転生を希望します!

黛 ちまた

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第一章 学園編

真綿で、そっと絞めるように。<ラトリア視点>

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「やはり、連絡が来ましたか」

 予想通りであり、そうでなければ計画を練り直さねばならない事ではあるが、この件については想定通りであることが不快で仕方無い。
 父は手にしていた手紙を机に放り投げると、口角のみ上げて笑った。

「強欲なアレが、王から褒美を賜ったと聞いて黙っている筈もあるまい」

「それ以外にも餌を撒かれてらっしゃったようですが……」

 私が知る限りでもいくつかの罠を準備していたように思う。野生の勘でも働いたのか、鈍感だったのかは分からないが、伯爵はそれには乗ってこなかった。

「存外我慢したのではないか? あれだけの餌をばら撒いたにもかかわらず、ようやくのお越しだ」

 ふふ、と楽しそうに父は笑う。

「姫が家族に執着がないのが何よりだ。最も、姫からすれば、あのような愚物たちと血が繋がっているなど考えたくもないことだろう」

 準備は整っている。
 姫の生家を潰す為の準備は、二人の婚約が決まった時から準備されてきた。
 私はあまり、こういった謀略事は好きではない。
 出来なくはない。だが好きではない。
 その弱さを見透かされ、次期当主に相応しくないと捨てられてしまったのだが。

 真綿で首を絞めるように、ゆっくりと着実に外堀を埋め、退路を一つずつ断つ。
 確実に仕留める為、短時間で事を進めたりはしない。それではボロが出るし、足もつく。
 徹底的に潰したりはしない。必ず退路を一つだけ残しておいてやる。

 父からこの謀を聞かされ、姫が家族から受けた仕打ちを知り、私は自分の意思で断罪に加わることを決めた。
 姫は気付いているのだろうか。私たち家族を見る際に、少し寂しそうな顔をするのを。それに気付いているから、弟は私たちにそっけなくするのだ。
 どれだけ聡明であっても、傷付きはする。むしろ、そのような思いをしたからこそ、聡明なのかも知れない。
 彼女は感受性が強い。そして優しい。
 会った回数は多くはないが、私は彼女を実の妹のように思っている。
 生家を潰せば姫は傷付くだろう。だが、姫にとって毒にしかならない存在ならば、いないほうがいい。
 アレは彼女を余計なものに縛り付けるだけの足枷でしかないのだから。

「それにしても珍しい事だ。おまえがこういった事に加わるとは」

 父は私を真っ直ぐに見据える。私の心の弱さを、父は一番よく知っている。

「えぇ、今回ばかりは私にも思う所があるのです」

「そうか」

 準備は整い、対象は罠にかかった。






 *****






 雑談もなく、伯爵は本題に入った。随分せっかちな事だ。
 もっとも、首が絞まりかけているのだから、余裕などありはしないだろうが。

「我が領地はアルト侯爵領ほど潤沢な資源を持っておりませんので、私共がいくら慎ましく生きようとも難しい局面がございまして。それを、些かお助けいただけないかと思いまして」

「援助を、とおっしゃるのかな? 伯爵」

 戸惑ったような表情を見せる父に、思わず眉を顰めてしまった。何ともわざとらしい。

「この所のアルト侯爵様、レンブラント公爵様での誉には我が娘ミチルが中心であったと伺っております。いつか侯爵様からお話いただけるものとお待ち申し上げておりましたが、一向にお声かけ下さらない」

 己の言葉に酔っているかのように、アレクサンドリア伯爵は言葉を続ける。

「えぇ、えぇ、分かっております。お忙しい事は十分に。ですので、私からお伺いに参った次第です」

 この度は陛下からも褒美を賜ったとか、と、嫌らしい目で父を見る。

「なるほど」

 うんうん、と父は頷いた。

「しかしながら、私は十分過ぎる程にアレクサンドリア家に配慮しているのだが、伯はご存じないのかな?」

 引き続き困ったなぁ、と言わんばかりの顔をする父を、もはや見ていられず、視線を逸らした。
 何という茶番。

「何のことでございましょう?」

 全く何の事を言われてるのかも分かっていない様子で、アレクサンドリア伯は首を傾げた。

 アレクサンドリア家の内情は火の車だ。
 領内での経営も上手く行っていないにも拘わらず、愚かなアレクサンドリア伯爵とその妻は、見栄を張る為に散財を止めない。
 そこに来て長女による婚約破棄の慰謝料により、大きく傾いた。
 以前から騎士団で財務を担当するアレクサンドリア伯は、騎士団に割り当てられた予算から、定期的に横領し続けていた。
 冒険者ギルドの運営にも騎士団が関与することになり、予算うんぬんがつまびらかにされた関係で、アレクサンドリア伯は横領が出来なくなったのだ。

 借金返済の期日が迫り、知恵を振り絞って父に援助を申し出たのだ。
 素直に頼めば良かったものを、ミチルをネタに脅すような言い回しをするなど、本当に愚か者の考えることは浅慮でいけない。
 これが本当に、あのミチルの父とは。そう考えると、今のミチルは前世の影響を色濃く受けているのだろう。あまりにも似ていない。

 父はにっこりと微笑み、引き出しから厚みのある書類を取り出し、アレクサンドリア伯に手渡した。

「これは複写ですが」という言葉を付け加えて。

 何のことやら分からないという顔をして書類を受け取った伯爵の表情は、書類を1枚ずつめくるたびに青くなっていった。

「私の一存で、その件について秘匿していたのですがね……」

 伯爵の顔には一切の余裕がなく、冷や汗が目に見えてわかる。
 父は伯爵の背後に立ち、優しく微笑んだ。

「伯爵。私としても、縁続きになったアレクサンドリア家の没落は望んでおりません。ご子息、当家に輿入れしたミチルの将来の為にも、穏便に済ませたい事なのです。
これは、当家にとっても不祥事になりかねませんし」

 没落、という単語に、伯爵はびくりと身体を震わせた。

「ご令息に爵位を譲られて、のんびりと余生をお過ごしになられるというのはいかがですか?」

「い、隠居しろと……?」

「立場を保ったままお暮しになれるよう、当家が諸事用意致しましょう」

 立場……とオウムのように伯爵は呟く。
 ガタガタと震える伯爵の目は大きく見開かれている。もう、正常な判断は出来ていないだろう。

「無論、当家からの提案をお断りする事も可能ですよ。ただ、その際には爵位の没収と貴族籍の剥奪は免れないことでしょうね」

 顔を両手で覆い、伯爵は項垂れた。






「さて、ご令息はどうするかね……」

 唾棄すべき存在ではあるが、ひと一人を追い込んだ名残りが、私の中には残滓となって残っている。

 伯爵が愚かであったとしても、ミチルの事を愛してくれていたならば、アルト家はアレクサンドリア家を追い込むような事はせず、助けただろうに。
 ミチルの、ひいてはルシアンの枷になるだろうことが分かる存在を、父が目こぼしする筈がない。
 私は自然とため息を吐いてしまった。

「アレクサンドリア家の者にしては優秀だとは聞いておりますが……」

「どれ程優秀でも、特別な才能も無く、あれだけの借財を返せるとは思えないが」

 お手並み拝見しようではないか、と父は目を細めて微笑むと、ワインを口にした。
 私はもう一度、大きくため息を吐いてしまった。
 早く、終わらせなくてはならない、そう思いながら。
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