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礼央×シロ 編
番編
しおりを挟む俺の体はいつも礼央様の噛み傷だらけだけど、ついに、一生消えない噛み跡が出来た。
「おはよう、シロ。」
礼央様の番になって数ヶ月が経ち、彼は大学生になった。
彼のベッドで目を覚ますと、また少し大人びた端正な顔が隣で俺を見つめている。
「おはよう…ございます。」
大学生になってバチバチに耳にピアスを開けた礼央様は、少年っぽさが抜けてどんどん男らしくなっていく。
「また無理させすぎたかも。ごめんね?」
そう言って俺を抱き寄せる腕は、硬い筋肉に覆われていた。
大学生活は時間に余裕があるからと、体を動かすのが好きな彼は、テニスやらヨットやらパルクールなんてものまでやって、仲間達と遊んでいる。俺もしょっちゅう連れて行かれるけど、全然ついていけない。α達の体力と運動神経は、一体どうなっているんだ…。
「た、体力がもたないのですが…。」
そんな彼に、なぜか最近毎晩の様に抱き潰されている俺は、日中何も出来ないくらい消耗する毎日だ。
「俺の講義がある日は、部屋でのんびりしてたらいいだろ?」
俺の泣き言に、ヘーゼル色の瞳が不満気に細められる。
「だいたいさ、実家帰りすぎなんだよ。そんなにパパとママが恋しい?」
この数ヶ月、番になって他のαから襲われる危険性がなくなった俺は、結構な頻度で実家に帰っていた。そのまま泊まることも多かったし、どうやらそれが彼は気に食わなかったらしい。だからこんなに、足腰立たなくされているのか…。
「父さんが色々と、心配しているので…。」
礼央様は俺の家まできちんと挨拶に来てくれて、母さんは彼のイケメンぶりと藤堂グループという大きな後ろ盾に、驚きながらも喜んでくれたけど、父さんは違った。
ひとり息子のバース性がΩに変わったというだけでもショックなのに、8つも年下の男性α、しかも藤堂グループの後継の番なんて大丈夫なのかと心配が尽きないみたいだ。
「親が子を心配するのは仕方ないって。でもさ、それでしょっちゅう実家帰ってたら、屋敷にいたくないみたいに見えるだろ。余計に心配させるかもよ?」
俺の頭を撫でる彼の手つきは優しい。でも、どこか責める様な台詞に息を呑んだ。
「そんなつもりはっ。父さんがまた出世して、新しい仕事に戸惑ってて…。」
彼なりの厚意とは分かっているけど、車好きの父さんには高級車、旅行好きな母さんには使いきれないくらいの旅行券が贈られた上に、父さんは藤堂の力でどんどん出世させられて、彼の権力に恐れをなしている。
最近は、とにかく礼央様の言うことをよく聞くようにと、父さんからも言われるけど、屋敷にいても特にすることがないし、何だかんだと理由をつけては里帰りしていた。
「…出世ついでに、転勤でもしてもらおうかな。海外とかどう? シロの母さん、旅行好きだろ。」
そう言っていつもの飄々とした笑みを浮かべた彼の台詞に、俺は慌てふためく。
「海外!? それはちょっと…っ。」
超格差社会の権力というのは恐ろしい。彼がその気になれば、俺は実家にも帰れなくなってしまう。
屋敷の生活に不満があるわけじゃないけど、番になってもまだ、俺は屋敷の生活に馴染めないでいた。
どこかで働こうかとも思ったけど、『俺と仕事とどっちが大事?』という彼の究極の一言で諦めざるを得なくなり、友達はみんな働いているから日中会える人なんていないし、実家は唯一の息抜きの場だった。親の海外転勤だけはやめて欲しいと必死になる俺を眺めながら、
「新しい世話係とは気が合わない?」
彼が小さく首を傾げる。
「…いえ、皆いい人です。」
番になってから、彼は俺にも専属の執事をつけた。
「優秀で気のいい奴らばかりだと思うけど。でもまぁ、成瀬には敵わないか…。」
彼の表情は笑っているけど、言い方は意地が悪い。俺は、何と答えたらいいかわからなくなって黙り込んだ。
今も変わらず、執事長は屋敷で働いている。
あの後、礼央様は、俺と執事長とのことは表沙汰にせず、特段の処分も下さなかった。旦那様の耳に入ると、番としての俺の印象が悪くなるからと…。
でも、専属執事達に取り囲まれた俺は、もう執事長と前の様に話をすることは出来なくなってしまった。ごくごくたまに、顔を合わせる程度だ。
黙り込んだままの俺に、彼がゆっくりとのしかかってくる。
「…そんなに、成瀬の方が良かった?」
剣呑なαの目に見下ろされながら、執事長に体を触らせた罰だと無理矢理つけられた両胸のリング型のピアスを弄ばれると、俺の心拍数は跳ね上がる。
あれから何度も彼のことが好きだと伝えているけど、彼の独占欲は強い。目を見張る様な貪欲さで、常に100%の愛情を求めてくる。
「俺には、礼央様だけです。」
強い眼差しに怯まない様に、俺は何度も言ってきた言葉をまた口にした。
この気持ちに嘘はない。そうじゃないと、番になんてなれない。
「…当たり前だろ。」
そんな俺の態度に満足したのか、彼に強く抱きしめられた。胸のピアスが引き攣れて、微かに痛む。
「わかってるなら、俺から離れようとするな。」
そしてそう囁かれると、少し胸が苦しくなった。
離れようとしているつもりはなかったけど、そう思われても仕方がないのかもしれない。
彼は2人の時間を積極的に作ろうとしてくれるし、友人達の集まりにもよく連れて行ってくれる。番になってからは、本当に夜遊びもしなくなった。
浮気の心配どころか、俺への執着心ばかりが増している様な気さえする。
でも、パーティーへ同伴する度、彼の婚約の話が出るのは変わらない。年末に旦那様と奥様が一時帰国した時もそうだった。Ωの番は、αのステータスとして歓迎はされても、婚約の話とは別問題だ。
彼はそれを、「興味ない」といつもの調子で流しながらも、「シロと子づくりしとけば、婚約は必要ないだろ。」なんて俺には言ってくるけど…。
「シロ、聞いてる?」
「き、聞いてますよ…っ。」
もうこんなことは考えても仕方がないと諦めて、俺も彼を抱きしめた。血筋を絶やさないことが一番の優先事項とはいえ、藤堂家が望んでいるのは、家柄のいい本妻とその血統なんだ。ここから先は、俺たちだけの問題じゃない。
そう思うと、前に進めないでいた…。
「真白様、今日はいい天気ですね!」
礼央様が大学へ行くのを見送った後、重い体を引きずって自分の部屋へ戻ると、ドアの前で専属執事の1人である北山《きたやま》さんが、待ってましたとばかりに声をかけてくれた。
北山さんは、さっぱりした短髪と爽やかな笑顔が特徴的な明るい人だ。俺より1歳上で年も近いからか、執事達の中で一番話しやすい。
「…確かに、洗濯物がよく乾きそうですよね。」
キラキラした夏の日差しに、思わずそんな言葉が口をつく。
パート主婦だった母さんは、父さんが出世したお陰でパートを辞めた。だから、実家へ帰ればいつでも家で迎えてくれる。きっと今日は、のんびり洗濯でもしているだろう。
「洗濯…ですか?」
北山さんは、一瞬だけ不思議そうな表情をしたけど、
「もしご実家へ帰るなら、車の手配をしましょうか?」
すぐにそう言って笑顔になった。察しの良い北山さんの申し出に、帰りたいなと一瞬思ったけど、礼央様の機嫌を損ねると碌なことにならないことを思い出す。例え大学に行っている間だけでも、また帰ったのかと文句を言われそうだ。今日はまだ午前中だというのにもう疲れているし、日に日にまた噛み跡も増えているし、やっぱりしばらくはやめておこう…。
そう思い直し、今日は体調が悪いからと返事をして、ゆっくり部屋で過ごすことにした。TVでも見ようとソファーに座ると、北山さんがお茶の準備を始めてくれる。
「…その、最近毎晩ですし、礼央様のお相手は大変じゃないですか?」
ふいに北山さんからかけられた答えにくい質問に、俺は目を瞬かせた。気さくな北山さんとは、しょっちゅう世間話をするけど、この手のことを聞かれたのは初めてだ。体調が悪いと言ったから、心配してくれているのかもしれないけど…。
「執事長が心配していました。真白様は、どう思っているのかと…。」
いつも笑顔の北山さんの表情が、至って真面目になる。
執事長が、今も変わらず俺のことを心配してくれているんだと思うと、胸の奥がジンとした。
「ぜっ、全然大丈夫ですと、伝えてください!」
執事長に心配をかけたくない一心で勢い良くそう答えると、北山さんがポカンとしたあと、破顔する。
「さすが番ですね! 愛し合っているなら、毎晩でもいいと俺も思います!」
素直に感動している様子の北山さんに、実は実家へ帰れない様に抱き潰されているとはとても言えない…。
「…執事長はお元気ですか?」
さり気なく話題を変えた俺に、
「それが、礼央様から見合い話を全て断る様に指示されていて、旦那様との板挟みで苦労している様です。」
北山さんが、そう言って苦笑いする。
彼が執事長にそんな指示を出していたなんて、初耳だった。
礼央様が婚約の話をすすめないと、執事長にも苦労をかけてしまうのか…。
「いえその、見合いの話などすみませんっ。執事長が、上手くやってくれていますから!」
北山さんは、俺を元気づける様に明るく言ってくれたけど、いくら執事長でも永遠と断り続けるわけにはいかないだろう。
8歳も年上の自分が、藤堂家の後継に婚約して欲しくないなんてことは口が裂けても言えない。いつか必ず、婚約を決める日は来るんだ…。
いい大人なのに、割り切れない。でも、それでも側にいると決めたのは自分だ…。
「そうだ、真白様。そろそろ健康診断の日程を決めるよう上から言われておりまして、いつがよろしいですか?」
神妙な顔をしていると、北山さんがそう言って笑顔でハーブティーを出してくれた。ノンカフェインで、疲労回復にもいいお茶らしい。
そういえば雇われていた時も、年に一度は定期健診があったけど、番になってからもある様だ。しかも、北山さんに見せられたパンフレットによると、信じられないくらいの項目の多さだった。まさに1日がかりのセレブ人間ドックだ。
ありがたいことかもしれないけど、健康面も厳重に管理されている感は否めない。
「いつでもいいですよ。俺個人の予定とかはないんで。」
「わかりました。では、早めに組んでおきますね。」
まだ一応20代だけど、脳内からつま先までの画像検査が盛り込まれた内容だし、何か異常があったら怖いな…。
浮かない顔で、淹れてもらったハーブティーを口に含む。
「そういえば、藤堂のお抱え医師が変わったんですよ。俺も健康診断で診てもらいましたが、若いイケメンで女性達は喜んでいました。」
北山さんが、美人女医だったら良かったのにと不満気で、つい笑ってしまった。
新しいお抱え医師の話は、俺も春頃に聞いた気がする。
でも、まだ会ったことはなかった。相変わらず礼央様には噛まれるけど、医者を呼ぶほどの怪我はしていない。彼なりに加減してくれている様だ。寡黙だった前任の医師は、もうかなりの高齢で、退職してしまったと聞いた。
それからしばらく、北山さんと他愛のない話をしていると、TVのニュースで、明日の花火大会の話題が流れた。
「明日も晴れそうですね。花火クルーズ、楽しんできてください。」
明日は、彼の大学の先輩が主催するクルーズパーティーだ。
大きな花火大会を海上から見るというセレブな集まりで、彼と同じ経済学部の先輩であり、造船会社社長の息子が主催者らしい。藤堂がその会社で購入したクルーザーを所有している関係でお声がかかり、先輩でもあるしということで参加することになった様だ。
大学の集まりに俺が行く必要はない気がするけど、礼央様は色々な場所へ俺を連れ回したがる…。
しかもドレスコードは浴衣ということで、わざわざ2週間前に老舗の呉服店へ連れて行かれ、生地から選んで浴衣を仕立ててもらった。アラサーだけど、大学生達のノリについていけるだろうか…。
******
翌日の土曜日は、よく晴れた花火大会日和だった。
まだ明るい夏の夕刻に、マリーナから100人以上乗れそうな3階建ての超大型クルーザーが出航した。
夏の海をテーマに飾り付けられた1階と2階の各フロアでは、半立食パーティーが行われている。3階は、一面の広いオープンデッキになっていた。
参加しているのは殆どがαの大学生で、とにかく賑やかだ。
αに連れられて極小数Ωもいるけど、これくらいなら礼央様の体調も問題ないだろう。
そう思い、学生達の雰囲気についていけなかった俺は、2階後方デッキの欄干にもたれて、ひとり海を眺めていた。
若者達は食事とお喋りに夢中らしく、デッキに人影はない。
「見つけた。」
ふいに後ろから礼央様の声がして、背後から抱きしめられる。
「うわっ!」
時々こういう悪戯をされるけど、気配を消して近づくのはやめてほしい…。
「し、心臓に悪いので、やめてくださいよっ。」
心臓をバクバクさせる俺を抱きしめながら、彼は一切悪びれる様子はない。何だか酒臭い気もした。彼の周りは一際賑やかだったから、既に相当飲んだんだろう。まだ20歳前ということで公的なパーティーでは飲まない彼も、大学の集まりではガンガンに飲むみたいだ。高校生の頃からクラブ通いしてたし、今更だけど…。
「俺から勝手に離れるなって言ったろ?」
そんな彼の、やや不機嫌そうな声が降ってくる。どうやら、ひとりで会場を抜けたのが気に食わなかった様だ。
大学生活や内輪ネタの話にはついていけないし、ジェネレーションギャップも感じるし、それに…。
つい黙り込んだ俺に、
「もしかして、エッチなパンツのせい?」
「………っ!」
礼央様に意地悪く囁かれ、頬が熱くなった。
俺は浴衣の下に、メンズ用のTバックを穿かされている。
そのせいで、何をしていても腰のあたりがスースーして落ち着かない。
というのも、彼が選んでくれた浴衣の生地は若干透けやすい白で、対策用の下着が用意してあったのに、その下着がダサいからと急きょ極小面積の下着を穿かされてしまったのだ。
「こんなの、恥ずかしすぎますよ…。」
「いいだろ? せっかくの浴衣なんだし。」
礼央様が、俺の腰の辺りをやらしい手つきで撫でてくる。
相変わらず彼には噛まれる上に、色々な部分の毛を剃られたり、変な写真や動画を撮られそうになったりと、大変な目に遭わされている。
どうして俺は、こんなややこしい人を好きになってしまったんだろう…。
そう思いつつ、まとわりついてくる彼の手を避けると、不満そうに見下ろされた。
黒いシンプルな浴衣を着た礼央様は、まるで外人が着物を着ているような独特の華と迫力がある。こんなに綺麗な顔で、変なことばかりしてこないで欲しい…。
「これから毎日、履いてもらおうかな。」
また後ろから抱きしめられて、恥ずかしいことを囁かれた。腕の力が強くて、今度は振り解けない。
「…痛いですよ。」
「痛いくらいが、好きだろ?」
ふいに、浴衣の上から胸のピアスを引っ張られた。軽い痛みと、それだけじゃない感覚が走る。さらに反対の手で下の方を布越しに弄られ、体が強張る。
礼央様は滅多に、俺自身を触ってこないのに…。
いつも『メスらしくしろ』とか言って、オスの象徴には刺激をくれない。
「勝手に離れて、すみません…っ。」
嫌な予感がして、俺はとりあえず謝った。力で敵う相手じゃないし、酔っ払いだ。第一こんな場所で体が反応したら、大変なことになる。どこで誰が見ているかわからない…。
「あれ、すごい素直。いい子だねー。」
スルリと彼の手が浴衣の隙間から入ってきて、頭を撫でる様に俺自身をヨシヨシし始めた。
極小下着の中で、ピクピクと彼の手の感触を悦んでしまう自分に焦る。ダメだと思っても、熱が集まってくる…。
「や、やめてくださ…っ!」
「いい子にしてないと、はみ出ちゃうよ?」
笑いを含んだ声に、頬が熱くなる。ピアスを引っ張られながら乳首も撫でられると、腰が揺れた。
酔っているせいか、礼央様の悪ノリが止まらない…っ。
ふいに数人の学生達の賑やかな声が出入り口の方から聞こえてきた。後方デッキと前方デッキのちょうど中間あたりに出入り口があり、後方デッキの方へ近づいてくる気配がする。
「…後で続きしようね。」
つむじにキスをされ、彼の手が止まる。
慌てて離れると、声の主達の姿が見えて来た。男性3人に囲まれて、1人だけ青い浴衣姿の背の高い女性がいる。彼女には、どこか見覚えがある気がした。
「藤堂君じゃない? 久しぶりね。」
ショートヘアの浴衣美女が嬉しそうに礼央様に声をかけてきて、俺の心臓が跳ねた。
見覚えがあるはずだ。去年の冬、個展のレセプションパーティーで出会った礼央様の婚約者候補で、大物代議士の孫娘…。
家柄がいいだけじゃなく、難しい推薦枠で理学部に合格した帰国子女の才媛だ。
「…どーも。有馬《ありま》さん、だっけ?」
礼央様の言葉に、有馬さんが微笑む。
個展ではクールなパンツスーツ姿だったけど、浴衣を着ていると華やかで、とても女性らしい。
一緒にいる男性達も含め、主催者とはサークル繋がりだと話していた。
「あのあと連絡したのにつれないと思ってたら、可愛い番が出来たらしいわね。確か個展でもお会いした、…シロさん?」
「あ、はい。真白と言います。」
英語訛りの早口で話しかけられ、彼女が俺の名前まで覚えていたことに驚いた。さすがの記憶力だ。
「あの時、すぐ帰ってしまったでしょう? 有馬《ありま》 葉月《はづき》です。あなたに、また会いたいと思っていたのよ。」
しかも何やら積極的に近づいて来られて、俺は思わず後ずさる。
「おい、俺の番だぞ。」
不機嫌そうな礼央様にも怯むことなく、有馬さんは俺を熱い眼差しで見つめ…。
「あなたの遺伝子、気になるわ。ちょっと触ってもいいかしら?」
「え…? は、はい。」
迫力に押されてつい頷くと、彼女は俺の肩から腕へという風に、上から下へと順番に触り始めた。
遺伝子が気になるなんて、初めて言われた。礼央様の婚約者候補だけど、かなり変わった人かもしれない。
いや、だからこそ2人は気が合ってしまうんじゃ…。
そんな考えが頭を駆け巡り、抵抗を忘れていると、
「何、触らせてんだよ…っ!」
イライラした様子の礼央様に、彼女から引き剥がされた。
「…ケチ。あなたの体つき、やっぱりΩらしくない。不思議だわ。」
猫みたいに大きな目で彼女に見つめられ、ホルモンコントロールのことが頭に浮かんだ。そして、遺伝子について学ぶために、彼女が理学部を選んだと言っていたことも…。
「…面白いこと言うね。」
「そうかしら? ねぇ、じゃあ少し耳かしてくれない?」
彼女が礼央様の耳元で、何やら内緒話を始めた。
礼央様は、その話を聞いて何だか楽しそうだ。
やっぱり2人が並ぶと、すごくお似合いだと思った。
美男美女だからというだけじゃなく、家柄も、頭の良さも、興味の方向も、うまく言えないけど、雰囲気も…。
色々なパーティーで、礼央様の婚約者候補が紹介されるのを見てきたけど、有馬さんほど釣り合っていると思った女性はいない。
「ね? 今度、藤堂のラボへ連れて行ってよ。」
「いいよ。いつがいい?」
何の話か分からないけど、2人の楽しそうな様子に目の前が暗くなる気がした。
ふと気づくと、いつの間にか夕陽も沈んでいる。
花火の打ち上げ時間が近づいたのか、3階デッキに学生達が次々と移動していく。
急激に打ち解けた様子の2人も内緒話を切り上げ、有馬さん達はそのまま3階へ行ってしまった。
「シロ、俺達も行くぞ。」
礼央様に手を引かれたけど、彼女の側に行きたくなくて、俺はその場から動かなかった。
やっぱり、大学の集まりになんてついてくるんじゃなかった…。
「何、ヤキモチ? 可愛いーな。」
しかもそんな風に揶揄われて、ものすごく腹が立つ。
もう彼の顔も見たくなくなり、俺は2階の室内へ入った。花火観賞のためか、照明が落とされて薄暗い。
後ろからついてくる礼央様に、
「何か食べてから行きますから、3階で花火見ててくださいっ!」
振り向きもせずに言うと、
「勝手に離れるなって言ったばっかだろ。…何食べたい?」
妙に優しい声が返ってくる。
空腹というわけでもなかったけど、言った手前仕方なく、たまたま近くにあったビュッフェのサンドイッチを取って、左端の空いた席に座る。
座席は全て、窓の方を向いたカウンター席になっていた。
よく見ると、いい雰囲気のカップルばかりだ。
黙々と独りでサンドイッチを食べていると、何やら皿を持ってきた彼が俺の右隣に座った。
「これ美味かったから。魚介系は獲れたてなんだってさ。」
そう言って、俺の目の前に魚介料理の皿を並べ、近くのボーイに飲み物をオーダーしてくれる。
いつも世話を焼くのは俺の方だったのに、番になってからは、彼も俺の世話を焼いてくれる様になった。
「す、すいません…。」
「何で謝るんだよ。」
その度に、つい恐縮して謝ってしまう。元使用人の性だ…。
敬語も使わなくていいと言われるけど、染みついていて直せないでいた。
程なくして花火が上がり始め、大きな音とともに大輪の花火が上がる。カウンター席の面々からも歓声が上がり、上のデッキからは、一際賑やかな大歓声が聞こえてきた。
「…外で、見て来ていいですよ。」
ポツリと呟くと、
「シロと見たい。…ダメ?」
テーブルに肩肘をついて、真面目な顔で聞いてくる彼に、妙にドギマギした。
「…これ、美味しいです。」
口説かれている様なムードに耐えきれず、彼が持ってきてくれた料理を食べた。確かに、新鮮で美味しい。
頼んでくれた白ワインともよく合う。
花火は次々と打ち上がり、体に響く振動とともに空で弾けていく。
室内のカップル達は皆、肩を寄せ合って仲が良さそうだ。
「…さっきのは、有馬が手伝ってる院の研究に藤堂の技術が必要らしくてさ。ちょっと協力するっていうだけの話だから。」
彼にそっと手を握られ、俯いた。
分かっている。礼央様は別に、女性として彼女のことを意識しているわけじゃない。
ただ、美しく優秀な彼女を目の前にして、自己嫌悪に陥っただけだ。それに、礼央様が彼女と接点を持つのが不安だなんて、自分の勝手さと情けなさに嫌気がさしてくる。
「…有馬さんは、Ωの研究でもしているんでしょうか?」
俺も少しは冷静になろうと、彼女の研究に興味を向けてみることにした。
「もっとデカいテーマだよ。藤堂が協力して形になれば、メリットも大きいから。」
そう言って花火を見つめた礼央様の目が、俺には見えない遠い未来を見ている様な気がして、不安になる。
「俺も、何か協力出来ませんか…?」
有馬さんと彼が協力して、何か大きなことをしようとしているんだと思うと、妙に気持ちが焦った。
彼女は俺の遺伝子がどうとか言っていたし、何か俺にも…。
「シロは、俺の子産んでくれたらいいから。」
ふいに礼央様の手が、俺の大腿の辺りから、浴衣の合わせ目の間に忍び込んでくる。
真剣な話をしているのに、例の下着の上からまた俺自身を撫でられた。
「なっ、やめ…っ!」
思わず大きな声が出そうになって、周りを見渡す。1席開けて人が座っているけど、幸い花火の音で気づかれなかった様だ。
「さっきの続き。妬いてるのに協力しようなんて、いい子いい子。」
また大事な所を撫で撫でされて、燻っていた熱がぶり返してくる。席を立とうにも、左側の壁と彼との間に挟まれて動けそうにない。
「や、やめてください…っ。」
「撫でてあげてるだけだろ?」
彼の手を引き剥がそうとするのに、びくともしない。相変わらず力が強い…。いやむしろ、ますます強くなってきている様な…。抵抗も虚しく、忍び笑いを漏らす彼の艶かしい指の動きに、頬が熱くなる。
「あんまり動くと、バレちゃうかもよ?」
薄暗く、テーブルクロスで見えにくいとはいえ、確かにこんな場所で…っ。
小競り合いしたのがいけなかったのか、隣のカップルと目が合った。ヒソヒソ何か話していて、彼の大学の人だと思うと動けなくなる。これ以上、怪しい動きをするのは憚られた。
仕方なく抵抗を諦めると、彼はこれ幸いと好き勝手してきて…。
もう耐えるしかなくなった俺は、花火を見上げて全力で耐えた。彼も同じように夜空を見上げつつ、時々花火の感想まで言いながら、手は止めない。
テーブルの下で、ひたすらもどかしくなる様な刺激を繰り返されて、だんだん花火に集中出来なくなってくる…。
体に熱が、籠っていく…。
「………ん、ぅっ。」
気を抜くと、変な声が出そうだった。
どんどん下着がキツくなってきて、ホールド力はあるけどあまり伸縮性のない生地の下で、俺自身が苦しそうに縮こまっている。
「ァ゛………っ!」
不意に下着の布ごしに爪でカリカリ引っ掻かれて、腰が跳ねた。すると、彼の手がピタリと止まる。
荒くなる呼吸を抑えながら、彼の方を見ると、
「シロ、いー匂い。」
端正な顔に悪い笑みを浮かべていて、思わず目を逸らした。
彼の友人達との集まりに連れて行かれる様になってから気づいたけど、酔って理性が弱まると、彼は俺のΩフェロモンに強く反応してしまう様だ。もうどうしたらいいんだと困り果て、黙って花火を見つめていると…。
「……っ、うぁ!」
今度は下着の隙間からはみ出そうになっている部分を、直接指でなぞられた。
思わず掌で口元を覆う。
「…エロい声。」
楽しそうな彼に腹が立ったけど、もうそれどころじゃない。
なぞられたり、つつかれたり、引っ掻かれたり…。
高まってくると手が止まって、少し落ち着いたと思うとまた煽られる。変な期待に膨れ上がった欲望が、下着の中で締め付けられて痛い。花火の間じゅうずっと、俺は焦らしに焦らされた…。
「悪ふざけが過ぎますよ…っ!」
やっと迎えの車に乗った俺は、涙目で礼央様を睨んだ。
結局、1時間近く曖昧な刺激ばかり与えられて、蛇の生殺しだった。
「浴衣のシロ、可愛いすぎ。」
するといきなり車の後部座席に押し倒され、浴衣を捲られる。キツくなった下着に手をかけられ、嫌な予感が走る…。
「えっ、ちょっと待っ…!」
頼りない下着とはいえ、下ろされるわけにはいかないと必死に抵抗したけど、酔っているせいで機嫌は良さそうなのに強引だ。車の中でなんて、今までなかったのに…!
「い、嫌ですよ…っ、帰るまで…!」
言い終わる前に彼自身をねじ込まれて、目の前に特大の花火が散る。
「あ゛っ、~~~~!!!」
1時間以上快感を溜め込んだ体は、挿れられただけでイってしまった。ビクビクと痙攣するのを止められない。
「あー…、いい匂い。」
抱えられた足の脛のあたりを噛まれて、痛みを感じると同時に腰を緩く動かれると、痛みと快感が混ざりあっていく。
「ふっぅぅ………っ!!!」
続けて中でイかされて、両手で口元を覆った。
高級車だからか、動いていても振動が少なくて静かだ。でも静かな分、余計に自分の声を抑えるのに必死だった。
窓がスモークガラスで、外から見えにくいことが唯一の救いだ。でも、運転手はいるのに…。
「中に出したい。…いい?」
奥まで入った自身を確かめるように、礼央様が俺の下腹部を撫でている。
訓練の成果なのか俺が嫌がればやめてくれるけど、ヒートに関わらず何度も何度も同じことを聞かれる。
その度に、俺は首をふることしかできない。
彼の強い意志に引きずられそうになる自分と、立場を考えろと戒める自分がいて、だんだんどうしたらいいのかわからなくなっていく…。
不満そうにさっきと反対の脛のあたりを噛まれ、同時に弱い所も突かれて、目の前にまた花火が散った…。
******
花火クルーズから程なくして、礼央様は夏休みに入った。てっきり友人達と遊び回るのかと思っていたのに、何やら忙しそうだ。有馬さんの研究の件で、藤堂の研究室やら理学部の大学院やらに毎日通っている。
研究の詳しい内容は、外に漏らしてはいけないらしく教えてくれないけど、とても楽しそうに見える。
屋敷では、そんな彼と有馬さんとの関係が上手く進展すれば旦那様も喜ぶだろうなんていう声がよく聞かれるようになってきて…。
「妊娠前から摂った方がいい栄養素は?」
「葉酸…ですかね。」
「正解。葉酸は、何に含まれてる?」
「野菜とか果物です。」
「具体的に答えろって。」
「た、確かほうれん草とか…。」
一方俺は、妊娠、出産に関する本を大量に渡されて読まされている。毎晩読んだところを報告しないといけないし、テストまでされていた。今夜も、彼の部屋のソファで問題を出されている。
「回答が不十分。一枚脱げ。」
「えぇ!?」
しかも、きちんと答えられないと変なことを強要されるという恐ろしさだ…。今夜は、野球拳みたいに脱がされている。
葉酸はサプリメントがあるらしいし…とブツブツ言いながらも、俺はTシャツを脱いだ。
「じゃあ明日からサプリ飲んでよ。」
「まだいいですよ…。」
婚約のことを考えると子どもを急ぐ必要があるのかもしれないけど、俺の決心はつかない。つかないけど、時間はあるわけだし断れず、毎日本は読んでいた。
「ま、シロの妊娠に備えて、もう食事は管理させてるけど。」
「えっ、そうなんですか!?」
そういえば、最近やたら野菜と果物が出てくる様な…。
本当なのか聞こうとしたら、礼央様は高速で本のページをめくっていた。彼は、俺が1日かけて読んだ本を、いつも数十分で読破してしまう。
「俺がついてるんだから、妊娠を怖がるな。」
もう読み終わった様子の彼が、そう言って微笑っている。
毎日勉強させられても、自分が妊娠するなんてなかなかイメージがつかないし、怖いとも思う。不自然だとすら…。
立場の問題以前に俺の意識についても、彼は何とかしようとしているみたいだった。
いくつか問題を終えて…。
「よし、真面目に頑張ったご褒美に俺も脱いでやるよ。上と下、どっちがいい?」
「………上で。」
それはご褒美なのかどうかよく分からない上に、『真面目に頑張った』なんて言われると、後ろめたかった。俺が大人しく本を読んでいるのは、彼が有馬さんと毎日何を話しているんだろうとか、そういう余計なことを考えたくないというのが、一番大きかったから…。
「下って言ったら、襲われると思った?」
「別に、そういうわけじゃ…。」
「残念、上でも一緒だから。」
「うわぁっ!!!」
悪戯っぽく笑う彼に、結局そのままソファで襲われそうになった。彼はとんでもなく頭がいい人だけど、巷のバカップルみたいなこともしたがる可愛い人だ。
日中は難しそうな研究で忙しくしていても、夜は毎晩の様にこんな調子で一緒にいてくれる。
******
そんな中、健康診断の日がやってきた。
健診は、『藤堂記念病院』という藤堂グループの寄附で創設されたセレブ病院で受けることになっていて、朝から昼過ぎまでかかる予定だ。
「やっぱりついてったらダメ?」
「礼央様が来ると、大ごとになりそうなんで…。」
やたら健康診断に付き添いたがる彼を宥めるのに、俺はここ数日苦労していた。彼といるとどうしても目立つし特別扱いを受けるので、自分の健康診断くらいは静かに受けたいと説得したはずなのに、出発する土壇場でまた食い下がられる。
「人を付けておいたから、気をつけて行ってこいよ。」
「………はい。」
結局、運転手だけじゃなく付き添いをつけられてしまった。
「礼央様は、真白様のことが心配で仕方ないんですよ。」
俺と礼央様のやり取りを見ていた北山さんが、微笑ましいという風に目を細めている。彼の指示で、北山さんが付き添ってくれることになった様だ。
一緒に車に乗り、病院へ向かう。
藤堂記念病院につくと、いつもながら内装の豪華さに驚かされた。なぜかロビーにグランドピアノがあるし、天井にはシャンデリアが煌めいている。
北山さんが受付を済ませてくれて、俺達は健診フロアである3階へ向かった。
まるで高級ホテルみたいな専用個室で検査着に着替え、問診や流れの説明を受けた後、血液検査やらMRIやらPETやらの各種画像診断を受けた。
MRIの前に胸のピアスを外す様言われたのは、死ぬほど恥ずかしかった…。昔からアクセサリーなんて付けないし、すっかり外しておくのを忘れていた…。
そして昼食は、専用個室で、健康的かつ豪華なフルコースランチが出てきた。昨夜から検査のために絶食だった俺でも、ひとりでは食べ切れないくらいの品数だ。さすがセレブ病院…。北山さんは、俺の検査を待っている間に食事を済ませていた様だけど、美味しそうだからと少し手伝ってくれた。勧められても絶対に主人と食事を摂らない執事が多い中で、北山さんは気さくだ。そしてそんな人柄が、俺にとっては落ち着く。
午後からは、健康に関する講義みたいなものを聞かされ、食べすぎて眠い俺を、北山さんが時々起こしてくれる。そんなこんなで、15時頃にやっと医師による結果説明に呼ばれた。これでやっと、お終いのはず…。
「初めまして。和久井《わくい》と言います。」
診察室へ通されると、白衣を着たスラっとした医師がわざわざ立ちあがって俺を迎えてくれた。
和久井《わくい》 義久《よしひさ》と書かれた名刺には、何やら英語表記の肩書きがたくさん並んでいた。
「よ、よろしくお願いします…。」
「まぁまぁ、そんなに硬くならないで。」
思わず緊張する俺に、和久井先生は人当たりの良い笑顔を浮かべている。若く見えるけど、ズラリと並んだ肩書きから考えると凄い人なのかもしれない。
しかも、軽くウェーブのかかった黒髪に、垂れ目がちな目元。甘い顔立ちになんとも言えずお洒落な雰囲気まで漂っていて、屋敷の女性従業員達が騒ぐのが頷けた。
これはモテるだろうな…。
そんなことを考えていると、丁寧に椅子を勧められ、俺は背もたれ付きの立派な椅子に腰掛けた。どこぞの社長室みたいな豪華な内装の診察室だ。
簡単に聴診器を当てられてから…。
「前任の医師から聞いていたけど、本当に傷だらけなんだね。」
思いの外ストレートな言葉に、どう答えたらいいか分からなくなった。訓練について引き継がれているのは当然のことかもしれないけど、改めて言われると…。
「番になってまだ半年だっけ? 軽い傷しかなさそうではあるけど、大丈夫なのかな?」
「? だ、大丈夫です…。」
大丈夫というのも変な気がしたけど、他に言いようがない。
「ふーん。痛いの平気なんだ…。じゃあ、乳首のピアスも君の趣味?」
その一言には、カッと頬が熱くなった。前任の寡黙な医師なら、見て見ぬふりをしてくれていた様なことだ。
「ち、違います! これは趣味なんかじゃっ!」
「そう? じゃあ、何なのかな?」
つい否定してしまったら、悪気のなさそうな笑顔でさらに突っ込んで聞いてこられた。いくらお抱え医師相手でも、正直に話せる様な内容ではない…。
「その、俺が悪かったからと、いいますか…。」
それだけ答えて俯くと、和久井先生の遠慮のない視線を感じる。ニコニコしているのに、答えにくいようなこともズバズバ聞いてくる人だ…。
早く検査の結果だけ聞いて帰りたかった。
「ご主人様にお仕置きされたってことかな? 元使用人らしいけど、上下関係すごそうだねぇ。君の方がかなり年上だろう? 礼央『様』に、敬語…。」
「それは、俺が直せないだけで…っ。」
また痛いところを突かれた。番になってから敬語は使わなくていいと言われたけど、染み付いていてなかなか直せないでいる。それだけだ。そう思っていたのに…。
「…なるほど。それはそれで関係性の問題を感じるなぁ。」
そう指摘されると、一瞬言葉が出てこなかった。でも…。
「確かに、普通の恋人同士の関係とは少し違うかもしれませんけど、それが何か悪いんですか!?」
ついズバズバ言われた反動で、自分も思ったことを言ってしまった。
「別に悪いとは言ってないよ。…そうか、君なら大丈夫そうかな。こんな話をしたのはね、ちょっと言い難いんだけど、健診で気になる所見があったからなんだ。」
ふいに笑顔が消えて真面目な表情になった和久井先生に、心臓がドクリと嫌な音をたてた。パソコンの画面が、俺の方に向けられる。画像診断の結果画面の様だった。
「画像だけじゃ分かりにくいかもしれないけど、君の子宮がね、まだちょっと未熟なんだよね…。」
和久井先生は、丁寧に説明してくれた。でも、細かい内容は入ってこなかった。とにかく、命に別状はないけど、子どもを授かり難いのだそうだ。
「君の体格を見ても、Ωらしくないというか…。成人してから、βからΩになったせいなんだろうけど…。」
畳み掛けるようにホルモンコントロールのことまで指摘されて、緊張が走る。他言してはいけないと言われているけど、相手が医者じゃ…。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。藤堂家からも、それとなく聞いてるから。」
藤堂家のお抱え医師なんだから当然のことなのかもしれないけど、頭が混乱して、肯定も否定もできなかった。
『子どもを授かれないかもしれない』
Ωは生殖に特化したバース性だと学校で習っていたせいか、避妊の心配はしていたけど、そんな、まさか…。
有馬さんからも、体格がΩらしくないと言われのを思い出した。体の中にも、問題があったなんて…。
そのまま黙っていたら、先生は淡々と話を続ける。
和久井先生は去年まで、海外で富豪達相手の特殊な医師をしていて、Ωをたくさん診てきたそうだ。
海外では、βからΩになるケースは『変異型』と言われていて、機序は未解明で特殊だけど前例がないわけじゃないらしい。そして、変異した時の年齢が高いと、どうしても妊娠や出産に関する機能の発育が遅れると説明された。
「僕も変異型を診るのは初めてだけど、最善を尽くすよ。治療については、ご主人様と相談してみてくれるかな。」
必要なことを端的に、そして丁寧に説明された気がするけど、聞くだけで精一杯で、質問は思いつかなかった。
明確な数値で示せるわけではないけど、検査結果を総合的にみて、治療すれば妊娠の望みはあるということ。
治療は保険外で、かなり高額な治療になること。副作用も、あるかもしれないこと…。
俺が言えたのは、
「このことは、誰にも言わないでもらえませんか…?」
その一言だけだった。
「個人情報なんだから、もちろんだよ。」
和久井先生は、当然という風にそう言って微笑んでくれた。良かった。藤堂家に受けさせられている人間ドックだけど、結果が筒抜けになるわけじゃないんだ…。
「真白様、随分長かったですけど大丈夫ですか?」
診察室を出ると、北山さんが慌てて駆け寄ってくる。
「新しい先生と、つい話し込んで…。」
平静を装ってみたけど、俺は嘘をつくのが上手くない。
「何か結果に問題があったのでは…?」
北山さんの心配そうな様子に、これじゃ礼央様に隠すなんて出来るわけがないと思った。俺は、たいしたことじゃないと念を押して、今日は疲れたから久しぶりに実家へ帰りたいと北山さんに申し出た。
「それは、礼央様が心配しますから…。」
散々説得されたけど、今夜だけは1人になりたかった。最終的には、北山さんはそんな俺の意志を汲んでくれて、実家に送ってくれた…。
実家の両親は、俺が人間ドックを受けたことすら知らないからいつも通りだ。それが、ありがたかった。
「急だったから、大した晩御飯じゃなくて悪いわねぇ。」
「まさか、礼央様と喧嘩でもしたのか!?」
両親からは好き勝手言われたけど、俺は曖昧に誤魔化して自分の部屋へ閉じこもる。
『用事が出来て、実家へ帰りました』とだけ礼央様にメッセージを入れてから、スマホの音もバイブも消して黙々と考えた。
治療すれば子どもを授かる可能性はあると言われたけど、先生が言うとおり俺は純正のΩじゃない。
高額な治療費を払ってもらってまで、不確かな可能性にかけるなんて気が引けた。女性や純正のΩでさえも、無事に健康な子どもを産むのは大変なことだ。それは、出産本を読まされて身に染みていたから…。
治療したって、うまくいかないかもしれない。
俺の庶民の血筋なんて、大して望まれてもいないんだ。
一晩眠らずに考えて、俺は腹をくくるしかなかった。
俺は、彼の婚約を後押ししないといけない…。
******
翌朝、スマホには、礼央様から鬼の様な着信が入っていた。
…ちゃんと、話をしないと。
そう思い、俺は意を決してスマホを手に取る。
勝手に実家に帰ってしまったし、彼の機嫌の悪い声を想像して心臓が嫌な音をたてはじめる。
『シロ、大丈夫か?』
でも、すぐに電話に出た礼央様の声は、予想に反して優しかった。
「大丈夫…です。」
全然大丈夫じゃないのに、条件反射のようにそう答える。
『…医者から何か言われたんだろ。何となく予想つくから、とにかく帰ってこい。』
自分から話す前に『予想がつく』と言われて驚いた。
そういえば、妊娠しやすい体づくりのために俺の食事を管理していると彼が話していたのを思い出す。冗談なんかじゃなかったのかもしれない。
「…Ωとしての機能が未熟みたいで…。子どもは、難しいかもしれないみたいなんです。…すみません。」
Ωは生殖に特化したバース性のはずなのに、こんなことになるなんて想像もしていなかった。これじゃあ、藤堂家にとっては何の価値もない…そう思った。
『シロは悪くない。急がせてたのはこういうことも想定してたからだし、俺が何とかする。すぐ帰ってこい。』
まだ学生なのにやたら子どもを急いでいたのは、婚約を断るためだけじゃなかったのか…。
『俺が何とかする』という彼の言葉は嬉しかったけど、元がβでしかも男の俺では、子どもを授かるという点では全く自信がなかった。
もともと、礼央様が婚約することは覚悟していたんだ。
その方が、全てうまくいく…。
それが、俺の出した結論だった。
「礼央様、婚約の話をすすめてください。有馬さんは、素敵な人だと思います。もちろん、他にもいい人がいれば…。」
『婚約はしない。勝手に諦めるなよ。ヒートも定期的に来るし、匂いでわかるけどホルモン値も問題ないはずだ。多少、時間がかかるだけだから。』
時間がかかるって、何年かかるかも分からないのに、その間ずっと婚約の話を断り続けるなんて、旦那様が許すはずがない。
『治療でホルモンを補充すれば、案外早く上手くいくかもしれないし…。』
説得されたけど、藤堂家に迷惑をかけてまでそんな治療をする勇気はなかった。俺みたいな庶民の血筋は、望まれているわけでもないのに…。
「…やめましょう、そんなの。ちゃんと婚約して、後継を産んでもらってください。俺は、番として側にいますから。」
『…シロが帰って来てから話そう。すぐ迎えをやるから。』
電話を切られて、嫌な予感がした。彼は、常識も倫理も無視して俺をホルモンコントロールした人だ。やると決めたら、周りの反対なんて気にせずやろうとするだろう。
でも、俺個人のホルモンコントロールと違って、婚約や子どものことは周りへの影響が大きすぎる。
その重圧に耐えながら治療するなんて、俺にはきっと無理だ…。
礼央様にとっては、家柄のいい正妻を迎えた方が、仕事も家の中のことも上手くいくだろう。このままだと、俺は彼の足枷になるんじゃ…。
そう思うと、体中から血の気が引いた。
咄嗟に俺は、貴重品と実家に残していた衣類をリュックに詰めて、親には藤堂に戻ると告げて外でタクシーをひろった。
迎えが来る前に、急がないと…。
そして最寄りの駅までタクシーで行き、行き先も確認せず、俺は来た電車に飛び乗った…。
***
子どもの頃は、家出なんてしたことなかったのに、いい年してする羽目になるなんて…。
『治療について考えたいので、しばらく1人にしてください』
礼央様にそれだけメールして、スマホの電源を切った。
そして、電車でたどり着いたのは、とある地方中枢都市だった。
当て所もなく大きな町をブラブラしていると、βだった頃に戻ったような気がしてくる。
もともと俺は、ストレス発散にはよくドライブに行っていた。少し遠出していつもと違う景色を見ると、リフレッシュ出来るから。
観光マップ片手に景色の良さそうなところを巡って、目についた店で買い食いして…。いつもなら少しは気が晴れるのに、全然ダメだ…。
これからどうしよう…。ただただ、途方に暮れる。
ひとりで歩いていると、偶然Ωの保護施設の看板が目に入った。こういう所に行けば、抑制剤をもらえるとか何でも相談にのってくれるとか聞いたことがあるな…。そんなことを思い出し、自分も抑制剤を持ってきていなかったことに気がついた。
次のヒートは1ヶ月くらい先の予定だけど、かなり情緒不安定だし急に来ても困るからもらっておこうか…。
ヒートで襲われる危険性はないけど、抑制剤がないと何も出来なくなってしまう。
そう思ってもう一度看板を見ると、開所時間は18時までとある。夏の夜は明るいけど、腕時計はもう18時半を指していた。仕方ない、明日にしよう…。
もう気分転換も諦めることにして、今夜の宿について考える。スマホの電源を切っていて、調べ物ができない…。
俺は近くのコンビニで、ビジネスホテルとネットカフェの場所を教えてもらった。ネットカフェならすぐ近くにある様で、パソコンも使えて便利そうだしと、コンビニで自分の口座から現金を多めにおろしてそのカフェへ向かうことにする。藤堂家から自由に使っていいカードを貰っているけど、家出しているのに使うのは気が咎めた。
いい年して家出なんて、どうかしてる…。
自分でもそう思うけど、それくらい大きなストレスを感じているんだとも思った。
ネットカフェで15時間フリータイムの受付を済まし、リクライニングチェアの個室ブースに入った。とりあえず、横になる。180度背もたれが倒れる椅子は、そこそこ快適だ。
ネットカフェに泊まるなんて、いつぶりだろう…。
まるで、大学時代にでも戻ったみたいだった。
あの頃は、自分がΩになって、子どもを産むために治療するかどうか悩むことになるなんて、夢にも思っていなかった…。
もう何も考えたくなくて、パソコンでネットニュースを眺めたり、コンビニで買ってきていた夕食を食べたりしているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまった…。
ふと、朝方目が覚めて、俺はシャワーを浴びにブースを出た。
ドアに鍵はかかるけど、何となく不安でリュックも持ってシャワーを浴び、個室に戻る途中…。
「ええ、その名前のお客様のブースはこちらです。」
偶然、店員とスーツを着た厳つい男達との会話を聞いてしまった。明らかに誰かを探している様だ。
なんとなく嫌な予感がしてきて、つい彼らの行く先を見つめる。
1日家出したくらいで、まさか探されたりしてないよな…。
厳つい男達に見覚えはない。でも、彼らが俺のブースの方へ歩いて行くのを見てしまい、まさかとは思いつつも怖くなった俺は、こっそり受付から店を出た。
外に出ると、早朝とはいえ夏の朝はもう十分に明るい。
つい何度も後ろを振り返りつつ、早足で歩いていると…。
料金は前払い制だったのに、後ろから人が追いかけてくる気配がした。
やっぱり、探されてるんだ…!!!
コンビニでお金をおろしたからなのか、ネットカフェで会員カードを作るために免許証を出したからなのかはわからないけど、こんなに早く居場所が特定されるなんて…!
超格差社会の特権階級というのは、一体どんな情報網を持ってるんだよ!?
走りながら後ろを振り向くと、ネットカフェにいた男達が追いかけてくるのが見えた。どんどん距離をつめられる。
しばらく1人にして欲しいとメールしたはずなのに…っ。
追いかけられると、特に後ろ暗いところはなくたって、人は本能的に逃げてしまうものだ。
どうしよう、どこか逃げられる場所…っ
俺は必死に昨日の記憶を頼りに路地を駆け抜け、抑制剤をもらうためにあらためて訪れようと思っていたΩの保護施設へ、とりあえず逃げ込んだ…。
「助けてくださいっ! 追われてて…っ!」
単身用のマンションの様な造りの建物に飛び込むと、早朝だというのに1階の事務所にはスタッフらしき人がいた。
後から知ったけど、ここはΩのシェルターも兼ねていて、何らかの理由で匿う必要があるΩに部屋を提供しているため、24時間体制でスタッフが常駐しているらしい。
「真白様、私達は藤堂家の者です。お迎えに参りました。」
「礼央様が大変心配されています。帰りましょう。」
スーツ姿の屈強な男達は、口々にそう言って食い下がってきたけど、さすがにΩのシェルターから無理矢理攫っていくことは出来なかった様で、渋々引き下がっていった。
でも、居所がバレてしまったため、もし逃げる必要があるなら、また別のシェルターへ移ることを勧められた。詳しい事情を話せば、安全に送ってくれると説明されたけど…。
事務所の奥の食堂のような共用スペースで、しばらく休ませてもらいながら考える。
出来れば、もう少し1人になりたい。でも、藤堂家の追跡の手から逃れるなんて、たった1日でも無理なんだと思い知った。1人にして欲しいというメールも、無駄だったみたいだ。
かといって、別のシェルターに移ってまで家出を続けても…。詳しい事情も、話さないといけなくなる。
それならもう、諦めて帰った方がいい。
治療については自信がないし、藤堂家に迷惑をかけたくないと、礼央様に話してみるしかない…。
まず彼に電話して、謝ってから帰った方がいいだろうと頭の中では思ったものの、なかなか電話する勇気がもてないうちに時間は過ぎていった…。
共用スペースには、何らかの事情を抱えたΩ達が、入れ替わり立ち替わり通り過ぎていく。みんな女性のΩばかりで、フリーの飲み物や簡単な食事を取りに来ている様だ。俺も、大きなダイニングテーブルで、出してもらっていた朝食とも昼食ともつかない食事を食べていると…。
1人の若い男性が食堂に入ってきて、お互い目が合った。
高校生か大学生くらいだろうか。まだ幼さの残る顔立ちは、中性的でとても綺麗だ。ネックはしていないけど、頸に番の噛み跡があった。自分以外の若い男性Ωに出会えるのは、礼央様のパーティーにたくさん同伴する俺でも珍しい。
「あ、あの…っ!」
「あの…っ。」
しばらくお互い迷ったあと、ほぼ同時に声が重なり、目を見合わせる。
手嶋《てしま》 千明《ちあき》と名乗った彼は、偶然にも礼央様と同い年で、何だか親近感がわいた。高校を卒業してからはフリーターの様だけど、少し世間話をしたら礼儀正しい青年で…。
割と長い期間このシェルターで暮らしているらしい千明君は、女性Ωばかりに囲まれて肩身が狭かったと話してくれて、これも何かの縁だとお互いに連絡先を交換することになった。怖くて携帯の電源を入れられないと言う俺に、詳しいことは聞かず、連絡先を紙に書いてくれる。
「立花さんは、もう帰ってしまうんですね。」
家出したものの、やっぱりもう帰らないと…と話すと、千明君がポツリと呟く。
「やっぱりちゃんと、番と話すしかないと思って…。」
番の礼央様は千明君と同い年とは言えなかったけど、いい年して家出なんてしちゃったよと俺は照れ笑いを浮かべる。
そして自分のことは棚にあげて、つい年下の千明君のことが心配になってきて…。
「千明君も、番と何かあったの?」
どこまで聞いていいのかわからなかったけど、ネックをしていない千明君にそう声をかけると、
「番なんか、俺にはいません…っ!」
穏やかだった彼の表情が強い憎悪に染まり、俺は息を呑んだ。まだ会ったばかりなのに、不用意なことを聞いてしまったと謝ろうとした、その時だった。
「手嶋君、大丈夫!?」
保護施設のスタッフが間に入ってきて、俺は謝るタイミングを失った。しかも…。
「あなたを尋ねてきた方がいますよ。」
そんなことまで言われ、嫌な予感が走る。
今度は誰だよ…。
スタッフに案内されて来たのは、小洒落た薄い色のサングラスをかけた、派手な雰囲気の男性だった。
「やあ、お迎えに来ましたよ。」
その男性が、俺にヒラヒラと手を振る。だいぶ印象が違うけど、もしかして…。
「…和久井先生?」
健康診断で診てくれた和久井先生が突然訪ねて来て、俺はどう反応したらいいかわからなかった。
「…何で、先生が?」
「君の主治医だからさ。条件を満たす医者なら、きちんと手続きすれば、シェルターからΩ《患者》を連れ出せるんだ。」
今朝の男達への対応と違い、確かに施設側も先生のことは追い返せない様子だ。そして…。
「…朝っぱらから、君のご主人様から命令されてね。」
和久井先生が、俺の耳元で囁く。先生も、礼央様から言われて来たのか…。
「あの、自分で、帰るつもりだったんですけど…。」
シェルターにさえも俺は逃げられないんだと悟ると、もう言い訳の様な台詞しか出てこない。
「それはちょうど良かった。事情は車の中で聞いてあげるから、とりあえず帰ろうか。」
結局俺は、あっさりシェルターから連れ出されることになった。
本人に帰る意思があっても所定の手続きが必要らしく、事務所の片隅で、俯きながら手続きが終わるのを待っていると…。
「立花さん、本当に帰っても大丈夫なんですか?」
一連のやり取りを見ていた様子の千明君が、俺のことを心配してこっそり声をかけてくれた。
さっきは、怒らせてしまったのに…。
「帰ろうと思ってたのは本当だから、大丈夫。その、さっきはごめん。変なこと聞いて…。」
きちんと謝っておこうと千明君を見つめると、中性的で綺麗な顔が暗く陰る。
「いえ、急に怒鳴ったりしてすみませんでした。…番の話が出て、つい…。」
怒鳴ったことを謝るためか、千明君はここに来た理由を俺に話してくれた。
千明君の番関係は、ヒートでの過ちによるものだった。
夜遅くまでバイトをしたある日、予定外のヒートが来てしまい、薬を飲む間もなくバイト先の上司に襲われたこと。
バース性を隠して働いていたせいでネックはしておらず、頸を噛まれてしまったこと。その上司が、後にストーカー化したこと…。
そんな番関係でも、一生続いてしまうなんて…。
「…さっきもらった番号に、また連絡してもいい?」
それしか言葉が見つからなかったけど、
「え? は、はい…。」
千明君はそう言って、少しだけ微笑んでくれた…。
「なになに、内緒話?」
急に声をかけられて、驚いた俺と千明君が振り向くと、書類を書き終えたらしい和久井先生が立っていた。
千明君は、さっと会釈して俺達から離れると、事務所のスタッフと他の話を始める。
警察がどうのとか、そういう内容の様だ。
「Ωのお友達が出来たみたいだけど、警察沙汰なんて強姦か何か? 関わらない方が身のためだよ。」
先生から小声で釘をさされる。
「…心配するくらい、いいじゃないですか。」
何か力になれることがあるかもしれないし…と、ムッとして答えると、
「そんな生半可な問題じゃないよ。相手のαの立場によっては、ヒートのせいにして揉み消してくることだってあるし。」
確かにそれが、超格差社会の現実かもしれない。でも…。
「そんなの、襲われた方のΩの人権は…!」
つい声を荒げると、ちょうどその時、書類のことで声をかけてきた事務の女性スタッフが、
「私もそんなの、許せません!」
俺たちの話に入ってきて、強い怒りを露わにした。
とても綺麗な人で、よく見るとネックをしている。
彼女は、他のスタッフと話をしている千明君の方をチラリと見ると、
「公正に捜査してもらえるよう、警察にはいつもお願いしているんですけど…。」
悔しそうに、そう呟いた。
「いや、全くその通りですよ。貴女はなんて、親身で熱心なスタッフなんだ。」
ドライなことを言っていた先生が、コロっと態度を変えて、彼女に微笑みかける。
「弱い立場のΩを守るのが、僕みたいな医者や、シェルターの務めですよね。」
関わらない方が…なんて言っていたのに、甘い目元が誠実そうに女性を見つめた。
「ええ。でも、シェルターでは、安全な住居を提供して、法的な手続きを手伝うことくらいしか出来ません。番の解消さえ出来たらどんなに救われるかと、いつも思います…。」
その女性の一言に、俺は心から同感した。
こんな番関係が一生続くなんて、酷すぎる…。
そんな重苦しい空気の中、
「…あの子の両親がお金持ちなら、番の解消手術が出来る海外の医者を紹介してもいいですよ?」
ナンパするみたいな調子の先生の一言に、俺は思わず先生を凝視してしまった。美人Ωも同じだ。
番の解消が出来るなんて、初めて聞いた…!
先生が言うには、最新の治療でまだほとんど知られていないけど、海外のごく一部では、大金を積めば出来るということだった。
「厳密に言うと解消じゃなくて上書きするんだよ。番より遺伝子相性がいい相手の血清を輸血して…。」
医学的な説明はよくわからなかったけど、海外にはαとΩの遺伝子相性を調べる特殊な機械があって、それを参考に上書きすることが出来るらしい。
かなり難しい技術が必要になるため、出来る医師はほとんどいないそうだけど…。
女性スタッフが、こっそり千明君の書類を調べ始めた。
「相場は1億くらいかな。」
その一言に、女性スタッフの表情が曇る。
金額も桁違いだけど、どうやら千明君は、お金持ちの家のΩではなさそうだった。考えてみれば、アルバイトをして生活していたくらいだ…。
さらに重苦しくなった空気の中、
「ちなみに僕も番の解消自体は出来るんだけど、それで海外《むこう》の怖いαと揉めちゃってね。だから、日本に戻ってきたんだ。」
美人Ωを口説きたいのか、先生が武勇伝みたいに格好つけて言う。美人には弱そうだけど、実は凄腕の医者ってことなんじゃ…!?
「それなら先生が、番を解消してくれれば…!」
俺が思わずそう口走ると、美人Ωも期待に満ちた眼差しで先生を見つめた。
「えっ、それはまぁ…。」
日本でやるには機材が…とブツブツ言いながらも、美人Ωの連絡先と引き換えに、先生は渋々受けてくれた。
そして、警察の話を終えた千明くんに説明し…。
「じゃ、そういうわけだから、お金の用意と番を上書きしてくれそうな相手が見つかったら連絡してね。」
美人Ωが他の仕事で抜けるや否や、その一言だけ残して帰ろうとした先生に、俺は必死で食い下がった。
「先生、ちょっと待ってくださいよっ。弱い立場のΩを守るって言ってたじゃないですか!」
「だから、手術はしてあげるよ。でも、お金と相手は自力で何とかしてもらわないと…。」
千明君は、途方に暮れた様な表情で俯いている。
話によると、例の元上司が権力者なのか、警察は逮捕してくれなかったらしい。さらにストーカー行為についても、口頭の注意だけで済まされようとしている様だった。
このままじゃ千明君は安心して暮らせないし、元上司に捕まっていいようにされてしまうかもしれない。
せっかく出会えた男性Ωの友達を、俺はどうしても放っておけなかった…。
***
「じゃあ真白君が、お金持ちのαを千明君に紹介してくれるんだね?」
サングラス姿で、左ハンドルの高級外車を運転しながら、先生が言う。
「パーティーに行けば、きっと…。」
助手席から後ろを振り返ると、
「あの、やっぱり俺、そんな気にはなれなくて…。」
後部座席の千明君が、ぼそっと呟いた。
確かにそうかもしれないけど、警察もあてにならないし、相手が諦めるまでシェルターで逃げ続ける生活なんてひどすぎる。親や親戚を頼るわけにもいかないみたいだし…。
「とにかく、環境は大きく変えた方が安全だよ!」
本格的な引越しはまた落ち着いてからするとして、たちまちはストーカーから逃げるため、一緒に来てもらうことにしたものの…。
「家出しといて人助けなんて、真白君って…。」
先生は、呆れた様な面白がる様な、そんな複雑な表情をしている。
「当面は、俺の実家に泊めてもらえるよう話しといたから。」
母さんに電話したら、『お友達が泊まりに来るなんて久しぶりねぇ』と喜んでくれた。母さんはパートを辞めて暇そうだし、かなり出世した父さんのお陰でお金にも余裕があるはずだ。
「立花さんも、家出して大変なのに…。」
こんな窮地でも、千明君は遠慮深くそう言った。
俺が頼りないからかもしれないけど、人に甘え慣れていない雰囲気を強く感じる。でも、そんな千明君だからこそ、力になりたいと強く思った。
「人の心配もいいけど、家出した真白君には、これからどんなお仕置きが待ってるんだろうね?」
でも、そんな先生の一言で俺は自分の現実に引き戻される。
「僕なんか、説明の仕方がどうのとか、君にもし何かあったら殺して海に沈めるなんて言われちゃったよ。礼央様って、怒ると怖いね。あ、礼央様っていうのは、真白君の番。あの藤堂グループの後継で、僕はそこの雇われ医師なんだ。」
千明君に説明する先生の口調は何とも明るくて、イマイチ深刻さが伝わってこなかったけど、礼央様をかなり怒らせた上に、周りにも迷惑をかけたということだ。
「…先生まで巻き込んで、すみません。」
いい年して何やってるんだ…と思いながら、助手席で項垂れる。いくらお抱え医師相手でも、殺すなんて脅迫めいたことを言う彼は、今まで見たことがない。怒った礼央様のことを想像するだけで、怖くなってきた…。
「職業柄、海外のこわーいαをたくさん見てきたけど、礼央様も若いのになかなかだよ。あ、でも真白君は平気なのか。」
「へ、平気なわけないじゃないですかっ! 俺だって怖いですよ…。」
ふと、執事長の件で乳首にピアスを開けられた時のことを思い出した。あれはものすごく怖かったし、痛かった…。
まさか、あの時以上に怒っているんだろうか…?
『治療について考えたいから1人にして欲しい』というメールは送っておいたし、黙っていなくなったわけじゃないのに…。
「あれ、なんか顔色悪いよ? そんなに怖いのに、番になったんだ?」
助手席でどんどん青ざめていたらしい俺に、先生が驚いている。
「そんなこと言われても、怖くても何でも好きなものは仕方ないじゃないですか…っ。でもまさか、そんなに怒らせるなんて…。」
「…ふーん、なんか凄いね。」
先生が、感心したように呟く。
千明君は、後部座席でものすごく小さくなっていた。
「そういえば、何で家出なんてしたんだっけ? 僕の説明、そんなにショックだった?」
急に先生から主治医らしいことを聞かれて、
「…いえその、礼央様に治療するよう言われて、それが、怖くて…。」
自分の感情を言葉にしていくと、何だかますます情けなくなってくる。
「男の俺が子どもを産むなんて、そんなの、いくら治療してもうまくいかないかもしれないのに…。婚約はしないとか、諦めるなとか…。俺、自信ないし…。藤堂家の迷惑になるだけなんじゃないかと思って…。」
屋敷に帰るのが怖くなって衝動的に家出したけど、礼央様を怒らせただけで、結局ゆっくり考えることも出来なかった…。
「…なるほどね。まぁ、普《・》通《・》の男の君が、そう思うのは当然か…。」
理解を示してもらえたのはありがたいけど、ホルモンコントロールを暗示するような言い方に、千明君の前だし何も答えられず黙っていると…。
「お互い愛はあっても、家のことや子どものことなんかでうまくいかなくなるのはよくあることさ。でも番なんだから、そういうのも全部一緒に乗り越えていかないと。あ、でも千明君は、真白君みたいに苦労したくなかったら、優しい人を選んだ方がいいよ?」
先生が明るく笑う。
確かにそうだ…。
怒らせると怖いとわかっていて好きになったのは自分だし、
うまくいかなくなっても続いていくのが番関係なんだ。
乗り越えていくしかない…。
***
先生と外人美女との目眩く恋愛話を聞きながら数時間ドライブして、途中寄ったサービスエリアで夕食も済ませると、暗くなる頃にはとうとう屋敷へ帰ってきてしまった。
千明君のことは、すでに先生から電話で報告済みで、なぜか一緒に連れて来るよう言われたらしい。
高さ10mはありそうな大きな門が開くと、とても個人の家とは思えない、豪華な建物が見えてくる。
千明君は、後部座席ですっかり言葉を失っていた。
高級ホテルの様なエントランスに車をつけると、執事達が出迎えてくれる。
「真白様、無事で良かった!!」
口々に心配していたと言われ、たった1日なのにと思いつつも、申し訳ない気持ちになる。
「す、すみませんでした…。」
執事達は、なぜ俺が実家からいなくなったのか詳しい理由は知らない様だ。
とにかく礼央様が待っていると言われ、応接室へ連れて行かれた。先生と千明君も一緒だ。
どうしよう、なんて言おう…。
冷や汗を流しながら応接室へ入ると…。
「…だったら他の試薬も試してみろよ。例えば…。」
礼央様は、電話中だった。よくわからない専門用語でやり取りをしているから、有馬さんの研究の件だろう。
もう20時近いのに、相変わらず忙しそうだ。
そんな彼を待つ間、執事達にすすめられてソファに座ると、紅茶やらケーキやらが沢山出てきた。夕食は済ませていたし、緊張して喉を通りそうになかったけど、彼の電話はなかなか終わらず、仕方なくケーキを口に運ぶ。
先生だけは、執事達と呑気に世間話をしていて…。
そして、やっと電話が終わった様子の彼は、俺の姿を見ると、
「おかえり。」
そう言って、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「…す、すみませんでした。」
予想外に落ち着いている彼の様子に、俺は戸惑いつつ謝る。
怒鳴られるくらいは覚悟していたのに…。
「先生にもちゃんと謝った? 朝早くから迷惑かけてさ。」
それを聞いた先生は、曖昧に笑っている。
「Ωの友達まで出来たんだって?」
続けて話を振られた千明君は、
「っ…! 手嶋 千明…です。」
ケーキを喉に詰まらせそうになりながら、自己紹介をしていた。何ともいえない空気が流れる中…。
「失礼します。」
ふいに懐かしい声がして、応接室の重厚な扉が開く。
「…執事長。」
以前と変わらない、黒髪オールバックに隙のない執事服姿。
目が合った様な気がしたけど、それは一瞬で、
「礼央様、ご指示のあった件ですが…。」
執事長はすぐに礼央様の側まで行き、何やら書類を渡して説明を始めた。
何なんだろう、執事長まで動いているなんて…。
「シロの友達のストーカー、もう捕まったってさ。」
固唾を飲んで見守っていると、受け取った書類をめくりながら、礼央様がサラリと言った。
「!? …ゲホッゲホッ。」
ガチャンッ
俺は盛大に紅茶にむせ、千明君はケーキのフォークを皿の上に落とす。
「ス、ストーカーって、まさか…っ、ゲホッ、千明君の、元上司のことですか!?」
代わりに俺が、むせながら確認した所によると…。
どうやら地元の有力者だったらしい元上司だが、礼央様から警察に圧力をかけたことにより、あっさり逮捕されたということだった。
「良かったね?」
ヘーゼル色の瞳を細める彼に、千明君は呆然としている。
「ストーカーとの遺伝子相性はこっちで調べといてやるよ。良さそうなαも見繕っとくから、ネックしてお見合いでもしな? 気に入ったのがいたら、うまく事情を説明したらいい。当面の生活の世話は、成瀬に任せる。」
礼央様は、番の解消方法についてもよく知っている様だった。先生と遺伝子相性の測定法について話をしている。
でもまさか、こんなに手を貸してくれるなんて…。
俺は、呆然と彼を見つめた。
「生活の世話までなんて、それくらいは自分で…。」
恐縮する千明君にも、
「遠慮しなくていいよ。俺の番の友達なんだから。色々大変だったみたいだし、今夜はもう休んだら?」
有無を言わさない笑顔でそう言って、話は終わりとばかりに礼央様が書類をテーブルに置くと、執事長が千明君に小声で何やら囁いた。そして、そのまま千明君を連れて応接室から出て行ってしまう。
「…いやぁ、さすが礼央様。これで千明君は安心ですね。では、僕もそろそろお暇します。」
それを見届けた先生が、すかさず席を立とうとしたけど、
「あ、先生、シロから健診結果のこと何となく聞いたんだけどさ。明日からすぐ治療できる?」
礼央様が、優雅に紅茶を飲みながら言う。
先生が、チラリと俺の方を見た。
「いつからでも出来ますから、お2人でよく話し合って…。」
「…シェルター友達、助けてやったろ?」
ふいに彼の剣呑な眼差しが俺に向けられ、緊張が走った。
「そ、それは…、ありがとうございました。」
「家出した上に、番の解消なんてややこしい問題まで持って帰って来といて、お礼だけ述べられてもさぁ…。」
ヒヤリとする様な不穏な空気を醸し出してきた彼に、俺はもう何も言えなくなった。確かに、家出しといて千明君の件まで持ちこんだのは事実だ…。
「お気持ちはわかりますが、それとこれとは…。」
とりなす様に、柔和な笑顔を浮かべた先生も、
「先生もさ、海外《むこう》でやばいことになったから逃げて帰って来たんだろ? 藤堂《うち》が守ってあげてるんだから、上手いことやりなよ。」
その一言で、甘い笑顔が引き攣る。
そういえば、番の解消問題で揉めて帰国したとシェルターで話していたのを思い出した。
俺のホルモンコントロールの件を内密にするのと引き換えに、藤堂家が先生の身の安全を保証しているのか?
「ついでに言っとくけど、藤堂《うち》でも揉めたくなかったら、俺たちの番関係には手を出さない方がいいよ? わかってると思うけどさ。」
それを聞いて、またヒヤリとした。俺たちの番関係と和久井先生を結びつけて考えていなかったけど、わざわざ先生みたいな特殊な医師を雇ったくらいだ。旦那様は、色々な可能性に備えているのかもしれない。
「親子闘争に巻き込まれるのは勘弁願いたいので、肝に銘じておきます。では、また明日。」
そして先生は、風向きが悪くなったとばかりに踵を返すと、俺にヒラヒラと手を振ってさっさと部屋を出て行ってしまい…。
広い応接室には、礼央様と俺と数人の執事とが残された。
「まさか、こんな大事になるとは思ってなくて…。すいません…。」
張り詰めた空気に耐えきれず、俺は項垂れるように頭を下げる。
「まさか番になった後で逃げられるなんて、俺も思ってなかったよ。」
彼の皮肉めいた言い方に、下げた頭を上げられなくなった。
確かにネットカフェに来た男達からは逃げたけど、あれは、追いかけられたら逃げるという単なる人間の本能だ…。
「いえその…、しばらく1人になりたかっただけ…で…。」
礼央様の醸し出す雰囲気で、どんどん部屋の温度が下がっていく気がする。自分の声が、少し震えた。
「いくら1人になりたかったからって、ネットカフェの次はシェルター?」
何とも重苦しい沈黙が流れ、恐る恐る顔を上げると、
「…どういうつもりだよ。俺のこと、舐めてんの?」
ゾッとするような凄みのある目で見据えられ、心臓がドクドクと嫌な音をたてはじめた。彼のことを舐めたことなんて一度もないけど、今回のことで、彼にかかればシェルターさえも機能を果たさないということを知ってしまった。
これ以上怒らせたら、俺、どうなるんだろう…。
「まさかシェルターだったなんて知らなくて…っ、逃げるつもりなんて、全然なかったので…!」
少しでも怒りを解こうと頑張ってみたけど、彼の底冷えする様な表情は変わらない。
「…二度としません。す、すみませんでした…。」
もうこれ以上は何を言っても無駄な気がして、俺は素直に頭を下げた。今夜はもうダメだ。治療について話し合うのも、彼が落ち着いてからでないと…。
「そ、そうだ、俺の実家に、しばらく千明君を泊めるという話をしていたので、断っておかないと…! 自分の部屋で、親に電話してきますね。」
とりあえず部屋に戻る口実を述べて、俺は席を立とうとした。
「…さっきのΩは、別棟でしばらく世話してやる。…お友達が泊まってるからって、シェルターより安全な実家に逃げられても困るからな。」
棘のある言い方をされて、そんな理由で親に頼んだわけじゃ…とつい口をつきそうになったけど、慌てて堪える。
…今夜は、何を話しても拗れそうだ。
「遅くなるので、電話だけさせてください。本当にすみませんでした。…おやすみなさい。」
それだけ言って、俺は無理矢理席を立った。
早く母さんに電話しておかないと、待ってるだろうし…。
応接室を出て部屋へ戻ると、執事達が数人ついて来て、何やら気まずそうな表情をしている。
「真白様、ご実家とのやり取りは、暫くお控え頂けませんか?」
今回の件では、彼らまでかなりきつく礼央様から注意を受けた様だった。
「北山は、解雇までされてしまいまして…。」
そして、ひどく言いにくそうだったその一言に、俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
解雇…? 解雇ってまさか、クビ…? 北山さんが…?
俺が家出したせいで…!?
やっとそう理解して、一気に血の気が引いた。
「そ、そんな…。」
嘘だろ…っ。あんなに良くしてくれたのに…!
北山さんの明るい笑顔が頭に浮かぶ。
まさか北山さんにまで迷惑をかけることになるなんて、思ってもいなかった…。
健診の後、『礼央様が心配しますから』と屋敷に帰るよう説得されたのを思い出す。
でも北山さんは、俺の無理な願いを聞いてくれたんだ…。
あの時、北山さんの言う通りにしておけば、こんなことにはならなかったのに…。
大きな後悔に苛まれながら実家に電話して、暫く忙しいから連絡出来そうにないと話した。
そして俺は、どうしても感情を抑えられず、礼央様の部屋へ向かった…。
***
今夜話をしても、いいことにはならない。
そう思っていたはずなのに、どうしても我慢できなかった。
「礼央様、失礼します…!」
部屋に入ると、
「パパとママに、お別れの挨拶してきた?」
ソファに座って本を読んでいたらしい礼央様が、視線も上げずに言う。
「…今回のことは反省してます。だから…っ!」
「あー、北山のこと?」
言おうとしていたことを先に言われ、さらに感情が昂った。
「そうですよ…。何で解雇なんですか!? 北山さんは、悪くないのに!」
もっと冷静に話をしないといけないと分かっているのに、抑えられない。
「あいつがシロを実家に帰さなければ、こんなことにはならなかった。」
俺の言い方が癇に障ったのか、礼央様の語気が冷たくなる。
ダメだ、こんな言い方じゃ…。冷静にならないと…。
「北山さんには、実家に帰るのを止められたんです。でも俺が、帰りたいと無理を言って…。」
「じゃあ、よくよく反省しろよ。シロが勝手なことすると、周りも困ることになるんだからさ。」
バタンと分厚い本を乱暴に閉じ、礼央様が重い本を床に放ると、毛足の長い絨毯の上とはいえ床が微かに震える。
それと同時に、頭で考えるよりも先に体がビクッと跳ねた。
全く取り付く島もなさそうな上に怖い…。でも、このままじゃ北山さんが…。
「俺の我儘でした。反省しましたから…!」
「主人の我儘の責任取るのも、執事の仕事だから。」
素っ気なくそう言って、彼はソファから立ち上がると、部屋の奥の大きなベッドまで行き、俺を手招きした。
「そんなことよりさ、シロ、こっち来てよ。どれが好き?」
唐突に何かを選べと言われて戸惑いつつも、彼をこれ以上怒らせたくなくて、言われた通りにすることにした。
俺のせいなんだから、何とかして北山さんの処分を取り消してもらわないと…。でも、どうしたら…。
ベッドの上には、様々なデザインの首輪《ネック》がズラリと置かれている。宝石の様な石が付いて、一見ネックレスみたいに見えるものまである。
「やっぱり首輪《ネック》付けといてよ。目印になるし。これとか、可愛いよ?」
礼央様はそう言って、白っぽい革に、角度によって色が変わる様な加工が施されたものを手に取った。
正面には横長の金属プレートが付いていて、よく光る透明な石が散りばめられている。
女性的なデザインだし気は進まなかったけど、そんなことが言える状況じゃない。
「綺麗ですけど、に、似合いますかね…?」
遠回しに遠慮してみたものの…。
「これ、エキゾチックレザーに光沢のある箔を押し当ててあってさ、ダイヤも光を集めて、きっとよく目立つよ。」
ダイヤってまさか、本物…!?
動揺していると、そのやたらゴージャスなネックは、問答無用で俺の首に付けられた。
「あ、いーね。シロはやっぱり、柔らかい色が似合うよ。」
満足そうな彼の様子に、俺は苦笑いを浮かべる。
でも、これで機嫌をなおしてくれるなら…、そう思い直し、
「ありがとうございます…。」
控えめに礼を言った。
「これ全部、リアルタイムGPSもついてるから。二度とシロを、探さなくて済むように。」
俺の頭を撫でながら、礼央様が目を細める。
でも、ヘーゼル色の瞳は全く笑ってなんかいない。
リアルタイムGPS…?
そこまでするなんて、相当怒らせたんだ…。
これからは24時間監視されるんだと思うと、ゾッとした。
「毎日、俺が選んでやるよ。」
そしてネックの解除方法は、例の如く彼しか知らない。
「もう、家出なんてしません…。」
すでに十分後悔している。北山さんに申し訳ない。
しばらく1人になりたかっただけなのに…。
「…あーあ、シロは絶対逃げないと思ってた。」
そう言われてハッとした。
確かに、初めてだったかもしれない。
訓練で噛み殺されそうになっても、Ωフェロモンにあてられた彼から、どんなに怖くて恥ずかしい目に遭わされても、俺は勝手に屋敷を離れたことなんてなかった。
「…1人で、ちゃんと考えたかっただけですよ。子どものことは、俺たちだけの問題じゃないから…。」
それが、そんなにいけないことだったのか?
こんなに真剣に悩んでいるのに…。
「俺の血筋じゃ、後継としては認められません。…だから、藤堂家に迷惑をかけてまで治療するより、礼央様が然るべき人と婚約した方が、何もかも上手くいくような気がします…。」
俯くと、首にネックの存在感を感じた。久しぶりの感触だ。
その感覚に、番になった時の気持ちが蘇ってくる。
彼がいつか結婚して、例えそれがどんなに辛くても側にいたい。そう思ったから番になった。
子どもは、βの男だった俺には産めなくて当然だ…。
「…治療してまで俺の子、産みたくないってこと?」
黙って俺の話を聞いていた礼央様が、小さく呟いた。
ふいに彼を見上げると、くっきりした二重の綺麗な瞳が俺を見下ろしている。冷たい怒りがこもっていたはずのその眼差しは、ひどく傷付いているようにも見えた。
「俺が後を継いだら、血筋のことなんて誰にも言わせない。そんなのは、どうとでもしてやる。」
「………。」
そこまで言われても、治療してみようとは思えなかった。
「…自信がないです。俺は男で、純正のΩでもなくて…。周りに迷惑も、かけたくないですし…。」
咄嗟に出てきた俺の言葉に、彼の表情がまた冷たくなる。
突然ドンと押されてベッドに倒れ込むと、並べられていたネックが煌めきながら振動に跳ねた。
「……っ!?」
そして体を起こす間もなく、彼がのしかかってくる。
ヘーゼル色の瞳に、危うい光がちらつく…。
「周りに迷惑かけたくない割には、今回は軽率なことしたよな…? だいたい子ども産むなんて、女でも純正でも誰だって自信ないし怖いもんだろ。産みたいと思えるから…っ。」
その後の言葉の代わりに、彼の瞳に凶暴な色が増す。
「…もういい。逃げられなくしてやるよ。パパもママも、あのお友達も、…大事なんだろ?」
まるで脅すようなことを言われて、息を呑む。
自覚はなかったけど、俺はやっぱり逃げたのかもしれないと思った。1人で考えたいなんて言って、俺たち2人の問題から…。
『俺がついてるんだから、妊娠を怖がるな。』
そう言ってくれていた、彼の笑顔を思い出す。
誤解されたくなくて、俺は自分から彼の背中に腕をまわした。筋肉に覆われた硬い感触。俺の獣。
「欲しくないわけじゃないんです…。あなたの子なら…!」
「…じゃあ産んでよ。シロと俺の子が欲しい。結婚も、シロと出来ないなら誰ともしない。」
彼の言葉が嬉しいのに、胸が苦しい…。
いくらお互い好きだからって、周りをいくらでも振り回していいわけじゃない。彼が後を継ぐまでは、旦那様の考えが一番優先される。藤堂家には藤堂家の事情があって、それを蔑ろにして自分たちだけ幸せになれるとは思えない。
努力すれば本当に、産めるとも限らない…。
「…嬉しいです。でも…!」
その返事が気に入らなかったのか、着ていたTシャツを破られた。
「絶対に、シロを孕ませてやる…。」
そう言われて、なぜか腹の底が疼く。俺を見据える彼の瞳から、目を逸らせなくなる。
「…信じてよ。シロと子どものことは、俺が必ず守るから。」
その瞳の奥底の熱情に、俺の中にある不安も常識も溶かされそうだ。
いつだって迷いのない彼に、俺は引きずられる様にしてここまで来た。
彼の将来のため、そして藤堂家のためには、ここで身を引くのが大人の常識だと思うのに…。
彼が望んでくれるなら、誰を敵にまわしても前に進んでみようか…。そんな気持ちに、させられる…。
そしてもし、いつか本当に俺たちの子に会えたとして、その子がどんな立場に置かれても、彼となら守っていけるのかもしれない…。
β《ふつう》の男だった俺が、こんなことを思うようになるなんて…。
『番なんだから、一緒に乗り越えていかないと』
先生の言葉を、ふと思い出した。
「…………わかりました。治療…してみます。」
ものすごい、一大決心をしてしまった…。
でも、その返事を聞いた彼は、俺を強く強く抱きしめてくれた…。
「そんなゆっくり動いてたら、終わんないよ?」
「わ、わかってますよ…っ。」
その後、北山さんの件に食い下がってみたところ…。
『シロがイくより先に俺をイかせられたら、解雇は取り消してやる』と言われて、俺はベッドで仰向けになった彼の上に跨らされている。
「手伝ってあげようか?」
腰に手を添えられて、俺は必死に被りを振った。
自分のタイミングで動きたい。そうしないと、すぐに自分がイッてしまいそうだ。だいぶ長い時間動いたせいで、ぐちゅっ、と腰を動かす度に濡れた音がする。
「あっ、あっ、あっ、……っ!」
そのまま何回か動くとどうしても気持ちよくなって、動きを止めてしまう。弱い所は避けているつもりなのに…。
何とか落ち着かせて、また動く。その繰り返し…。
俺のせいで北山さんをクビにするわけにはいかない。そう思うと、必死だった。
足をガクガクさせる俺とは対照的に、彼は俺の大腿を撫でたりしながら、楽しそうにその様子を眺めている。
「まだ動けそう?」
意地悪く聞かれ、俺は歯を食いしばりながら、甘くヒクつく内壁に鞭を打ってまたゆるゆると腰を動かす。
与えられる快感を我慢するのと違って、まるで自分で自分を虐めているみたいだ。
「…………ひっ!!!」
ふいにグイッと腰を引き寄せられて、最奥に彼自身が届く。
その瞬間、我慢できず果ててしまった俺は、彼の上に抱きつく様に倒れ込んだ。厚い胸板の上でビクビクと痙攣しながら、駄目だったと思うと情けなくて泣きそうになる…。
「…お願い…します、も、もう一回…っ。」
力の入らない体を起こそうとすると、
「い゛ぁ……っ!」
乳首のピアスを引っ張られ、痛いのになぜかまた気持ち良くなって、涙が頬を伝う。
「たった一晩でも、おかしくなりそうだった。…少しは反省した?」
その涙を舐め取られて、俺は何度も頷く。
すると視界がぐるりと反転して、今度は彼が俺の上にいる。
「ねぇ、中に出していい?」
端正な顔が、俺を見下ろしている。冷たい怒りは消えて、でもまだどこか俺の真意を探るような…。
泣きながらもはっきりと自分の意志で頷くと、
「あー…、可愛い…っ!」
「…………っ!」
思いっきり弱い所を突かれて、また俺は押し寄せて来た快感の波に飲み込まれた。それと同時に、俺の中に放たれた熱いものを感じる。
否応なく気持ちよくさせられながら、北山さんに申し訳なくて涙が止まらない俺を、彼が抱きしめる。
そして…。
「もっと中出しさせてくれたら、北山のこと考えてあげてもいいけど?」
そんなことを言われたらもう頷くしかない俺は、ヒートじゃないとはいえ、その後何回も彼を注ぎ込まれる羽目になった…。
******
(side 千明)
男のΩなんて最悪だ。ヒートのせいでまともな仕事にはつけないし、常に身の危険にさらされる。
俺の母親はβで、父親は俺が小さい頃に死んだと聞かされて育った。父親について知りたがると、母親は決まって不機嫌になる。そうでなくたって、どこか冷たい母親だった。だからいつしか何も聞かなくなったし、ちゃんと甘えた記憶もない。親戚付き合いもなく、生活のためにいつも仕事で忙しそうな母を、古いアパートで1人、ただ大人しく待っていた。
そして思春期になって、俺のバース性がΩだとわかると、母親はますます冷たくなった。
『男でΩなんて…』
そう言われて、ヒートが来るようになると、母親が家に帰ってこない日もあった。抑制剤の効きが悪い俺のことを、見たくなかったんだと思う…。
周囲にはバース性を隠し、高校は通信制を選んだ。
そして、高い抑制剤を買うために、16歳からバイトに明け暮れた。
その頃には母親は俺のことなんてもうどうでも良さそうで、恋人でもいるのかほとんどアパートに帰ってこなくなった。
それでも、家賃なんかの最低限の金だけは払ってくれた。
足りない分は自分持ちだったけど、工場のバイトをしながら、少しずつ独り立ちするための貯金をした。
割りのいいバイトもあったけど、だいたい体を売るような類だ。頭が良いわけでもなく、女みたいな顔をしていることくらいしか取り柄がなかったから。でも、そういうバイトは絶対にしなかった。もし手を出してしまったら、もう二度と母親に会えなくなるような気がして…。
まともに独り立ちすればいつか認めてもらえるんじゃないかなんて、バカなりに努力して何とか通信制の高校を卒業した。
それから自分で部屋を借りて、職探しをしてみたけど、バース性のせいで全然ダメだった。抑制剤の効きが悪い俺は、隠して正規の仕事を探すことは出来ない。結局そのまま、シフトの融通がきく工場でバイトを続けていたら、ある日突然事件は起きた。
予定外のヒート。バース性を隠して働いていたせいで、当然ネックはしていなかった。抑制剤を飲む間もなくバイト先の上司に襲われ、頸まで噛まれた。
挙げ句の果てに、上司は前々から俺がΩだと気づいていて、ずっと好きだったと言われた。確かに高1から続けていたバイトで、物覚えが悪いくせに愛想もない俺に、色々とよくしてくれたと思う。でもまさか、そんな理由だったなんて…。
交際を断りバイトも辞めたのに、家にまで来られた時にはゾッとした。冗談じゃなかった。ヒートだったとはいえ、俺は襲われた被害者だ。そもそも好きだからって、無理矢理番にするような奴、好きになれるはずなんてない。
そう思って必死に逃げた先のシェルターで、俺は立花さんと出会った。みんなバース性を隠すからなのか、自分以外の男性Ωに会ったのは初めてだった。同じΩという安心感に加えて、初対面なのに親身になってくれて、番の解消が出来るという医者まで紹介してくれた。
そして、立花さんと出会って1ヶ月が経った今、俺は藤堂家の屋敷で働かせてもらっている。
立花さんの番である藤堂 礼央という人は、信じられないくらいの大金持ちだった。しかも、あのストーカー上司をあっさり警察に逮捕させるくらいの権力まで持っている様だ。
警察は、俺の言うことは全然聞いてくれなかったのに…。
その上、当面の生活の世話までしてくれて、流石にそこまではと、俺から頼んで働かせてもらうことにした。
屋敷で一番偉い執事の成瀬さんに、いくつか仕事を経験させてもらったけど、物覚えが悪く腕力も体力も、おまけに愛想もない俺は、なかなか上手く出来る仕事が見つからなかった。
それでも成瀬さんは、顔色ひとつ変えず俺に付き合ってくれて…。
結局俺は、屋敷の中にある厨房で、調理の仕事をさせてもらうことになった。ここなら人とあまり話さずに済むし、一人で黙々と野菜の皮を剥いたり皿を洗うのは性に合う。
もともと節約のために自炊はしていたし、一通りのことは出来た。
「また手つきがよくなりましたね。」
無心でジャガイモの皮を剥いていたら、背後から成瀬さんの声がした。
「…そ、そうですか?」
手を止めて振り返ると、今日もクールな執事服姿の成瀬さんがいる。いつもポーカーフェイスだけど、最近なぜか顔を見ると安心する。微かに漂うタバコの残り香も、不思議と嫌じゃない。休憩時間にタバコを吸っている成瀬さんを何度か見かけたことがあるけど、まるで映画みたいでかっこよかった。工場の休憩所でタバコを吸う大人達には、そんなこと思ったことなかったのに。
「シェフ達も褒めていましたよ。手嶋君は真面目で、丁寧な仕事をすると。」
そんなことを言われると、今度は勝手に頬が熱くなった。
「良い相手を見つけて、その人のために食事を作るというのも…。」
「………っ。」
成瀬さんの言葉に、俺はつい俯く。
分かっている。番を上書きしてくれる相手を早く見つけないといけないし、ずっとここにいるわけにもいかない。そして成瀬さんは、主人である藤堂さんからその世話をするよう命令されている。
でもとてもじゃないけど、すぐにそんな気持ちにはなれずにいた。あいつの番でいるのは嫌だけど、誰かを探すような元気もない…。
「…仕事の邪魔をしましたね。」
成瀬さんは、無理に見合いをしろとは言わない。
だからそのことに、甘えてしまっている。
「体調は変わりないですか?」
黙り込んだ俺に、成瀬さんは嫌な顔ひとつせず、穏やかにそう言った。
「…はい。」
でも、多分もうすぐヒートが来る。あいつに襲われてから、初めての…。
「夜も、ちゃんと眠れていますか?」
その質問には、内心ギクリとした。ここ最近、あの時の夢を見るようになったから。
忘れたいと思う心とは裏腹に、あんな最低な体験でも体はしっかりと覚えているみたいだった。
番だから、なのかもしれない…。
「だ、大丈夫です…。」
和久井先生から新しい抑制剤はもらった。今の薬は効きが悪いと相談したら、種類は変えてくれたけど強さは同じらしい。これ以上強い薬は体に良くないみたいで、新しい番を早く探すよう勧められたのを思い出す。
「…無理はしないでください。休憩時間に午睡をするのは、禁止していませんので。」
そう言われて、寝不足なのが何でバレたんだろうと成瀬さんを見つめた。
「あなたは色が白いからか、クマが若干目立ちます。必要なら、医師に眠剤を出してもらうことも出来ますよ?」
すると、まるで心を読まれたみたいにそう言われて、俺は自分の目元に手を伸ばす。
成瀬さんは、よく気のつく人だ。まだ若そうに見えるのに、屋敷の従業員の中で一番偉いのが頷ける。
「…ありがとうございます。昼寝、してみます。」
そう答えると、成瀬さんが少しだけ微笑った。
***
『はぁっ、はぁっ、千明くん…っ。』
ぐちゅっ、ぐちゅっ…。湿った音がする。
俺の上に、大きな黒い影…。
一人で倉庫の在庫確認をしていたはずなのに、具合が悪くなって、それで…?
かたい倉庫の床に無理矢理押さえつけられて、熱くて大きなモノを何度も…。
「…………っ!!!」
必死になって飛び起きると、高級ホテルの様な室内が視界に広がる。暗闇が怖くて、間接照明をつけたままの部屋。
そうだ、ここは藤堂の屋敷だ。
俺は逃げたんだ。
あいつはもう逮捕されて、追いかけてこれない…。
自分にそう言い聞かせ、嫌な音をたてる心臓を何とか落ち着かせる。
ベッドの枕元に置いてあったスマホの時計を見ると、まだ夜中だ。
また、あの夢を見た…。最近、毎晩だ…。
忘れたいのに、忘れられない。
もう眠れそうになくてベッドの上で膝を抱えると、勝手に涙が溢れた。泣いても泣いても枯れない涙に、嫌気がさす。
番の解消につられてここまで来たけど、新しい番なんて、きっと見つからない。
母親にも愛されなかった俺を、大切にしてくれる人なんていない。悪夢のせいか、ネガティブな感情ばかりが湧いてきた。
とにかく早く、全部忘れたい…。無かったことにしたい…。
子どもみたいにしゃくりあげながら1人で泣いていると、急に体が熱っぽくなってくる。
まだ予定より早いのに、ヒートだ…。
もう慣れた感覚に息が上がるのを抑えながら、ベッドサイドに置いてあった抑制剤を飲んだ。そしてまた、横になる。
新しい薬が、どうか効いてくれますように…。
そう祈ったけど、やっぱり薬はあまり効いてこない。
少しはマシだけど、体が熱い…。
仕方なく穿いていた短パンを脱いで、硬くなった自身に手を伸ばした。義務的に手を動かしていると、ふいに後ろが疼く。その感覚にゾッとして、思わず手が止まった。
今までこんなことなかったのに…。
でも暫くすると、また体の熱に負けて、手を伸ばす。
ティッシュを当てながら、何とか出して…。
射精する瞬間、あいつのフェロモンの匂いを思い出した。
「…い、嫌だ…っ!」
思い出すと、ますます後ろが疼きはじめる。
足りない…、自分でするだけじゃ…。
そんなことを考える自分が、信じられなかった。
「やだ、こんなの…、やだ…っ!」
抑制剤を限界量まで飲んで、何とかあいつの匂いを消し去ろうとする。でも…。
時間が経つと、また蘇ってくる。どうしよう、どうしよう…。自身を慰めながら、涙が止まらない…。
気がつくといつの間にか朝になっていて、泣き腫らした目をこすった。
今は落ち着いたけど、ヒートは数日続く。
だるくてベッドから起き上がれず、横になったまま成瀬さんに連絡した。
『はい、成瀬です。』
電話の声は、少しだけいつもより低く聞こえた。声だけでも、やっぱり不思議と安心する。
ヒートのことを伝えると、
『いつもと変わりはないですか?』
そう聞かれて、口籠った。
いつもより辛い。あいつのことを思い出して、自分で慰めても、足りない…。
いくら成瀬さん相手でも、そんなことは言えるはずもなく、
「だ、大丈夫です…。」
それだけ答える。すると、食事や飲み物を部屋の前に置いておくと言われて、俺はお礼を言って電話を切った。
暫くすると、部屋をノックする音がした。
「ここに置いておきますから、何か足りないものがあれば、また電話してください。」
ドアの向こうから成瀬さんの声がする。体が落ち着いているタイミングだったし、俺は慌ててお礼を言おうとドアへ駆け寄った。
「あのっ、ありがとうございます…。」
「…いえ。それから、必要ないとは思ったのですが、一応、役に立ちそうなものも一緒に置いておきます。その、気分を害したら申し訳ないのですが…。」
成瀬さんらしくない歯切れの悪い言い方に、俺はそっとドアを開く。
「あの、何のことでしょうか…?」
ドアの隙間から顔を覗かせた俺に、成瀬さんが珍しく少し驚いた様な表情をして…。
「…ワゴンの上の紙袋に入れていますので、後で見てみてください。」
そう言いながら、やっぱり何やら気まずそうに目を逸らされた。
その時、ふいに漂ってきたタバコの残り香に、なぜか急に体が熱を帯びる。そしてそのまま、俺はズルズルとその場に座りこんだ。どんどん息が、上がってくる…。
「大丈夫ですか!? …抑制剤の効きが悪いですね。辛いでしょう、立てますか?」
肩を貸してもらいながら、俺はベッドまで何とか歩いた。
俺が横になると、成瀬さんはワゴンを部屋の中へ運び入れて、俺の手が届きやすい所に置いてくれた。そして、冷たい飲み物を飲ませてくれる。続けてテキパキとゴミを片付けたり、照明や室温の調整をしたり、さらにバスルームへ洗濯物まで取りに行ってくれて…。
ヒートなんていう恥ずかしい姿を晒しているのに、あまりにも慣れたような成瀬さんの態度に、ふと、成瀬さんにも番がいるのかもしれないと思った。
チクリと、胸が痛む。
…いいな、成瀬さんみたいな人の番は…。
そんなことまで考えて、ハッとする。
変なこと考えるのはやめよう…。そういえば、あれ何なんだろう…?
俺はふと、成瀬さんが言っていたワゴンの上の紙袋に手を伸ばした。
「…これ、は…?」
袋の中身は、ピンク色のローターや、男性器の形をしたシリコン製のアダルトグッズだった。
一瞬呆気にとられたけど、成瀬さんは全部分かっていたんだと思うと、発作的に涙が込み上げてくる。
こんなことを知られるなんて、死ぬほど恥ずかしいし情けない…。
でも、どうして心のどこかで、俺はこんなに安心しているんだろう…?
「…それらは、必要ないかとは思いましたが、万が一ということも…ありますので…。」
タオルと汚れ物を回収して部屋に戻ってきたらしい成瀬さんが、泣きながらアダルトグッズを見つめる俺に、焦った表情をしている。
「成瀬さん、俺…。もうどうしたらいいか、わからなくて…っ。」
気がつくと俺は、繰り返し見てしまう夢やいつもと違うヒートのことを打ち明けていた。堰を切ったように、自分の感情が抑えられない。
「こんなの嫌です…っ。忘れたいのに…、あんなやつのことなんかっ!」
自分を止められなくて、わあわあ泣いた。
成瀬さんはずっと、俺の背中を優しく撫でてくれる。
成瀬さんのフェロモンの匂いはわからないけど、微かなタバコの残り香に、あいつの匂いの記憶が少しだけ、薄れるような気がした。
「一緒に新しい相手を見つけましょう。手嶋君は、とても真面目で我慢強くて、綺麗です。だから、絶対に大丈夫。」
こんな風に、優しく褒められたり励ましてもらうのは、どれくらいぶりだろう。バース性がわかってから誰とも距離を置いていたから、思い出せない…。
「本当に俺、大丈夫ですか…? 体、おかしくて…。自分でしても、足りなくて…っ。」
俺の背中を撫でていた成瀬さんの手が止まり、
「…袋の中のものを、試してみてください。単なる生理現象なんですから、大丈夫。すぐ落ち着きます。」
優しい声でそう言って、俺から離れようとする気配を感じた。咄嗟に、
「いやだっ、行かないで…っ!」
黒いジャケットの腕を掴む。
自分でも、もう何をしているのかよく分からない。
また、体が熱くなってくる。
…セックスしたい。
それしか、考えられなくなっていく。
「…使ったことは、きっと無いのでしょうね。」
腕を掴んだまま、頷いた。
「…怖くなったり気分が悪くなったりしたら、すぐ言うんですよ?」
何度も頷く俺を、成瀬さんがそっと腕から離す。
「では、服を脱ぎましょう。…出来ますか?」
理性が溶けて、もう恥ずかしさも感じない。
成瀬さんの匂い、好きだ…。
「次は下着も。そう、足を開いて…。」
ベッドの上であられもない姿を晒しても、
「素直でいい子ですね。」
成瀬さんの目は優しい。
ピンク色の小さなローターを後ろにいれてもらって、自分でも知らなかった気持ちいい所に当ててもらうと、
「あっ、あぁっ、気持ちいい…っ。成瀬さん…っ!」
喘ぎ声が止まらなくなって、頭が真っ白になった。
でも、後ろでイく瞬間に、またあいつのことを思い出す。
「嫌だ…っ、思い出したくない…っ、やだ…っ!」
泣きながら、気持ちいいとか嫌だとか、支離滅裂でめちゃくちゃな俺に、成瀬さんはずっと付き添ってくれた。
ずっとそばで、手を握っていてくれた。
「大丈夫。もう誰にも、あなたを傷つけたりさせません。」
その手の温もりに、俺はやっと安心して眠ることが出来たんだ…。
(side 千明 おわり)
******
治療を始めて、はや3ヶ月。
ヒートでも当然ながら子どもは授からず、この先何年かかるのか…、先行き不透明な日々だ。
内密に治療するため、表向きはストレスによる自律神経失調症の治療とかいう理由で、和久井先生が毎週ホルモン注射を打ちに屋敷へ来てくれている。
藤堂家の後継の番になったプレッシャーが原因で家出したのだと、執事達も納得している様だ。
あの後北山さんも、何とか無事に復帰させてもらえた。
一方千明君は、ただでお世話になるわけにはいかないと言って、屋敷で働き始めてしまった。執事長が心配そうにあれこれ世話をしていて、俺の気のせいか、2人は日に日に惹かれあっているような…。
結局お見合いはせず、執事長と楽しそうに仕事をしている。
そんな秋めいてきたとある晴れた日。
俺は、礼央様が通う大学の大学祭へ来ていた。
驚くほど立派な構内は、各サークルのブースや食べ物の屋台なんかで大いに賑わっている。
「人が多いから、迷子になるなよ。」
「…なりませんよ。」
笑いながら言う礼央様に、俺は日替わりで付けさせられているネックについ手をかけた。GPSで位置情報を把握されているし、そもそも大の大人が迷子になんて…。
そんなことを思っていたら、さりげなく手を繋がれた。
男同士で手を繋いで大学祭なんて、俺が現役大学生の頃には予想もしていなかった事態だ。しかも、相手が礼央様だと目立ってしょうがないけど、この手を解こうとは思わない。
そんな自分に、我ながら不思議な気持ちになった。
そろそろメインステージで、礼央様が手伝っていた理学部の研究成果が発表されるということで、俺たちは大学の講堂へ向かった。講堂の中へ入ると、報道カメラまで来ていて大賑わいだ。
ステージ前方の関係者席に座ると、ちょうど理学部の発表が始まった。
お披露目されたのは、日本初の遺伝子相性測定機器だった。
従来の海外製では、αとΩにしか対応していなかったところを、βも測定可能とし、尚且つ藤堂の技術力で、より短時間でより安く測定出来るよう開発された。
絶対数の多いβ同士やαとβ、βとΩのカップル間でも、遺伝子相性によってはαやΩが通常より高確率で生まれることがあるという点に注目し、βにも測定範囲を広げたのだという。
この超少子化社会では、αとΩの割合を増やしたいという流れは常にあって、いずれは結婚相手を選ぶひとつの指標として、国として遺伝子相性を取り入れていきたいという思惑もある様だ。その証拠に、この研究には、国から多額の補助金が出ていた。
もしかしたら、有力な代議士を何人も出している有馬家の力もあるのかもしれない。
有馬さんは、βを含むカップルやそのカップルから生まれたαとΩの遺伝子サンプルを集めていて、俺のことは、β同士の両親から生まれたΩだと思っていた様だ。
そして今回の大学祭では、希望したカップルの遺伝子相性測定が無料で行われており、最も遺伝子相性の良いカップルがこのステージで発表されることになっていた。
黙ってステージを見つめていた礼央様が、ふいに俺の方を向いた。
「…この研究に協力しようと思ったのは、海外製の測定機器で、俺たちの遺伝子相性は測定できなかったからなんだよなぁ。」
礼央様いわく、俺がΩになってすぐの頃に、測定しようとしたことがあるらしい。
でも、ホルモンコントロールのせいなのか、測定不可という結果が返ってきたと…。
そんな時あの花火クルーズで、βにも応用できる測定機器の研究をしていると有馬さんから聞いた彼は、元βだった俺との遺伝子相性が測定出来るかもしれないと考えたそうだ。
「父を説得するのに欲しいデータだったんだ。それに、いずれ国の取り組みになれば、測定に使う藤堂製の試薬も売れるだろ?」
そう言ってまたステージを見つめた礼央様の横顔は、もう大学生になんて見えなかった。
彼は、藤堂グループの立派な後継で、有能な若き経営者だ。
「結果はもう知ってる。絶対に俺達が選ばれるよ。だから、結婚しよう。」
彼がそう言って俺の手を強く握ったのと、ステージで俺たちの名前が呼ばれたのは、ほぼ同時だったと思う…。
******
『遺伝子相性100%』という鮮烈な結果を出した俺たちは、あれから様々なメディアの取材を受けた。
たくさんのデータを集めてはいるものの、相性100%というのは俺たち以外にはまだ見つかっていないそうだ。
『相性100%だと、相手以外には目が向かない。こんな恋愛があるなんて、自分でも信じられない。』
彼が、あの端正な容姿でそんなことを公言したものだから、遺伝子相性は大いに関心を集めた。
そして、一躍世間を味方につけてしまった俺たちだが、その分、治療中の俺へのプレッシャーは凄まじく…。
いつしか藤堂家では、相性100%の番から生まれる子どもへの期待が高まり、旦那様からは子どもが無事に産まれたら結婚を許すとまで言われるようになった。
それを受けて、和久井先生が文字通り、命をかけて治療してくれた結果…。
礼央様が大学を卒業する頃までかかってやっと、子どもを授かることが出来た。産まれたのは、元気な男の子だ。
その頃には、あの遺伝子相性測定機器は、国内だけではなく他国でも少子化対策の一環として利用されるようになっていた。その結果、βを含むカップルからもαやΩが生まれる割合が増え、だんだんとΩの男性に対する社会的待遇も改善されてきつつある。
藤堂グループはますます栄え、今や世界有数の大企業となった。
一方千明君と執事長も、無事に番の解消手術を受け、とても幸せそうだ。番がいてフェロモンは効かなくても、より遺伝子相性の良い相手とは心でちゃんと惹かれあうものなんだろう。2人の相性は、あのストーカー上司なんて目じゃないくらい高い数値だった。
ちなみに手術代の1億円は、礼央様が『ご祝儀代わりだ』と言ってポンと支払った。
「これで一生、礼央様に逆らえませんね…。」
なんて、執事長は呟いていたけど…。
遺伝子相性は、あくまで生物学的なものだという意見も根強くある。でも、あの女好きな和久井先生が、なんと有馬さんに一目惚れして、一転して一途な男になってしまった。
しかも、かなりの年の差恋愛で有馬さんがお嬢様なせいもあり、結婚を許してもらえるまで手は出さないと決めたそうだ。そんな2人の遺伝子相性も、すごくいい数値で…。
だから遺伝子相性というのは、俺たちが今まで『運命』と呼んでいたものの正体に近いような気がする。
移ろいやすい心を支える、目に見えない確かな絆でもあるのかもしれない。
だから『相性100%』の俺たちは、お互いが唯一無二で最上の相手だ。βの男だったのに、Ωになって結婚、出産までしてしまう、それくらい圧倒的な運命。
出会ったら最後、なにがあっても離れられない。
誰かに上書きされることもない、『特別』な恋。
ただひとつ、問題があるとすれば…。
「痛っ、痛いって、礼《れい》!」
俺たちの間に産まれた男の子は、とにかく彼そっくりで、一文字とって礼と名付けた。
さらに見た目だけじゃなく、あの噛み癖まで似てしまったようで、俺は毎日苦労している。今も、抱っこしていた俺の手を噛まれたところだ…。
「ママしか噛まねーし、絶対αだろ。俺の後継にしてやるからな。」
そんな礼の頭をヨシヨシしながら、彼が笑う。
まだ1歳前の礼のバース性はわからない。でも、確かに成長が早く賢い礼は、αかもしれない。それ自体は喜ばしいことだけど、もし彼と同じような体質だったら、大きくなったとき心配だな…。
そう思いながら、俺は腕の中の礼を見つめた。
毎日噛まれても、愛おしい。
ただし、しつけは必要だ。
「礼、Ωを噛んじゃいけないんだよ?」
彼と同じヘーゼル色の瞳と目が合うと、俺の親指を夢中で噛んでいた礼がふと、口の動きを止める。
「そうだぞ、礼。ま、気持ちはわかるけどな。」
なのに彼がそんなことを言うもんだから、礼はまた嬉しそうに噛みはじめてしまった。
俺の苦労は、まだまだ続きそうだ…。
おわり
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続きを楽しみにしています。
いつも感想をありがとうございます!
成瀬の時は、もっと怖い感じだったと思いますが、礼央が酷い人になりそうなので…(汗)狂愛スレスレみたいなものが書きたいのですが、難しいですね…。
息子編も試行錯誤なので、引き続きよろしくお願いいたします!
番外編もすごい良かったです。
礼央のシロに対する想いがヤバいですねぇ。
ピアス……。のお仕置き場面も良かったら読んでみたいです。
感想ありがとうございました!
男性妊娠は苦手な方も多いと思うので、嬉しかったです。ホルモンコントロールするまでを、もう少しゆっくり書けばよかった…という反省をもとに、息子編を書いてみようと思いますので、良かったら続けてお読みください。
ピアスの件…、どこかで上手く盛り込めたら書いてみますね!
楽しく読ませてもらいました!!
礼央の執着心が私にはドンピシャでした。
その後の話もぜひ見てみたいです。
感想ありがとうございました!
礼央の執着心は、確かに凄まじいですよね。書けば書くほど、彼のヤバい面が出てきそうですけど、2人の行く末を見守って頂けるとありがたいです!