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第一章

影を被った表情

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 結果は89点。
 やっぱり90点には乗らないか。
 努力を続けているとはいえ、沢山時間をいているわけでもないから、当然といえば当然だ。
 でも、やっぱりもう少し練習しなきゃいけないな、と思ってしまう。

 それももう、終わりなのかもしれないけれど……。

 「あ、楽帰ってきてたのか。 ……なんでドアの前で立ち尽くしてんだよ、お前の番だぞ」
 「え? あ、いや、俺喉の調子が悪いから、後でにしてくれ」
 「風邪でも引いたのか? 昨日の練習はあんまりハードじゃなかったのに」
 「あ~……そうかもな。 とにかく、今のところは3人で回してくれ。 俺は聴いているだけでも楽しいから」

 じゃあ失礼します、と言って七海はマイクを手に取る。
 練習の後から痛むと言っていたし、てっきり私は声出しとかで喉を使いすぎたのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 その後は藤崎の言った通り、七海、二ツ橋君、私の順番で回して歌っていた。
 何回か二ツ橋君が藤崎に喉の具合を聞くが、彼は『今日は厳しいかもしれない』、『まだキツい』と言って断る。
 『これ、いりますか?』と七海が喉飴の袋を差し出していたけど、彼は彼女の善意も申し訳ないからと言って断っていた。

 机に置いてある水は大して減っていない。
 それどころか、喉をさする動作をたまに見せるだけで咳払いなどもしない。
 私はそれがとにかく違和感だったし、彼の歌を聴きたいのは本心だったから、彼にこう切り出した。

 「ねえ藤崎、私と勝負しない?」
 「「「え?」」」

 突然の私の申し出にこの場にいる全員が驚きの声を上げる。

 「次に歌った曲の点数が高い方が勝ち。 何もないとつまらないから……じゃあここはオーソドックスに、負けた方はジュース奢りでどう?」
 「いや、俺喉がーー」
 「この1曲だけだから、お願いっ」

 ぱちん、と両手を顔の前で合わせてお願いをする。
 彼は少し悩む様子を見せた後、

 「まあ、少しくらいならやるか」

 なんとか承諾してくれた。

 私は負けず嫌いだから、点数が取りやすいようにゆっくりな曲調で音の幅が広くないものを選んだ。
 87点。
 このとき既に何曲も歌っていた私は、音程やリズムは満足のいく出来になったかわりに、抑揚などの技術的な部分で点数が引かれてしまった。

 「あはは、かなり歌ったし喉が疲れちゃったみたい。 はい、マイク」
 「サンキュ。 一回入れた曲でもいいか?」
 「お好きにどうぞ」
 「楽が歌うところ久しぶりに聴く気がするな。 最後に歌ったのいつだ?」
 「さぁ?」

 そして彼が入れたのは、私が最初の方に歌った『66号線』だった。
 彼が部屋に入ってきたときはやけに驚いていたみたいだけど、その気持ちもわかる気がする。
 彼もきっとこの曲が好きなのだろう。

 曲が入ると、口元を手で覆い隠して固まった。
 でもそれはすぐに終わり、なんの間だったのかと考える暇もなく歌い始める。

 歌声はゆったりしたもので、どこか安心する声色だった。
 喉が痛いと言っていたのはやはり嘘なんだろう。
 彼の元の声は低い方だから少し高い部分は厳しいんじゃないかと思っていたけど、音を外すことなく歌っている。
 とてもきとした様子だ。

 二ツ橋君や七海をちらっと見ると、2人も少し驚いているみたいだった。

 1番を歌い終えて間奏に入ると、二ツ橋君が明るく言う。

 「楽、歌うの上手くない? これ90点くらい出るんじゃないか?」
 「それは気のせいだ。 俺が歌うのを滅多に聴いてないからそう思うだけじゃないか? 多分86点くらいだと思うぞ」

 彼は謙遜するように言って、再び歌う。
 私にはその表情がどこか暗く、影を被ったように見えた。
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