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第一章 学園編
031.均一にする秘密
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カーネリアン先生から、追加の調査結果が集まったとの連絡を受け、先生の執務室を訪れる。
「本日はタルトタタンを用意しておりますわ」
先生……!
魔道学の調査結果の為に来たのにいきなりスイーツの話とはどういうことですか!
いつからここはスイーツ同好会になったのですか!?
そしてタルトタタンは大好きです! いただきます!
前回より調査対象が少ない為、書類の数も少ない。
事前に調査結果に目を通していたらしい先生が言った。
「前回、魔力の器を持っていないという結果になった方たちですが、ミチルの予測通り首に器がありました。
それでもお持ちでない方は、両親の内、どちらかが平民だったようです。
両親が貴族であった場合は間違いなく、魔力の器を持つという結果になりました。
平民で魔力を持っている者は、二親等以上の場合に、貴族の血が入っていることが分かりましたわ。」
なるほどねー。
それにしてもですよ。貴族と平民の違いって何なんだろう?
前世では貴族と平民に生物学的差はなかった。
その家に生まれたかどうか、だけだったのに。
こちらの世界では、明確に貴族と平民は違うものだ。
ここまで違うと、種族が違うんじゃないの、と思ってくる。
過去にどういう経緯があったのか分からないけど、現地の人=平民 征服者=貴族 みたいな。
それぐらいあったと思わないと、この生物的な違いは証明出来ない気がする。
……とは言え、その辺については触れない。
藪とかつつくと蛇とか出て来ちゃうからね!
そういうのは望んでないからね!!
殆ど仮説通りの結果だった為、先生はその報告と、タルトタタンの会にしたようだった。
「研究院への研究結果報告としましては、一親等が貴族であれば間違いなく魔力の器を持ち、首から五つの箇所のいずれかに器が存在すること。
子供に引き継がれる魔力量は、器の位置が下になればなる程多くなりますが、本人の魔力量は低く、器の位置が上がれば上がる程本人の魔力量は多くなりますが、子供に引き継がれる魔力量は少なくなるようです。
ですからどちらがいい、とも言い難いですわね。
平民でも、二親等以上に貴族の血が入っていれば、魔力を持って生まれる可能性がありますが、法則性は見つかっておりませんね。
残念ながら、貴族と平民の間に生まれた子の場合は、器を持っておりません。この研究結果が公表されたら、多分そういった方たちは廃嫡の可能性が上がります。
何代先の子孫に魔力が出るかが不明ですからね。出たとしても眉間か頭頂部にしか器がないのであれば一代限りの魔力になりますから、結局は魔力のない血筋になってしまいます」
廃嫡か……なんかそれは厳しい結果だなぁ……。
知らないままでいれば、その一族は永遠に魔力を失うのだと思えば、早くに気付くことは悪いことではない。魔力がなくても血統を守りたいということであれば、対価を払って魔力を買い続ければいいということか……。
先生は一気にまくしたてた後、「今の内容を論文にして提出しますわ。よろしいかしら? ミチル」
「勿論です、先生」
それから六人で心置きなくタルトタタンを食べながら、おしゃべりをしている内に、結局ギルドの話に移っていった。
何しろ初めて作ったものだから、みんな興味津々だし、不安もあるし、で気になるんだろう。
まぁ、私も気になる。
「先日ミチルが作成したスポイトですが、あれは他にどのような場所で使われるものなのかしら?」
うーん……スポイトの利用方法……。
「実験でしょうか……。薬品の研究や、化粧品開発など、微量の液体で結果が大きく変わりそうなものでよく使われるものだと思います」
ふむふむ、と頷きながら先生はメモしていく。
ギルドを立ち上げたのはいいものの、まだ私が作ったものの数は多くないから、有効範囲が何処までなのかとかを確認したかったんだな。
腕時計に関しては、ルシアンにしつこく見せて欲しいと食い下がったようだけど、ルシアンが断固として見せなかったようなので、図に描いて教えてあげた。
ファイルボックスはとりあえず王室の事務官たちが書類整理をしやすくなるように、カーネリアン家で大量に用意しているらしい。
あと、ギルド用に販売するようにも作ってるとのこと。
香水を扱っているアーガイルは、最終的にギルド分けの関係でフレアージュ家管轄の服飾ギルドに属することになったらしく、私に届いた手紙には残念だ、ということが3回ぐらい書いてあった。
大事なことは繰り返し書くタイプなのか、本当に不満だったのかどっちだろう。
ネクタイとネクタイピンを贈る意味を、流行に使ってもらえるよう、フレアージュ侯爵にはモニカ経由で伝えてもらった。
サムシングフォーは私とルシアンの結婚式後に広めるらしい。
……そう、もうすぐ結婚式なんですよ、私とルシアンの。
まさか十六歳で花嫁になるとは思わんかった。
*****
結婚前にどうしても、ルシアンの兄 ラトリア様にお会いしたくて、今日はレンブラント公爵家に、ルシアンとお邪魔しております。
ラトリア様はキース先生と養子縁組が成立したので、公爵家に住んでるのだ。
緊張する。
私の所為で、ラトリア様はアルト家を出ることになってしまったのだから。
大きく開かれた扉の先に、ブロンドの美青年がゆったり微笑んで立っていた。
「ようこそ、ミチル姫」
「兄上」
ルシアンはブロンドの美青年の前に一歩近づくとお辞儀をした。
アルト侯爵よりは、侯爵夫人によく似ているこの方が、ラトリア様。
「ミチル姫が好きなお菓子を色々用意させたよ。さぁ、中へ」
ルシアン、ラトリア様にまで私のことを!?
まさかここでも惚気とか言われるんじゃあるまいな?!
ラトリア様の後について、サロンに案内された。
青で統一されたサロンは、まるで海の中にいるように美しい。
「わぁ……」
フォレストブルーの布地が張られたソファは見事だった。
青は作るのが難しい色の筈だ。それをこうも惜しみなく使える財力を、レンブラント公爵家は持っているということだ。
ルシアンの隣に座る。
ドアが開き、ワゴンにこれでもか! とスイーツが乗った状態で運ばれてきた。
アップルパイ、マカロン、エクレア、シフォンケーキがひと口サイズにカットされた状態で目の前に置かれる。
煮たりんごがぎっしり詰まったアップルパイ。様々な色のマカロン。ブラウン、モカ、ホワイトのチョコがかかったエクレア。プレーン、モカ、ミルクティー色のシフォンケーキ。
どれもこれも美味しそう……!!
「さ、召し上がれ」
でも、そんないきなりお菓子をバクバク食べれないよー、と思っていたら、ルシアンがまたしても食べさせようとしてきたので、自分でフォークを握り、プレーンのシフォンケーキを口に入れた。
「食べさせたかったのに」
物凄い残念そうに言うルシアン。
その様子をくすくす笑いながら見ているラトリア様。
「ルシアン、兄が食べさせてあげようか? 食べさせてくれるのでもいいよ?」
「どちらもお断りです」
ラトリア様って、すっごいアルト侯爵に似てる気がする。なんていうか、人をからかう感じが。
見た目侯爵夫人似。中身侯爵。
ラトリア様は、はぁ、と悲しそうにため息を吐いた。
「ルシアンはいつも私に冷たいんだよ。たった一人の兄なのだから、もう少し優しく接してくれてもいいと思うのだが。そう思わないかい?ミチル姫」
兄、ルシアン溺愛。
イケメン兄弟だからか、はい、あーんの図とかBLにしか見えない不思議!
そっち系の人にはよだれものだと思います。
「変なことをミチルに言わないで下さい」
ふふふ、と笑う顔は、侯爵にもルシアンにも似ていて、ちょっとどきっとする。
「さて、結婚直前で忙しいだろうに、養子に出た兄に会いに来るということは、姫君は兄が不遇な境遇に陥ったのではと思ったということかな?」
さすがアルト家長男と言うべきなのか、あっさりと状況を読まれております。
「ルシアン、ちゃんと説明したのかい?」
「兄上から養子縁組のことをおっしゃられた、と言うことと、兄上が宰相職を望んでないことも伝えました」
ラトリア様は困ったようにルシアンを見る。
「肝心なことを伝えてないではないか。まぁ、いいけれども」
いいんだ!?
それが驚きだよ?!
「ミチル姫、私は教科書通りの宰相にはなれるけど、それ以上の宰相にはなれないんだ」
教科書通りの宰相。
「父上やルシアンからどれだけ聞いているのか分からないけれど、直に君は侯爵家に輿入れする。
アルト侯爵家のことをもう少し知っても差支えないだろうから話すけれども。
皇国や諸外国がアルト家を欲しがる理由が、何だか分かるかい?」
ラトリア様は優雅な手付きで紅茶を口に運ぶ。
うーん……絵になる美しさです。
宰相として優秀だから、では説明出来ない何かをアルト家は持ってるということか。
そう言われてみれば、宰相として優秀なだけでそんなに引く手あまたっていうのもおかしな話だよね。
「アルト家にはね、アルト家だけに仕える特別な家が存在するのだよ。その家を取り仕切り、導いていかなければならない。それが、アルト家を継ぐ、ということだ。
そういったものもなく、ただ宰相だけしてればいいのであれば、やれるのだけどね」
ラトリア様は苦笑する。
「その仕える特別な家の能力を、諸外国は欲している」
特別な家……想像もつかないんだけど……。
「アルト家は直系というだけで継げる家ではないよ。仕える一族の家長に認められない者は、アルト家を継げない。それが、初代アルト家当主の決めたルールでね。
それでね、私はその内の筆頭一族の次の家長に認めてもらえなかったんだよ。次の家長はルシアンに仕えたいと言った。それが私がアルト家を継ぐのを諦めた理由だ」
「で、では、本当は宰相になりたかったというお気持ちはあったということですか?」
「先ほど言ったように、教科書通りの宰相をやってればいいんだったら、なるのはやぶさかではないのだけれどね、そうじゃないから、実はずっとなりたくないと思っていた。
だから今回の、転生者の伴侶が侯爵家次男では困る、という状況は私にとって渡りに船でね。
ルシアンもミチル姫と結婚する為なら家を継いでもいいと言ってくれたからね」
本当に助かったよ、と言ってラトリア様はエクレアを食べた。
「そんな訳だから、ミチル姫。姫のことは関係なく、私はどちらにしろアルト侯爵家は継げなかったのだから気にしないでいいよ」
何だかイマイチ色んなことがピンときてはいないけど、ラトリア様の気持ちを犠牲にするような決定じゃなかったことは良かった。
人の恨みとか買いたくないからね!
「ルシアン、兄は早く伯父さんになりたいからよろしくね。甥っ子とか姪っ子とか甘やかすのをやってみたいんだよね」
「了解です、兄上」
「!?」
ちょっと待たれよ!
何とんでもないことをサラッと言ってんですか!
「兄は白の婚姻とか反対だな」
「だそうですよ? ミチル。」
急に仲良くなってる!!
さっきまで氷のように冷たく兄に接していたくせに!!
どういうことなの! この連帯感!!
「ラトリア様! おからかいにならないで下さいませ!」
「え、兄は、結構本気なんだけど」
駄目だ、この兄、侯爵より人をいじり倒す人だ!
危険だ!!
散々子供ネタでいじり倒されて消耗しきった所で、馬車に乗り、レンブラント領の中央都市にやって来た。
ここで、どんな風に陶器を作っているのかを見せてもらうのだ。
馬車の中でレンブラント領で作られている陶器の説明を受ける。
カップのようなものも作るは作るけれども、サルタニア産のような薄くて均一な厚みのカップなどは作れないという。
薄いカップにすると耐久度が低く、すぐ壊れてしまうと。
「お邪魔するよ」
ラトリア様が先頭に立って工房の中に入って行く。
工房の職人たちはわっと立ち上がってラトリア様の周りに集まる。
その姿を見て、何か分かった気がした。
ラトリア様はきっと、優しすぎる人だ。
宰相として非情な判断を下すことに、苦痛を感じるタイプだと思う。
人と接することで、人を救うことをしたい、そういう人なのだと、職人たちの輪の中で笑うラトリア様を見て思った。
だから、ラトリア様が言っていた、宰相になりたくない、教科書通りの宰相ならなれる、というのは、よく分かる。
判断する必要のない、決まったことだけをやればいい、そんな宰相ならばと。
「今日は私の弟とその婚約者を連れて来たんだ」
職人たちはそこで初めて私とルシアンに気付いたようで、額に巻いていた手ぬぐいなどを慌てて取ると、私たちに向かって深々と頭を下げた。
「ちょっと皆の作業を見せてあげて欲しい」
そう言われても、といった様子で作業に戻った職人たちだったが、しばらくする内に目の前の作業に集中し始めていく。
割と大きな工房で、二十人以上の職人がいるにもかかわらず、みんな、手びねりで陶器を作っている。
ろくろは使わないのか?
しばらく見学させてもらった後、この工房で作った陶器を見せてもらったけれど、全て手びねりだった。
それで分かった。
手びねりで均一に薄いカップは作れない。無理に作れば薄い部分が原因で焼成にも影響が出るだろうし、無事完成しても美しさにも影響が出そうだ。
その他の有名な工房も見せてもらったけれど、全て手びねりだった。
レンブラント家に戻り、再びサロンのソファに腰掛ける。
「姫は何かに気付いたようだね。良かったら聞かせてくれないかな」
「あの、ろくろは使わないのですか?」
「ろくろとは?」
「サルタニア国がどんな風に陶器を作っているのかは私には分かりませんので、私の知る陶器の作り方の話をさせていただきます。
ろくろ、と呼ばれる道具がありまして、足元のペダルを踏むことで台が回転するのです。回転に合わせて土に触れていき、成形するので、陶器の薄さが均一になりやすいのです」
説明が難しいので、絵に描いてみたりして格闘すること十分。
ルシアンとラトリア様に何とか通じた……と思いたい。
「なるほど。確かにそれであれば土にかかる力が均等になるから、薄さが均一になりそうだ」
ラトリア様の目は、期待にキラキラしていた。
「木工職人たちと相談して、そのろくろというものを作ってみようと思う。
本当にありがとう、ミチル姫。このお礼はいつか必ずするからね」
「いえいえ、とんでもないです!」
私はろくろの作り方も知らないし、全然役に立ってないのに、お礼だなんてとんでもない。
「ルシアンも今日はありがとう」
「兄上の為に来た訳ではないので」
「おまえという奴は本当につれない……兄は悲しいよ」
そう言って笑うラトリア様は、全然悲しそうじゃなかった。
弟のことが大好き、って顔に書いてあった。
本当、ルシアンの家族ってみんなルシアンのこと大好きだよね。
「本日はタルトタタンを用意しておりますわ」
先生……!
魔道学の調査結果の為に来たのにいきなりスイーツの話とはどういうことですか!
いつからここはスイーツ同好会になったのですか!?
そしてタルトタタンは大好きです! いただきます!
前回より調査対象が少ない為、書類の数も少ない。
事前に調査結果に目を通していたらしい先生が言った。
「前回、魔力の器を持っていないという結果になった方たちですが、ミチルの予測通り首に器がありました。
それでもお持ちでない方は、両親の内、どちらかが平民だったようです。
両親が貴族であった場合は間違いなく、魔力の器を持つという結果になりました。
平民で魔力を持っている者は、二親等以上の場合に、貴族の血が入っていることが分かりましたわ。」
なるほどねー。
それにしてもですよ。貴族と平民の違いって何なんだろう?
前世では貴族と平民に生物学的差はなかった。
その家に生まれたかどうか、だけだったのに。
こちらの世界では、明確に貴族と平民は違うものだ。
ここまで違うと、種族が違うんじゃないの、と思ってくる。
過去にどういう経緯があったのか分からないけど、現地の人=平民 征服者=貴族 みたいな。
それぐらいあったと思わないと、この生物的な違いは証明出来ない気がする。
……とは言え、その辺については触れない。
藪とかつつくと蛇とか出て来ちゃうからね!
そういうのは望んでないからね!!
殆ど仮説通りの結果だった為、先生はその報告と、タルトタタンの会にしたようだった。
「研究院への研究結果報告としましては、一親等が貴族であれば間違いなく魔力の器を持ち、首から五つの箇所のいずれかに器が存在すること。
子供に引き継がれる魔力量は、器の位置が下になればなる程多くなりますが、本人の魔力量は低く、器の位置が上がれば上がる程本人の魔力量は多くなりますが、子供に引き継がれる魔力量は少なくなるようです。
ですからどちらがいい、とも言い難いですわね。
平民でも、二親等以上に貴族の血が入っていれば、魔力を持って生まれる可能性がありますが、法則性は見つかっておりませんね。
残念ながら、貴族と平民の間に生まれた子の場合は、器を持っておりません。この研究結果が公表されたら、多分そういった方たちは廃嫡の可能性が上がります。
何代先の子孫に魔力が出るかが不明ですからね。出たとしても眉間か頭頂部にしか器がないのであれば一代限りの魔力になりますから、結局は魔力のない血筋になってしまいます」
廃嫡か……なんかそれは厳しい結果だなぁ……。
知らないままでいれば、その一族は永遠に魔力を失うのだと思えば、早くに気付くことは悪いことではない。魔力がなくても血統を守りたいということであれば、対価を払って魔力を買い続ければいいということか……。
先生は一気にまくしたてた後、「今の内容を論文にして提出しますわ。よろしいかしら? ミチル」
「勿論です、先生」
それから六人で心置きなくタルトタタンを食べながら、おしゃべりをしている内に、結局ギルドの話に移っていった。
何しろ初めて作ったものだから、みんな興味津々だし、不安もあるし、で気になるんだろう。
まぁ、私も気になる。
「先日ミチルが作成したスポイトですが、あれは他にどのような場所で使われるものなのかしら?」
うーん……スポイトの利用方法……。
「実験でしょうか……。薬品の研究や、化粧品開発など、微量の液体で結果が大きく変わりそうなものでよく使われるものだと思います」
ふむふむ、と頷きながら先生はメモしていく。
ギルドを立ち上げたのはいいものの、まだ私が作ったものの数は多くないから、有効範囲が何処までなのかとかを確認したかったんだな。
腕時計に関しては、ルシアンにしつこく見せて欲しいと食い下がったようだけど、ルシアンが断固として見せなかったようなので、図に描いて教えてあげた。
ファイルボックスはとりあえず王室の事務官たちが書類整理をしやすくなるように、カーネリアン家で大量に用意しているらしい。
あと、ギルド用に販売するようにも作ってるとのこと。
香水を扱っているアーガイルは、最終的にギルド分けの関係でフレアージュ家管轄の服飾ギルドに属することになったらしく、私に届いた手紙には残念だ、ということが3回ぐらい書いてあった。
大事なことは繰り返し書くタイプなのか、本当に不満だったのかどっちだろう。
ネクタイとネクタイピンを贈る意味を、流行に使ってもらえるよう、フレアージュ侯爵にはモニカ経由で伝えてもらった。
サムシングフォーは私とルシアンの結婚式後に広めるらしい。
……そう、もうすぐ結婚式なんですよ、私とルシアンの。
まさか十六歳で花嫁になるとは思わんかった。
*****
結婚前にどうしても、ルシアンの兄 ラトリア様にお会いしたくて、今日はレンブラント公爵家に、ルシアンとお邪魔しております。
ラトリア様はキース先生と養子縁組が成立したので、公爵家に住んでるのだ。
緊張する。
私の所為で、ラトリア様はアルト家を出ることになってしまったのだから。
大きく開かれた扉の先に、ブロンドの美青年がゆったり微笑んで立っていた。
「ようこそ、ミチル姫」
「兄上」
ルシアンはブロンドの美青年の前に一歩近づくとお辞儀をした。
アルト侯爵よりは、侯爵夫人によく似ているこの方が、ラトリア様。
「ミチル姫が好きなお菓子を色々用意させたよ。さぁ、中へ」
ルシアン、ラトリア様にまで私のことを!?
まさかここでも惚気とか言われるんじゃあるまいな?!
ラトリア様の後について、サロンに案内された。
青で統一されたサロンは、まるで海の中にいるように美しい。
「わぁ……」
フォレストブルーの布地が張られたソファは見事だった。
青は作るのが難しい色の筈だ。それをこうも惜しみなく使える財力を、レンブラント公爵家は持っているということだ。
ルシアンの隣に座る。
ドアが開き、ワゴンにこれでもか! とスイーツが乗った状態で運ばれてきた。
アップルパイ、マカロン、エクレア、シフォンケーキがひと口サイズにカットされた状態で目の前に置かれる。
煮たりんごがぎっしり詰まったアップルパイ。様々な色のマカロン。ブラウン、モカ、ホワイトのチョコがかかったエクレア。プレーン、モカ、ミルクティー色のシフォンケーキ。
どれもこれも美味しそう……!!
「さ、召し上がれ」
でも、そんないきなりお菓子をバクバク食べれないよー、と思っていたら、ルシアンがまたしても食べさせようとしてきたので、自分でフォークを握り、プレーンのシフォンケーキを口に入れた。
「食べさせたかったのに」
物凄い残念そうに言うルシアン。
その様子をくすくす笑いながら見ているラトリア様。
「ルシアン、兄が食べさせてあげようか? 食べさせてくれるのでもいいよ?」
「どちらもお断りです」
ラトリア様って、すっごいアルト侯爵に似てる気がする。なんていうか、人をからかう感じが。
見た目侯爵夫人似。中身侯爵。
ラトリア様は、はぁ、と悲しそうにため息を吐いた。
「ルシアンはいつも私に冷たいんだよ。たった一人の兄なのだから、もう少し優しく接してくれてもいいと思うのだが。そう思わないかい?ミチル姫」
兄、ルシアン溺愛。
イケメン兄弟だからか、はい、あーんの図とかBLにしか見えない不思議!
そっち系の人にはよだれものだと思います。
「変なことをミチルに言わないで下さい」
ふふふ、と笑う顔は、侯爵にもルシアンにも似ていて、ちょっとどきっとする。
「さて、結婚直前で忙しいだろうに、養子に出た兄に会いに来るということは、姫君は兄が不遇な境遇に陥ったのではと思ったということかな?」
さすがアルト家長男と言うべきなのか、あっさりと状況を読まれております。
「ルシアン、ちゃんと説明したのかい?」
「兄上から養子縁組のことをおっしゃられた、と言うことと、兄上が宰相職を望んでないことも伝えました」
ラトリア様は困ったようにルシアンを見る。
「肝心なことを伝えてないではないか。まぁ、いいけれども」
いいんだ!?
それが驚きだよ?!
「ミチル姫、私は教科書通りの宰相にはなれるけど、それ以上の宰相にはなれないんだ」
教科書通りの宰相。
「父上やルシアンからどれだけ聞いているのか分からないけれど、直に君は侯爵家に輿入れする。
アルト侯爵家のことをもう少し知っても差支えないだろうから話すけれども。
皇国や諸外国がアルト家を欲しがる理由が、何だか分かるかい?」
ラトリア様は優雅な手付きで紅茶を口に運ぶ。
うーん……絵になる美しさです。
宰相として優秀だから、では説明出来ない何かをアルト家は持ってるということか。
そう言われてみれば、宰相として優秀なだけでそんなに引く手あまたっていうのもおかしな話だよね。
「アルト家にはね、アルト家だけに仕える特別な家が存在するのだよ。その家を取り仕切り、導いていかなければならない。それが、アルト家を継ぐ、ということだ。
そういったものもなく、ただ宰相だけしてればいいのであれば、やれるのだけどね」
ラトリア様は苦笑する。
「その仕える特別な家の能力を、諸外国は欲している」
特別な家……想像もつかないんだけど……。
「アルト家は直系というだけで継げる家ではないよ。仕える一族の家長に認められない者は、アルト家を継げない。それが、初代アルト家当主の決めたルールでね。
それでね、私はその内の筆頭一族の次の家長に認めてもらえなかったんだよ。次の家長はルシアンに仕えたいと言った。それが私がアルト家を継ぐのを諦めた理由だ」
「で、では、本当は宰相になりたかったというお気持ちはあったということですか?」
「先ほど言ったように、教科書通りの宰相をやってればいいんだったら、なるのはやぶさかではないのだけれどね、そうじゃないから、実はずっとなりたくないと思っていた。
だから今回の、転生者の伴侶が侯爵家次男では困る、という状況は私にとって渡りに船でね。
ルシアンもミチル姫と結婚する為なら家を継いでもいいと言ってくれたからね」
本当に助かったよ、と言ってラトリア様はエクレアを食べた。
「そんな訳だから、ミチル姫。姫のことは関係なく、私はどちらにしろアルト侯爵家は継げなかったのだから気にしないでいいよ」
何だかイマイチ色んなことがピンときてはいないけど、ラトリア様の気持ちを犠牲にするような決定じゃなかったことは良かった。
人の恨みとか買いたくないからね!
「ルシアン、兄は早く伯父さんになりたいからよろしくね。甥っ子とか姪っ子とか甘やかすのをやってみたいんだよね」
「了解です、兄上」
「!?」
ちょっと待たれよ!
何とんでもないことをサラッと言ってんですか!
「兄は白の婚姻とか反対だな」
「だそうですよ? ミチル。」
急に仲良くなってる!!
さっきまで氷のように冷たく兄に接していたくせに!!
どういうことなの! この連帯感!!
「ラトリア様! おからかいにならないで下さいませ!」
「え、兄は、結構本気なんだけど」
駄目だ、この兄、侯爵より人をいじり倒す人だ!
危険だ!!
散々子供ネタでいじり倒されて消耗しきった所で、馬車に乗り、レンブラント領の中央都市にやって来た。
ここで、どんな風に陶器を作っているのかを見せてもらうのだ。
馬車の中でレンブラント領で作られている陶器の説明を受ける。
カップのようなものも作るは作るけれども、サルタニア産のような薄くて均一な厚みのカップなどは作れないという。
薄いカップにすると耐久度が低く、すぐ壊れてしまうと。
「お邪魔するよ」
ラトリア様が先頭に立って工房の中に入って行く。
工房の職人たちはわっと立ち上がってラトリア様の周りに集まる。
その姿を見て、何か分かった気がした。
ラトリア様はきっと、優しすぎる人だ。
宰相として非情な判断を下すことに、苦痛を感じるタイプだと思う。
人と接することで、人を救うことをしたい、そういう人なのだと、職人たちの輪の中で笑うラトリア様を見て思った。
だから、ラトリア様が言っていた、宰相になりたくない、教科書通りの宰相ならなれる、というのは、よく分かる。
判断する必要のない、決まったことだけをやればいい、そんな宰相ならばと。
「今日は私の弟とその婚約者を連れて来たんだ」
職人たちはそこで初めて私とルシアンに気付いたようで、額に巻いていた手ぬぐいなどを慌てて取ると、私たちに向かって深々と頭を下げた。
「ちょっと皆の作業を見せてあげて欲しい」
そう言われても、といった様子で作業に戻った職人たちだったが、しばらくする内に目の前の作業に集中し始めていく。
割と大きな工房で、二十人以上の職人がいるにもかかわらず、みんな、手びねりで陶器を作っている。
ろくろは使わないのか?
しばらく見学させてもらった後、この工房で作った陶器を見せてもらったけれど、全て手びねりだった。
それで分かった。
手びねりで均一に薄いカップは作れない。無理に作れば薄い部分が原因で焼成にも影響が出るだろうし、無事完成しても美しさにも影響が出そうだ。
その他の有名な工房も見せてもらったけれど、全て手びねりだった。
レンブラント家に戻り、再びサロンのソファに腰掛ける。
「姫は何かに気付いたようだね。良かったら聞かせてくれないかな」
「あの、ろくろは使わないのですか?」
「ろくろとは?」
「サルタニア国がどんな風に陶器を作っているのかは私には分かりませんので、私の知る陶器の作り方の話をさせていただきます。
ろくろ、と呼ばれる道具がありまして、足元のペダルを踏むことで台が回転するのです。回転に合わせて土に触れていき、成形するので、陶器の薄さが均一になりやすいのです」
説明が難しいので、絵に描いてみたりして格闘すること十分。
ルシアンとラトリア様に何とか通じた……と思いたい。
「なるほど。確かにそれであれば土にかかる力が均等になるから、薄さが均一になりそうだ」
ラトリア様の目は、期待にキラキラしていた。
「木工職人たちと相談して、そのろくろというものを作ってみようと思う。
本当にありがとう、ミチル姫。このお礼はいつか必ずするからね」
「いえいえ、とんでもないです!」
私はろくろの作り方も知らないし、全然役に立ってないのに、お礼だなんてとんでもない。
「ルシアンも今日はありがとう」
「兄上の為に来た訳ではないので」
「おまえという奴は本当につれない……兄は悲しいよ」
そう言って笑うラトリア様は、全然悲しそうじゃなかった。
弟のことが大好き、って顔に書いてあった。
本当、ルシアンの家族ってみんなルシアンのこと大好きだよね。
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16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
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なろう様でも同時掲載しています。
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※小説家になろうでも投稿しています。
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