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公爵領と帝国の皇子(みこ)
帝国の皇子×流浪の妖精
しおりを挟む「皇后陛下、旅人の泉に着きました。予定通りこちらで暫く休憩したいと思います。今、侍従と侍女たちが天幕を準備をしていりますので、少々お待ち下さい」
馬車がゆっくり止まると神兵の服を着た護衛の男がドア越しにそう声をかけてきた。
ティーモ兄様は早く外に出たそうにウズウズしているけれど、ペネロペ先生とよそ者の城の騎士がいる手前、何も言わずに大人しく我慢をしている。
「母様。アルに泉を見せたいので、少し散策をしても良いでしょうか?」
母様は、
「そういうと思ったわ」
って、感じで頷きニコッと俺に微笑むと、
「泉を少し散策をします」
と、護衛に言ってくれた。
「……かしこまりました」
護衛は不満そうだったが、馬車の扉を開けてくれた。
移動の時、神眼で森を鑑定をした時に思ったが、この森は魔物や魔獣といった脅威は少なそうだった。なので護衛も渋々ながら扉を開けてくれたのであろう。
先にペネロペ先生、ティーモ兄様、アルを抱えた俺と母様で外に出ると、車窓から見た泉が見える。泉は水が所々でこんこんと湧いているのか、あちこちで水面が砂を巻き上げ丸く波打っていた。
泉にほど近い場所に、収納バッグを持った侍従や侍女たちが、天幕に絨毯を敷いたりして場を整えているのが見える。
クヴァルさんたちは湯を沸かし、お茶の準備をしていた。多分そのまま昼食の準備に取り掛かるのであろう。雇われ兵士の格好をした公爵家の者は周囲を警戒し、他の手の空いている者たちは泉から水を汲んだりして馬の世話をしていた。
俺を抱えた母様が泉へ歩き始めると、周囲を筋骨モリモリな神兵たちがかためる。
『うーん。このままずっとこんな調子なのか』
『実に暑苦しいですね』
『ほんとにね。ところでツクヨミが言っていた妖精族って?』
この場を見渡す限り、それらしき姿は見えない。
『警戒してあの岩の影に、こちらの様子を伺いながら隠れていますよ』
俺たちがいる泉の反対側にある、大きな岩の影に隠れているようだ。どうやら警戒心の強い種族のようである。
やがて泉の岸に辿り着くと母様がそっと下ろしてくれた。俺もアルを下ろすと、アルは短い手足でぽてぽて歩き、不思議そうに泉の水を覗き込んだ。
俺も一緒にしゃがんで覗き込むと、鏡のように映る水面の自分にアルがきゅっきゅっきゅっと一生懸命話しかけていた。
『ツクヨミ……カーバンクルってこの国にはもういないのか?』
『まだ国全体を把握するには至っていませんが……少なくともこの森にはいませんね』
『そっか』
自分が映る水面に一生懸命話しかけるアルを見て、同じ種族のカーバンクルがいたらお願いして一緒について来て貰えないかと思ったけれど、希少種だけあって見つけるのも難しそうだ。パパはどこからこのカーバンクルを見つけて来たのだろうか。
やがてアルは返事が返ってこない泉から離れ、俺によじ登っていつもの定位置の後頭部にしがみついた。
アルを撫でつつ、隣に一緒にしゃがみ込んでいたティーも兄様を見やる。
「ここには大きな魚はいなさそうだね」
残念そうにティーモ兄様が呟いた。ダリル辺境伯領での釣りがよっぽど楽しかったのだろう。しかしこの泉には、俺の小指より小さな魚らしき魚影しか見当たらない。
「まだダリル辺境伯領で獲った魚の在庫がありますが、久しぶりに魚料理を食べてみますか?」
俺の収納は時間が停止しているから、収穫したものなどはいつでも採れたて新鮮なままキープできる。ただし熟成となると難しくなってはくるが。しかし今は刺身や寿司をたべるわけではないので、新鮮なままでも問題はないはず。
「うん!ナユタが前に言っていた、ふぃっしゅあんどちっぷすを食べてみたい!」
「ではクヴァルさんにお願いをしてみましょう」
クヴァルさんたちに魚料理をお願いすると快く引き受けてくれ、ティーモ兄様希望のカラリと揚がったフィッシュ&チップスをはじめ、海老から出汁をとった濃厚なエビのスープや、野菜と魚を蒸して酸味のあるソースをかけたもの、たっぷりハーブのバターでムニエルなんかを作ってくれた。
野外なのにとても豪勢な食事だ。
『やっぱり値ははったけど、キッチンカー作って貰って正解だったな』
『野外でも街中でも最強グルメ馬車ですね』
母様もティーモ兄様もとても喜んでくれた。もちろん俺も久しぶりの魚料理に舌鼓を打った。アルは不思議な顔をして、ビネガーがたっぷりかかったフィッシュフライを食べていたけれど、フライドポテトは気に入ったようで両手で掴んでモリモリ食べている。
使用人たちや護衛たちも交代で食事を楽しんでいた。
料理をひととおり楽しみ、食後のデザートに差し掛かる頃、岩の影からひょっこりと小さな人影が出て来た。
護衛たちは警戒して腰の剣に手をかけるが、母様が片手で制する。
威嚇する者たちに多少怯えつつ、くすんだ青い旅装の、ティーモ兄様くらいの小さな人影がこちらにやってきた。
姿は長い尻尾に大きな耳、そして釣り上がった大きな瞳。首元には特徴的な長いマントをしている。
その小さな人影は二足歩行の猫だった。
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