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第二章

ソリチュード

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 俺は1人、取り残されていた。
 それは精神的にも、物理的にもだ。

 綾瀬が帰るのを見送ってからまだ数分しか経っていない。
 それなのに、俺は1人の状態で数時間も経っているような感覚に陥っていた。

 周りを見渡しても、外の席に座っているのは俺1人だけ。
 ガラス越しに眺めるカフェの様子は、まるで異世界のように煌めいて見える。

 『藤崎は笑ってたじゃん』

 彼女の言葉が頭の中を巡る。

 「笑ってた……か」

 自覚はなかった。
 最初から点数に集中していたからだ。
 それでも、ラストのサビに入る前の気持ちは異様なものだった。

 懐かしい記憶を掘り起こしたような気持ち。

 その気持ちに浸っているうちに、気付けば音楽は止まっていて、過去に一度も出したことのない高得点が表示されていた。

 机の上に置いているスマートフォンが鳴る。
 画面には、この前ようやく連絡先を交換した綾瀬からのメッセージが表示されている。

 『今日はありがとっ! いつも4人で行動してるけど、たまにはこうやって2人で遊びにいくのもいいね。 明日また誘うとは言ったけど、藤崎の気持ちの方が大事だよね。 すぐ決めなくていいから、考えてみて。 じゃあ、また明日!』

 可愛らしい猫のスタンプがその下に添えられる。
 元気いっぱいの猫が綾瀬のキャラに合っているような気がしてくすりと笑う。

 『こちらこそ、今日はありがとう。 こうやって遊ぶ経験は多くなかったから、新鮮な感じがして楽しかった。 音楽の話は、申し訳ないけどすぐに答えは出せそうにない。 それでも、まずはじっくり考えてみるよ』

 俺もメッセージを返し、カップに残っていた飲み物を飲み干して立ち上がる。
 ひんやりとした冷気が身体中を駆ける。
 ぼんやりとしていた意識を無理矢理覚醒させて、カフェを出る。

 彼女と話し始めてから1時間ほどが経っていたみたいで、空は雲によって覆い隠され、空気はひんやりとしていた。

 正直な話、今は音楽について考えたくない気分だ。
 自分の中の何かが変わっているのか知らないが、心なしか見ている世界が今までとは違って見える。
 道ゆく人の表情や、道の両脇に浮かぶ灯り。
 普段なら絶対と言っていいほど気にしない、目に付かない物が目に入り、そのひとつひとつが目に焼き付く。

 自分と真正面から向き合わなければならない。
 俺がわざと目を背けていたことを、彼女は教えてくれたんだ。

 たかが部活の話、そう考えられたらどれほど楽なことか。
 中学の頃に捨てたはずの気持ちが、何故だか心のすぐそこにあるような気がする。

 ……頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 次から次へと色々な考えが現れる。
 しかもそれは単純なものではなく、複雑に絡み合って一体のものとなり、頭のスペースを埋め尽くしていた。

 耐えきれなくなって、立ち止まって目を瞑る。

 冷静になりたいとき、俺はこうして1分だけでも瞑想をする。
 目を瞑り、外界から入る情報を遮断することで心に余裕が生まれたり、客観的に自分を見ることができる。

 彼女の言う通りだ。
 俺は今、深い深い海の底に寝転がっている。
 体にまとわりつく水は肌を刺すように冷たく、俺の体力を奪う。
 俺の周りを取り囲む暗闇は全てを塗り潰し、俺の心をむしばむ。

 これは短い高校生活の中の、小さな小さな転機だ。
 たとえどちらを選んでも、将来に大きく響くことは滅多にないだろう。
 そう考えれば、もっと楽観的に見るべきかもしれない。
 今すぐに決める必要はないのかもしれない。

 ただ……その選択肢は俺が許せない。

 先延ばしにしても状況は好転しない。
 考え抜いて、答えを出す必要がある。
 やるならやる。
 やらないならやらない。

 その2択だ。

 「これはたしかに、厳しい選択だな…………」

 俺はそう呟き、再び歩き始める。

 空を見上げれば、どんよりとしていた曇り空からはいつの間にか月が顔を出していた。
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