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北の帝国と非有の皇子

非有の皇子×城の中へ

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 数人の馬上の兵士達に案内され、俺たちが乗る馬車は城壁をくぐる。城壁はパッと見で10メートルもないけれど随分と厚みがある。馬車から外を見てみれば壁にレリーフが掘られていた。

 母様が言うにはどうやらこの国の建国の記憶が掘られている様だ。

 城壁を抜けると白馬に乗った豪華な服を纏った騎士が今まで案内してくれた兵士と交代し、俺たちを案内する。
 目の前には、真っ白な漆喰で塗り固められたのか美しくも広大な城があった。

「ナユタ。この城がアシェンプテル城です。ノートメアシュトラーセ帝国の東の渓谷で取れる白い石を燃やして作った灰を原料にした壁材で覆った白亜の城です。なのでアシェンプテル灰かぶりの城と言います」

 ティーモ兄様をゆっくりと撫でながら、母様が説明してくれた。白い石とは多分石灰石で、水を加え消石灰にしてから燃やして漆喰を作り塗り固めたのだろう。燃やして出来た真っ白な灰が原料だから灰かぶりアシェンプテルの城か…成程。いいえて妙だ。

「ナユタのその身体は、あの城の皇族が住まう居住区画の一室で産まれたのよ」

「俺の身体が生まれた場所…」

 じっ…と城を見やる。何処までも白く美しい城だ。しかしこの城のどこかで生を受け暮していたであろうこの身体は、母様と初めて会った時の様に胸が締め付けられることも怯え、恐れ…感慨さえ何も感情が湧かなかった。

 暫くどんどん近づく城を見ていたが、ふとティーモ兄様を見ると、落ち着いた様だが母様のもふもふな懐に顔を隠してもじもじしていた。どうやら泣いてしまった事を恥じている様だ。まぁ男だったら、弟分に自分が義姉に甘えて泣いている所を見られるのはちょっと気恥ずかしいのかもしれないけど。
 しかし俺も同じ場面に居たのならば、憤りや悔しさなどない混ぜの感情が込み上げるのは想像に難くない。こんな時、家族にさえ湧き上がる感情を抑えるらしい貴族は余計に不便である。

 俺がティーモ兄様を見ているのを察したのか、ティーモ兄様は顔を上げ、俺と目が合った。目が合ったのは一瞬で、また顔が母様の懐に隠れてしまった。目も目の周りも真っ赤だったので、ティーモ兄様の脇腹をツンツンして、くすぐったがってこちらを向いた隙に俺特製のポーションを出して、ペタペタ目の周りに塗ってあげた。

「……ありがとうナユタ」

「どういたしまして」

 赤みは取れたが、まだティーモ兄様は恥ずかしがっている様で、俺にお礼を言うとまたもや母様のもふもふな懐に隠れてしまった。母様はあらあらと優しくティーモ兄様を撫でている。

 その内どうやら馬車止めについた様で、馬車が止まった。このまま降りて城の中へ行く様だ。

 俺は母様のお針子部隊が縫ってくれたフード付きのローブを母様に着せてもらい、顔が目立たぬようフードを目深く被る。因みに狼の耳付きだ…
 以前母様に、以前いた世界では子供はどの様な服を着てどのようなものを羽織るのかと聞かれたので、姪っ子が小さい時に着せられていた、うさぎやくまの耳付きフードコートやカエルの雨アマガッパの事などを思い出しながら話したんだけど、俺用のローブを作るのに聞いた様で、狼の耳付きフードローブが出来上がってしまった。母様はフードの耳をぴこぴこ触りながら、「私とお揃いですね」って喜んでいたけれど…

 その光景をティーモ兄様に、ニヤニヤ見られながら…今度は俺が恥ずかしがりつつ、母様に抱えられて馬車を降りた。

 目の前の階段を上がりきると、豪奢な扉が開け放たれ奥へと案内される。城の内部も漆喰で白くなっているが、天井には光を発する魔石をつなげたシャンデリアが等間隔にぶら下がり、彼方此方にレリーフなどの装飾品や置物、絵画などが壁にかけられ、まるでこの通路全体が美術館の様だった。

 そのまましばらく歩き、細長い会議室の様な場所へ案内され中に入ると、奥の方に小太りの中年の男性…手前の方に5人ほどの壮年の男性がいた。

 後ろについていたグラキエグレイペウス一族の人たちはティーモ兄様を含め、女性はカーテシー、男性はボウ&スクレープで礼をしていた。母様は顎を引き黙礼をする。
 とりあえず俺も母様に抱えられながらペコリとお辞儀をしてみたけれどこれで合っているかはわからない。たぶん母様より下で此処にいるグラキエグレイペウス一族の身分より上なのであろう事はわかった。

「楽にするがいい」

 小太りの中年の男性が声をかけると皆姿勢を正したのか衣擦れの音がする。

「…詳しい事はグラキエグレイペウス公爵モルゲンフルス公から聞いた。其方たち…苦労をかけさせてすまなんだ。其方たち一族の身分はヴァニタイン元公爵ブルンネン公に即日廃爵を求められ容認されたが、そのような物はこの老耄が捻り潰してあまつさえ陞爵してやったわ」

 権力には権力を…と言うように小太りの中年の男性は人が悪いような笑みを浮かべ、容認された物を捻り潰したと楽しげに言い放った。いや元々濡れ衣だけれども…陞爵…爵位が上がったのか?それで良いのか異世界よって思っちゃうよね…。そのまま中年の男性をぽけっと見つめていたら目が合ったような気がした。

「忌まわしき裁判で半数以下に減ってしまったグラキエグレイペウス一族の補填もしなければならない。見切れぬ領は国から人員を派遣し各々に治めてもらう。若輩だとて其方たちしか居らぬのだ。国自体も大きな人員損失があった。彼の一件にて多くの貴族や官職が消失してな。それも合って勇退した儂が引っ張り出されたのだ。残った我らで土台が崩れた国を建て直さなければならない。其方たち一族の長も今手足の様に使わせてもらっておる。後はこの者たちに説明を受けるが良い」

 5人の壮年の男性がそれぞれグラキエグレイペウス一族の人たちの前に立ち挨拶をしている中、母様と俺、ティーモ兄様が奥へと呼ばれた。
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