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芸能マネージャーの朝のおつとめ

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「起きろ、おい、エレン!!!」
「……………ん…。」

俺、若宮わかみや まもるは、某芸能事務所のマネージャーだ。そして、目の前で深く深く眠っているのは、うちの売り出し中のタレント、青山あおやまエレン、19歳。
今日はドラマの早朝ロケがあるため、朝の4時から迎えに来たというのに、一向に起きる気配がない。
昨夜あんなに言っておいたのに!

「いくらお前が売れてきたからって、大物女優を待たせるわけにはいかないんだぞ! 起きろっ!!」
「……うるさ…。」

エレンは、ベッドの上で寝返りをうっただけで起きる気配はない。かなりスリムなモデル体型とはいえ、185cmの長身の男を担いで運ぶわけにもいかず、俺は焦る。
絶対に遅刻させるわけにはいかない…!

エレンは俺がスカウトしたタレントで、俺の夢であり希望でもある。読者モデルをしていたエレンを雑誌で見かけて気になった俺は、雑誌社に頼んで彼を紹介してもらった。
そして、実物を目の前にしてピンときたんだ。
こいつは売れる…!!!
当時まだ高校生だった彼と彼の両親を、俺は必死で説得してこの世界へ誘った。
そんな俺の情熱に、最初は割りのいいアルバイト感覚だったエレンも、だんだんと仕事の面白さに目覚めてきてくれた。
エレンはアイルランド系クォーターで、濃いめの茶髪に目の色は薄茶。外人過ぎないのに彫りは深く、絶妙に日本人離れしたその容姿は、ドラマで日本人に囲まれても浮かないのに目立つ。
おまけに地頭が良くて台詞覚えが早く、演技指導やボイトレ、ダンスの飲み込みもいい。さらに、番宣で時々出るバラエティー番組でのフリートーク力まである。
俺の目に狂いはなかった…!
マネージャー歴7年、今年30歳になる俺の夢と希望が、エレンには詰まっている。

「おい、いつものことだが、いい加減もう起きろ! 仕事だ! 仕事の時間だっ!!」
「………あと、5分…。」

そんなハイスペックタレントのエレンだが、唯一にして最大の欠点がコレだ。
彼は、とにかく早起きが苦手なのだ。
苦手というか、ひとりでは絶対に起きられない。
目覚ましをいくつ並べたところで無理だ。
実家では家族に何とか起こしてもらっていた様だが、仕事が忙しくなり、都心にある事務所が借り上げたこのマンションで一人暮らしを初めてから、その欠点が浮き彫りになった。
というわけで、仕事の日は毎日、俺が起こしに通っている。

「おーい!! 早朝ロケが苦手なのは知ってるけど、俺が必死で売り込んだおかげでこんないい役がもらえたんだぞ! ここから次は、主役を目指すぞー!!」
「…………あと、5分…。」
「同じことを言うなぁっ!!!」

耳元で大声で喋っても、エレンの瞳は開きそうにない。
俺は仕方なく実力行使に出た。まずは布団を剥ぎ取り、頬をペチペチとたたく。それでもダメなら、体全体を盛大に揺すり、また耳元で名前を呼ぶ。

「…………あと、少しだけ…。」

どうしても起きられないという風に、ベッドでみじろぎするエレンに、俺は毎回のことながら途方に暮れる。
漫画みたいに、耳元でフライパンをお玉で叩いたり、本気で水をかけたことすらあるけど、あまりにひどい起こし方をするとさすがに機嫌を損ねる。
それが何日も続くと、朝早い仕事は向いていないとか何とか呟き出し、せっかく取ってきた仕事が台無しになりそうになったことだってある。それは避けたい…。
俺は、近くのパン屋で買ってきた美味そうな匂いのパンを、エレンの鼻先に突きつけた。

「朝飯だぞ! エレンの好きなチョコクロワッサンだ!」
「…………。」

ダメだ。起こす時間がもう少し遅くないと、腹が減っていない様だ。前に上手くいったからって、いつも上手くいくとは限らない。

「エレン、もう本当に起きないと…!」

再び途方に暮れた俺は、エレンの寝顔をじっと見つめた。
長くてバサバサのまつ毛が、白い頬に影を落としている。
男らしい直線的な眉、まっすぐ通った鼻筋に、血色の良い唇…。全てのバランスが良く、惚れ惚れするくらい格好いい。エレンは絶対、スターになれる!!!

「未来のスターは、お前だっ!!!」

俺は意を決してベッドの上に上がりこみ、エレンの肩を押して床へ転がり落とした。

「いって………っ!」

見事に床に転がったエレンは、やっとこさ目を開いた。
エレンは、黒目の周りにまるで向日葵の花が咲いたような、特別綺麗な目をしている。

「やっと起きてくれたか…!!!」
「若宮さん…、もう少し気分良く起こしてくださいよ…。」

すこぶる機嫌が悪そうに、エレンが欠伸をする。
いけない、床で二度寝されたこともあるんだった!!
俺は素早くベッドから降り、エレンの肩を担ぐとそのまま車まで運ぼうと玄関へ向かった。

「あの、何か気乗りしないんで、シャワー浴びてからでもいいですか?」
「気乗りしないって、何かあったのか?」

早朝ロケは負担かもしれないが、このドラマは脚本もいいし、重要な役をもらえているのに。

「…まぁ、ちょっと。」

言いたくない様子のエレンに、俺は仕方なく風呂場へ彼を連れて行った。10畳ワンルームの部屋なので、移動距離はそう長くない。

「5時半には出るから、さっと済ませてくれ。」
「……はいはい。」

まだ大分寝ぼけているエレンは、俺の目の前で一糸纏わぬ姿になり、風呂場へ入って行った。我がタレントながら、めちゃくちゃ綺麗な体をしている。
男なのにドギマギしながら、シャワーが終わるのを待っていると…、なかなか出てこない。

「エレン? まだなのか? おーい!」

シャワーの水音しか聞こえてこないことに、嫌な予感がしてきた。
俺はスーツのジャケットを脱ぐと、仕方なく風呂場のドアを開け…。

「エレン、エレンっ、もうお願いだから起きてくれ!!!」
「あれ、また寝てました……?」

シャワーを出しっぱなしにして、浴槽にもたれて眠っていたエレンに、俺は大きく肩を落とす。しかも、シャワーを止める時にだいぶお湯をかぶって、カッターシャツがびしょ濡れになった。肌に貼り付いて気持ち悪いけど、今はそんなこと構っていられない。とにかく、エレンを着替えさせて車に乗せないと…!

俺はエレンを風呂場から引きずり出して、バスタオルで体中を拭き、適当な着替えを漁った。

「ったく、そもそも気乗りしないなんて贅沢だぞ! いい役もらってるんだ、むしろ気合い入れろよ!」
「…そうですけど、あのプロデューサー、俺の尻とか撫でてくるんですよね。殴っていいですか?」

エレンの言葉に、現場に立ち会っていたプロデューサーを思い出す。数々のヒット作を生み出してきた敏腕で、エレンの配役を決めてくれたのも彼の采配だ。

「殴ったら終わるぞっ! 少しだけ我慢してくれよ。あの人は、業界で力があるから…。」
「……………。」

エレンが無言になる。
酷いことを言っている自覚はある。でも、この世界は甘くもないし、キレイでもない。俺は心を鬼にして、淡々と支度をすすめた。そんな俺を、全裸のエレンがじっと見下ろしている。

「若宮さん、びしょ濡れじゃないですか。」
「お前のせいだっ。早く下着と服を着てくれ。」

衣服を手渡したが、なぜか俺の胸元をじっと見つめたまま動かない。目のやり場に困るから、早くパンツ履けよ…。

「若宮さんの乳首、シャツに透けてますよ。エロ…。」
「なっ、変なこと言ってないで、早くパンツ履け!」
「いや、でも勃ったんで…。」
「はぁ!?」

見ないようにしていたエレンの下半身に視線を落とすと、確かに勃っている。
なっ、男の乳首に反応する程、欲求不満なのか!?

「溜まってるのか…。女関係はスキャンダルになるし、今夜プロの女の子を呼んでやる。そのプロデューサーの件もあるし、今日頑張ってくれたらスッキリさせてやるから。ほら、今は急ぐぞ!」

俺はそう宥めすかして、エレンを無理矢理着替えさせると、車に乗り込んだ。
移動している間に結局また眠ってしまったエレンは、現場で起こすのもひと苦労だったけど、何とか仕事をこなしてくれた。
大物女優も、エレンのこと褒めてたし…!
彼女は時間に厳しいことで有名で、何度も遅刻ギリギリのエレンにイライラしていた様だけど、その度に俺は謝り、面白おかしくエレンを起こす苦労話をしたりして、ご機嫌をとってきた。もちろん、他の関係者達にも積極的に話しかけて、エレンのフォローをしてまわる。こういうのも、仕事のうちだ。
一方のエレンは、そこはかとなく不機嫌なオーラを放ち続けている。
プロデューサーの件でストレスが溜まっているみたいだし、朝の起こし方も雑だったかもしれない。
反省しつつも、偉い手さんに粗相がないかとヒヤヒヤしてしまう…。

その日は、休憩をはさみながら昼までドラマの収録、午後からはまた別の場所へ移動して雑誌の取材だった。
そして夕方には仕事が終わり、俺はエレンをマンションの部屋の前まで送り届けた。今日一日中、必要なこと以外ほとんど口をきいてくれない。明日も朝の6時から収録があるというのに。

「エレン、今日も疲れたろ? 今朝の件、手配してやるからな。溜まってるんだろ?」
「…………。」
「会員制で守秘義務バッチリな店があるからさ。」

無言のままのエレンに、俺は何とか機嫌をとろうと愛想笑いを浮かべた。
マンション前の廊下で話す内容でもないので、俺たちはとりあえず部屋の中へ入ることにする。

「ずっと忙しいし、若いもんな。エレンはモテるのに、女の子に手を出さず我慢してくれてて助かるよ。で、どんな娘が好みだ?」
「…若宮さんがいいです。」
「ん? 若い子がいい? お前だって若いのに、店には18歳以上しかいないぞ?」
「若い子じゃなくて、若宮さんがいいって言ったんですけど。」

ベッドに腰掛けたエレンにハッキリ言われ、俺は持っていたスマホを思わず床に落とした。
え、まさか俺に、風俗嬢の代わりをしろって言ってるのか…!?

「エ、エレンは男が好きだったのか…? そうか、明日までにそういう店を探しておいてやるから、ちょっと今夜のところは我慢して…。」
「疲れもストレスも溜まってるんで、待てません。マネージャーなら、何とかしてくださいよ。」

何で急にこんな我儘を言い出したんだろう…?
タレントの我儘に付き合うのも仕事のうちだとは思っているけど、さすがに性欲の処理まではしたことがない。
動揺して立ち尽くす俺に、ベッドに座ったエレンが手招きをする。

「明日も朝早いんでしたよね? こっち来てくださいよ。」
「が、我慢しろなんて言って悪かったよ! すぐ先輩に電話して、ゲイのお店教えてもらうから、な?」
「別に男が好きなわけじゃ…。若宮さんがいいんです。他の人は嫌です。」
「な、何でそんなこと…。」

イライラした様子のエレンが立ち上がり、俺の側まで来ると長い両腕を俺の後ろの壁について、俺を閉じ込めた。
至近距離に、あの端正な顔が迫る。

「俺、早起きが子どもの頃から苦手で、大人になったら早く起きなくていい仕事しようって決めてたのに、若宮さんのせいですよ? 早朝ロケなんてものまでやらされて…。しかも、今日もあの女優と楽しそうに話してましたけど、どういうつもりなんですか?」

向日葵が咲いた瞳が、俺を睨みつけてくる。
綺麗な顔をしているだけに、すごい迫力だ。
これなら、悪役もいけるんじゃ…。
ついこんな状況でも仕事のことを考えてしまったけど…。

「あの人は時間に厳しいから、エレンがいつも遅刻ギリギリなのをフォローしてるだけだ! それに、気に入られれば共演のリクエストがあるかもしれないし…。」
「…本当ですか? 若宮さん、前に俺が寝てると思って、待機中の車で、巨乳特集のグラビアこっそり見てましたよね。あの女優も巨乳だし、巨乳と話したいだけなんじゃないんですか?」
「そ、そんなことは…っ。」

恥ずかしくなって、俺はつい目を逸らした。
そんな所を見られていたなんて。確かに、思い当たる節がある。マネージャー業務は多忙で、俺だって色々溜まるんだ。
それに確かに巨乳も好きで、あの大物女優の胸元に全く目がいかないかと言われると嘘になる。でも、エレンのフォロー目的が一番なのは嘘じゃないぞっ。つい言い返しそうになる所を、俺は笑顔を崩さず大人の対応でエレンを宥めようとした。

「イライラさせて悪かった。お前が連日の早起きに耐え、現場でプロデューサーのセクハラと戦っている時に、俺がヘラヘラと楽しそうに話をしているのが嫌だったんだな? 明日から気をつけ…。」
「それに、若宮さんの起こし方、ホント酷いですよね。もう少しマシなやり方ってないんですか?」
「マシなやり方って…。」
「キスとかフェラとか、もっと気持ちよく起こしてくださいよ。」

何だ、何の話だ?? キスとかフェラ??
さすがに俺の笑顔が凍る。
すっかりフリーズしたところを、頬を掴まれ強引に口づけられた。
薄く開いていた唇の隙間から、エレンの舌が割り込んでくる…。

「うぅっ、ふっ…、んっ…。」

ゆっくりと口腔内を舐められながら、タレントに暴力を振るってはいけないというポリシーと闘い続け、俺はキスが終わるまで必死で耐えた。
ど、どうしてこんなことになったんだ…!?

「エレン、き、急にどうしたんだ…っ。」
「俺は、プロデューサーに尻撫でられても我慢しないといけないんですよね? 仕事のためなら何でもしろって言うなら、若宮さんだって!」

今朝の会話を思い出した。確かに酷いことを言った。でも、少し触られたくらいで嫌な顔をして、プロデューサーに嫌われてしまったら、とたんに干されてしまう。

「わ、悪かったよ…! エレンの将来のことを思って言ったつもりだったんだ…。」
「…俺のため? 好きな人に、そんなこと言われた俺の気持ち、わかります?」
「なっ……?」

エレンの端正な顔が、傷ついた様に憂いを帯びる。
す、好きな人って、今、言ったか……!?

「いやいや、俺は今年30歳になるおっさんだぞ…? マネージャーだし…。」
「わかってますよ、そんなこと。…ただ、昔から、若宮さんほど俺の可能性を信じてくれる人、他にいないじゃないですか…。この世界には、他にもたくさんすごい人がいるのに…。」

エレンが、ポツリと呟く。
…そうか、いつの間にか俺は、この世界でのエレンの心の拠り所になっていたのかもしれない。
確かに、この世界は甘くない。上には上がいるし、才能だけで上手くいくという程、単純でもない。でも、俺はエレンの成功を誰よりも信じていて、失敗しても大丈夫だと言い続けてきたし、フォローを惜しまず、励まし続けてきた。
いつかエレンに、たくさんの人の心を動かすスターになって欲しい。
ずっと側で応援したい。
でも、だからこそ、そんな関係には…。

「き、気持ちは嬉しいけど、エレンの未来を傷つけるようなことは、俺は出来ないよ…。」

俺の言葉に、向日葵が咲くエレンの瞳が暗く陰る。

「…若宮さん、俺、ストレスで限界なんです。一度だけでいいから…っ!」

そのまま床に押し倒され、スーツとカッターシャツのボタンが引きちぎられた。
今朝、じっと見られていた乳首を強く吸われて、俺は息を呑む。

「ま、待ってくれ…! 悪かった! 仕事のためにセクハラ我慢しろなんて言って、ごめん…!!」

ズボンに手をかけられて、その手を払おうとしたら、そのまま手首を掴まれて硬くなったエレンのものに押し付けられた。

「…もう今更ですよ。若宮さんのせいで勃ったんだから、何とかしてください。」
「エレン…っ。」

エレンは何も答えずに俺の上から降りて、立ち上がった。
でも絶対に手首は離してくれなくて、そのまま腕を引かれて、ベッドまで引きずられる。
ベッドに腰掛けたエレンの前で、床に正座するみたいに座らされると、目の前にエレンの…。

「ど、どうしたら…?」
「…普通わかるでしょ? いくつなんですか。」
「したことないんだ…、無理…っ!」
「若宮さん、やる前から無理って言うなって、俺に言ってませんでした?」
「そ、それは…。」

バラエティー番組でカラオケチャレンジするオファーがあった時、確かにそんなことを言った気がする…。
エレンはカラオケ嫌いだったみたいなのに、ボイトレしてくれたんだよな…。
許してもらえそうにない雰囲気を悟り、俺は意を決してエレンのズボンに手をかけた。
そして、布越しでもわかる、硬くなった雄を取り出す。
震えそうになる手で、自分でする時みたいに扱き始め、時々ピクピクと反応する感触に、リズムを早める。

「ちゃんと口も、使ってくださいよ。」

頭を押さえられて、エレンの雄を咥えさせられた。
なめらかな、肉の感触。
体臭が薄いせいか、ほとんど匂いもない。
少ししょっぱい味が、口の中に広がる…。

「ふっ、んぐっ、んぐっ、ぅ……っ。」
「俺の咥えてる若宮さん、すごい可愛い…。もう少し、舌使って、唇で吸って…。」

頭を押さえられたままで、口を離せない。
いい年だから彼女は何人かいたことあるけど、フェラしてもらったことはほとんどない。自分からは、なかなか言えなかったし…。
AVと、少しだけ行った風俗の経験を総動員して考える。

ジュポッ、ジュポッ……。

口の中に唾液が溜まって、口を動かす度に湿った音が響いた。俺、何てことしてるんだろう…。
でも、頭をガッチリ押さえられて逃げられない。

「俺が動きますから、喉、開いて…っ。」

その言葉の意味がよくわからないうちに、口の中に深く雄を突き入れられた。何回か動かされるうちに、どんどん深くなって、喉奥まで当たる。く、苦しい…っ!!!

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホゲホッ!!!」

俺が嘔吐きそうになるのと、エレンがイクのとはほぼ同時だった。口の中に、白くてトロトロしたものがぶちまけられる。ボタンが飛んだカッターシャツも、盛大に汚れた。

「…俺ので汚れた若宮さんの顔、すごいヤラシイですね。」

カッと頬が熱くなる。
俺、何てことして……。
こ、これで、エレンの気は済んだのか…?

「…謝るから、今夜はもう寝てくれ。…おやすみ。」

フラフラと立ちあがろうとしたら、腕を引かれて抱きしめられた。
エレンの体が、熱い。

「若宮さんを、抱きたい。…帰さない。」

抱きしめてくる強い力に、本気でやばいと思った。
腕を解こうとしてみたけど、びくともしない。
細いくせに筋肉質な体は、日々仕事で走り回っている俺より
、ずっと力が強かった。

「こ、これ以上はダメだっ、お前は大切な商品なんだ!」
「商品なんて、一番言われたくない台詞ですね…。」

エレンに実感はないかもしれないけど、事務所がどれだけの金をお前に使っていると思っているんだ…!?
この部屋も、演技指導もボイトレも、エレンを売り出すために莫大な金が動いている。

「若宮さんが俺のものになるなら、早起きも我慢して、仕事頑張りますよ。」
「エレン……。」

俺はその時、心底泣きそうになった。
そんなこと、言わないで欲しかった。
心から、俺はエレンのファンなんだ。
エレンの才能に惚れ込み、輝かしい未来を一緒に見ることができる喜びを、日々噛み締めていた。
エレンも、この世界の素晴らしさを分かってくれたんだと思っていた。
人に夢を見せるなんて、普通の人間には出来ない。
選ばれた一握りの人間にしか、出来ないことなんだ。
エレンには、人の心を動かす魅力がある。俺は、それを確信している。なのに…。
こんなことタレントに言われるなんて、俺が不甲斐ないからだ。これじゃ、本当にいい仕事なんてできない…!

「そんなこと言わないでくれ…っ。」

言いながら、涙が滲む。
俺がエレンを、追い詰めてしまった。
仕事どんどん増やして、仕事がない日はレッスンさせて、私生活まで制限して、自由な時間はほんの少し。
その上、仕事のためならセクハラも我慢しろ、なんてことまで言って…。
何も言わずについてきてくれるから、エレンの辛さに気づいてやれなかった。
もっと仕事量をセーブしてやれば良かった。
休みを確保してやれば良かった。
セクハラからも守ってやらないといけなかった。
売り出すことばかり考えていた、俺の責任だ…。

「少し休むか…? このドラマの仕事が終わったら、まとまった休みを…。」
「若宮さんも、付き合ってくれるんですか?」
「す、少しなら…。」

ベッドに押し倒されて、冷や汗が出てくる。

「少しって、どこまで? 若宮さんが喜ぶから、仕事頑張ってきましたけど、最近大変すぎて、それだけじゃもう、満足出来ないんですよね…。」

向日葵が咲いた瞳が、情欲に潤んで見えた。

「エレン、な、何言ってるんだ…。仕事のひとつひとつに、たくさんの人間と莫大な金が動いているんだぞ…っ。」
「………。」
「そんな気持ちで、仕事してたのか…?」
「…汚れたから、脱ぎましょうか?」

服を脱がされそうになって揉み合ううちに、俺は思わずエレンの頬を引っ掻いていた。
赤い筋が、エレンの頬に走る。

「す、済まない…っ!!!」

タレントの顔に、傷をつけるなんて…っ!
一瞬にして青ざめる。
エレンもマズイと思ったのか、頬の傷を触って確認し始めた。
ごめん、ごめん、エレン…!!!
俺は心の中で繰り返しながら、エレンの拘束が緩んだその隙に、慌てて部屋から逃げ出した。
そしてとんでもない罪悪感にかられながら、自分の家に逃げ帰った…。

******

翌日は、朝の6時からドラマの収録だった。
でも、俺はエレンの部屋には行かなかった。いや、行けなかった。
昨夜のうちに事務所へ連絡して、しばらくの間代わりの人を頼むことにしたのだ。そして、その流れで担当を変わるつもりでいた。
俺よりずっと経験豊かな、敏腕マネージャーに託そう…。
俺がエレンの機嫌を損ねてしまい、顔に引っ掻き傷までつけてしまったと報告すると、事務所で推されているエレンだけに、担当変えの話はスムーズに進んだ。
俺はきつく注意され、大いに落ち込みながら、事務所の都合でマネージャーが変わるとエレンにLINEで連絡した。
既読スルーされたけど、事務所から細かい連絡が入ったはずだから、明日から困ることはないだろう。
きっと、俺が起こしに行くよりいい仕事が出来るはず…。
俺はそう願いながら、他のタレントとの仕事をこなすことに専念した…。


それから数日後。

「エレンが今朝のドラマロケを、すっぽかした!?」
「そうなんだよ。次のマネージャーはベテランだったのに、どうしても起こせなかったらしくてさ。例の女優がカンカンで…。」

俺は、同僚の言葉に青ざめた。
エレンは、遅刻しそうになったことは山程あるが、仕事を飛ばしたことなんてなかった。
しかも、あの時間に厳しい大物女優を怒らせてしまうなんて、今後の仕事に絶対悪影響が出る…。

「俺、謝りに行ってくるよ!」
「やめといた方がいい。もう代役をたてる方向で、話が進んでるらしいし…。」

そんな…。
あんなに苦労して売り込んで、ようやく掴んだ大きな役だったのに…。
あの日、俺なりに仕事の大切さも伝えたはずだった。
あんな個人的な事情で、すっぽかすような奴じゃないと思っていたのに…。

「俺、エレンと話してきますっ!」

俺は居ても立っても居られなくなって、車でエレンのマンションへ急いだ。
しっかりしたセキュリティを超えて、エレンの部屋までたどり着く。
ドラマの仕事をすっぽかして、事務所の社長から自宅謹慎を言い渡されたらしいから、部屋にいるはずだ。

ピンポーン。

インターホンを鳴らしても、何の応答もない。
俺は仕方なく、電話をかけることにした。
コール音がしばらくした後、エレンが出る。

「エレンっ、ドラマの仕事、どうして…?」
『…若宮さんが来てくれないなら、もう辞めます。俺は別に、この世界に未練ないんで。』

ものすごくあっさりした言い方に、俺は背筋が凍った。
本当に、仕事をすっぽかすなんて思ってもいなかった。
エレンは早起きは苦手だけど、頭はいいし、責任感だってあるちゃんとした大人だと思っていたのに…。

「あ、明日から起こしに行くよ…! だから、謝りに行かないか? あのドラマの代役の件、今ならまだ間に合うかもしれないし、俺も一緒に謝るから…!」
『…もう、いいです。なんかもう、どうでもいい…。』

エレンの投げやりな言い方に、俺は玄関ドアを思わず叩いた。
そんな、こんな終わり方ってないだろ…!
俺のせいで、金の卵が潰れてしまう。
あの時はエレンの要求に応じたらダメだと思ったけど、それは、エレンがこの華やかで特別な世界を手放してまで、俺のこと抱きたいと思ってるなんて、さすがにそれはないと思っていたからで…っ!
暫くドアを叩いていると…。

「なんだ、来てくれてたんですね。」

ドアが開いて、エレンが顔を出す。
着飾ってなんかいなくても、滲み出るオーラ…。
数日ぶりに見たエレンの姿に、俺は泣きそうになった。
やっぱり俺は、エレンを芸能界でスターにしたい…!

「今から謝りに行こう…っ。お願いだから…。」

エレンは暫く黙っていたけど、ふいに俺の顎を手で持ち上げた。身長170ギリの俺とは、だいぶ身長差がある。
見上げると、あの向日葵が咲いた瞳が俺を見下ろしていた。

「…頭下げてまで、続けたい仕事でもないんですけど。」
「そ、そんなこと言うなよ…!」
「若宮さんが、どうしてもって言うなら…。」
「あ、ありがとう、エレン!」
「…今夜、空いてます?」

俺は、エレンの言葉に息を呑んだ。
まさかの、本気なんだ…。
この世界は甘くない。ピローセールス、セクハラ、パワハラ、準強制猥褻、何でもアリだ。
タレント達は、常に体をはっている。
マネージャーだって、勝ち抜くためなら何でもするのが芸能界、なのかもしれない…!

「…空いてる。わかった、から。」

羞恥に目を伏せながら呟いた俺に、エレンが俺の顎をスリスリと撫でた。

「じゃあ、あの女優とプロデューサーに頭下げたらいいんでしたっけ?」
「すぐ、先方に連絡してみるからっ。」

俺はエレンの手から逃れて、さっそく調整を始めた。
会ってくれなかったらどうしようかとも思ったけど、日頃の関係があったからか、何とか謝らせてもらえることになる。
そして俺はもう、土下座して全力で謝罪した。
エレンも礼儀正しく振る舞ってくれて、今回は何とか役を続けさせてもらえることになった、けど…。


その夜…。

「あんなプロデューサーに頭下げるなんて、本当に最悪な気分ですよ。」
「よく堪えてくれたな。」
「今度は一緒に食事とか言ってましたよね!? 冗談じゃないんですけど。」
「その時は、俺も行くからさ…。」

役を続けることにはなったものの、エレンの機嫌はすこぶる悪い。あのプロデューサーは、確かに危ないかもしれない。
これからはちゃんと、タレントを守ってやらないと…。

「断れないんですか?」
「断るのは、無理だから…。」
「…じゃあ、前に言ってたまとまった休み、この収録が終わったらください。若宮さんの休みも、合わせてもらえますか?」
「そ、それは…。」

部屋で2人きり、小さなキッチンのカウンターで、レストランからテイクアウトした食事をしたのはいいが、俺は全く食べた気がしなかった。
エレンと2人で過ごすことには、慣れているはずなのに。

「…やっぱり芸能人になんて、なるんじゃなかったかな。」
「大変なことも多いけどさ、誰にでもなれるわけじゃないんだ! 何かを表現したり、いい作品を作っていく過程は、楽しくないか?」
「…若宮さんが、側にいてくれるなら。」

カウンターで並んで食事をしていた俺の手を、エレンがそっと握る。
手を引くわけにもいかず、俺はものすごい緊張感に襲われながら、体を固くした。

「あ、明日は、早起きしてもらわないと…。」
「じゃあ、もうベッド行きましょうか?」
「…さ、先にシャワー、浴びてきたら?」
「その隙に、また逃げようとしてません?」
「ま、まさか!」
「じゃあ、一緒に浴びましょうよ。」

怯える俺を見て、若干楽しそうにエレンが微笑う。
バストイレ別の物件だけど、男2人はさすがに狭いからと、俺は先にシャワーを浴びることにした。
腹をくくったはずが、緊張で死にそうだ…。
俺は、エレンがつくる作品をもっと見てみたい。
この世界を、やめて欲しくない…。
俺なんかを抱いて、それで続けてもらえるなら、それでいいじゃないか。
俺さえ黙っていれば、誰にもバレないんだ…。
エレンのブランドイメージに、傷がつくことなんてない。
俺はそう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる。
エレンのことを恋愛対象として見たことはなかったけど、好きとかの次元を超えて、エレンは俺の夢と希望だ。
そうだ、明日も早い。
いつまでも、ここにいるわけには…。

「若宮さん、待ちくたびれたんですけど…。」
「うわぁ!!!」

ガチャリと風呂場のドアが開いて、驚いた俺は、持っていたシャワーを落っことした。
するとお湯が思いっきり、辺りに飛び散る。

「びしょ濡れになったじゃないですか…。この前のお返しってやつですか?」
「違うよ、ご、ごめんっ!」

お湯を止めて、先に出ようとした俺の目の前で、エレンが着ていたシャツを脱ぐ。あっさりと下も脱ぎ捨て、羨ましいくらい綺麗な体が露わになった。

「さ、先に出てるから…!」
「あんまり焦らさないでもらえます?」

通せんぼされるみたいに長い両手を広げられると、狭い風呂場の入り口から出られなくなる。
そのまま抱きしめられて、エレンの滑らかでハリのある肌の感触に包み込まれた。

「エレン…っ。」
「若宮さん、ずっと好きでした…。」

顎をつかまれて、キスされる。
いくら綺麗でも、俺は男には興味なかったはずなのに、エレンは流石だ。見事に人の心を惑わす。未知のときめきを感じさせる。
いや、ダメだ、仕事だと思っておかないと…!
恋愛関係なんて、不安定なものなんだ。
エレンはいい恋も悪い恋も何でも経験して、幅を広げていけばいいのかもしれないけど、俺はずっとエレンの側で、一緒に夢を見ていたい…。
自分にそう言い聞かせて、俺はもう何も考えないよう思考に蓋をした。

ふいに尻たぶを拡げられて、後ろを指でなぞられた。
ビクンと体が震える。
男同士では、そこを使うということは知っているけど、自分のこととなると怖かった。
風呂場の壁に手をつかされて、エレンに尻を突き出すよう姿勢を変えられる。
そして、前をゆるゆる扱かれながら、洗面台に置いてあったローションをたっぷりと後ろに塗り込まれる。

「うあっ、あぁ…っ。」

前を刺激されるとどうしても気持ちよくなってきて、抑えていてもつい、声が風呂場に響く。
イける程の強い刺激がもらえず、焦らす様な触り方に腰が揺れる。
前で気持ちよくなっていると、まずは指を1本後ろに入れられた。それだけでも、異物感がすごい。
そのまま中にも指でローションを塗り込まれて、後ろを拡げられる。
その違和感に、足を開いたまま目を瞑ってひたすら耐えた。
あんな大きなモノ、本当に入るのか…?
エレンに仕事を続けてもらうためなら、何でもすると決意したものの、口で咥えさせられた時のエレンの逞しさを思い出すと、どうしても怖くなってくる…。

「やっぱり、すぐには…っ。」
「わかってます。ゆっくりやりましょう。」

その言葉に、ついホッとしたのも束の間、指を増やされて、中を掻き回される。
やっぱりものすごい違和感だ。でも、いわゆる前立腺の辺りを撫でられると、少しだけ気持ちいい気がした。
そこを執拗に撫でられながら、前を刺激されると、だんだんと堪らない気持ちになってきて…。

「あっ、あぁぁぁ…っ!」

俺は、体を震わせながら白濁を放った。
放心している俺を、背後からエレンが、支えるように抱きしめてくる。

「若宮さんの声、腰にクるな…。俺のも、触ってください。」

ぼんやりした頭で、俺は言われるがまま、エレンの硬くなったモノを握った。そしてまた、あの時みたいに跪いて舌で舐める。こんなの、入る気がしない。
いや、やる前から無理とは言っちゃいけないんだった…。



******


しばらくして、ドラマの収録が無事に終わった。
例のプロデューサーとの食事は、駆け出しでピローセールスしてでものしあがりたい美少年を同伴して、何とかそちらに気をそらす作戦が上手くいった。
美少年は、その後ちゃんと仕事をもらえた様だ。

「マネージャーと2人なら、外でデートしてても怪しまれなくていいですね。」
「デートとか言うな…! 誰かに聞かれたりしたら、エレンの正統派なブランドイメージが崩れるからっ!」

約束通りエレンは1週間のまとまった休みを取り、2人で旅行に来ている。といっても、2泊3日の弾丸だけど。
多忙なマネージャー業の俺は、連休は取れても3日がせいぜいだ。担当しているタレントは、他にもいるし…。

「若宮さんは、本当に仕事が大事ですよね。」
「社会人なら、当然だろ。」

旅行先は沖縄で、目の前が海のプライベートヴィラを借りた。4月だけどもう海開きしたし、天気も良い。
平日だからか人気がまばらな砂浜を歩きながら、サングラス姿のエレンが、俺の肩を抱いてくる。

「エレン、あまりくっつくな…っ。」
「少しくらい、いいじゃないですか。」

日焼けはさせられないので、エレンは長袖のラッシュガードにラッシュパンツで完全防備だ。
偏光サングラスがよく似合って、スタイルもいいからどうしても目立つ。
ヴィラのプライベートビーチだけど、誰もいないわけではないし、大体すれ違う人は皆、二度見してきた。
マリンアクティビティはスタッフが入るとややこしい気がして、結局2人で出来ることだけをしている。
さっきまで、ひとしきりシュノーケリングをしてきたところだ。沖縄の海は流石に綺麗で、日頃の疲れが癒される。

「もう少し泳ごうか?」
「疲れるんで、もういいです。」
「若いのに、何だよそれ。」
「若宮さんも、夜のために体力残しておいてくださいね。」
「………。」

口角を上げるエレンに、俺は俯く。
あれから1ヶ月、何回も後ろを慣らされているけど、男同士なんてそう簡単に出来るものじゃない。
やっぱり、男女の方が何かとスムーズだ。
エレンのイメージを守るために、派手には遊ばないで欲しい。でも、少しくらいなら…。
いや、そもそも遊ぶ時間すらなかったんだ。
収録が終わっても次の台本を覚えないといけないし、睡眠を削るとエレンはますます起きられない。

「部屋に戻りましょう。」
「そう、だな…。」

朝イチの飛行機で来て、昼過ぎから泳いでいるうちに、時刻は夕方になっていた。
天気は良いけど風が冷たくなってきたし、俺たちは部屋に戻ろうと砂浜を歩いていると…。

「あの、青山 エレン君ですよね? ファンなんです!」
「ドラマ見ました! すごーい、本物!?」

ふいに背後から、水着姿の女の子2人組に声をかけられて俺たちは足を止めた。
同じヴィラの宿泊客だろう。20代前半くらいで、2人ともかなり可愛い。というか、スタイルがいい…。
大はしゃぎで一緒に写真を撮って欲しいと言われ、エレンは少し迷ったみたいだったけど、俺は快く応じた。慣れたものなので、何枚かスマホで写真を撮ってあげる。

「…プライベートなのに。」
「ファンサービスは大事だぞ!」

女の子達が行ってしまうと、エレンが少し不貞腐れている。
プロデューサーはセクハラ癖があったけど、ドラマの評判は上々だった。それに、単なるミーハーではなく、エレンの『ファンです』とハッキリ言ってもらえて、俺は嬉しかったのに。

「俺は若宮さんと2人で、写真撮りたいな。」
「そんなもの撮ったって…。」
「SNSにアップしてくださいよ。沖縄デートとかタグ付けて。」
「炎上間違いなしだな…。」

そのまま手を引かれて、ギョッとする。
思わず手を引きそうになったけど、エレンの力が強くて無理だった。掴まれた手首が、痛い…。

部屋に戻ると、海水を洗い流すためにシャワーを浴びてルームサービスをとった。
部屋からは、砂浜と海が一望出来る。夕日を見ながら沖縄料理を食べているうちに、エレンの機嫌も少しずつなおってきた様だ。

「エレン、少し日焼けしたな。明日からは、もう少しマメに日焼け止め塗ろうな。」
「若宮さんも、首とかだいぶ焼けてますよ?」
「俺は別にいいよ。エレンは…。」

商品だと言いそうになって、俺は口を噤んだ。
そんな俺に、エレンは焼けて少し紅くなってしまった頬に、意地の悪い笑みを浮かべる。

「せ、せっかくの綺麗な肌が傷むだろ? ローションマスクでもするか? 俺、持ってきてるから…。」
ダイニングテーブルから立ちあがって、俺は自分のボストンバッグを漁った。
確か、この辺に入れたはず…。

「そういう仕事熱心なところも好きですけど、休みの日くらいは忘れてくださいよ。」

ふいに背後から抱きしめられて、ビクッと肩がはねた。
日焼けしてほてった首筋を、舐められる。
そのまま近くにあったベッドに連れて行かれて、キスをされた。あれから何回もされているけど、毎回緊張する。
また、アレをするのか…。

「そういえば、俺もいいローション持ってきてるんです。若宮さんにと思って。」

エレンが、何やら自分の荷物の中から細長い容器を取り出して来た。ローションといっても、化粧水じゃない。エレンは俺の後ろを開発するために、色々な種類のローションを試したがる。この前は、ホットローションだった様な…。

「2人とも翌日が休みっていう日がなかったんで、今まで無理にはしませんでしたけど…。」

大人しく服を脱がされながら、俺は不安気にエレンを見つめた。旅行に付き合うと決めた時点で覚悟していたとはいえ、仕事を続けてもらいたい一心でここまできたけど、本当にこれでよかったんだろうか…。

「明日は早起きもしなくていいし、ゆっくりできますね。」

向日葵が咲いた瞳が、嬉しそうに微笑う。
やっぱり綺麗だ…。ここまでひとりのタレントに入れ込むなんて、もう既に仕事の域を超えている…。

「エレン、こ、今夜なら夜遊びも出来るぞ…っ。」
「夜遊びって?」
「繁華街の方には、クラブとかも、あるだろ?」
「まだ10代だから、大っぴらに酒とか無理でしょ? 仕事忘れろって言いましたけど、何言ってるんです?」

エレンの言葉に、確かに何を言っているんだと我に返った。エレンの爽やかで正統派なブランドイメージを、マネージャーのくせに壊すようなこと…。

「これはただの性欲処理じゃないですよ。それなら、もうとっくに無理矢理突っ込んでます。」
「じゃ、じゃあ、夜の観光とか…っ。」
「…ここまでついて来といて、今更何?」

冷たい表情になったエレンに、俺は息を呑んだ。
確かにそうだ…。今更、何をそんなに怖がってるんだ…。

「流されるなら、最後まで流されてくださいよ。」
「いや、俺はマネージャーとして、ついて来たんだ…っ。仕事を続けて欲しくて…。」
「はいはい。でも、そんなマネージャー、他にもいるんですか?…聞いたことないな。」
「そ、それは…っ。」

俺の両足の間に入って、エレンがローションの出口を俺の後ろに直接突っ込んできた。
冷たい感触に、身がすくむ。
でも、縮こまった俺自身をいつもの様に刺激されると、条件反射みたいに気持ち良くなってきて…。

「はぁっ、あっ、あぁっ…。」
「甘い声…。俺に仕事続けて欲しいからって、すごいですよね。本当は俺のこと好きだからなんじゃないかって、期待したらダメですか?」
「ファンなんだっ、俺個人としても…!」
「…あなたが俺のこと好きだと認めれば、一番近くで見せてあげますよ。俺の、全部…。」

エレンの色気を含んだ笑みに、俺の目が吸い寄せられる。
頭で考えるより先に体が熱くなって、心臓が早くなる…。
ダメだ、怖い。後戻り出来なくなりそうだ…。

「…ずっと、側にいられる関係でいたい。マネージャーなら…。」
「俺に抱かれたら、もうただのマネージャーじゃないですよね? 何になりたいですか?」

後ろに指が入ってきて、中を撫でられる。
だいぶ慣れてきたけど、やっぱり違和感を感じる。
でもその違和感が、いつもとは少し違う気がした。じわじわとローションの塗られた所が熱くなってくる。

「これ、何だ…? また、ホットローション…?」
「もっとアツくなれますから。」

キスをされて、また前を刺激される。
そのうちに、どんどん後ろが熱くなってきた。いや、熱いというより、奥から疼くような…。

「エレン、こ、これ…っ!」
「催淫剤入りなんです。合法なやつだから、怖くないですよ?」
「さ、催淫剤…!?」

そんなものを使うのは初めてで、否応なく疼く後ろに青ざめた。後ろの指を増やされて中を掻き回されると、前もはちきれそうに勃ち上がる。

「あっ、うぅ…っ、エレン…っ!」
「すごい、もう柔らかくなってきた。じゃあ、少しずつ挿れますね。」

ペロリと唇を舐める仕草に、ゾクリとした。
両足を肩に担がれて、後ろにエレンの硬いモノが当たる。
俺の両手が、知らずシーツを握りしめた。
入り口が、押し広げられる…。

「う゛ぅ……っ、やめ……っ。」
「若宮さんの中、熱い…。」

自分が相手の中に入るのではなく、入ってこられる。
そういうセックスは、初めてだ。
エレンが、俺の中に入ってくる。
腹の中が苦しい。心の中も苦しい。でも、拒絶なんてできない。俺の奥まで、入ってこられる…。

「ちゃんと息して、俺の名前、呼んで…。」
「はぁっ、あっ、…エレン、エレン…っ!」

前を刺激されながら、快感に緊張が緩むたびに深く入ってこられる。疼く内壁を擦られると、堪らなく気持ちよかった。
ダメだ、こんなのを知ってしまったらもう…。

「あなたの望むものを、見せてあげます。その代わり、一番側にいてください。」

シーツを握りしめていた手が、繋がっている所に導かれた。
…入っている、エレンが、俺の中に…。

「ほら、わかりますか? あなたは、俺を受け入れたんだ。これは、マネージャーの仕事ですか?」

涙が出てきた。そんなこと、あるわけがない。
俺は、エレンのことを…。

「側に、いたい…。ずっと、見ていたい…。」
「ずっと、見ていてください。」
「でも、こんなの長く続かな……っ。」

キスされて口を塞がれた。そのまま、腰をゆっくり動かされる。強烈な快感に、俺は両手でエレンに縋りついた。
前立腺の辺りに当たると、俺はあっけなく果てた。
気持ちいい…、我慢なんて出来なかった。

「あっ、はぁっ、はぁっ!」
「俺のこと好きって言うまで、寝かせませんよ。」

またすぐに腰を動かされて、体中に鳥肌が立つ。
ダメだ、ダメだ、また……っ!!!

それから何回もイかされて、その度に理性が溶けていった。

「あ゛っ、あぁぁぁ………っ。」
「そんな蕩けた顔見せといて、これは仕事なんですか…? 俺が騙されてんの? 俳優騙すなんて、さすが…。」

何を言われているのか、途中からよくわからなくなった。
騙す? 俺が、エレンを…? そんなこと、あるわけがない。信頼して欲しい。俺は、一番のエレンのファンで、理解者でありたい…。

「騙して、ない…っ!」
「じゃあ、俺のこと好き?」
「あ゛っ、す、すき…っ!」
「うわ、かっわい…。本当に?」
「すき、…すきだ……っ!」

ガンガン腰を動かされながら、好きと繰り返す。
そうだ、好きにならないはずがない。
エレンは特別な才能の持ち主だ。簡単に人の心を奪っていく。例え10も年上で、ゲイでもない普通の男の、マネージャーという利害が絡む俺の心さえ、その気になれば簡単に…。

「守って、呼んでいいですか?」
「もう、す、好きにしろ…っ。」

エレンの瞳の中の向日葵が、輝くように咲き誇っている。
…やっぱり、俺の目に狂いはなかったんだ。
エレンには、人の心を動かす才能がある。
だから、俺が心を奪われても仕方ないんだ…。
そんな言い訳がましいことを考えながら、俺はもう何度目かも分からない快感に身を委ねた…。


******

唇に触れる柔らかい感触に、俺は重い瞼を開けた。
目の前には、まるで洋画に出てくる王子様みたいな笑顔があって…。

「…エレン?」
「目が覚めましたか? 俺の眠り姫。」

とんでもなく恥ずかしい台詞を、さすがの演技力で囁かれる。信じられないことに、俺はあのエレンに起こされたんだ。しかも、キスで…。

「ね、眠り姫は、お前だろ…っ!」
「姫は面白い人ですね。でも、あなたにツッコミの才能はありませんよ。突っ込まれる才能はおありの様ですが。」
「わーーー! やめろっ、下ネタは事務所から禁止されてるだろっ!」

慌てふためく俺に、エレンがおかしそうに笑う。
体を動かすと、腰が死ぬほど痛い。
しかも、シーツもドロドロだし、怪し気なローションにコンドームに…。
結局、その日は体が痛くて部屋から出られないし、部屋の片付けにひたすら追われた。このままじゃ、清掃にも入ってもらえない…っ。

「今夜も汚れるし、明日まとめて片付けません?」

エレンには、さらに追い討ちをかけられた。そんなことされたら、明日も動けなくなって飛行機に乗れないだろ…。
しかも、昨日写真を撮ってあげた女の子達がSNSにすぐアップしてくれたお陰で、ヴィラにファンが殺到したりして、その対応にも追われた。
いいホテルだったから、対応がスムーズで大騒ぎにならなかったけど…。
マネージャーとして、もう抜けまくっている。
気を引き締めないと…!


******

「エレン、起きる時間だぞ!!!」

あれから数ヶ月後。
相変わらず、エレンは早起きが苦手だ。
毎朝起こすのは、一苦労なんだけど…。

俺は、おもむろにエレンのパジャマのズボンを下ろし、朝イチのおつとめに取り掛かる。
エレンの雄の根本を扱きながら、口に咥えて…。

「んっ…、守さん? おはよ…。」

エレンの瞳の向日葵が、今朝も元気に咲いている。

「…朝から、最高の眺めですね。」

エレンの雄を舐めながら、頬が熱くなった。
さすがのエレンも、モーニングフェラすると目が覚める様だ。知って良かったのか、悪かったのか…。
でも、俺の毎朝の努力が功を奏し、エレンの仕事はすこぶる順調だ。
遅刻ギリギリ、というのもなくなった。

「この流れで、俺の上で腰振って欲しいな。」
「そ、そんな時間は…っ。」
「わかってますよ。じゃあ夜に。」

売れっ子になるにつれ、エレンの要求はどんどんエスカレートしている気がする。
俺の体も、すっかり慣らされてしまった。

「守さんのお口が止まると、また寝そう…。」
「えっ、寝るなよ!? や、やるから…!」

つい考え事をして、口が止まっていた。
俺は慌てて、朝のおつとめを再開する。
表向きはマネージャーだが、結局俺たちは付き合っている。
当然、誰にも秘密で。
この関係に葛藤がないわけじゃない。
一番応援しているはずの俺の存在が、エレンの仕事の障害になるかもしれないんだから…。
でも、あの時拒否していたら、仕事を続けてもらえなかったかもしれない。
この世界は水もので、流れにのったり機会を捉えたりすることはすごく大切だ。
俺個人がエレンの側にい続けたいからと、マネージャーの立場に拘ってエレンの意欲を削ぐより、いつかエレンの側にいられなくなるリスクを背負ってでも、今の瞬間を支えると覚悟した。そう自分に言い聞かせている。
この世界は、売れっ子になればなるほど、エレンの都合だけで簡単には辞められなくなっていく。
きっとたくさんの人や作品が、エレンをこの世界に留めてくれるようになる。
だから、この先はエレンのためにならないと感じたら、俺はいつでも身を引かないといけない。
俺はエレンを見出し、駆け出しから売れっ子になるまでを支えた、マネージャーを超えた存在になれた。
それだけで、まるで夢のようだ。
エレンは若いから、きっと他の恋だってするだろう。
この関係が壊れたら、俺はもう一緒に仕事もできなくなるだろう。
それがとても、怖いことだったんだ。
エレンという、俺の夢から覚めるのが…。
今の特等席に、俺はいつまで座っていられるのかは分からない。でも、この夢を少しでも長く見続けるためになら、俺はもう何だってやってやる……!


                    































































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みんなの感想(1件)

マルル
2024.03.03 マルル

職業もの大好きです!
年上受けっていいですね♡
とても読んでいて楽しかったです!

風早 るう
2024.03.03 風早 るう

感想ありがとうございます。
芸能界は大変そうですが、やっぱり夢がありますよね…。
読んで頂けて、励みになりました!

解除
1 / 5

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