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1巻

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 序章



「……オイ……もうこの辺りで良いのではないか?」
「そうだな。これ以上行ったら俺たちも危ない」
「……」

 てつく夜のやみに紛れ、三人の男たちが、『帰らずの森』と呼ばれる森の中で馬を止めた。
 男たちがいる場所は人里からはだいぶ離れており、時折森の動物たちの鳴き声が聞こえる。

「……いくら魔獣避けがあるとは言え不気味な森だ」
「ああ。さっさと終わらせて帰ろう」

 男の一人が馬から降り、馬に括り付けられた大きな麻袋を地面に下ろす。

「……オイ……本当にやるのか?」
「何を今更……それが我々に与えられた任務だ」
「しかし……こんな……殺すのは……」
「これも運命だと思って受け入れるしかない。俺たちも……〝それ〟も……」

 もう一人の男も馬から降り、地面に置かれた〝それ〟と言われた麻袋を剣鞘けんしょうで突く。
 突かれた麻袋は緩慢かんまんにもぞりと動き、中にが入っていることがうかがい知れた。

「私は……私は無駄な殺生せっしょうをやるために騎士団に入ったのではない! こんな……こんなボロボロの年端もいかぬ………我らがこの場に捨て置けば、とどめなど必要ないのではないか?」
「誰も彼もそんなことは思わぬだろう……だが……」
「おいっ! 黙れ! いくら帰らずの森といえども、何がいるかわからん。言葉を操る化け物が出てくると後々厄介やっかいだ。任務を遂行して帰還するぞ」
「そうだな。〝それ〟もこんな場所で……いや……この厳しい世界で生きるより事切れた方が幸せだろう……そう思わなければ我々は……」

 三人の男はカチリと剣鞘から剣を取り出す。
 国への献身を誓った騎士の剣が月明かりに照らされ、鋼が鈍く光った。


 その後、三人の男の行方を知るものは誰一人としていない。



 おっさん、神様のトバッチリをうける


 年号が変わって数回の桜が咲いた頃、俺、石原那由多いしはらなゆたは体が動く内にと、早期定年退職を希望した。
 実家に戻って、しばらく趣味の旅行――バックパッカーでもしようかと考えていたのだ。
 俺はとあることがきっかけでずっと独身で、実家に帰る度に、結婚はまだか? と、親にねちねち言われていた。五十も過ぎた独身息子にあまり希望を抱かないでほしい。
 諸々の手続きなどをするため、一度実家付近の……とはいえだいぶ離れてはいるが……役所へ行くことにした俺は、学生の頃から暮らしたマンションを後にする。
 何となく人任せにしたくないな、と思った荷物を詰め込んだボストンバッグを大切に持ち、最寄りの駅へ向かった。
 ゆっくりと歩けば、何とも言えない寂寥感せきりょうかんが胸にき上がる。

『これでこの街ともお別れか……』

 大学を卒業してからずっとこの街で過ごしてきた。
 実家は山深い田舎いなかで、繁華街に行くには車がなければ始まらない不便な土地だった。若い頃、それが嫌で家を飛び出したのだ。
 しかし月日が経つにつれ、山の静けさや風にたわむれる樹々の騒めき、自然の音を求め、近所の神社や公園では飽き足らず、山にもキャンプへ行くようになった。
 特に、結婚目前で浮気されて破談となり、心がすさんでいた時は、色々な所へ行った。
 その中でも、どこの街にでもあるような、鎮守ちんじゅの森に囲まれた静かな神社や寺にはお世話になった。
 空気が澄んでいるような気がして、自分の中に巣食うよどんだものや汚いものが浄化される気がしたのだ。安らぐ場所を提供してくれたお礼の意味もあり、旅先では参拝し御朱印ごしゅいんを拝受するようにもなった。
 昔の人は理解し難いものや恐れ、自然、偉大なものに神という名を付けたけど、自然の中に身を置くと、その意味が少なからずわかった。
 自然の中に囲まれると、ちっぽけな自分が……ちっぽけな自分の悩みが、例えば人には計り知れない大きな宇宙空間にポンッと一人投げ出されたような……何もかもがちっぽけで瑣末さまつなことと思える不思議な感覚を味わえたのだ。
 その感覚を思い出しながら駅への道を進んでいると、左手に大きな石段が見えてきた。
 この街に古くからある神社だ。
 せっかくだから、土地神様に挨拶あいさつしていくか……
 駅に行く道から逸れ、石段を登る。急勾配こうばいで段が多いのは、やしろに向かいお辞儀をするように登らせるためとかなんとか。
 本当かどうかはわからないけど、聞いた時にはなるほどと思ってしまった。確かに五十を過ぎた自分にはこの石段は辛く、前を向き背筋を伸ばして上がることは中々に困難だ。
 軽く息を切らしながら一息ついて、鳥居をくぐり参拝をする。参拝前に手や口を清めるのが良いのだが、今は世界的な感染病が流行はやっており、手水舎てみずしゃは使えないように綺麗な花が生けられていた。
 鈴緒すずおを引っ張りガラゴロと本坪鈴ほんつぼすずを鳴らし二礼二拍手。

『……何事も……いや……色々あったけど……おおむね大事なくこの街で過ごさせていただきありがとうございました。新天地でもつつがなく過ごせますように……』

 最後に礼をし、神社を後にする。
 この神社は早朝ともなれば、御来光が鳥居から一直線に本殿に向かって光の道を作る。だが残念ながら、少しずれてしまったこの時間帯ではその光景は見ることはできない。
 本殿に向かい頭を下げ、駅へと続く道に戻ろうと足元を見ながら石段を降りた。
 ――……!

「ん?」

 石段の中頃、誰かに呼ばれた気がして頭を上げて辺りを見回す。
 今は平日の割と早い時間帯で、見渡す限り参拝する人間は自分以外いない。
 気のせいかと気を取り直し、一度空を見上げると――不意に左目に大きな衝撃が来た。

「うわぁ!」

 思わずけ反り両手で目を押さえると、石段から足を踏み外してしまった。
 血の気が引く思いをしながら、きたるべき衝撃に備えて体をすくめるが、いつまで経っても衝撃は来ない。
 左目を押さえながら、そろそろと右目を開けると、春の澄み渡った青空に白い発光体が見えた。

「っ!?」

 体は不安定で、地に着いた様子がない。俺は何が起こったのかわからず頭の中が混乱した。

『キャッハァ☆』
「!?」

 その白い発光体が突然、女子中高生みたいな笑い声と共にチカチカと不安定に発光する。
 なんなんだ!? どうなっているんだ!?

矮小わいしょうな▲▽▲が、矮小なえない人間の左目に入っちゃったぁ☆ アッハッ! マジダサお似合いだネ☆』

 白い発光体は楽しそうにケラケラ笑いながら、点滅を繰り返しそんなことを言っていた。
 混乱している俺を置いてけぼりにして、楽しそうに話が勝手に進む。

『▲▽▲が目に入っちゃったなら仕方ないよね! ▲▽▲は人間の目に封印されて、■■■ちゃんが一番になるの! 一番になった■■■ちゃんをお祝いして、冴えない人間を■■■ちゃんの世界にご招待しちゃうの! ■■■ちゃん優しい! ■■■ちゃん最高☆ ■■■ちゃん偉いし優しいから祝福まで授けちゃう! ふむふむ。今なら、はいすぺっくな体も手に入りそう☆ それで生きていけるかわからないけどねぇ! キャハッ☆ そうだ、何か欲しいスキルとかある? 好きな言葉とかあればそれでもいいよ☆』

 は? ……ス……キル?
 よくはわからないが、ぱっと思い付いた言葉なら、天神地祇てんじんちぎとか十全十美じゅうぜんじゅうびとかか? それぞれ『すべての神々』とか『完璧かんぺきであること』とかいう意味だが……好きな言葉ってわけでもないけど。
 白い発光体のキンキン声に頭痛を覚えながら、そんなことを考える。

『この世界の言葉はよくわからないけどそれで良いならそれで。あと■■■ちゃんは優しいから■■■ちゃんの世界の案内もつけたげる! ■■■ちゃん優しい! 偉い! 敬ってびへつらうがいいよ☆ たとえ一瞬だとしても! 信仰は■■■ちゃんをもっともぉーーっと強くするの! ▲▽▲の力は手に入らなかったけど、瑣末なことだもん☆ 消すのが大事☆ じゃっ☆ もういっちばん偉くなった■■■ちゃんとは矮小な人間は二度と会うこともないと思うけど優しい■■■ちゃんの世界に好待遇でご招待~☆ 矮小な人間はもうこの世界とはばっはは~いなの☆ ジュワッ』

 白い発光体が一方的にキンキンとまくし立てたかと思うと、一際強く発光する。
 目の前が真っ白になり、俺は何もできぬまま、気を失ってしまった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『……に損傷……活……限界……治……を……します……了……の……を確認……吸収……融……に成功しました。……適化……推奨……諾…………最……化完了…………は18%…………消滅しまし……は昏睡こんすい……態よ……復帰……した……スキ……の確認……最適……を……奨……の指……もと……キルの……適……完了……――――』

 ……?
 先ほどから男の……いや機械っぽい声がうるさい……今はAIというのか?
 ひどい寒さと頭痛がするし、体のあちこちが痛い。
 目を開けても真っ暗で、手を伸ばせば何かチクチクした質の悪い布に全身覆われているのがわかった。どうやら閉じ込められているらしい。
 一体全体どうなったんだ……?
 あの白い発光体が一段と光った時から記憶がない。どこに閉じ込められているのかわからず、俺は懸命けんめいにもがいた。
 体は弱々しく、もがけばもがくほど息が切れる。
 何時間も放置されていたのか、体は冷え切っていた。
 今は何時で、実家に向かった引越しトラックはどうなったか……気になることは山ほどある。
 まずはこの布から出なければ……
 大の大人が数時間行方知れずだからといって、親も警察も動かないだろう。親に至っては飲み歩いてほっつき歩いていると思っているに違いない。
 そうだ、携帯けいたいを尻ポケットに入れていたはず……!
 普段携帯をあまり使っていなかったから存在を忘れていた。
 これで連絡がつくかと一安心したが、尻ポケットを漁っても見当たらない。
 そもそも、着ている服の質感がさっきと全く違う。それに手持ちのボストンバッグも、少なくともこの袋の中にはなかった。
 まさか着替えさせられたのか? 荷物もどうなったんだ……こんなことなら引越し屋に任せるべきだったか。
 大切なものを失い、外部との連絡の手段を断たれ、絶望する。
 あとは声を張り上げるしかない。
 実は先ほどからずっと、機械の声がボソボソと続いているんだが……この布の外がどうなっているかだなんて気にしてはいられない。
 誰か! 誰かいないか!?

「ーーーーーっ!」

 のどかわいていて、カスカスで声も出ないほどだった。
 今まで体感したことがない状況だ。自分は一体どれだけの時間放置されていたのか。
 ここから出してくれ! 誰か! 助けてくれ!

「ーーーーーーーーーーぁーーー!」

 俺は両手を突き出して、精一杯の声を張り上げた。
 最後はけものうなり声のような叫びだったが、代わりに両手から何かわからない衝撃が起こり、ビリビリと布に穴が空いた。
 何が起こったのかはわからないまま、俺は必死にもがいてチクチクした布から出ると呆然ぼうぜんとした。
 ……ここは……どこなんだ?
 辺りを見回せば、鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた、見慣れぬ暗い森の中だった。
 まるで自分が小人のように小さくなったのかと錯覚さっかくするほどに、周りの木々や低木、雑草などが大きかった。
 時折動物の鳴き声や鳥の羽ばたきだけが聞こえる真っ暗闇で、かすかな月明りだけが頼りだった。

『落ち着け……落ち着け……落ち着け……大丈夫だ……冷静になれ……』

 荒い息を吐きながら、ボロボロになったチクチクする布を引っ張り、冷静になれと自分に言い聞かせるように何度も念じる。
 巨木と低木の狭間はざまに入り込み、隠れられる場所を探す。
 山で遭難した――わけではないが、その時のセオリーを思い出す。
 どこから来たのかわからないから引き返せない……雨具はない……食料もない……防寒具は、このボロ布がある。
 体中痛いし、肌寒い。
 とにかく日の出まで低体温症を回避しなければならない。
 事切れたと思われて山にでも捨てられたのか……? なんで俺がこんな目に……
 雲が流れたのか、ひと際明るい月明かりに辺りは照らされ、運よく巨大な木にうろができているのを見つけた。
 入口も丁度低木で隠れるから、外から目立たない。虫は気にはなったが、背に腹は代えられないだろう。あれなら夜露よつゆを防げるはずだ。
 俺はボロ布にくるまりながら、一息ついて空を見上げる。
 星を見れば大体の方角がわかるからな、子供の頃は山で遊んでいた田舎育ちをなめるなよ。
 ……今は春だから北斗七星を探して……って、えっ!?
 天を見上げた俺は、思わず口を開けた。
 信じられないことに、空には三つの大きな月が、均等に仲良く並んでいたのだ。
 春の大三角形ならぬ……月の大三角形……ってか?
 ははっ……月……三つ……うそだろ……?
 ここはもう白目をむいて倒れても良い気がする。理性が感情に追い付けないほど、心も体も疲弊ひへいしていた。
 ……これは夢か? ……夢だろ?
 ……覚めろ! 覚めろ!
 世界で人気を誇った某アニメ映画の主人公の女の子のように頭を抱え、念仏のように繰り返し覚めろ覚めろと唱える。
 映画ではここで薄幸はっこうの美少年が、おにぎりを持ってきていたが……そんな都合の良いことは起こるはずがない。
 俺は今一度、冷静になるように努めた。
 なぜこうなったのか、きっかけを思い出すんだ。
 神社で左目に何かが当たって、転げ落ちるはずが宙に留まって……
 そう、謎の発光体が現れたんだ。
 それで口を挟むすきがないほどのマシンガントークで、ギャンギャンキンキン頭が痛くなるほど喚いていた。
 大部分は聞き取れなかったが……『~の世界にご招待』とか『矮小な人間はこの世界とばっははーい』とか言っていたはずだ。
 ……アイツ、矮小な人間とか敬えとか言っていたな……思い出せば出すほどなんかムカついてきたぞ?
 咳払せきばらいをし、今一度落ち着こうとする。マインドコントロールだ。マインドコントロール。
 仮にここが、あの白い発光体の言葉通り、俺のいた世界と違うと仮定しよう。
 月が三つあるから違う世界なのだろうけれど……
 あの白い発光……いいやもう糞玉くそだまで。糞玉が何か有益な情報を言っていたはずだ。
 スキルとか、ハイスペックとか、案内とか言っていたはずだ。
 スキルとハイスペックはわからんが……案内……
 おい! 案内いるなら出てみろ!

「……っ!」

 相変わらず声は出ない。
 が、ヴゥゥゥンというパソコンが立ち上がる時のような音が聞こえた。
 何だ?

『……はい。お呼びでしょうか?』

 うわ! 突然声がして驚いたじゃないか。
 周囲には人影もない。まったく、姿くらい見せろよ……

『姿を見せることは残念ながら今は不可能です』

 え? 今声に出してなかったよな……? ってさっきから声出てないし……?
 そういえば……目覚める前にこの機械のような声を聞いたような気がする。いつの間にか静かになっていたけど……

『はい。私は共同体様の左目に座し、■■■の力を取り込んで私の力に還元し、共同体様のスキルをこの世界に最適化させておりました。先ほどその作業が終わりましたところでございます』

 また聞こえてきた。
 俺は声の持ち主に語りかけるように念じる。

『は? 共同体様? って俺のことか?』
『はい。私は■■■に名を消された、この星に座す古き神々の一欠片かけら。■■■の手の者により我が依代よりしろが消された時に、星をも砕く力が発生しました。それを■■■が相殺そうさいしたのですが、遠い異世界へ続く次元断層が開いたのです。私は■■■の手を逃れようとそこに飛び込んだのですが、■■■に見つかり……』

 いきなりややこしい話ばかりだ。
 それに、ところどころ聞こえない部分がある。どうやら話の流れ的に、人名だと思うのだが。

『……次元断層? そこに飛び込んだ先に俺が住んでいた地球があって、お前が俺にぶつかったわけか。それで、運悪くも俺の左目に入ったんだな。さっきから聞き取れない言葉は糞……否、あの白い発光体のことか?』
『その通りです。共同体様には大変申し訳ないことをしたと思います。■■■は、この星に住まう者には、美の女神エレオノーラと呼ばれておりますが……奴は貪欲どんよくに力を追い求め、この世界の他の神々をい散らかした共喰い神なのです。そして私が、奴に喰われた最後の一柱でした』
『美の女神ぃ? つまりもとを正せばあいつが悪いんだな……もう本当に糞でいいわ。糞女神。悪の権化ごんげじゃないか。美の女神じゃなくてまんま禍津神まがつかみだし。しかも神様食い散らかすとか……』

 禍津神というのは、文字通り邪神のようなものだ。
 それにしても、話し相手がいるせいか、先ほどまでの恐慌状態は落ち着いた。
 話を聞くとあの糞玉……改名糞女神が、このわけのわからない状態を作り出した元凶というのはわかった。
 そして一番聞きたかったこと。

『……なぁ。無理っていうのはわかってはいるけど……俺が元の世界に戻るのは……』
『同じ座標というのは不可能に近いと思われます。たとえ、この世界の神の依代をもう一度破壊しても、次元断層が同じ座標に開くとは限りません』

 よく漫画とかでありそうなやつだ。
 ――わかっていた。
 目覚めた時から体中が痛かった。夢じゃないのはわかってる。
 今まで築いたありとあらゆる関係に、稼いだ金……貯金に、死んだ時に棺に一緒に入れてもらおうと思っていた御朱印帳。俺がいた証がみな、なくなった。

『……なぁ……親父とか……お袋は……』
『……共同体様は、私が左目に入った瞬間に、■■■にすべての時間軸での存在を消されました。御母堂は共同体様を産んだことさえ覚えていません』
『……そっか……』

 思えば……思えば親孝行なんてしたことなかった。
 心配ばかりかけて孫の顔さえ見せられなくて。まさか俺の方が先に消えるとは思わなかったし。
 これからそばにいて……ちょっと旅に出て帰ったら一緒に畑やって……っ……うん。ちょっとだけ……ちょっとだけ。気持ちを落ち着けても良いかな。
 父さん。母さん。何もできなくて……ごめんな。
 湧き上がる熱がコントロールできなくて。口の中がしょっぱくて。うん。
 大きな木の洞でひざを抱えて、ボロ布ひっかぶって飽きるまで泣いた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 泣いてすべてを吐き出したせいか、心がすっきりとした。
 左目にいる存在に恥ずかしいところを見せてしまったと思いつつ、今後について考える。
 いつまでも嘆いていても仕方がない。ここで生きていくすべを探していかなければならないからだ。
 あの糞女神は、『生きていけるかわからないけどねぇ!』とか言ってやがった。
 なんかしゃくだし、俺はこの世界の人類最高年齢なご長寿さんになって、自他共に認める世界一のご長寿さん的称号を貰って死んでやる。
 この世界に世界一を決める機関があるかは知らんけどな!

『っと、そういえば、あの糞女神が言っていた、ハイスペックな体ってなんだ? 改造人間みたいに改造されたってことか?』

 漫画だと改造されて命を落とすケースもある。しかし悲劇の主人公的ヒーローになるケースもあるはずだ。

『……何か改造人間? についての熱い思い入れがあるみたいですが、残念ながら改造ではありません』
『そうか……』

 ちょっと期待してしまった。断じて残念がってはいない。

『……ですが少し近いかもしれません。いくら■■■でも、共同体様の肉体を送り込むことは無理だったようで、魂魄こんぱくだけ送り込んできたようです。私は共同体様の左目に封印されましたが、肉体ではなく魂魄に封印されたから一緒にここに来たわけですね』
『つまり?』
『魔力によって強化された体に、共同体様のたましいが入り込んだのです』
『!? え? 魔力? 魔法とか使えるのか? いやそれ以前にこの体の元の持ち主はどうなったんだ?』

 びっくりして体を見下ろすと、月明かりに照らされた、枯れ枝のように細く小さな手足が見えた。
 俺の体は、幼児にそのものになっていた。

『……嘘だろ……!?』

 なぜ今まで気が付かなかったのか。自分の体だという疑いのない思い込みと、見知らぬ所へ突然来たショックで、体が変わっているなど思いもよらなかった。
 衣服はいつの間にかうす貫頭衣かんとういのようなものに変えられていた。道理で寒いわけだ。

『この体の持ち主は、元々いなかったのです』
『は?』
『この体の記憶を読むと……そうですね……ここからまっすぐ、あの山脈を越えた北の方にある国の皇子で……軍馬を……』
『ちょ! ちょっと待って!? 皇子も気になるけど……元々いないとはどういうことだ?』
『そこが■■■が言っていた、はいすぺっくという理由で……この体は、随分ずいぶんと魔力血統が濃い血筋のようです。人に宿る魔力の強弱は、血統によって決まるとされていて、魔力の強い家系同士で結婚することで、より強い次世代を産もうとするのがこの世界の常。ただ、あまりにも魔力血統が濃いと、中身がない子供が生まれることがあるのです』
『魔力血統? 中身がない……植物人間ってことか?』
『植物状態という表現は初めて聞きましたが……植物よりも自由はありません。ただただそこに存在するだけ。飲まず食わずでも、周囲の魔力を取り込みある程度は体を維持できますが、動くこともない、生けるしかばねのような者です。そんな風に生まれた子供たちは総じて、精霊に魂をうばわれた【精霊の子】と言われております』

 植物は花を咲かせたり実を実らせたり子孫も増やせるし、植物人間状態から復帰した人は、寝ている間みんなの声が聞こえたとか、そういった体験談がある。
 精霊の子はそうはいかないのか……


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