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第三章 ダンジョンメーカーのお仕事

036-1

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 最大派閥といわれていた第二王子派が、国家反逆罪という一番重い罪で処罰されてから、ひと月が経った。

 僕はいつものようにメルから絞ったミルクを熱処理していた。コッコがくれた卵は洗い終えて氷室に保存してある。

「邪魔するよ」

 カウンターの向こうから話しかけられて顔を上げると、第一王子のセルリアン殿下が立っていた。
 お供も付けていない。大丈夫なのかな?
 そんな僕の考えが分かったのか、殿下はふふふ、と笑った。

「まいてきたんだ」

「それは駄目です」

 確かに第二王子派はいなくなったかも知れないけど、絶対じゃないかも知れないし。
 そう言うと、殿下はちょっと意外だ、と言った。

「のんびり屋なのかと思っていたんだが、思う以上に冷静に判断するし、見ているのだな」

 褒められてるとも言えなくもない感じ。
 貶されているとも言えなくもない感じ。

「それは先日と同じように熱処理をしているのか?」

 鍋でくつくつと煮ているミルクに視線を向ける殿下。

「そうです」

「温めたのをそのまま飲むのも良かったが、他の飲み方はないのか?」

 他の飲み方……?

「僕はよく、コーヒーに入れて飲みます」

「コーヒーか、眠れなくなるからと飲ませてもらえなかったのだが、最近は歩けるようになったし、これまで行けなかった場所にも足を伸ばせるようになったからな、夜にはよく眠れるようになった」

 これはつまり、だから問題ないから飲ませて欲しい、ってことなんだろうな。

「少し待っていて下さいね」

「分かった」

 ちりん、と音をさせてネロが食堂にやって来た。すっかり慣れ親しんだ殿下の姿に気付いて、駆け寄ると迷いなく殿下の膝の上に飛び乗る。
 途端に殿下の目尻が下がる。

「元気にしていたか?」

 殿下はあれから忙しくしていて、部屋にいる時間が減ったとのことだった。それが続いてネロは殿下の部屋に行かなくなったのだ。
 猫はとても賢いから、何か察したのだろうな。
 自分の役割は終わったんだな、とか。

 殿下がネロを撫でている間にコーヒーを淹れる。
 コーヒーを飲んでなかったって言ってたから、ミルクはたっぷりめに入れておこう。

「ミルク入りコーヒーです」

 ネロは膝から下りると、自分にもとせがんできた。
 水で薄めればほどほどに温くてネロも飲みやすくなる。
 専用の器にミルクを入れてあげると、しっぽをゆらゆらと揺らしながら舐め始めた。

「アシュリーはテイマーでもあるのだったな」

「はい」

「私も欲しかったな、テイマーのスキルが」

 なくても猫は飼えますよと答えると、そうだったと答えて殿下は笑う。

 ミルクコーヒーをひと口飲んだ殿下は、じっとコーヒーを見つめて、「コーヒーだけだと苦いばかりだが、ミルクが入るとまろやかになって美味しいのだな」と言った。

「ミルクが入っていないと僕も飲めません」

 殿下が目を細めて笑う。
 優しく笑う人だな、と思った。

「そなたに話すことでもないのだがな、話し相手になってくれるか」

「聞くだけになると思いますけど、それでも良ければ」

 うん、と頷いてから、ぽつぽつと話し始めた。

「侯爵の派閥は、とにかく大きかった。誰が見ても寝たきりの僕より、ギドが王位に就く可能性の方が高かったから、無理もない」

 力のある所に身を寄せた方が生きやすいというのは、なんとなく分かる。

「その者達の処罰自体は問題ないのだが、屋敷などで働いていた者達、付き合いのあった商人達がいるだろう?」

 なるほど、あまりにも多くの貴族が処罰されて、平民達にも影響が出ちゃってるのか……。
 貴族の家一つで、沢山の平民を雇うって聞いた事ある。
 その人達がみんな仕事を失うんだもんね。

「失業者が増えると、国に対する不満が増えやすい」

 みんな、自分の生活にしか目がいかなくなるもんね……。

「戦争になれば、そんなことも言ってられなかったと思いますけど、人はすぐに忘れますからね」

 たとえ分かっていても、不満は持つんだろうけど。

「何か対策をうたねばならないのだが、なかなかに難しい。何が効果的なのかを議論するだけで会議が終わり、話がまとまらないのだ」

 そう言ってため息を吐く殿下。
 大変だなぁ……。

 でも、そうやって前を向いて、民のことを考えてくれてるのだと思うと、嬉しくなる。

「殿下はきっと、良い王様になります」

「なんだ、突然」

「逃げずに、考えてるので」

 被害を受けたのに、第二王子たちの穴を埋める為に日々頑張ってるんだもの。

「アシュリーならどんな事を考える? 参考までに話してくれ。そなたは平民として生きてきた。私や周囲の者達より余程民の暮らしぶりや、どんな事に不満を抱くのか分かるのではないか?」

「色んな人がいますから、簡単には解決出来そうにないですよね」

「そうなのだ」

 ふと、父さんの話していたことを思い出した。

「たとえが良くないんですけど……。
僕の父親は猟師をしているんです。同じ種類の獲物を捕らえるにしても、いくつかの罠を用意するんです。
同じ生き物でも好き嫌いがあるみたいで」

 なるほど、と殿下が頷く。

「明日の会議ではその話をしてみる」

 温くなってしまったミルクコーヒーを、美味しいと言いながら殿下が飲んでいた時、食堂のドアが勢いよく開いて、リンさんの声が食堂中に響いた。

「アシュリー!!」

 入って来たリンさんは、殿下を見てその場で固まった。
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