上 下
3 / 22

第三話

しおりを挟む
アンとジュールは決して裕福ではなかったけれど、家の庭で育てた薬草から作った薬を売って生活をしていた。
ハーブの研究には熱心で、街での暮らしを捨て森に住むようになったのもそのためらしい。

「とはいえ、ハーブの研究なんてマイナーだし、あまり大きなお金にはならないのだけど……」

アンは気まずそうに口元に手を当てて言った。
何も言わないでいる私を見てジュールが慌てて付け足す。

「こ、子どもひとり養うことくらいどうってことないぞ! な!」
「え、ええ!そうよね! 私、あなたの好きな物うんとたくさん作るわ! 節約は得意なんだから!」 

二人は思いつく限りの「一緒に住むといいこと」を並べ立てた。
私はまだ少し茫然としたまま、もう一度、窓から見える庭と森を眺めた。

ここは100年後のエルノヴァの森なのだろう。
何の因果か、失ったと思っていたハーブやその知識は、この世にちゃんと息づいていた。



◆◆◆



私はエマと名乗り、アンとジュールの元で暮らすことになった。
私たちの住む小屋には、研究者らしく二人が集めた書物が多くあり、私が死んでからの100年間の歴史を追いかけるのはそれほど難しいことではなかった。

「エマ、ご飯にしましょう? あら、また本を読んでいるの?」

階段を上がってくる音が聞こえ、エプロンを着けたエマが姿を現した。
私は慌てて手に持っていた本を本棚に戻そうとしたが、取り落してしまう。
アンが本を拾った。

「『王国の歴史~その偉業と栄華の日々~』って……」

私は焦った。
建国史なんてまかり間違っても9歳そこいらの女の子が読むような本ではない。

「エマ……、あなたって……」

(ばれた? ばれたか?)

どきんと心臓が脈打つのを感じる。
アンは本の表紙に視線を落としたままだ。
私は言葉の続きを待った。

「歴史が大好きなのね! でも、ご飯の時間は守って頂戴ね。さ、降りてらっしゃい」

私は安堵のため息をついた。


下に降りると、すでにジュールは食卓に着いていた。
テーブルの上には野菜スープの大鍋が置かれ、かごにはパンが積まれている。
二人の飼い犬のブルーが、大きな体をアンの足元にじゃれつかせながらご飯をねだっている。

「さ、暖かいうちに食べちゃいましょ」

アンが私の椀にスープを盛る。
ジュールがかごからパンを取り、私の皿にのせてくれる。

この世界には慣れてきたけれど、この食卓にはいつまでたっても慣れない。
動かないでいる私にアンが声を掛けた。

「エマ? おなかでも痛い?」
「いや、すまない。大丈夫だ」

アンに心配そうに顔を覗き込まれ、私は慌ててパンを手に取った。

焼きたてのパンが私の小さい両手を内側からじんわりと温める。
私はこの暖かさを知らずに生きてきた。
ちぎったパンを口に含むと甘い小麦の香りがいっぱいに広がる。

魔女と呼ばれるほどに膨大な知識を身に付けてきたけれど、
私は、誰かに作ってもらう料理が、こんなに暖かいということすら知らなかった。

「ちょっと、エマ泣いてるの?! やっぱりおなか痛い?!」
「ど、どうしよう! 医者か!? 薬持ってくるか?!」

アンとジュールがおろおろとしているのを見ながら、私はパンを口に運ぶ自分の手の甲が濡れていることに気が付いた。
目からあふれ出る熱はとめどなく、拭っても拭っても私の掌を濡らし続ける。
こどもの身体とは不便だ。
この目からこぼれる熱さのコントロールもできない。

ふわりと、アンが私の身体を優しく抱きしめた。
ジュールの大きな手がごしごしと頭をこする。
ブルーが濡れた鼻面を押し付けてくる。
私はしゃくりあげながらパンを頬張った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

龍王は魔法少女のペットになりました!!

リーグロード
ファンタジー
ある日転生して龍になった竜司は異世界で龍を束ねる王となったが調子に乗って神に挑み敗北し転生特典となってしまう。 そして雷に撃たれて死んでしまった少女歩美の3つの転生特典の1つになってしまう物語。 異世界の魔王や新たな龍王との戦いが今始まろうとする。異世界ファンタジー!!!

サフォネリアの咲く頃

水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。 人と人ではないものたちが存在する世界。 若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。 それは天使にあるまじき災いの色だった…。 ※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も? ※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。  https://www.pixiv.net/users/50469933

【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!

文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
一人ぼっちの魔女、ザザは、森の中で暮らしていた。 ある日、泉で溺れかけていた少女を助けようとして、思いがけず魔力を使ったことで自身が危険な状態に陥ってしまう。 ザザを助けたのは灰色の髪をした男だった。彼はこの国の王女を守る騎士、ギディオン。 命を助けられたザザは、ギディオンを仕えるべき主(あるじ)と心に決める。しかし、彼の大切な存在は第三王女フェリア。 ザザはそんな彼の役に立とうと一生懸命だが、その想いはどんどん広がって……。 ──あなたと共にありたい。 この想いの名はなんと言うのだろう?

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

旅する魔女の行き着くところは

御座敷 文艦
ファンタジー
奇色の髪、魔眼、不吉の痣…常人ならば有り得ない特徴を持った「異人」は、もうはるか昔から迫害を受け、時には命すら理不尽に奪われてきた。 奇色の目と魔眼を併せ持ち、ただ一人の妹と村のハズレで暮らしてきた少女、シュノン・マシューには理想があった。その理想の為にシュノンは旅に出ることを決意する。 風も静かな満月の夜、初めて村の外へ足を踏み出して歩き始めた彼女は何を求めて征くのか。旅の末、彼女はどんな人と出会い、何に気づくのか。 そんなお話です。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。自分の癖も好みも詰め込んだ作品です。 評価、感想、アドバイス等お待ちしております!

アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ
ファンタジー
これは、此処ではない場所と今ではない時代の御伽話。 滅びゆく世界から逃れてきた放浪者たちと、楽園に住む者たち。 二つの異なる世界が混じり合い新しい世界が生まれた。 そこで起きる、数多の国や文明の興亡と、それを眺める者たちの物語。 「彼」が目覚めたのは見知らぬ村の老夫婦の家だった。 過去の記憶を持たぬ「彼」は「フェリクス」と名付けられた。 優しい老夫婦から息子同然に可愛がられ、彼は村で平穏な生活を送っていた。 しかし、身に覚えのない罪を着せられたことを切っ掛けに村を出たフェリクスを待っていたのは、想像もしていなかった悲しみと、苦難の道だった。 自らが何者かを探るフェリクスが、信頼できる仲間と愛する人を得て、真実に辿り着くまで。 完結済み。ハッピーエンドです。 ※7話以降でサブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※ ※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※ ※昔から脳内で温めていた世界観を形にしてみることにしました※ ※あくまで御伽話です※ ※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...