幼馴染みの恋

黛 ちまた

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フラれたけど恋人が出来ました

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 幼馴染のタケルに告白したら、悪ぃ、って言われた。
 つまり、フラれた。
 幼馴染歴15年。好きになったのは小学4年生の時だったから、5年に渡る片思いは、思いの外あっさりと終わった。

「初恋は叶わないって言いますしね」

 親友のエリカはそう言って傷口を抉ってくる。本当ならエリカの顔も見たくない。だって、タケルが好きなのはエリカだから。言葉にされた訳じゃない。でも、そんなの見てれば分かる。熱がこもった目でエリカを見てる事に、気が付かない筈が無い。
 タケルが幼馴染の私をダシにしてエリカと接点を持ってる事は分かってた。
 だから、告白した。
 片想いの胸の苦しさも、ダシにされるのも、エリカが良い子で私に気を使ってる事も、全部全部嫌になってた。
 だから、玉砕するって分かってて、タケルに告白した。

 胸は痛い。しくしくと、ジクジクと痛む胸。
 昨日までとは少し違う痛み。
 ポッカリと空いた穴。でも、何処かスッキリしていたのも事実で。

 HRギリギリにタケルが教室に飛び込んで来た。
 入って来るなり、怒った顔のまま、私の前にやって来た。

「サキコ! 何で起こしに来てくんなかったんだよ! 遅刻する所だっただろ!」

「何で私が怒られなくちゃいけないの?」

「え?」

 予想もしなかったんだろうな、この表情からして。
 ぽかんと口を開けて私を見てる。
 情けなくて笑ってしまう。
 エリカも私を少し驚いた顔で見てる。

「どうして私が起こすのが当たり前なの?」

「いや、だって、今まで……」

 昨日の朝は確かに起こしに行った。
 昨日の夕方に告白して玉砕した。
 わからないかな?
 幼馴染という関係は続いてるようで、終わった、って事。

「幼馴染として起こしてたんじゃなかったって事は、昨日分かったでしょ? 下心があったの。でも昨日フラれたからね、もう二度と行かない」

「えっ」

 傷付いたような顔をするタケル。何でそっちがそんな顔するの。

「私をアテにするのも、ダシにするのも、昨日で終わりだから」

 周囲が私たちのやりとりに聞き耳を立ててる事には気付いてた。私がタケルの事が好きな事を、みんな知ってた。
 だから冷やかされたりもしてた。それをいつもタケルは面倒くさそうに否定してた。

 思い出すと胸が痛い。
 ずっとずっと、片想いだった。
 実らない片想い。






 ため息を吐いた私を見て、姉のユリカが言った。

「サキコさんてば、随分色っぽいため息を吐くようになりましたねぇ。大人の階段登っちゃった?」

「そんなんじゃないの。辛いから揶揄わないで」

「タケルにフラれたか」

「そんなトコ」

 まんま、そのまんまだよ。

「よし、着替えておいで、サキコ」

「えっ?」

「オネーサマが誘ってるんだから、さっさと用意する! ホラ!」

 強引に立たされて、仕度をさせられる。

 連れて来られた先は、近所に昔からあるカフェだった。

「おーっす」

 男らしい挨拶をする姉を先頭にして店内に入ると、カウンターの向こう側に幼馴染のユキちゃんがいた。
 お姉ちゃんと同い年、二十歳のユキちゃん。ちゃん付けで呼んでるけど、れっきとした男の人。

「久しぶりだね、サキちゃん」

 そう言って優しく微笑むユキちゃん。昔から変わらない優しい笑顔。
 このお店はユキちゃんのお母さんが経営しているカフェで、大学生のユキちゃんは暇な時はここでバイトしている。

「久しぶり、ユキちゃん」

 お姉ちゃんとカウンターに腰掛ける。

「ユキト、サキコをお祝いしてあげてよ」

「お祝い?」

 不思議そうな顔でユキちゃんはお姉ちゃんの顔を見る。

「我が妹サキコは、5年に渡る片想いにケリをつけるべく幼馴染のタケルに告白してフラれ、失恋の痛みを乗り越えて、大人の階段を登ろうとしてる訳よ」

「お姉ちゃん!!」

 悲鳴のように叫んだ私の声を無視して、姉はいつものように飄々とした顔をしてる。

「だって、事実じゃん」

「ユリカは相変わらずサキちゃんにスパルタだね」

 カフェオレで良い?とユキちゃんが聞いて来たので、頷いた後は、姉に抗議する。

「言い方ってあるでしょ。そんな、傷口に塩を塗るような言い方をして……」

「サキコがタケル如きの為に失恋でグズグズすんの見るの嫌なんだもん。ユキトが相手ならまだしもさ、あんな小僧」

 いくら何でも言い過ぎだとは思うけど、ここまでけちょんけちょんに貶してくれると、清々しいと言うか。
 変に気を使われるとか、慰められるとかより、よっぽど良いかも知れない。気が楽になる。

 ユキちゃんはサイフォンで淹れたコーヒーをカップに注ぐと、ミルクパンでほどほどに温めた牛乳をその上から注いだ。私がかなりの猫舌なのを知ってるユキちゃんは、いつもこうやって作ってくれる。
 どうぞ、と言う言葉と共に目の前に置かれたカフェオレは、ゆらりと湯気を立てて、心のささくれだった部分がちょっと癒される。

「タケルにフラれてしまったのは残念だったね」

「う、ユキちゃん、その話題は……」

 やめて、と言おうとした私に、ユキちゃんは優しく微笑んで言った。

「オレと付き合わない?」

「へ?」

 突然の事に、思考が停止する。

「え、あの、えっ?」

 今、ユキちゃん何て言った?

「タケルの事は諦めるんでしょ?」

「う、うん……」

 そうだけど、それで何で、ユキちゃんと?

「我が妹ながら、鈍さに驚くわー」

 鈍い? 私が?

「そこからは自分で言うから、ユリカ、言わないで」

 ユキちゃんがお姉ちゃんに言うと、お姉ちゃんはハイハイ、分かってますよー、と答えてコーヒーを飲み出した。
 私の方を向き直ったユキちゃんは、私の手を取った。

「!」

「サキちゃんはずっと気付いてなかったみたいだけど、オレはずっとサキちゃんの事が好きだったんだよ」

「?!」

 心臓がどくん、と大きく高鳴って、そこからはばくばくと音をさせてる。
 顔が熱い。

「サキちゃんがタケルに片想いするより前から」

 少しだけ首を傾げるようにして、ユキちゃんが微笑んだ。

「サキちゃんが好きだよ。オレの彼女になって欲しい」



 ユキちゃんに告白されて、好きじゃないなら断れば良いのに、何だか断りたくなくて。
 よろしくお願いします、なんて言う可愛くない返事をして始まった私とユキちゃんの恋愛。
 しかも姉の目の前で。

 明日、デートしよう、と誘われ、言われるままに承諾してしまった。

 帰り道、お姉ちゃんに、私ってば尻軽なのかな、と尋ねた。あんなにタケルの事が好きだった筈なのに、ユキちゃんに告白されて舞い上がってる自分が信じられない。

 私の少し前を歩いていた姉は振り向いて言った。

「タケルに片想いしてからしばらくはさ、サキコは幸せそうな顔してたけど、中学に入ってからはあんまり楽しそうじゃなかったよ」

 タケルを好きだと自覚し始めた頃は、何をしてても楽しかった。

「エリカちゃんだっけ? タケルが彼女に片想いを始めたあたりから、サキコからは笑顔が減ってたからね」

 ズキリ、と胸が痛む。

「サキコの中ではさ、本当はとっくに答えが出てたんじゃない?」

 答え。

「もう良いって思ったから、ケリをつける為に告白したんだよ、きっとね。だからタケルへの想いは、無い訳じゃないだろうけど、以前程じゃないんだと思うよー」

 姉はまた前を向いて歩き出した。
 後をついて歩きながら、その言葉に納得してる自分がいた。
 好きは好きだった。今だって痛む程に胸は痛いし苦しさもあるけど、今は、私の好意に気付きながら幼馴染のメリットを享受し、エリカとの関係に期待して恋に浮かされているようなタケルに、モヤモヤしたものを抱えてもいた。
 でも、そんなのはタケルの自由な訳で、イライラしたりモヤモヤする権利は私には無い。
 だから、終わりにしたくて、砕ける為に告白した。






 今までユキちゃんを異性として見た事がなかったから、どんな格好をしたら喜ぶのかとか、全然知らない。
 姉に聞いたら、あんなムッツリの趣味なんか知らん、って言われてしまった。
 ムッツリってユキちゃんの事?!

 あわあわしている間にユキちゃんが迎えに来てしまったので、ちょっと可愛めな格好しか出来なかった。

「可愛いね」

 褒められた途端、顔が熱くなる。
 あまり褒められた事がないから、恥ずかしくて仕方ない。
 そんな私を見て、ユキちゃんは優しく笑う。

「何処か行きたい所、ある?」

「特には……」

「そっか。じゃあ、恋人になった記念に、サキちゃんにプレゼントがしたいから、買い物に行って、美味しいものを食べようね」

 恋人になった記念?!

「ゆ、ユキちゃんって、今まで付き合った彼女にもそうやってプレゼントしてたの?」

 聞いてからしまった! と思ったものの、ユキちゃんは困った顔をしたものの、怒った様子ではなかった。

「何人かと付き合った事はあるけど、好きで付き合った訳ではなかったから、記念に何か、と言うのはサキちゃんが初めてかな」

「ごっ、ごめん、ユキちゃん、変な事聞いて。ホント、ごめんなさい」

「そんなに謝らなくて大丈夫だよ」と、優しく微笑むユキちゃんにホッとする。

 電車に乗って都心まで来た私たちは、アクセサリーを見にお店に入った。

「ピアスにしようか」

 うちの学校はリングこそ禁止されているものの、ピアスは許されている。
 姉もユキちゃんも同じ学校に通っていて、姉は早々にピアスを開けていた。

「最近はイヤリングが主流らしいんだけどね、ピアスは嫌?」

 ユキちゃんの問いに、首を振る。

「ううん、そんな事ないよ」

 色んなピアスを見ていて、私とユキちゃんが良いなと思ったのは、シンプルなデザインのものだった。
 ただ、値段が結構したので日和ってしまった私に、ユキちゃんは大丈夫だよ、と言って買ってくれた。
 そのピアスを持って、穴を開けてもらいにいく。
 お店の人が、ファーストピアスから好きなものを付けてくれる所があると教えてくれたので、電話をしてみたら空いてるとの事だったので、そこで開けてもらい、プレゼントのピアスを付けた。

 満足そうに私を見つめるユキちゃん。その表情に、なんだか嬉しくなってくる。

「サキ」

 突然、いつもと違う呼び方をされてびっくりしている私に、ユキちゃんがもう一度言った。

「サキ」

「……なに、ユキちゃん」

「オレの事も、ユキって呼んで」

「……ユキ」

 にっこりとユキちゃんは微笑み、私にキスをした。

「!!」

 そんな、イキナリ! って言うか今の、なんか自然って言うか……!

 驚いて何も言えないでいる私に、ユキちゃんは困ったように笑った。

「ごめん、がっついてて。サキがあまりに可愛くて我慢出来なかった。ずっと片思いだったし、嬉しくて」

 少し恥ずかしそうに言うユキちゃんに、胸がきゅんきゅんしてしまう。

「ユキちゃんって、結構アグレッシブなんだね……」

 私の言葉にユキちゃんは苦笑する。

「サキにだけだよ」

 私にだけ。
 その言葉に、心のあちこちにあったささくれがなくなっていく。






「おはよー」

 月曜日、私の耳にあるピアスに、エリカが直ぐに気が付いた。

「サキコ、ピアス開けたの?」

「うん、昨日開けた。まだちょっと痛い」

 昨日よりは落ちついたけど、少し熱を持ってる。

「えー、これダイヤ? お母さんに買ってもらったの?」

「ううん、彼氏からだよ」

「彼氏?!」

 エリカがあまりに大きい声を出すものだから、あちこちから視線がこっちに向けられる。

「ちょっと、エリカ」

 嗜めるように言うと、エリカが手を合わせて謝ってきた。

「ご、ゴメン!」

 慌てて小声になるエリカ。
 悪気が無いのも分かってるし、先週木曜日にタケルに告白してフラれた私に彼氏が出来た、なんて言ったら驚いて当然だ。見栄を張って嘘を吐いてると思う奴もいると思う。

「タケルの事、好きだったんじゃないの?」

「好きだったけど、タケルはずっとエリカの事が好きだったでしょ」

 そう言うと、エリカが困ったような顔になる。

「だから好きは好きだったけど、ピークはずっと前に過ぎてたって言うか……もういい加減しつこいな自分、って思ったから告白してフラれたの。だから気にしないで。
あ、エリカがタケルの事好きになったら、付き合って良いんだからね」

 私の言葉が聞こえたのか、タケルがこっちを見ていて、何故か傷付いた顔をしていた。
 姉が言ってたけど、男は自分に惚れた女はずっと自分の事を好きだと思ってる、って言う奴、アレ、嘘かと思ってたけど、本当かも知れないなって思った。
 それにしてもあの目、嫌だな。

 視線をそらした時、ポケットが揺れた。
 スマホにユキからのラインが来てた。

『おはよう、サキ』

 それだけなのに、胸がうずうずする。

『おはよう、ユキ』

直ぐに既読がついてレスが来る。

『今日、何時まで?』

『部活ないから16時には学校終わるよ』

『分かった、会いたいから迎えに行くね』

 ユキから送られる言葉に、胸がきゅんきゅんしてしまう。

「彼氏から?」

 エリカの問いに、うん、と答える。

「どんな人? 年上?」

「うん。5コ上かな。大学生」

「カッコいい?」

「えー、教えない」

「教えてよー」






「サキコ」
  
 帰り道、背後から声をかけられた。聞き慣れた声。
 先週までなら聞きたくてたまらなかった声。大好きだった声。

 振り返るとタケルがいた。

「なに?」

「彼氏が出来たって、ウソだろ?」

「ウソじゃないよ」

 昨日の今日ぐらいの短い期間の事だから、信じられないのも無理はないけど。私自身もまだフワフワしてるって言うか。

「いくらオレにフラれたからってそう言うの、痛々しいから、止めろよ」

 なるほど、あの傷付いたような顔は、タケルにフラれた私が、見栄をはって彼氏が出来たフリをしてるように見えたって事?

「サキ」

 振り返るとユキが立っていた。

「迎えに来たよ」

 ユキに駆け寄る。
 なんて絶妙なタイミング!
 タケルにちょっとイラっとし始めてたから、ホント来てくれて助かった。

「タケル、久しぶりだね」

「ユキ兄」

 ユキの手が私の手をぎゅっと握る。

「サキコの彼氏って……」

「うん、オレだよ。タケルを諦めるって言うから、弱ってる所につけ込んで、恋人になってもらった」

「ユキ、つけ込むなんて、そんな言い方」

 ユキは私のおでこにキスをすると、タケルの方を向いた。

「ありがとう、タケル。サキの事を振ってくれて。お陰でずっと好きだったサキがオレのものになったよ」

 呆然としているタケル。

「サキ、行こう」

「うん」
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