拝啓、終末の僕らへ

仁乃戀

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第四章

拭いきれないもの

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 「……あ、明梨? 何があったの……?」
 「…………え……?」
 「いや、『え……?』って………………どうしたの、そんなに息を荒くして……」
 「……私だってやりたくてやってないよ…………」
 「やりたくてやってない…………? 本当に何があったんだ? ……と、とにかく、一旦中に入って聞かせて。 席取ってるから……」
 「……うん」

 明梨の様子がおかしい理由はわからないが、確実に何かが起こったという事実が僕の胸に突き刺さり、心の中からじわじわと混乱と不安が広がっていく感触がする。
 彼女の態度を見ていると、単純に体調が悪いというわけでもなさそうだ。
 内側に怒りや不満を溜めているような様子だ。

 前日まであんなに楽しそうにしていたのに、何が彼女をこんな様子にさせたのだろうか。
 男女から人気の明梨に嫌がらせをするような人なんて1人もいないだろうし、仮にするとしても理由がわからない。
 これは本人から事情を聞くしかなさそうだ。
 理由が何であれ、彼女に嫌な思いはさせたくないしな。



 中に入って明梨がドリンクを買ってきたところで、ひとまず軽い話題から入ることにする。
 コミュニケーションは未だに苦手な方だと思うし、こういうときにどんな対応をすればいいのかわからない僕なりに考えた結果だ。
 すぐに僕の方から切り込んでも嫌がるだろう。

 「えっと……ま、まぁ、ひとまず宿泊行事が終わってゆっくりできるね!」
 「…………うん」
 「いろんな人と関われて楽しかったね。 明梨のおかげで僕にも新しく友達ができたし、本当に良かったよ」
 「………………うん」

 うん、相変わらず会話が下手だな……。
 明梨も同調はしてくれてるけどさっきから特に反応があるわけでもないし、俯いたままで僕の顔を見てくれない。
 流水のようにさらさらと流れる髪から覗く横顔は不機嫌な色に染まっていた。
 どうしたものか……。

 少しの沈黙が流れた後、ようやく彼女が口を開いた。
 ただ、彼女の口から出たのは思いもよらない言葉だった。

 「ねえ、優って……私に嘘ついたこと、ある?」
 「え?」

 唐突に彼女の口から発せられた言葉の意味がわからず、思うように言葉が出てこない。

 「……あるの?」

 質問を繰り返すようにして明梨は僕の顔を見る。
 その目にはうっすらと涙が溜まっているのが見えた。

 「ない……な。 ねえ、明梨、どうしたの? 本当に何かあったーーーー」

 続きなんて聞きたくないとでも言うかのように彼女の手が僕の口を覆う。
 その手はひんやりと冷たくなっている。

 「ーーっ、何かあったなんて今は聞かないで。 聞き方を変える。 私に対するに、嘘をついたことはある……?」
 「…………えっ?」
 「いいから……」

 彼女の目には今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっていて、表情には怒りではなく悲しみが広がっている。

 「僕は、一度だって明梨に対する気持ちに嘘をついたことはない。 農村体験の帰りのバスで言った気持ちは本心だ。 いつだって明梨のことは大切に思っていたし、今もそう思ってる…………」

 僕は前に明梨に気持ちを述べた時のように心の内をありのままに見せた。
 ……なのに。
 胸に何かが引っかかる。

 明梨からの視線が痛く感じて、思わず目を逸らす。
 なんだ、この気持ち。
 自分が自分じゃないみたいなーー。

 「……違和感丸出しだよ、優」

 そんな僕の態度から何かを見抜いたかのように明梨はぽつりと言う。
 そして、何を思ったのかスマホを取り出し、ある人物とのメッセージ画面を僕に見せた。

 僕はメッセージの内容を見て青ざめる。

 〈友潟って、あの人と付き合ってんの? なんか仲良さそうだったけど〉
 〈付き合ってはないと思うよ。 そんな様子は見せてないし……〉
 〈いや、でもさぁ……あいつ、最初に比べて随分変わった気がするから、なんかあったのかと……〉

 その相手は、シャッチーだ。
 この2人は友達として良い関係を築いている。
 普通なら純粋に良いことだと思えるが、明梨がこのような状態になった理由がひと目でわかる言葉があった。

 〈3日目の夜、2人で外に出ていくくらいだし、なんかあると思ってたんだけど……〉

 これだ。
 彼が僕にさっきメッセージで聞いてきたのは、純粋な好奇心、といったところだろう。
 彼に悪気はない。
 しかし、この言葉には明梨を疑心暗鬼にさせるほどの力があった。

 「違和感の正体はこれでしょ……? 私に対する気持ちは、乗せられたようなもので……」
 「っ、いや、それは違う!」
 「違うって何よ、他に理由があるの?」
 「理由か……」

 実際、明梨に知られてしまったらこうなるのは予想がついていたが、説明さえすればわかってもらえると思っていた。
 会っていたのが玲以外ならそんなことは思わないが、明梨と玲の関係は一瞬で切れてしまうほどのものじゃないことは僕が一番知っているつもりだったからだ。
 だからすぐに返答もできたはず、それなのに僕はすぐ言葉を返すことができなかった。

 「他の理由は……ない。 ただ、明梨が思っているのとは違う。 それは誤解だ」
 「じゃあ、ただ友達として会っただけ?」
 「たしかに時間といい場所といい、全体的に軽率な行動だったと思うし、親友とはいえ断るべきだったのかもしれない。 ただ、僕ら3人の関係ってそんなものじゃないだろ……?」
 「………………私だって、そう思いたかった。 玲も私にとっては大事な親友。 でも……でもね…………玲の気持ちを知ってるから、信じきれないの……」
 「信じきれないって……?」
 「優の言葉は、薄っぺらに聞こえるの」

 その『薄っぺら』という言葉が、僕の胸に引っかかるものを容赦無く照らす。

 それは、僕が明梨を好きだと言っている言葉の裏に無意識に隠していた、拭いきれない劣等感というものだった。
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