて、いいものじゃないな…。危険な目に、遭って欲しくないよ…。」
こうなったらありったけの魔術師にキスして、総攻撃してもらった方がいいとすら思うけど、第一王子側の魔術師達は、もう殺されてしまったんだ…。
「…マナト。」
ふいに、グレイの手が俺の髪に優しく触れる。まるで、壊れモノでも扱う様な触れ方だ。
「俺は死なねーよ。マナトと、『すろーらいふ』するんだから。」
ハッとしてグレイを見上げると、左右で色の違う瞳が、真剣に俺を見つめていた。考えるより先に、目頭がまた熱くなる…。
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