少年院の成人式

風早 るう

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若くしてデキ婚したものの、すぐに愛なんてものは冷め、離婚した母さんにとって、ガキの俺はお荷物でしかなかったらしい。

機嫌を取ろうが取るまいが、物心ついた頃から母さんはとにかく俺に無関心。
水商売で稼いだ金は、服やら化粧品やらに消え、俺には最低限の食糧と物資しか与えられない。
だからとにかく友達が持っているものが羨ましくて、俺は小学校の教室で、バレても誤魔化せるくらいの小さなものからこっそり盗んだ。
消しゴム、鉛筆、ものさし、キーホルダー。
その内だんだんと店からも盗むことを覚え、それが当たり前になっていった。

中学に入ってからは、悪い仲間とつるんで万引き、カツアゲ、喧嘩を繰り返し…。

そしてついに警察沙汰にされ、窃盗、脅迫、傷害の常習犯として年少送りになった俺、秋月《あきづき》 奏多《かなた》は、少年院の中でこの冬、18歳の誕生日を迎える。





「今年度から、院内で18歳を迎えた者の成人式を行うことになった。」

誕生日を数日後に控えた年明けのこと。
毎朝行われる朝礼で伝えられた『成人式』という看守の言葉に、俺は何の感慨もわかなかった。
成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたかららしいが、早く大人になって何かいい事なんてあるか?
結局ハタチまで酒もタバコもダメなのに、大人って何だよ。
子どもの時間を損しただけの様な気がして、俺は不貞腐れる。

しかし、1月中旬に行われることに決まったその式には、偶然にも同じ日に誕生日を迎える俺も参加しなければならないらしい。
めんどくせぇ…。
どうせ大人になった自覚を持てだの何だのと説教されるだけだろうと、俺はこれ見よがしにため息をついてやった。



そして成人式当日。

俺を含め5人の新成人達が連れて来られたのは、少年院と刑務所の共用施設の地下にある、妙に小綺麗な部屋だった。
黒い革張りのソファがズラリと並び、床には柔らかい絨毯、壁には間接照明と風景画が飾られている。
こんな部屋があったなんて、おそらく全員が初めて知った。
殺風景な少年院とは、どこか違う雰囲気が漂う部屋だ。

そんな室内には、やたら身なりのいいスーツを着た大人達が十数名、革のソファに座って談笑していた。
そして、俺達が入ってくるや否や、遠慮のない視線を向けてくる。
こいつらが『スポンサー』か…。
私語は禁止されているため、俺は無言のまま視線だけを動かした。

少年院の維持管理にかかる費用は、税金を削減するため、大部分が企業や資産家であるスポンサーからの寄付で賄われている。
そのため、『スポンサーに感謝しろ』と少年院では常に教育されてきた。
この成人式にもスポンサー達が来るため、粗相をしたら罰を与えると前もって脅されている。

そのスポンサー達からよく見える位置で一列に並ばされると、今度は室内に控えていた看守達が、俺達全員に1人ずつ張り付いてきた。
やたら厳重な管理に、日頃は反抗的な奴も含め少年全員が、静かに様子を伺う。

「今日、晴れて君達が成人を迎えることが出来たのは、ここにおられるスポンサーの皆様のお陰だ。今後君達は、成人した大人として社会奉仕の精神を学ぶ必要があるわけだが、まずはお世話になっているスポンサーの皆様へ奉仕をしてもらう。」

そんな俺達に対して、一番ベテランで厳しい看守が偉そうに言った。
更生、奉仕、社会貢献…。
毎日その手の教育を施されるが、マトモに受け止めるヤツなんかほとんどいない。
早くここを出て自由に遊びたい。
ただその一心で、わかった様なフリをしているだけだ。

「まずは身体検査だ。全員服を脱げ。」

そんな看守の指示に表面上は従い慣れている俺達だが、その一言には思わず互いに顔を見合わせた。
こんな大勢に見られながら身体検査なんて、正気か………?

鑑別所や少年院へ入る際、皆が厳しい身体検査を受けているため、尚更そう思った。
それこそ尻の穴まで見せるような検査だ。
第一塀の外から来たわけでもないのに、危険物なんて隠し持っているはずもない。

「先生! 僕たちは危険な物は何も持っていませんっ!」

一番真面目なヤツが、手を挙げてから大きな声で言った。
トイレへ行くのにもやたら大声で宣言させられる少年院では、こんな風に発言するしかない。正直、恥ずい。
だから俺は、返事以外滅多に口を開かない。

「所持品検査ではない。奉仕のための身体検査だ。さっさと脱げ!」

しかし有無を言わさぬ看守の返答に、発言したヤツは黙り込んで青ざめる。
いや、少年達全員が青ざめた。
身体検査が必要な奉仕って、何なんだよ…?

激しく疑問に思ったが、俺達は脱ぐしかなかった。
窓もない地下室じゃ逃げ道なんてないし、看守の数も多い。
仕方なく青いジャージを脱ぐと、スポンサー達の視線が絡みついてくる。
彼らは手に持った書類と俺達を交互に見ながら、何やら囁きあい始めた。

「写真で見るより実際の方がいい。」
「少年院の食事と運動には気を遣わせているから、その効果が出ている様だ。」

確かに日頃の食事は質も量も十分で、運動するための設備も整っている。
きっと税金だけではこうはいかず、スポンサーの金の力は大きいんだろう。
しかし…。

「全員、下着を脱いで四つ這いになれ。」

更なるその指示には、流石に動揺した。
それと同時に、嫌な予感が走る。
奉仕って、まさか…。
しかしそう悟った時にはもう遅く、マンツーマンで張り付いていた看守に下着をおろされ押さえつけられて、俺達は全員床に這いつくばる格好になる。

「何なんだよ…っ!」
「いやだ、離せっ!」

あまりのことについ悪態が漏れた俺ともう1人は、剥き出しの尻を容赦なく看守にぶたれた。
痛みには喧嘩で慣れていて平気だが、人前で尻を叩かれるなんていう羞恥には慣れていない。
カッと俺の頬が熱くなる。

「成人したというのに…、まあいい。反抗的な者から先にやってもらおう。秋月君と小林君。…小林君は、ママ活パパ活で慣れているだろうから、早速別室でご奉仕しろ。」

場を仕切っている偉そうな看守から、まるで報復のように恥ずかしい個人情報が晒され、小林は問答無用で別室へ連れて行かれた。

「慣れた子の方が楽しめそうだ。」
「可愛らしい顔をして気が強い彼の更生のために、人肌脱ごう。」

その後を、数人のスポンサー達が談笑しながら部屋を出ていく。
小林は、ママ活パパ活をしていたというだけあって見た目がいい。
それだけに、多くのスポンサー達が彼の奉仕を希望した様だった。

そして、残された俺達4人は四つ這いのまま、ソファから立ち上がったスポンサー達に取り囲まれる。
体の隅々まで見せろと要求され、無遠慮な視線と伸びてくる手に俺以外のヤツらは大人しく従っていく。
言うことを聞かないと、少年院を出られないと悟ったからだろう。
ある意味、割り切った大人の考え方だ。
何だよこのクソみたいな成人式…。
たまたま今日が誕生日だったこともあり、俺は理不尽さに唇を強く噛み締めた。
誕生日なんてロクな思い出がないしどうでもいいと思っていたが、流石にここまでくると涙が滲んだ。

「…君は、今日が誕生日だったんだな。」

ふいに、そんな俺の心を見透かした様な声がした。
落ち着いた、よく通る低い声。
ハッとして顔を上げると、1人の男が資料を片手に進み出て来る。

「これはこれは、四菱《よつびし》様!」

看守から四菱と呼ばれたその男は、背が高く驚くほどの美貌の持ち主だった。
髪も目も夜の闇の様に艶やかな漆黒だが、日本人とは思えない彫りの深い顔立ち。
東洋と西洋のいい所を混ぜ合わせた様にエキゾチックで端正なその顔立ちは、一瞬つくりものの様に冷たく見える。
しかし、否応なく惹きつけられる不思議な魅力を讃えていた。

「いくら奉仕の精神を学ばせるためとはいえ、よってたかっては可哀想だろう。私の手を取りなさい。」

四菱の一言に、好き勝手していたスポンサー達が俺から離れて後ろへ下がる。
まだ若そうに見える四菱に、明らかな年長者達がこぞって従うなんて、一体何者なんだ…。
俺は、差し出された四菱の大きな手をじっと見つめた。
本当に、助けてくれるつもりなのか…?
一瞬そう思ったが、すぐに大人に期待しても無駄だと思い直す。
今まで何度も裏切られてきたからだ。
学校の先生も役所も、近所の大人も誰もかれも、俺を助けてはくれなかった。

『いくら羨ましくても、人の物を盗ってはいけない』
『世の中にはもっと大変な子もいる』

そんなことは分かっている。
でも、関係ない。
例え最低限の生活はしていても、心の底から人を羨むこの気持ちが、どうしても抑えられなかった…。

パシッ!

俺は黙ったまま、差し伸べられた手を払いのけた。

しかし四菱は、眉ひとつ動かさない。
怒りも驚きも感じ取れない端正な顔で、真っ直ぐ俺を見つめている。
ただ一瞬だけ、唇の端に微かな含み笑いが滲んだ様な気がした。
それはまるで、『仕方がないな』と甘えた子どもを見る時の様な…。

「秋月っ! 日本を代表する大財閥の御曹司である四菱様に、無礼なことをっ!」

その様子を見ていた看守が、怒声とともに手を振り上げた。
俺はハッとして、歯を食い縛る。
その時…。

「はい、ドクターストップ! 秋月君は、この窮地に差し伸べられた救いの手さえ素直に取れない、深い心の問題を抱えているだけなんだから。」

その時、まるで看守の勢いを削ぐ様な芝居がかった口調の別の男が現れた。
少し離れた所から様子を見ていたのか、銀フレームの眼鏡をかけた中性的とも言える美貌の男が側へやって来る。
肩にかかるくらい長い髪が、サラリと揺れた。

「こ、これは阿久津《あくつ》先生! 高名な精神科医であられる先生がそう仰るなら…っ。」

看守は、振り上げていた手をおろして四菱の顔色を伺った。
他のスポンサー達は、
「無礼な態度には驚いたが、心の病ならば仕方ない。」
「日頃から矯正教育に尽力しておられる阿久津先生の見立てに、間違いはないだろう…。」
などと、四菱同様まだ若そうな阿久津に対しても、敬う様な態度をみせている。

大財閥と対を張れるくらいすごい医者か何か知らないが、病気扱いには腹が立つ…。

「四菱様、秋月君の無礼をどうか許してあげてください。この子には、専門的アプローチが必要ですよ。」
「…許すも何も、別に腹を立ててなどいない。この子は、私につけてくれ。」

阿久津に返した四菱のその一言に、どよめきが起きた。

「こ、こんなことは初めてだ…!」
「四菱様は監督するだけで、どのプログラムにも参加したことはなかったのに…。」

看守もスポンサーも、口々にそんなことを囁き合う。
初めてか何か知らないが、要するに俺は、この四菱という男に奉仕しないといけないということか…?
救いの手といっても、よってたかってじゃなく1対1ならいいという問題でもない。
成人したからって、こんなことで奉仕の精神を学ばせるなんて、本当にどうかしている。

「…そういうことでしたら僭越ながら、僕も協力させて頂きますよ。秋月君には、専門家の手が必要ですから。プログラムのルール上、問題はないでしょう?」
「………仕方がない。」

今度は阿久津の台詞に、またもやどよめきが起きる。

「さ、さすが高名な阿久津先生だ。あの四菱様と肩を並べようとは…。」
「我らにはそんな勇気はない。彼のことは惜しいが辞退しよう」

そんな囁きが聞こえ、スポンサー達は他の少年のもとへ去って行く。

プログラムとかルールとかそんなことは知らないが、まさかこの2人に奉仕させられるということなんじゃ…と理解した俺は、ひとり冷や汗を流した。

「このお2人に奉仕出来るなんて、秋月君にとってこの上なく良い勉強になるでしょう。しっかり頑張りなさい。」

そんな俺をよそに、屈強な看守は満面の笑みでそう言うと、裸のままの俺を別室へ引き摺っていく。

「やめろっ、離せっ! 財閥だか医者だか知らねーけど、俺は男に奉仕なんかしないからなっ!」

ヤケクソになって喚いたが、看守の力は強く別室へ放り込まれる。
やたら豪華で大きなベッドがあるその部屋に、俺は全身の血の気が引いた。
何でこんな部屋があるんだ…?
ここは少年院と刑務所の共用建物だ。
1年以上少年院にいるが、噂にも聞いたことがなかった。
今まで20歳まで成人しなかったから、少年院ではスポンサー向けプログラムとやらを受けずに済んでいたからだろうか。
まさか刑務所では、こんなことが日常的に行われているんじゃ…。

俺のその考えを裏付ける様に、壁に貼ってあったプログラム表には、クリスマス、ニューイヤーパーティー、バレンタイン、ホワイトデーなどの予定が書かれている…。

「従来の矯正教育だけではなかなか再犯率が下がらないから、色々と試行錯誤しているんだ。全ては日本の治安のためにね。」

予定表を見て愕然としていた俺に、ドアから入って来た阿久津が、柔らかな微笑みを浮かべる。
四菱も、その後から静かに部屋へ入ってきた。
そして俺は、ベッドへと追い詰められる。

「まぁとりあえず座って。資料によると、両親は2歳の時に離婚。母親に育てられたがほぼネグレクト状態が続き、小学生の頃から万引きの常習犯で、中学からはカツアゲに暴力沙汰が加わる。高校進学はせず母親も養育を拒否したため、少年院送致となる…。パパにもママにも捨てられちゃって、寂しかったんだね。」

阿久津にズバリ言われ、俺は思わずカッとなった。
確かに俺が保護観察ですまなかったのは、母さんが俺を捨てたからだ。

「寂しいなんて思ったことねぇよっ! あんなの親じゃねーし、育てられた覚えもねぇし、ただ死なない程度にエサくれてただけだろっ!?」

抑えきれない怒りにまかせ、俺はベッドの端に腰掛けていた阿久津に殴りかかる。
しかし、その細身の体からは想像出来ない様な力で、俺は逆にベッドの上へ押し倒されてしまった。

「なっ!? くそ…っ!」
「強がりな子は好きだよ。でも、暴力はいけないな。」

素早い動きに洒落た眼鏡が飛び、露わになった中性的な美貌は微笑んでいるが、すごい力だ。
喧嘩慣れしている自分が子どもみたいに簡単にねじ伏せられたショックで、俺は唖然として阿久津を見つめた。
普通の医者じゃないのか…?

「あまり怖がらせるな。専門家が聞いて呆れる。」
「…失礼。つい反射で。」

黙って俺達を眺めていた四菱の静かな一言に、阿久津は大人しく俺の体の上から降りてベッドの端に座り直した。そして…。

「僕は君なんかよりずっと凶暴性の高い重症患者を診るために、一通り体術を学んでいる。君は勢いだけで基礎がなってないから、僕には敵わないと思うよ?」

また笑顔でズバリと言われ、俺は悔しさに唇を噛んだ。
しかし、それなりに喧嘩をこなしてきたからわかる。確かに、敵わない…。

「というわけで、大人しくしてね。このプログラムは、成人式という名の矯正教育だ。秋月君には大人として、奉仕の精神を学んでもらわないといけない。」
「……今日から、真面目に掃除する。」

実力差を思い知った俺は、悔しさを抑えて阿久津にそう言った。
奉仕というのは、何もこんな形ばかりじゃないはずだ。
今まで面倒としか思っていなかったけど、これを機に掃除でも真面目にやろうと思った。
こんなプログラムがある場所、さっさと出ないと恐ろしい目に遭わされる…。

「掃除も大切だけど趣旨が少し違って、奉仕の中でも対人奉仕を学んでもらいたい。だからまずは…。」

ふいに阿久津が右手の長い人差し指を立てて、俺の唇に軽く当ててきた。

「お口で奉仕してみようか。ね?」

そして、花の様な笑顔で恐ろしいことを囁く。

「く、口で…って…?」
「もちろんフェラだよ。フェラチオ。知ってるよね?」

上品な顔で恥じらいもなくハッキリと言われ、俺の方が赤くなる。
知ってはいるけど、したことなんてない。
されたこともない。
16歳で少年院に入った俺は、喧嘩の経験は豊富でも性経験は未熟だった。

「その顔はしたこともされたこともなさそうだね。君は根がいい子だし、中身はお子様だから仕方ないか。」

阿久津はそんな俺の赤面した表情を見て、やたら嬉しそうに言う。
死ぬほど腹が立つが、力では敵わない…。

「……一生便所掃除してた方がマシだ。」
「減らず口可愛いなぁ。でも、奉仕の精神を学んでもらわないと、少年院《ここ》から出られないよ?」

脅しのような言葉に、俺は黙り込むしかなかった。
奉仕の精神とやらが、そんなことで本当に学べるのかよ…?
頭の悪い俺には全くわからず、返事に詰まっていると…。

「…したくないものを無理にする必要はない。奏多、お前はただ大人しく寝ていろ。」

腕を組んで近くの壁に背を預けた姿勢で聞いていた四菱が、ふいに口を開いた。
『奏多』と呼ばれたことに、心臓が跳ねる。

「与えられたことのない人間は、与えることなど出来ない。せいぜい自己犠牲的になるくらいだろう。奉仕させるのは、奏多にはまだ早い。」

四菱が、スーツのジャケットを脱いでゆっくりとベッドへ近づいてきた。心臓が、どんどん早くなる。
何もかも包み込む様な夜の色の瞳に見つめられると、そのままのみこまれてしまいそうだ…。

そして阿久津とは反対側のベッドサイドに腰掛けた四菱に、優しく頭を撫でられた。
俺の反応を気にかける様な眼差しを向けられただけで、どうしたらいいか分からなくなる…。

「…さすがは四菱様。確かにおっしゃる通りですが、同じような問題を抱える青年は多いので、そうも言っていられないんですよ。」
「だから、強制的に奉仕させるプログラムになっているのか?」
「ええ、そうです。効率は重要ですから。ただ…。」

阿久津も、俺の大腿を優しく撫で始めた。
何のつもりだと思ったが、力の差を思い知らされたせいで、無下に拒否も出来ない。

「個別プログラムなら時間も取れますし、ゆっくりじっくり可愛がってあげることも可能かと。」
「…ではそうしよう。」
「なっ、何だよそれっ!?」

個別プログラムというわけのわからないものが急に出てきて、俺は身の危険に総毛立つ。

「個別プログラムは、スポンサーに選ばれた特別な子だけに、個人的に与えられる矯正教育のことだよ。」
「いらねぇよ、そんなもんっ!」

阿久津の説明に俺は秒で拒否したが、

「私が相手では不服か?」

四菱の艶やかな夜の色の瞳に見つめられると、一瞬返事に詰まった。
夜の色は、やさしくも恐ろしくも見える。

「だ、誰が相手でも関係ない…。俺は、そんなもの受ける気はねーからな…っ!」

俺は目を逸らし、とにかく立ちあがろうともがいてみたが、あっという間に両側からベッドへ押さえつけられてしまった。

「離せよっ、対人ボランティアするからっ!」
「塀の外へ出られないのに、それは無理だよ。」

阿久津の手が再び俺の大腿を撫で始め、だんだんと俺の中心の方へ上がってくる。
それを手で制しながらボランティア以外の奉仕について考えてみたけど、奉仕なんてしたことがないからか、何も思いつかない。
 
「他に何かねーのかよ!?」
「奏多、まずは与えてやるから、それをきちんと受け取りなさい。」

四菱の手が俺の頬にかかる。
そして端正な顔が近づいてきて、そっと唇をあわされた。
壊れ物を扱う様な優しさに、なぜか抵抗が出来なくなる。
何度か角度を変えながら、優しく啄まれ…。

ぼんやりしていたら、阿久津の手が俺の中心に触れてきた。
我に返って逃れようにも、2人がかりで押さえつけられていると、体を捩ることも出来ない。
手で払い除けようとしたら、その手も難なく制された。
そしてそのまま何回か上下に扱かれると、嫌だと思っても若い体は反応を示してしまう…。

「やぇろっ、んぅ……っ!」

拒否の言葉で開いた唇の隙間から、四菱のあたたかい舌が滑り込んできた。
喧嘩ばかりでキスの経験なんか殆どない俺は、深いキスに息の仕方がわからなくなる。
苦しくて四菱の体を手で押し除けようとしたが、不良仲間なんて目じゃない厚い胸板は、ビクともしない。

「ん゛ぅ!?」

暫しキスと格闘していたら、ふいに俺の下半身が、熱くて湿った感触に包まれる。
四菱に顔を固定されていて見えないけど、まさかこれは阿久津の口の中なんじゃ…!?

「ふぅっっ! やっ、ぅ゛ぅ………っ!」

離せ! やめろっ!
心の中ではそう悪態をついてみても、初めての口淫は、自分の手でするのなんて目じゃないくらいの快感だった。
あまりの気持ち良さに抵抗を忘れると、2人の舌の動きが激しくなっていく…。

そして、口の中と性器とを同時に舐られる快感に、俺はあっという間に達してしまった。

「っ~~~~~!!!」

ビクビク震えて精を吐き出すと、やっと2人の拘束が少しだけ緩む。

「あーあ、成人したのに、お漏らししちゃったの?」

喜色を含んだ声に信じられない気持ちで阿久津の方を見ると、綺麗な顔で見せつけるように形のいい唇をペロリと舐めている。
自分の放ったものを全部飲まれたんだと思うと、激しい羞恥と動揺とで言葉が出てこなかった。

「中身はまだ子どもなんだ。仕方がないだろう。」

四菱は、呆然としている俺にやたら優しく言う。
これじゃまるで、おねしょをして両親に宥められる子どもみたいだ…。

「あんたら…っ、ど、ど、どういうつもりだよ……っ!?」

あまりのことに、口を開いたら涙が出てきた。
恥ずかしすぎると、人は泣きたくなるものらしい。

「〝あんた〟じゃないでしょ。ちゃんとパパって呼んでごらん?」
「呼ぶわけ、ねーだろ……っ!」

阿久津は、泣いている俺をますます追い詰めるように、わざとらしく怒った表情をして言う。
〝パパ〟なんて口にするのも忌々しい。
本物の父親は、離婚してから一度だって会いにも来なかったんだ。パパなんて、口が裂けても言いたくない…。

「奏多が泣いている。もうやめてやれ。」

四菱の拘束が緩み、俺は泣き顔を見られたくなくてベッドへうつ伏せになった。
すると、また頭を優しく撫でられる。
温かくて、大きな手だ。

「四菱様、これは退行治療…すなわち治療的赤ちゃんプレイですよ。幼い頃に満たされなかったせいで、心はまだ赤ちゃんであるという自覚を促しているだけです。まずは認めることで心に素直になり、次は性的なプレイで甘えを満たす。そしてさっさとここから出してあげないと、囚人同士の集団ご奉仕セックスショーなどに駆り出されてしまいますから。」
「………そうか、ならば仕方がない。」

そしてさらに、交わされる会話に涙が止まらなくなった。
囚人同士の…? な、何だよそれ…っ!?

「というわけで、奏多君はまだ赤ちゃんだって認めようね。四菱様のことを〝パパ〟って呼んでごらん? 僕は〝ママ〟でいいから。」

うつ伏せて泣いていたら阿久津に尻を撫でられ、体がビクッと震える。
このままだと、本当に刑務所に移送されて、あやしいプログラムに参加させられるのかもしれない。
非行になんか走るんじゃなかったと、俺は生まれて初めて心底後悔した。
かといって、すぐにパパやらママやら呼ぶ心は決まらず、子どもみたいにただグズグズしていると…。

「泣いてばかりで、ホント赤ちゃんだなぁ。四菱様、ご協力のほどを…。」

何やら阿久津が四菱へ囁く声がしたと思ったら、俺はベッドの上で無理矢理体勢を変えられ、後ろから四菱に大きく両足を開いた格好で固定される。

「なっ!? や、やめろ…っ!!」

四菱の手と足で拘束され、阿久津に向かって無理矢理M字開脚するというあられもない姿だ。

「済まない、だが、奏多のためだ。優しくしてやりたかったが、罪を犯すとそうもいかない様でな…。」

四菱が背後から、心底仕方がなさそうに言う。
心の中で、非行に走るんじゃなかったと後悔していた俺は、その言葉に押し黙る。
悪いことをたくさんしたのは、確かに事実だ。で、でも……っ。

「じゃあ奏多君、今からちょっと嫌なことをするけど、君が長くここにいるつもりなら必要なことだから我慢しなさいね。でも、赤ちゃんに戻ってパパとママにお漏らししたことをちゃんと謝れたら、許してあげるよ。」

恥ずかしすぎる姿勢の俺に、相変わらずの綺麗な笑顔で、阿久津は恐ろしげなことを宣言した。
嫌なことって何だ…?
それにお漏らしを謝れって、あんなことされてイかないわけないだろ…っ!
そう思ったものの、男に咥えられて呆気なくイッたのは事実だし、おしっこをさせられる子どもの様な格好で何をされるかも分からず、強く出れない。
羞恥と緊張に押し黙っていると、阿久津はベッドサイドの棚から化粧瓶の様なものを取り出して来て、中の液体を俺の後孔に……。

「ひっ……や、やめろっ……っ!」

トロリとした冷たいオイル状の液体を垂らされて、ゾッとする。
手足を動かそうにも、四菱の逞しい四肢の拘束はびくともしなかった。
ここに残るなら必要なことって、後ろを掘られる準備ってことかよ!?

「お、俺が悪かった…っ!」

そう悟った俺は、堪らずそう謝った。
しかし謝り方が悪かったのか、つぷっと後ろに指を1本入れられ、そのまま抜き差しされる。
ものすごい違和感に、鳥肌がたつ…。

「おいっ、謝ってるだろっ!? 聞いてんのか!?」

涙目でガンつけたら、阿久津はこちらをチラリと見ただけで何も答えない。
そしてそのまま、まるでマッサージでもするみたいに俺の後ろの内壁を指で撫ではじめた。

「だ、だから、ごめんって言ってる…!」

オイルを中に塗り広げられながら、俺はもう一度謝った。
しかしツプツプと卑猥な音をたてながら、俺の性器の裏辺りを内側から撫でる指の動きは止まらない。
謝るだけじゃなく、どうしても『パパ、ママ』と呼ばないと、許してもらえないらしい…。
治療だか何だか知らないが、ただでさえ甘え慣れていない俺には、演技でもハードルが高すぎる。

「ぁっ、そこ、やめろ…っ! なんか、変な感じ、するから…っ!」

そのまま心を決めかねていると、後ろを弄られる感触には違和感しかないはずなのに、なぜか阿久津の指に俺の性器がゆるく反応を示し始めた。

「な、何で…っ!?」
「奏多、男には前立腺という器官がある。そこを触られると、誰でも勃つそうだ。だから恥ずかしがることではないが、嫌なら阿久津が満足する様に、ちゃんと謝りなさい。」

四菱の低い声が、背後から言う。
そんなことを言われても恥ずかしいものは恥ずかしいし、さっきから俺的には謝っているつもりだ。

「四菱…っ、俺、謝ってる…! だから、離せよぉ…っ!」

阿久津を諦め、俺は四菱を振り返った。
長いまつ毛に囲まれた夜色の瞳が、俺を映している。

「謝れて偉いな。だが、あともう少しだ。」
「そんなこと、言われても……。」

縋る様に四菱を見つめていたら、阿久津に指を増やされた。
ビクッと体を震わせて、俺は阿久津の方に視線を向ける。
すると、阿久津は花が綻ぶ様な微笑みを浮かべていて…。

「パパばっかり見つめちゃって、ママ妬けちゃうなぁ。かなたん、もっとこっちも見てよ。」

しかしそんな笑顔とは裏腹に、意地の悪いことを言ってきた。
俺はワナワナと、苛立ちに震える。
何だよ〝かなたん〟って…!?

「す、好き勝手言いやがって……!」
「逆らうようなら、明日からパンツじゃなくてオムツ履かせちゃうよ?」

俺の口答えに、阿久津はまさかのオムツの話まで持ち出して来た。
その上、俺の後孔を弄りながら、反対の手で俺自身を刺激し始める。

「謝る前にイッたら、明日からオムツだからね?」
「っ……!?」

綺麗な顔でピシャリと言うと同時に弱い裏筋を刺激され、高まる快感を逃そうと俺は必死になった。
こんな奴に触られて気持ちいいなんて、絶対に認めたくない。
でも…。

「っぁぁ……っ、やめ、やめろぉ……!」

しばらく前と後ろを同時に責められ、どんなに耐えようとしても限界まで体の熱が高まってくる。
阿久津の手つきは巧みで、指を増やされる後ろの違和感さえも、快感にすり替わっていく。

助けて欲しくて四菱を振り返ろうとすると、ますます阿久津に責められた。
仕方なく、俺は阿久津と見つめ合う。

「そ、そんなに、俺がガキみたいに謝るのが…、大切なことなのかよ…っ?」
「もちろんさ。まずは自分の心が赤ちゃんだって認めなきゃ。〝パパ、ママごめんなちゃい。かなたんは、パパとママの言うことを聞くいい子になりましゅ〟って言ってごらん。」

そんな地獄の様な要求を突きつけられ、俺は怒りと屈辱に唇を噛む。
やっぱりそんな台詞、死んでも嫌だ。
噛んだ唇が切れて血の味がしたが、痛みで快感を逃すしかない。

「…血が滲んでいるぞ。噛むなら私の指を噛みなさい。」

ふいに、俺の口の中へ四菱が指を入れてきた。優しさなんだろうけど、俺は痛みで快感を逃すことも出来なくなって、イクことしか考えられなくなっていく…。

「後ろも気持ち良くなってきたみたいだね。そろそろ観念しないと、挿れちゃうよ?」

快感に堪え切れず溢れる涙を、阿久津にちゅっと唇で吸われ、同時に俺自身の先端から溢れる涙も指で掬われた。
ビクビクと腰が震える。
もうイキそうだった。
でも、このままイッたらオムツを履かされる。
赤ちゃん言葉で謝らないと…。
い、嫌だ…っ!
でも、我慢出来そうにない……。
やっぱりもう、謝るしか………っ。

「っ…パパ…、ママ…っ…、ごめんなさ…。」

必死に快感と屈辱に耐えながら、俺はそう口にした。
そして、声に出してみて気がついた。
母さんを『ママ』とさえも、俺はほとんど呼んだことがなかったかもしれない。
『ママ』と呼ぶと、『うるさい』とよく怒られたから…。

過去の嫌な思い出が、走馬灯の様に蘇ってくる。

そういえばいつだったか、母さんが新しくつくってきた男に、『パパ』と呼んでみたことがあった。
でも、露骨に嫌な顔をされて殴られて、母さんからも怒鳴られた。

だから小学校で、当たり前のように『パパ』や『ママ』の話をしているクラスメート達に腹がたった。
そいつらの持ち物を盗んでやったら、少しだけ気が晴れて、ザマァみろと思えた。

だって不公平じゃないか。
俺は呼ぶことさえ、許してもらえないのに…。

また涙が、止まらなくなる。
忘れてたのに、何でこんなこと思い出さなきゃなんねーんだ…。

「…奏多は可愛いな。これからはパパが、何でもしてやろう。」
「…………っ!?」

泣き顔を隠すことも出来ず、子どもみたいにしゃくり上げていると、四菱の声がした。
そして少しだけ拘束が緩んだと思ったら顎を掴まれて上を向かされ、そのまま深くキスされる。

「確かに可愛いすぎ…。今度、オムツと玩具を買ってきてあげるからね。」

阿久津の情欲に掠れた様な声がして、後ろに挿入された指の動きと合わせる様に俺自身の先端をグリグリされると、目の前に星が飛んだ…。

「ん゛ぅ゛ぅぅ………っ!!!」

そして俺は、前だけでイクのとは違う体の奥から痙攣する様な快感に、全身飲み込まれていった…。



ぐったりと放心している奏多の側で、阿久津は奏多の放ったモノを綺麗に拭い、四菱はその様子を静かに見ていた。

互いに、どうすれば奏多を独占出来るかということを考えながら…。

「…四菱様はお忙しいでしょうから、僕が個別プログラムを進めておきましょう。」

先手とばかりに阿久津はそう言って、花の様に微笑んでみせる。
社会的な立場は、四菱の方が上だ。
しかし更生プログラムにおいては、阿久津の指示を無視できない仕組みになっている。

「時間などいくらでもつくろう。奏多が更生出来るまで、支援は惜しまないつもりだ。もちろん、阿久津先生に対しても。」

個別プログラムで奏多を懐柔しようとする阿久津に、四菱はそうはさせまいと余裕の笑みを口元に浮かべた。
プログラムが終わるまでは、医師である阿久津に協力し、従う方が得策だ。
しかし終わりさえすれば、いくら高名だろうと一介の医者など敵ではない…。

笑顔を浮かべつつも牽制し合う2人によって、成人した奏多の個別プログラムが、これから始まるのだった…。
























































































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