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裕翔ルート 2章
冷たい海 5
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「そっちに入れろ!」
紫綺くんが誠史郎さんの作った結界を足蹴にする。
「紫綺、行儀が悪いよ」
遥さんの作った結界が外側にあるみたいだ。紫綺くんは不満そうな表情だけど、蹴るのは止めてくれた。
「雪村も気に入らなかったけど、あいつはまだマシだったんだな。こいつはテメーで吸血鬼になる努力もできない腰抜けだ」
紫綺くんの言葉に、カイさんがカッとなったのがわかった。これまでずっとクラゲのようにフラフラしていたのに、よほどプライドを傷つけられたと見える。
「紫綺、口が悪いよ」
遥さんはそう言ったけれど、カイさんを一瞥した瞳は凍てつくほど冷たかった。
「こんなヤツに良いように使われてたアイツも無様だけどな!」
「シキ、そんなにみんなにケンカ売らなくても……」
呆れたように言いながら、裕翔くんは紫綺くんに近づいた。
「誠史郎、シキたち入れても良い?」
「……彼を殺さないと約束できるのなら構いませんが」
誠史郎さんは冷静に紫綺くんを見たけれど、紫綺くんの視線は誠史郎さんに向かない。カイさんをにらんでいた。
「わかったかい? 紫綺」
「遥! うるさい!」
吠える紫綺くんを、遥さんは全く気にした様子がない。
全体に気を配っている誠史郎さんに声をかけた。
「僕の結界が張ってありますから、こちらは解いていただいて大丈夫です」
両手に構えた淳くんの銃のひとつが紫綺くんの方を向いていることを確認して、誠史郎さんは結界を解く。
こちらへ歩んできた紫綺くんに、カイさんは警戒心を露にする。仲間を見捨てて逃げ出しそうだ。
「カッコつけたこと言ってたけど、結局自分が吸血鬼に食われて起き上がる自信がなかったから、家族を犠牲にしたんだろ?」
「違う……!」
「誰かひとりでも起き上がればお前が吸血鬼になれる可能性は高まるから、実験台にしたんだ!」
紫綺くんはカイさんがどうしても許せないみたいだった。
それは私怨かもしれないけれど、私から見れば紫綺くんの怒りの方がずっと健全に感じた。
もしかしたら、カイさんにも複雑な事情があるのかもしれないけれど。
「違う! 違う違う……」
「何が違うんだよ? 怖くて吸血鬼に首を差し出せない腑抜け野郎」
スッと紫綺くんの姿が消えたかと思うと、カイさんの背後に回っていた。
逃げられないようにカイさんの腕を背中側へ締め上げる。
美しく整った面に冷ややかな笑みを浮かべていた。
「俺がどうやって吸血鬼になったか教えてやるよ。お前みたいなサイコ野郎を気取った吸血鬼に、俺の家族は目の前で全員なぶり殺された。俺だけは逃げられないようにして、死ぬまで毎日血を吸われ続けた。記憶を消されるなら苦しくないが、アイツは俺が怯えて苦しんで狂っていくところを楽しんでたよ」
壮絶過ぎて、言葉が出なかった。
カイさんは恐怖に顔をひきつらせているけれど、それは多分紫綺くんの迫力を恐れている。
紫綺くんの怒りの理由。
そんな思いをしたのに、安らかに死なせてくれなかった世界を恨む気持ち。
想像ではとても追いつかないけれど、それは暗闇の中で深く冷たい海にずっと浸かっているようなものなのかもしれない。
「あそこで捕まってる間抜けなご主人様にお願いすれば、そんな思いしなくても吸血鬼になれるかもしれないぜ?」
「ふざけるな……っ」
「ふざけてンのはテメーだろうが、臆病者」
「もういいよ、シキ。全部カイの計画だったってわかったから。カイも、そこの捕まってる人は誠史郎に負けたんだから、もう利用価値ないでしょ」
「俺はお前たちのためにやってるんじゃない! ただこいつが気に入らないだけだ」
「それで、人間に飼われてる君に何ができるって言うんだ?」
せせら笑うカイさんに、紫綺くんは恐ろしい形相になる。
裕翔くんはため息をつく。そして誠史郎さんが捕らえた吸血種へ歩み寄った。にらみ合うふたりのことは一先ず置いておこうと思ったみたいだ。
「何だと……?」
私は裕翔くんについて行こうと思ったけれど、紫綺くんの様子にあわてた。カイさんは完全に地雷を踏み抜いた。
遥さんがいるから大丈夫だと思うけれど、紫綺くんはカイさんにこれ以上の危害を加えないか心配になる。今の体勢なら腕は簡単に折ってしまえる。
「お互い、いい加減にしなさい」
遥さんがいさめるように紫綺くんの肩に触れた。私はほっと胸を撫で下ろす。
「僕は君のことを知らないから紫綺の肩を持つけれど、紫綺は僕に飼われてなんていないよ」
珍しく遥さんの声に冷たいものが混じっていた。
気になるけれど、今はなぜあの吸血種が裕翔くんを狙っているのか知りたい。
今朝の夢の中の裕翔くんがきっと関係している。
「あんたがオレを恨んでる吸血種?」
五芒星に閉じ込められている彼は裕翔くんを見て目を見開いた。
「お前のせいで私は……!」
「サクヤさんとおっしゃるそうですよ」
誠史郎さんが名前を教えてくれる。だけど裕翔くんはやっぱり心当たりがないみたいで反応が薄い。
「皆さん……!」
遥さんの結界が張られているのに、なぜか珠緒さんが入ってきた。
「珠緒さん! どうやってここに?」
「どうやって……? 普通に歩いてきましたが」
ふと遥さんとはじめて会った時のことを思い出す。遥さんの張った結界に翡翠くんが気づかずに入っていた。月白さんも飛び込んで来ていたし、何か特殊な結界なのかもしれない。
「遅れて申し訳ございません」
「サクヤのこと、何かわかったの?」
「はい。そして裕翔さん、あなたのことも」
裕翔くんをまっすぐに見つめる珠緒さんの髪が風になびいた。
紫綺くんが誠史郎さんの作った結界を足蹴にする。
「紫綺、行儀が悪いよ」
遥さんの作った結界が外側にあるみたいだ。紫綺くんは不満そうな表情だけど、蹴るのは止めてくれた。
「雪村も気に入らなかったけど、あいつはまだマシだったんだな。こいつはテメーで吸血鬼になる努力もできない腰抜けだ」
紫綺くんの言葉に、カイさんがカッとなったのがわかった。これまでずっとクラゲのようにフラフラしていたのに、よほどプライドを傷つけられたと見える。
「紫綺、口が悪いよ」
遥さんはそう言ったけれど、カイさんを一瞥した瞳は凍てつくほど冷たかった。
「こんなヤツに良いように使われてたアイツも無様だけどな!」
「シキ、そんなにみんなにケンカ売らなくても……」
呆れたように言いながら、裕翔くんは紫綺くんに近づいた。
「誠史郎、シキたち入れても良い?」
「……彼を殺さないと約束できるのなら構いませんが」
誠史郎さんは冷静に紫綺くんを見たけれど、紫綺くんの視線は誠史郎さんに向かない。カイさんをにらんでいた。
「わかったかい? 紫綺」
「遥! うるさい!」
吠える紫綺くんを、遥さんは全く気にした様子がない。
全体に気を配っている誠史郎さんに声をかけた。
「僕の結界が張ってありますから、こちらは解いていただいて大丈夫です」
両手に構えた淳くんの銃のひとつが紫綺くんの方を向いていることを確認して、誠史郎さんは結界を解く。
こちらへ歩んできた紫綺くんに、カイさんは警戒心を露にする。仲間を見捨てて逃げ出しそうだ。
「カッコつけたこと言ってたけど、結局自分が吸血鬼に食われて起き上がる自信がなかったから、家族を犠牲にしたんだろ?」
「違う……!」
「誰かひとりでも起き上がればお前が吸血鬼になれる可能性は高まるから、実験台にしたんだ!」
紫綺くんはカイさんがどうしても許せないみたいだった。
それは私怨かもしれないけれど、私から見れば紫綺くんの怒りの方がずっと健全に感じた。
もしかしたら、カイさんにも複雑な事情があるのかもしれないけれど。
「違う! 違う違う……」
「何が違うんだよ? 怖くて吸血鬼に首を差し出せない腑抜け野郎」
スッと紫綺くんの姿が消えたかと思うと、カイさんの背後に回っていた。
逃げられないようにカイさんの腕を背中側へ締め上げる。
美しく整った面に冷ややかな笑みを浮かべていた。
「俺がどうやって吸血鬼になったか教えてやるよ。お前みたいなサイコ野郎を気取った吸血鬼に、俺の家族は目の前で全員なぶり殺された。俺だけは逃げられないようにして、死ぬまで毎日血を吸われ続けた。記憶を消されるなら苦しくないが、アイツは俺が怯えて苦しんで狂っていくところを楽しんでたよ」
壮絶過ぎて、言葉が出なかった。
カイさんは恐怖に顔をひきつらせているけれど、それは多分紫綺くんの迫力を恐れている。
紫綺くんの怒りの理由。
そんな思いをしたのに、安らかに死なせてくれなかった世界を恨む気持ち。
想像ではとても追いつかないけれど、それは暗闇の中で深く冷たい海にずっと浸かっているようなものなのかもしれない。
「あそこで捕まってる間抜けなご主人様にお願いすれば、そんな思いしなくても吸血鬼になれるかもしれないぜ?」
「ふざけるな……っ」
「ふざけてンのはテメーだろうが、臆病者」
「もういいよ、シキ。全部カイの計画だったってわかったから。カイも、そこの捕まってる人は誠史郎に負けたんだから、もう利用価値ないでしょ」
「俺はお前たちのためにやってるんじゃない! ただこいつが気に入らないだけだ」
「それで、人間に飼われてる君に何ができるって言うんだ?」
せせら笑うカイさんに、紫綺くんは恐ろしい形相になる。
裕翔くんはため息をつく。そして誠史郎さんが捕らえた吸血種へ歩み寄った。にらみ合うふたりのことは一先ず置いておこうと思ったみたいだ。
「何だと……?」
私は裕翔くんについて行こうと思ったけれど、紫綺くんの様子にあわてた。カイさんは完全に地雷を踏み抜いた。
遥さんがいるから大丈夫だと思うけれど、紫綺くんはカイさんにこれ以上の危害を加えないか心配になる。今の体勢なら腕は簡単に折ってしまえる。
「お互い、いい加減にしなさい」
遥さんがいさめるように紫綺くんの肩に触れた。私はほっと胸を撫で下ろす。
「僕は君のことを知らないから紫綺の肩を持つけれど、紫綺は僕に飼われてなんていないよ」
珍しく遥さんの声に冷たいものが混じっていた。
気になるけれど、今はなぜあの吸血種が裕翔くんを狙っているのか知りたい。
今朝の夢の中の裕翔くんがきっと関係している。
「あんたがオレを恨んでる吸血種?」
五芒星に閉じ込められている彼は裕翔くんを見て目を見開いた。
「お前のせいで私は……!」
「サクヤさんとおっしゃるそうですよ」
誠史郎さんが名前を教えてくれる。だけど裕翔くんはやっぱり心当たりがないみたいで反応が薄い。
「皆さん……!」
遥さんの結界が張られているのに、なぜか珠緒さんが入ってきた。
「珠緒さん! どうやってここに?」
「どうやって……? 普通に歩いてきましたが」
ふと遥さんとはじめて会った時のことを思い出す。遥さんの張った結界に翡翠くんが気づかずに入っていた。月白さんも飛び込んで来ていたし、何か特殊な結界なのかもしれない。
「遅れて申し訳ございません」
「サクヤのこと、何かわかったの?」
「はい。そして裕翔さん、あなたのことも」
裕翔くんをまっすぐに見つめる珠緒さんの髪が風になびいた。
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