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北の帝国と非有の皇子
非有の王子×2人の精霊の子
しおりを挟む俺たちが乗っている辻馬車は、軽快に貴族街に続く林道を抜け、街よりも遠く皇城に近くも奥まった場所にある帝都のグラキエグレイペウス公爵邸の門を通過した。
やがて辻馬車は屋敷の馬車回しに着きギシギシ音を立てながらゆっくり止まる。
外にいるお祖父様の屋敷の従僕が辻馬車の扉を開けるのを待ち、お祖父様の侍従に抱えられたまま馬車を降りた。
「お帰りなさいませ。ナユタ様。アネット様がお待ちでございます。」
「はい。では母様の所まで案内をお願いします」
従僕が馬車の扉を閉め、辻馬車の御者に代金を渡している所を、ツケ払いじゃないのか……と尻目にみつつ、執事に母様が待っていると告げられ案内を頼んだ。
執事は俺が抱えている黄色い毛玉…カーバンクルを見て眉を少し跳ね上げたが、何もいうことはなく母様のところまで案内をしてくれた。
『あの執事、また面白そうな物を抱えてますねってワクワクしてましたよ』
ツクヨミが執事さんの心の内を覗き込んだのか、コソッと教えてくれた。
『変わった事とか大好きだよねクラウスさん』
あの執事…クラウス・ヘルダーリンさんは、お祖父様の乳兄弟で、お祖父様と同い年なのだ。髪は薄い茶色で後ろにきっちり前髪を流している。瞳は緑色の良い年の取り方をしたスリムな愛嬌のある兄さんってところだ。とても背が高い。
この屋敷の全ての運営を任される、所謂、雇われ経営者って感じかな?
クラウスさんの家門は代々、グラキエグレイペウス公爵家に仕えているらしく、グラキエグレイペウス家の領地では、クラウスさんのお父さんが家令をしているとか。そちらでもクラウスさんと同じく屋敷の運営に加え、莫大な領地の管理、犯罪を犯した者に対して裁判官のようなことまでしているらしい。
クラウスさんの奥さんも女主人の居ないこの屋敷で、女中頭として屋敷の女中をまとめたりして屋敷の維持に貢献している。そして彼らの息子たちも、グラキエグレイペウス家の領地にて使用人としての勉強をしているとか。
そうこう考えていたら母様とティーモ兄様は居間にいたようで、執事が扉を開けてくれてお辞儀をして去っていった。お祖父様の侍従も俺をそっと下ろしてくれて挨拶をして去っていった。
「母様、ただいま戻りました」
「ナユタ……無事に戻って良かった……」
「ナユタ!おかえり!何を見つけたの?僕も行きたかったよ」
母様は鷹揚に頷き、突然自分勝手に行動した俺にちょっと非難がましい目を向けつつも、心配してくれていたのがわかるのがこそばゆい。
ティーモ兄様は、コイツやりやがったなっ!て感じでちょっと羨ましげに話しかけてきたので、ヴェルミクルムの事を説明すると、2人とも怒っていいのか喜んでいいのか複雑な顔をしていた。
「ところでナユタ、その毛玉は何?」
ティーモ兄様が興味津々でカーバンクルを見る。
カーバンクルは屋敷に着いた時点でふにゃふにゃと半覚醒状態だったが、この部屋に来てから俺から離れずくっついたまま物珍しげにキョロキョロと部屋を見渡していた。
「この生き物はカーバンクルと言って…」
話している間に日は暮れ、お祖父様が帰ってきたようで、なんとなく屋敷が騒ついている。
『どうやら公爵が精霊の子と親を連れてきたようです。そろそろ侍従が呼びにきますよ』
そうツクヨミが話しかけてから数分後、コンコンというドアを叩く音が聞こえた。
「ご歓談中失礼いたします。ナユタ様、旦那様がお呼びでございます」
「はい、わかりました」
俺は座っていたソファーから浮き上がり、侍従の側へ行こうとしたらそのまま母様に抱っこをされた。
「私も参りますわ」
「僕も!」
母様とティーモ兄様もついてくるようだ。
侍従は母様に礼をし、お祖父様がいる離れの部屋まで案内してくれた。
いつも俺たちがいる屋敷から少し離れていて、護衛の人や庭を管理する使用人などが多く住んでいる場所だ。
案内してくれた場所は、使用人の相部屋なのか4つのベットが並んでおり、そこに精霊の子2人と両親と見られる痩せ細った若い獣人の男とエルフの男女が3人横たわっていた。3人は挨拶をしようと立ち上がろうとしていたが、力尽き倒れてしまった。母様がそのままでと促し安心したかのようにまたベッドに横たわる。
ヴェルミクルムが死んでから、飲まず食わずで檻に入れられっぱなしだったので体が限界だったのだろう。お祖父様が采配したのか、胃に優しい野菜がとろけたポタージュスープを彼らにメイド達が食べさせてあげていた。
長い足を組んで椅子に座っていたお祖父様の近くによると、精霊の子の魂を戻すとはどういう事なのか、全ての精霊の子が生まれてすぐならば精霊に連れて行かれた魂を取り戻すことができるのかと問われる。
ツクヨミが言うには、強制的に精霊の子になった子で魂がまだ側にあるのならば……と辿々しく説明をし、未だ信じられんと言うお祖父様に百聞は一見にしかずと言うことで、実際に目の前で試す事となった。
同じ部屋で話を聞いていた、精霊の子の両親も、藁にもすがる思いなのか拝まれてしまった。
そもそも、ベッドに横たわるこの3人と精霊の子があの地下に居たのは、人間が住まう国には精霊の子に魂を戻す魔術があると聞いてやってきた時に、ヴェルミクルムに騙され、
「お前達は女神の糧になるのだ!光栄に思うがいい」
と言われながら檻に入れられたとか。お祖父様が言うには、側妃の実家へ毎月50以上の妖精族や魔力の強い人族を物のように卸していた帳簿があったみたいだ。ヴェルミクルムは光にびっくりして階段から落ちたのではなく、呪いの反射に耐えきれず息が止まって階段から落ちてしまったのかもしれない。
藁にもすがる様に祈るご両親の前で精霊の子に近づくよう母様にお願いする。母様は痛ましそうに精霊の子を見やり近づいてくれた。
『ツクヨミ、よろしく頼むよ』
『ガッテン承知の助! 私にお任せください』
……ツクヨミは何処からそんな言葉を学習していくんだ…?って俺の記憶しかないよな……うん。
ツクヨミは鼻息? も荒く、俺から魔力を容赦なくどんどんと吸い取る。すると俺の身から輝く細い銀糸が放たれ、ベッドに横たわる男女の周りを囲った。
銀糸が小さな球体になったかと思うと、精霊の子の胸元へ乗っかりやがて消えていった。
この間誰も銀糸が見えていない様で、必死に祈るベッドの上の3人と、不思議そうに俺を覗き込むティーモ兄様、静観するお祖父様と母様という図式だった。
やがて、精霊の子達の手足が緩やかに動き出し、声にならない鳴き声を弱々しく上げ始めた。
俺は急いで母様の腕から飛び出し、カーバンクルをベッドの上に優しく下ろして、魂が戻った精霊の子たちに聖水を飲ませる。
そう。俺がこの世界に初めてきた時、とても喉が渇いていて声が出せなかったのだ。
きっとこの子たちもそうだったろう。
カーバンクルも、俺が子ども達に聖水を飲ませる間ジッとその様子を覗き込んでいた。
この子達の親はベッドを這い出し、床に落ちながら這いつくばってそれぞれの子供の元へ来て抱きしめて、泣きながらお礼を言ってくれている。
お祖父様も驚いていたけれど、納得して後は頼むと母様に言い残し、皇城に向かっていった。
親に抱かれ、ふにゃふにゃと小さな声で泣く精霊の子だった小さな小さなエルフの子と獣人の子を見つめる母様の目は慈愛で満ちていた。
はじめまして、ようこそ、ここが君達が生きる世界だよ。
その時俺は、生涯この元精霊の子達と一緒に過ごすとは思いもしていなかった。
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