君の筋肉に恋してる

黛 ちまた

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007.上腕三頭筋の凝りが酷いようですが?

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 聖女ちゃんと話をした。考えてみれば何の面識も無い赤の他人で、召喚されてからも顔を合わせてないから、初めてなのよね、ちゃんと話すの。
 アユミちゃんって言うんだって。JKよ、JK。
 羨ましいぐらいに肌がぴちぴちなの。撥水加工でもされてるのか、ってぐらいに弾けた肌なのよ。

 煮詰まっていた彼女は、腹黒殿下に無策で突撃して玉砕していた。無謀だわー。庇護される事が当然だと思ってる世代ならではの無謀さなのか、ラノベがそう言う展開なのが鉄板なのかは分からないけど。

 彼氏が欲しいよぅ、と泣いてるけど、色々聞いてるとこっちの世界で聖女の相手を務めた人間は、聖女が日本あっちに戻ってからも、生涯独身を貫かなくちゃいけないらしいから、それは止めておけ、と言っておいた。
 そもそも聖女の望みだからと相手に拒否権がなく始まる関係なんて、幸せになる筈が無い。
 聖女の相手をした奴らが死んだ、って言うのはさすがに眉唾だと思うけど。そんな事言いながら愛人とか作ってるでしょ。だって貴族よ、貴族? そんな高潔な存在な筈ないわ。
 でも、まだ十代のアユミちゃんにはそれぐらいのウソが丁度良いと思うのよね。聖女と言う立場であまりに美味しい思いをしてしまったら、日本あっちに戻った時に苦労するの彼女だし。一度知ってしまった蜜の味って、なかなか忘れがたいって言うしねぇ。
 彼女が聖女としてのお勤めを果たそうが果たすまいが、あと三週間で元の世界に戻るんだから、ちょっとの辛抱よ。そう伝えたら、アユミちゃんが不貞腐れ始めた。なんでよ?

「リサさんは美人だから私の苦労なんか分からないんですー」

 頰膨らませてまで言う事なの?
 それに現実を知らないわね、この子。

「何言ってるのよ。好きでもない男に追いかけ回されるのが幸せな訳ないでしょ。モテれば良いってもんじゃないのよ」

「あー、勝ち組は言うコトが違いますね」

 完全に拗らせてるわね。

「会った事も無い男に毎日つけ回されたり、知らない番号から鬼電が来たり、謎のプレゼントが届いたり」

 しかも下着とか。鞭とか、口にするのも憚られるような奴とか。捨てるのにお金がかかる奴が送られて来た時には着払いで返したわ。見知らぬ人間からのはそもそも受け取り拒否一択だけど。

「一回しか話してないのに彼氏面されたり、車に強引に引き摺り込まれそうになったり、イキナリ婚約者だとほざく奴も出て来たり、セクハラなんか当然のようにされるし、踏まれたいとか公衆の面前で叫ばれるとか、それなのに自分の好みの人とは付き合えないとか、そんなのばっかりよ?」

 自分の身に起きた事を話していたら、アユミちゃんは百面相をしていた。うわぁ、という顔やら、ひぇっ、と言う顔、最終的には無になっていた。

「美人って、人生easy modeなのかと思ってた」

「そう言う人もいるでしょ。私は変なのにつきまとわれる確率が高いのよね」

 アユミちゃんが笑った。

「なんか、良かったです」

 なにがよ? 全然良くないわよ?

「私、普通だから、可愛いコは彼氏とか出来てくのに、全然出来なくって。こっちに来て聖女って言われて自信取り戻してたんだけど、上手くいかなくって」

「それなのに地味なオバさんがいちゃついててムカついたと」

「アハハ、ゴメンなさい。そうです。
そんな私の気持ちを王子に見破られて、論破されたけど、リサさん、残念美人だし」

 残念美人言うな。
 失礼ねー。

「あと三週間で出来るか分からないけど、頑張ります。
リサさんは騎士団長と結婚するから、ここに残るんですよね?」

「そうよ」

「後悔しないんですか?」

「なにを?」

「え? だって家族とかあっちにいますよね?」

「いるけど、人生のパートナーに勝るものはない、って言うのが我が家の家訓よ」

 そう言ったら、痛い子を見る目をアユミちゃんが向けてきた。遠慮ないわねーこの子。いいけど。

「リサさん家って家族ぐるみでアレなんだ」

「失礼極まりない子ねぇ」

 きゃっきゃっと笑うアユミちゃん。若いわぁ。

「私、頑張ります」

 アユミちゃんは良い顔をしていた。
 思春期の悩みなんて、よっぽどの事がなければ可愛いものの方が多いのよね。でも、限られた世界で生きてる彼女達には人生の分岐点ぐらいに重かったりする。
 私もあんな時があったのね、と思うと感慨深い。



「リサ様はお心が広いのですね」

 アイリスが私の髪を梳きながら、しみじみと言った。
 何かあったのかしら?

「聖女様です。リサ様にかなり酷い事をおっしゃっておりましたのに」

「反抗期みたいなものよ」

 自分の反抗期とか、思い出すだけで黒歴史よ。封印よ、本当に。

「上手くいくといいわね」

 聖女による結界の張り直しが無事に終わって、彼女が無事に日本あっちに帰れる事を祈る。

 それはそれとして、私にもお勤めがあるのよ。
 人族ひとぞくの国は、ここ、フィルモア王国以外も存在するらしいけど、周辺には存在しない。
 フィルモア王国に隣接するのは獣人の国 デルニア王国。王政ではあるものの、強い者が王になるという、獣人らしい体制らしい。その度に体制が変わるのかしら? よく国が持つわね?
 そのデルニア王の妹が、今度フィルモア王国にやって来るそうで、王太子はその対応で忙しい。それが再来月だから、その前に結界を張り直したい、と言うのが殿下の考えだろう。
 友好国として悪くない関係を築いているとの事で、そこでの社交が私の初仕事になる。って言っても何すれば良いのか分からないけど。
 それに伴って、貴族の夫人同士のお茶会にも参加する事になったのよね。虐められちゃうのかしら?
 ポッと出が騎士団長の婚約者になって、王女になってるんだから、虐められない訳がないわねー。これは心してかからないとだわ。

「あ、お茶会でもメガネは付けていくわ」

「何故です?」

 あからさまにショックを受けているアイリスが、鏡越しに見える。

「不要だからよ。お茶会なんてマウンティング場でしょ? 私はマウンティングしに行きたい訳じゃないし、場慣れしたいのと、情報が収集したいだけだから、要らないの」

「マウンティングとは、何ですか?」

「相手より自分の方が上だと思わせる態度ね」

 一つの防衛手段よね、アレ。
 自分を守りたいから、マウンティングと言う名の威嚇をして、自分の立場を守ろうとする。
 貴族なら余計にやりそうなものだわ。

「まぁ、それなら尚更必要ではありませんか」

「名ばかりとは言え、私は王女なんでしょ? その王女にマウンティングが許される程、王太子は弱いのかしら?」

「そんな事はございませんけれど」

 それに、そんなあからさまな態度取るような奴なら、相手にしなくて良い訳だし、レオ様の妻(きゃーっ!)としてやっていくには、誰が味方になりうるのかとか、状況判断は必要よねー。ドロドロ嫌いな私がドロドロした中に自ら入る事になるとは思ってなかったけど、どうせやるなら、やるわよ、ちゃんとね。






 まずは様子見と言う事で参加したお茶会。
 着飾った淑女達が並んでいる。
 ホストの夫人は、先日城で王太子に紹介して貰った。
 この中では最高位にいる私から話しかけるのが決まりらしいのよね。

「カテリア夫人、お招きありがとう」

 ございますは言っちゃ駄目なんだって。目上にだけ言うらしいわ。
 夫人はキレイなカーテシーをした。

「リサ様に当家のお茶会にご出席いただき、光栄にございます」

 頭を上げたカテリア夫人に案内されて、上座のテーブルに腰掛ける。私の後ろにアイリスが立った。
 それにしてもこのドレス、重いわぁ。筋肉つきそう。胸を寄せて上げたのをコルセットで支えるから、肩は凝りにくいけど。

 テーブルに着いた女性は私とカテリア夫人を除くと八人。高位貴族のご夫人か、令嬢か。
 はてさて、どんなマウンティングされるかなー。と、脳内で指をパキパキ鳴らしながら様子を見守る。

 次々紹介される令嬢や夫人。貴族年鑑で見た姿絵と照合していく。たまにあの姿絵、嘘吐きすぎじゃないの? とツッコミたくなる令嬢なんかもいたけど、大凡認識通りだった。

「今日は、リサ様にお会い出来るのを楽しみにしておりましたの」

 斜め前に座る令嬢が、目をキラキラさせながら言うと、周囲の令嬢や夫人達も頷いた。
 社交辞令って奴ね。

「そう言っていただけて嬉しいわ」

「アロウラス様のご次男に捕獲されてしまった、哀れな女性が、どんな方なのか知りたかったのもありますが、そのお心を少しでもお慰め出来たらと思ったのです」

 …………ん?
 これはアレかしら? 副音声で言う所の、何処の女が宰相の次男を掻っ攫ったんだか、その顔を見てやろうじゃないの。嫌味の一つも言ってやるわ、とかそう言う事かしら?

 扇子で口元を隠して私の事を馬鹿にするように見て──はいないわね。皆、心から心配してます、と言う目をしてる。これが演技なら女優だわ。
 ……え? まさか、そのまんまの意味なの?
 振り返ってアイリスを見ると、眉をわずかに上げて肩を竦ませた。

 私にとってレオ様は絶世の美男だけど、彼女達にとっては野獣なんだっけ?
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