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第一章

闇を射る光

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 「はぁ……」

 今日はどことなく憂鬱な気分だ。
 湿気を含んだ空気。
 窓の外では今にも雨が降るんじゃないかという分厚い雲が空を覆っている。

 人間の心って不思議だ。
 天気ひとつでこんなにも気持ちに変化が現れる。
 天気が良い日は心も晴れやかになるし、雨の日は言葉では表現しがた寂寥感せきりょうかんに襲われる。

 それを言えば小説だって、音楽だってそうだ。
 小説を読むことでまるで本当に勇気をもらったかのような気分になることも、音楽を聴いて心が癒された気分になることも、実際にある。

 本当、人間の心ってちょろいもんだ。
 自分自身では何もしていないはずなのに、たったそれだけのことでまるで生まれ変わったかのような感覚に陥るのだから。
 小説や音楽に関しては、それが意図的に作られた感情であっても気付かない。
 まあ、その影響を受けたとしても自分の芯を変わらずに持ち続けているような人間もいるが……。

 「おい、楽、どうしたんだ? なんか嫌なことでもあったのか?」

 そんなことを考えていると、明るい光が俺のことを照らしに来た。
 噂をすれば、ってやつだ。
 少し口角が上がっているのは気のせいだろうか。

 「いや、少し考え事をしてた。 それより、智和こそどうしたんだ? やけに上機嫌に見えるけど」
 「あ~、やっぱり分かっちゃう?」
 「告られたとかいう話はもう聞き飽きたぞ」
 「なっ、いつもそんな話をしてるわけじゃないだろ!」
 「定期的に報告を受けているような気がするんだが…………。 それで、何かあったのか?」
 「そうなんだよ! 今日の部活の予定見たか?」
 「いや、まだ見てない」
 「見て! 今すぐ見て!」
 「はいはい……」

 言われるがままにスマートフォンの電源を入れ、あるアプリを開く。
 昔は学校内でスマートフォンの使用は禁止されていたらしいが、もはやスマートフォンが生活必需品となっている今では校則も変わって使用が許されている。
 授業中にゲームをしている奴を見ると禁止にしたくなる理由もわかるが……。

 掲示板と書かれた部分をタップして予定を開く。
 基本的に予定は特に問題が起きない限り前日に知らされるものから変更はされない。
 今日も明日もグラウンドで練習だし、芝のグラウンドがあるから雨が降っても練習がなくなることはない。
 来週の予定でも出たのだろうか?
 喜んでいる理由が見つからないな……。

 読み込みを少し待った後、『更新版』と書かれた予定を開く。
 なるほど……。

 「な? これは嬉しいだろ?」
 「たしかに、日曜日にオフが重なるのは珍しいな。 それで、なんだ? 遊びにでも誘われたのか?」
 「なんだよ、反応薄いな。 まだ他の人に予定の変更は言ってないからお誘いは来てないけど、遊びに行かないか?」
 「まぁいいけど、何するんだ? 2人で映画でも見に行くのか?」
 「何が悲しくて男2人で映画を見ないといけないんだよ。 せめて女子を入れろ」
 「それが青春ってやつじゃないのか? これだからリア充は……」

 大袈裟にため息をついてみせる。
 すると、俺らのやりとりを聞いていたのか前の席に座っていた綾瀬が突然振り向く。

 「2人とも、週末空いてるの?」
 「「えっ」」

 まさかの乱入に驚く。

 「あっ、迷惑ならいいんだけど……」

 俺らが驚く様子を見てしゅんとしてしまった彼女を見て、すかさず智和がフォローに入る。

 「いや、全くそうは思ってないよ。 ただ、少し驚いただけ。 土曜は部活だから、日曜どっか行く?」
 「うん、私もその日は暇だし、あんまり友達と遊ぶこともないからたまには行きたいなって思って。 藤崎はいい?」
 「あ、うん……」
 「どうする? 他に誰か誘う?」
 「ん、私の方でもう1人誘うと思うんだけど、それでもいい?」
 「わかった。 まあまだ時間はあるし、なんかあったら連絡くれ。 とりあえず、場所と時間は後で決めよう」
 「おっけー」

 俺が口を挟む暇もなく予定が立てられる。
 断る理由もないし、問題ないか。

 「ところでさ、2人って歌上手いの?」

 綾瀬が唐突に質問をぶつけてくる。

 「これまた突然だな。 智和ならやるよ。 こいつなら音楽部に入っても活躍するぞ」
 「え、もしかして俺スカウトされちゃった感じ?」
 「二ツ橋君って歌上手いんだ! 一度聴いてみたいな」
 「じゃあカラオケにするか? 日曜日に最高のパフォーマンスを見せてやるぜ!」

 この話は軽く流れると思っていたが、そうはいかないらしい。
 正直、カラオケに行くのはあまり乗り気ではないが、歌わなければいい話か。

 …………出来ることならもう関わりたくはないのだが……。

 俺が心の中で文句を、綾瀬は妙に俺のことを気にしているみたいだったが、その視線から逃れるように俺は窓の外に目を向ける。

 今にも雨が降り出しそうだった空からは、一筋の光が差し込んでいた。
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