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第一章 学園編
042.籠絡
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ジェラルドと王子が立て続けに婚約したことで、学園内の令嬢たちのテンションの下がり方は凄まじかった。
大体14~15歳で婚約者が決まるこの国で、二人がずっと婚約者を決めてないことが珍しいことだったんだよね。
その所為で他の令嬢たちの婚約も遅れてるとか遅れてないとか?
まぁ、貴族ですからね、ちゃんと相手は決まっていくことでしょう。
何でそんなことを考えているかと言えば、私の目の前にはアルト侯爵領で採掘された宝石がこれでもかと並んでいて。
王子とジェラルドに、婚約者に贈るプレゼントの相談を受けたからだ。
御誂え向きな宝石を前に悩む私に、ルシアンが言う。
「殿下たちの前に、ミチルの欲しいものを決めていただけると、夫としては嬉しいのですが……」
最近、ルシアンが妻とか夫とかをちょいちょい差し込んでくる。
なんだろう、コレ。
この前の食べたいっていうのに関連してるのかな……白の婚姻をなかったことにして普通の夫婦にとかそういう……鈍い私に分からせようとして言ってるのかな……(脂汗)。
それ以上考えるのがキツくなってきたので、目の前の宝石に意識を向ける。
それにしても、立派なサファイアばかりだ。
この鉱山ではサファイアが産出されるんだな。
ルビーもサファイアも同じもので構成されてる筈だし。
うーん……アレキサンドライトのペンダントをもらっているから、首はいいとして、指輪も結婚指輪をしてるからいいとして、ブレスレットかイヤリングか……。
そういえば、と思い出したことを口にする。
「あちらで一時期、とても流行したアクセサリーがありましたの」
女性が付けるアクセサリーに鍵をかけ、その鍵を男性が持つ、という奴だ。先輩が持ってて、何ですかコレ? と尋ねたら教えてくれた奴だ。自分はその流行りは話でしか知らない奴を教えちゃってるけど。
その話をしたところ、ルシアンがいい笑顔になりました。えぇ、いい笑顔に。
そしてしまったと思いました、えぇ。
「作りましょう。
指には結婚指輪がありますから、ネックレスにしましょうか。あぁ、チョーカーの方が目に付いていいかも知れませんね」
……私はいい加減、ルシアンのこういう部分を認識したほうがいいな、と思った。
そうして、チョーカーに決まったルシアンからのプレゼント。
チョーカーの正面に装飾された錠前を付けるのだそうだ。小粒のサファイアやルビー、ピンクサファイア、グリーンサファイア、バイオレットサファイアを散りばめる、豪華な錠前だ。
しかも本物の錠前で鍵も作るらしく、当然ルシアンが持つとのこと……ハハハ。
「色とりどりのサファイアで、キレイですね」
はた、とルシアンの動きが止まる。
あれ? 何か変なこと言った?
ルシアンは後ろに控えているロイエに、分析器を持って来るように命じた。
「分析器、お借りしますね」
「ど、どうぞルシアンもお使い下さいませ」
こちらの人たちは、ルビーがサファイアと同じ物質で構成されていることを知らなかった。
含まれる不純物によって発色が異なることを。
これまでクズ石として廃棄していたものが、サファイアだった、ということは、ルシアンを始め、鉱石の採掘を担当していた人間にも衝撃を与えたようだった。
「ジェラルド様と王太子殿下の婚約者へのプレゼントを通して、クズ石ではなく、サファイアであるということをアピール出来ればいいのではと、考えております」
あの恋に呑まれたジェラルドには、ルビーとパパラチアをハートにカットした可愛らしいペンダントをデザインしてみた。
前世で見た、愛され系女子が付けていた奴だ。
モニカのは、モニカの瞳と同じ色のバイオレットサファイアとブルーサファイアを使うことにした。
プラチナの台座にダイアモンド、ブルーサファイア、バイオレットサファイアへと、グラデーションになるように宝石を選んでいく。
ゴージャスになり過ぎないように、あくまでモニカを引き立てるように。
プラチナで蔦を模し、葉をダイアモンドで作り、花をブルーサファイアとバイオレットサファイアで作る。
「美しいデザインですね」
「あちらで流行っていたものを思い出して描いております」
決して私にデザインのセンスがあるとか、そういうことじゃありませんよー。
デザイン画を渡すと採掘担当者とロイエは部屋から出て行った。
ルシアンと二人になったので、ルシアンに聞いてみる。
「あの、ルシアンは、その……」
私が話すのをじっと聞いているルシアン。
見つめられるの恥ずかしい。
「私に鍵付きのチョーカーを付けるのは……私がルシアンのものだということを……周囲にアピールする為ですか……?」
そうですよ、と即肯定してルシアンは私を抱きしめる。
「!」
立ったままで抱きしめられるの、初めてかも?!
心臓の鼓動が早くなる。
う……この場合、背中に手を回してもいいのだろうか……。
ルシアン、いい匂いがする。あったかい。
「ミチルは私のものだと、知らしめたい。
絶対に、ミチルは誰にも渡しません。私のものです。
転生者でなければ、屋敷の者以外の目に触れさせずに、閉じ込めて、ミチルの目に入るものも、手で触れるものも、私だけに出来るのに」
ヤンデル!!
まさかの監禁プレイ?!
でも嫌いじゃない自分がいる!!
っていうかきゅんてした!
でも冷静になって、自分!
「そ、それだけべったりしていたら、すぐにルシアンに飽きられてしまいそうですわ……」
ルシアンが私の鼻を軽く噛んだ。
「いたっ」
「真剣に口説いているのに、そんなことを言ったので、おしおきです」
えっ! 心外です!
「妻としては、夫に飽きられないようにするのは大事なことですよ?!」
「私がミチルに飽きる訳ないでしょう」
何故言い切る。
「人の気持ちは変わるものですわ。絶対なんてありません。ですから、私、ルシアンに愛され続ける為に努力せねば!」
そう思うのに、何をどうすればルシアンに愛され続けられるのかが、さっぱり分からん!
何故なら今現在愛されてる理由が分からんからだ!
おでことまぶたにルシアンのキスが落ちてくる。
「ミチル、甘えて?」
言葉に含まれた甘い響きにどきっとする。
えっ? 甘える?
予想外の言葉に身体が固まる。
「言葉にして下さい。私をどう思ってるのか。
私にどうしたいのか、私に、どうされたいのか」
え?! 言葉にするの?!
難易度高い!!
そんな色っぽい目で私を見ないで! 死ねる!
どうされたいとか死んでも言える訳がない!!
「態度に示して下さるのでも、いいですよ?」
態度?!
「最初は口付けからとか」
最初からハードル高すぎます!!
上限は何処なの?!
間違いない! 今生で私の命を奪うのはルシアンだ!
「む、ムリです!」
「先程の、私に愛され続ける努力というのは……」
子犬のような顔をするルシアン。
こ、この策士め……っ!
「わ、分かりました。でも、最初にキスは……」
キス? と聞き返される。
「あ、前世では口付けのことを、キスとも言いました」
「なるほど。キス、ですね。
そちらの言葉のほうが、ミチルには言いやすいかも知れませんね」
ひぃ、ルシアンがキスって言葉にするだけで心臓がばくばくする!
「ミチル、キスして、って言ってみて下さい」
のぉーーーーーーっ!!!!
「そっ、それもまだムリです!」
なんでこう、難易度高いものばかり!
「じゃあ、私の名前を呼んで下さい」
ホッとして、ルシアン、と名前を呼ぶ。
「私のこと、好きですか?」
「……す、好きです」
ルシアンは笑顔で私の頰にキスをする。
「もう一度、言って下さい」
「好き、です」
とろけそうな笑顔のルシアン。
あぁ、なんて表情をするの、このイケメン!
私がとろけそう!!
*****
雪がちらちらと、舞うように降ってくる。
私が吐いた息は白く、次の瞬間には霧散する。
馬車に乗り込み、向かうはレンブラント領。
ラトリア様から今年最後の焼成が終わって、良い器が出来たから見に来て欲しいと言われて、ルシアンと向かっている。
馬車の中は風が通らないからまだ良いけど、それでも寒い。
御者さん、本当すみません!!
「ミチル、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ルシアンは大丈夫ですか?」
今度ルシアンにお願いして、ノウランドで取れる毛皮を買わせてもらって、防寒具作ろう!
駄目、今年は本当に寒い!!
「手を」
言われた通りに手を差し出すと、ルシアンが私の手を包むように握ってくれた。
あったかい。あったかいけど、これじゃ、ルシアンの手が冷えちゃうよ!
「大丈夫ですよ、ミチルの手と触れてる部分から温まってますから」
「じゃあ、交代で、温めましょう」
はい、交代、と言って今度は私がルシアンの手を上から包むように握る。やっぱりルシアンの手は、冷たくなってる。
手の中に息を吹き込む。
「ミチルは優しいですね」
こ、これはですね。
愛される妻である為にですね、ルシアンを大切にしてるという態度を出さなくてはという……あああ、誰に言い訳してるんだ、私!
「……こんなことするのは、ルシアンにだけです」
ふふ、とルシアンは微笑み、私の頰にキスをした。
恥ずかしいから別の話題を振る。
「ノウランドの毛皮が欲しいですわ。お支払いしますので、手に入れていただけませんでしょうか?」
「あぁ、それなら、ノウランドにもギルド支部を立ち上げましたから、ギルドが毛皮を正規の値段で買い付けたものがある筈です。それを手に入れましょう」
そうか!
ノウランドの毛皮が安く買い叩かれてしまうのも、ギルドが間に入ることで買い叩かれなくなるのか!
さすがです!!
「素晴らしいですわ! 私、ノウランドにギルドの支部を立てるなんて考えつきませんでした。さすがルシアンですわ」
褒めちぎる私に、ルシアンはありがとうございます、と微笑んだ。
「毛皮で何をするのですか?」
「今年の冬は寒いので、毛皮のロングコートを作りたいなと思ったのです」
「なるほど、ではそのように母上に伝えておきます」
何で?!
何故にお義母様?!
「母上はミチルの新しい服を作ることに生き甲斐を感じているようなので、やらせてあげていただけると助かります。
念の為、デザインは私も確認してますから安心して下さい」
助かるって何だ?!
デザインを確認している……?
前に私が着せられたシルクハット付きゴスロリも?!
「あぁ、あのシルクハットのドレスは、ミチルによく似合ってましたね。髪にリボンを編み込むなど、意匠が凝っておりましたし」
まさかとは思うが、ルシアンの好みではあるまいな? ゴスロリ!?
「特に私の好みという訳ではありませんよ。ミチルに似合うようであれば良いですし、似合わないと思えばデザインが良くてもお断りしているだけです」
そこはかとなく納得出来ないものを諸々感じつつも、馬車がレンブラント公爵邸に着いた為、話はそこで終わった。
邸の中は暖房が効いてて、ほっと息を吐く。
ラトリア様は倉庫にいると言うので、案内してもらった。
倉庫?
「ラトリア様、ルシアン様とミチル様をご案内致しました」
「あぁ、寒い所を来てくれてありがとう。さ、二人とも中にお入り」
倉庫と呼ばれているものの、室内は広く、棚には食器がズラリと並べられていた。
「ミチル、見てくれないか。
教えていただいたことを参考に、様々な食器を作ったんだよ」
ラトリア様がおっしゃる通り、色んな形、色、デザインの食器が並んでいる。
「まだまだ、改善する点はあるとは思うけれど、これまでの器とは比べ物にならない出来だと私は思っている」
確かに、と頷く。
陶器ではなく、磁器が作れるようになっただけでも、凄いことだと思う。
「あとはこれを、どう世の中に広めていくか」
流行させるのは難しくはないだろうけど、あまり流行り過ぎると生産が間に合わなさそうだし。
ひっそり広まって欲しいよね。
「ミチル、貴女が作るお菓子を食せるお店を作るのはいかがですか?」
ルシアンの突然の提案に、一瞬頭がついていかなかったが、遅れて理解した。
「そのお店でレンブラント領の器を使うということですか?」
えぇ、とルシアンは頷く。
なるほど。そうすればメインはお菓子で、目敏い人が食器に気付いて……っていうことか。
「器として売りに出せば絶対数が必要になりますが、そうでなければ少量の生産でもなんとかなる筈です。希少性も出て、貴族たちの間で流行するでしょう」
「それは、いいね」
ラトリア様が笑顔で頷く。
「この案件については、兄上と私とモニカ様とミチルが入るということでよろしいですか?」
「フレアージュ家の、王太子殿下の婚約者かい?」
「はい、王太子の婚約者として人気も上げていったほうがいいでしょうし」
「なるほど、モニカ嬢をミチルの隠れ蓑にするのか」
ルシアンは微笑んだ。
隠れ蓑。
私が転生者であることをオープンに出来ない間は、誰かが立役者にならなくてはならない。
今回のような内容であれば、女性の目線は必要だろう。
そうなると、それはモニカが最適だ。
流行を牽引する役割を持つフレアージュ家の、王太子の婚約者であるモニカが、新しい風を吹き込む。
私は生涯転生者であることをオープンにされなくていいのだけど、いつか知らされるのだろうか。
大体14~15歳で婚約者が決まるこの国で、二人がずっと婚約者を決めてないことが珍しいことだったんだよね。
その所為で他の令嬢たちの婚約も遅れてるとか遅れてないとか?
まぁ、貴族ですからね、ちゃんと相手は決まっていくことでしょう。
何でそんなことを考えているかと言えば、私の目の前にはアルト侯爵領で採掘された宝石がこれでもかと並んでいて。
王子とジェラルドに、婚約者に贈るプレゼントの相談を受けたからだ。
御誂え向きな宝石を前に悩む私に、ルシアンが言う。
「殿下たちの前に、ミチルの欲しいものを決めていただけると、夫としては嬉しいのですが……」
最近、ルシアンが妻とか夫とかをちょいちょい差し込んでくる。
なんだろう、コレ。
この前の食べたいっていうのに関連してるのかな……白の婚姻をなかったことにして普通の夫婦にとかそういう……鈍い私に分からせようとして言ってるのかな……(脂汗)。
それ以上考えるのがキツくなってきたので、目の前の宝石に意識を向ける。
それにしても、立派なサファイアばかりだ。
この鉱山ではサファイアが産出されるんだな。
ルビーもサファイアも同じもので構成されてる筈だし。
うーん……アレキサンドライトのペンダントをもらっているから、首はいいとして、指輪も結婚指輪をしてるからいいとして、ブレスレットかイヤリングか……。
そういえば、と思い出したことを口にする。
「あちらで一時期、とても流行したアクセサリーがありましたの」
女性が付けるアクセサリーに鍵をかけ、その鍵を男性が持つ、という奴だ。先輩が持ってて、何ですかコレ? と尋ねたら教えてくれた奴だ。自分はその流行りは話でしか知らない奴を教えちゃってるけど。
その話をしたところ、ルシアンがいい笑顔になりました。えぇ、いい笑顔に。
そしてしまったと思いました、えぇ。
「作りましょう。
指には結婚指輪がありますから、ネックレスにしましょうか。あぁ、チョーカーの方が目に付いていいかも知れませんね」
……私はいい加減、ルシアンのこういう部分を認識したほうがいいな、と思った。
そうして、チョーカーに決まったルシアンからのプレゼント。
チョーカーの正面に装飾された錠前を付けるのだそうだ。小粒のサファイアやルビー、ピンクサファイア、グリーンサファイア、バイオレットサファイアを散りばめる、豪華な錠前だ。
しかも本物の錠前で鍵も作るらしく、当然ルシアンが持つとのこと……ハハハ。
「色とりどりのサファイアで、キレイですね」
はた、とルシアンの動きが止まる。
あれ? 何か変なこと言った?
ルシアンは後ろに控えているロイエに、分析器を持って来るように命じた。
「分析器、お借りしますね」
「ど、どうぞルシアンもお使い下さいませ」
こちらの人たちは、ルビーがサファイアと同じ物質で構成されていることを知らなかった。
含まれる不純物によって発色が異なることを。
これまでクズ石として廃棄していたものが、サファイアだった、ということは、ルシアンを始め、鉱石の採掘を担当していた人間にも衝撃を与えたようだった。
「ジェラルド様と王太子殿下の婚約者へのプレゼントを通して、クズ石ではなく、サファイアであるということをアピール出来ればいいのではと、考えております」
あの恋に呑まれたジェラルドには、ルビーとパパラチアをハートにカットした可愛らしいペンダントをデザインしてみた。
前世で見た、愛され系女子が付けていた奴だ。
モニカのは、モニカの瞳と同じ色のバイオレットサファイアとブルーサファイアを使うことにした。
プラチナの台座にダイアモンド、ブルーサファイア、バイオレットサファイアへと、グラデーションになるように宝石を選んでいく。
ゴージャスになり過ぎないように、あくまでモニカを引き立てるように。
プラチナで蔦を模し、葉をダイアモンドで作り、花をブルーサファイアとバイオレットサファイアで作る。
「美しいデザインですね」
「あちらで流行っていたものを思い出して描いております」
決して私にデザインのセンスがあるとか、そういうことじゃありませんよー。
デザイン画を渡すと採掘担当者とロイエは部屋から出て行った。
ルシアンと二人になったので、ルシアンに聞いてみる。
「あの、ルシアンは、その……」
私が話すのをじっと聞いているルシアン。
見つめられるの恥ずかしい。
「私に鍵付きのチョーカーを付けるのは……私がルシアンのものだということを……周囲にアピールする為ですか……?」
そうですよ、と即肯定してルシアンは私を抱きしめる。
「!」
立ったままで抱きしめられるの、初めてかも?!
心臓の鼓動が早くなる。
う……この場合、背中に手を回してもいいのだろうか……。
ルシアン、いい匂いがする。あったかい。
「ミチルは私のものだと、知らしめたい。
絶対に、ミチルは誰にも渡しません。私のものです。
転生者でなければ、屋敷の者以外の目に触れさせずに、閉じ込めて、ミチルの目に入るものも、手で触れるものも、私だけに出来るのに」
ヤンデル!!
まさかの監禁プレイ?!
でも嫌いじゃない自分がいる!!
っていうかきゅんてした!
でも冷静になって、自分!
「そ、それだけべったりしていたら、すぐにルシアンに飽きられてしまいそうですわ……」
ルシアンが私の鼻を軽く噛んだ。
「いたっ」
「真剣に口説いているのに、そんなことを言ったので、おしおきです」
えっ! 心外です!
「妻としては、夫に飽きられないようにするのは大事なことですよ?!」
「私がミチルに飽きる訳ないでしょう」
何故言い切る。
「人の気持ちは変わるものですわ。絶対なんてありません。ですから、私、ルシアンに愛され続ける為に努力せねば!」
そう思うのに、何をどうすればルシアンに愛され続けられるのかが、さっぱり分からん!
何故なら今現在愛されてる理由が分からんからだ!
おでことまぶたにルシアンのキスが落ちてくる。
「ミチル、甘えて?」
言葉に含まれた甘い響きにどきっとする。
えっ? 甘える?
予想外の言葉に身体が固まる。
「言葉にして下さい。私をどう思ってるのか。
私にどうしたいのか、私に、どうされたいのか」
え?! 言葉にするの?!
難易度高い!!
そんな色っぽい目で私を見ないで! 死ねる!
どうされたいとか死んでも言える訳がない!!
「態度に示して下さるのでも、いいですよ?」
態度?!
「最初は口付けからとか」
最初からハードル高すぎます!!
上限は何処なの?!
間違いない! 今生で私の命を奪うのはルシアンだ!
「む、ムリです!」
「先程の、私に愛され続ける努力というのは……」
子犬のような顔をするルシアン。
こ、この策士め……っ!
「わ、分かりました。でも、最初にキスは……」
キス? と聞き返される。
「あ、前世では口付けのことを、キスとも言いました」
「なるほど。キス、ですね。
そちらの言葉のほうが、ミチルには言いやすいかも知れませんね」
ひぃ、ルシアンがキスって言葉にするだけで心臓がばくばくする!
「ミチル、キスして、って言ってみて下さい」
のぉーーーーーーっ!!!!
「そっ、それもまだムリです!」
なんでこう、難易度高いものばかり!
「じゃあ、私の名前を呼んで下さい」
ホッとして、ルシアン、と名前を呼ぶ。
「私のこと、好きですか?」
「……す、好きです」
ルシアンは笑顔で私の頰にキスをする。
「もう一度、言って下さい」
「好き、です」
とろけそうな笑顔のルシアン。
あぁ、なんて表情をするの、このイケメン!
私がとろけそう!!
*****
雪がちらちらと、舞うように降ってくる。
私が吐いた息は白く、次の瞬間には霧散する。
馬車に乗り込み、向かうはレンブラント領。
ラトリア様から今年最後の焼成が終わって、良い器が出来たから見に来て欲しいと言われて、ルシアンと向かっている。
馬車の中は風が通らないからまだ良いけど、それでも寒い。
御者さん、本当すみません!!
「ミチル、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ルシアンは大丈夫ですか?」
今度ルシアンにお願いして、ノウランドで取れる毛皮を買わせてもらって、防寒具作ろう!
駄目、今年は本当に寒い!!
「手を」
言われた通りに手を差し出すと、ルシアンが私の手を包むように握ってくれた。
あったかい。あったかいけど、これじゃ、ルシアンの手が冷えちゃうよ!
「大丈夫ですよ、ミチルの手と触れてる部分から温まってますから」
「じゃあ、交代で、温めましょう」
はい、交代、と言って今度は私がルシアンの手を上から包むように握る。やっぱりルシアンの手は、冷たくなってる。
手の中に息を吹き込む。
「ミチルは優しいですね」
こ、これはですね。
愛される妻である為にですね、ルシアンを大切にしてるという態度を出さなくてはという……あああ、誰に言い訳してるんだ、私!
「……こんなことするのは、ルシアンにだけです」
ふふ、とルシアンは微笑み、私の頰にキスをした。
恥ずかしいから別の話題を振る。
「ノウランドの毛皮が欲しいですわ。お支払いしますので、手に入れていただけませんでしょうか?」
「あぁ、それなら、ノウランドにもギルド支部を立ち上げましたから、ギルドが毛皮を正規の値段で買い付けたものがある筈です。それを手に入れましょう」
そうか!
ノウランドの毛皮が安く買い叩かれてしまうのも、ギルドが間に入ることで買い叩かれなくなるのか!
さすがです!!
「素晴らしいですわ! 私、ノウランドにギルドの支部を立てるなんて考えつきませんでした。さすがルシアンですわ」
褒めちぎる私に、ルシアンはありがとうございます、と微笑んだ。
「毛皮で何をするのですか?」
「今年の冬は寒いので、毛皮のロングコートを作りたいなと思ったのです」
「なるほど、ではそのように母上に伝えておきます」
何で?!
何故にお義母様?!
「母上はミチルの新しい服を作ることに生き甲斐を感じているようなので、やらせてあげていただけると助かります。
念の為、デザインは私も確認してますから安心して下さい」
助かるって何だ?!
デザインを確認している……?
前に私が着せられたシルクハット付きゴスロリも?!
「あぁ、あのシルクハットのドレスは、ミチルによく似合ってましたね。髪にリボンを編み込むなど、意匠が凝っておりましたし」
まさかとは思うが、ルシアンの好みではあるまいな? ゴスロリ!?
「特に私の好みという訳ではありませんよ。ミチルに似合うようであれば良いですし、似合わないと思えばデザインが良くてもお断りしているだけです」
そこはかとなく納得出来ないものを諸々感じつつも、馬車がレンブラント公爵邸に着いた為、話はそこで終わった。
邸の中は暖房が効いてて、ほっと息を吐く。
ラトリア様は倉庫にいると言うので、案内してもらった。
倉庫?
「ラトリア様、ルシアン様とミチル様をご案内致しました」
「あぁ、寒い所を来てくれてありがとう。さ、二人とも中にお入り」
倉庫と呼ばれているものの、室内は広く、棚には食器がズラリと並べられていた。
「ミチル、見てくれないか。
教えていただいたことを参考に、様々な食器を作ったんだよ」
ラトリア様がおっしゃる通り、色んな形、色、デザインの食器が並んでいる。
「まだまだ、改善する点はあるとは思うけれど、これまでの器とは比べ物にならない出来だと私は思っている」
確かに、と頷く。
陶器ではなく、磁器が作れるようになっただけでも、凄いことだと思う。
「あとはこれを、どう世の中に広めていくか」
流行させるのは難しくはないだろうけど、あまり流行り過ぎると生産が間に合わなさそうだし。
ひっそり広まって欲しいよね。
「ミチル、貴女が作るお菓子を食せるお店を作るのはいかがですか?」
ルシアンの突然の提案に、一瞬頭がついていかなかったが、遅れて理解した。
「そのお店でレンブラント領の器を使うということですか?」
えぇ、とルシアンは頷く。
なるほど。そうすればメインはお菓子で、目敏い人が食器に気付いて……っていうことか。
「器として売りに出せば絶対数が必要になりますが、そうでなければ少量の生産でもなんとかなる筈です。希少性も出て、貴族たちの間で流行するでしょう」
「それは、いいね」
ラトリア様が笑顔で頷く。
「この案件については、兄上と私とモニカ様とミチルが入るということでよろしいですか?」
「フレアージュ家の、王太子殿下の婚約者かい?」
「はい、王太子の婚約者として人気も上げていったほうがいいでしょうし」
「なるほど、モニカ嬢をミチルの隠れ蓑にするのか」
ルシアンは微笑んだ。
隠れ蓑。
私が転生者であることをオープンに出来ない間は、誰かが立役者にならなくてはならない。
今回のような内容であれば、女性の目線は必要だろう。
そうなると、それはモニカが最適だ。
流行を牽引する役割を持つフレアージュ家の、王太子の婚約者であるモニカが、新しい風を吹き込む。
私は生涯転生者であることをオープンにされなくていいのだけど、いつか知らされるのだろうか。
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