祓い屋の家の娘はイケメンたちに愛されています

卯月なな

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透ルート 2章

籠の鳥 7

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 女性の言葉で、この事態は私が原因なのかと思うと胸が詰まりそうだった。だけど落ち込んでいる暇なんてない。この結界を破ることが先決だ。
 神通力を込めた棍で突いてみるけれど、弾かれるだけで効果はない。

 翡翠くんの腕が振り下ろされようとした瞬間、空が光って雷鳴が轟いた。かなり近くに雷が落ちたみたいだ。それでわずかに翡翠くんに隙ができた。

「ノウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダ……」

 透さんが真宮さんの襟首を掴んで、翡翠くんの足元から引きずり出す。

「ソワタヤウンタラタカンマン!」

 翡翠くんの手があとわずかで透さんに触れる、というところで術が完成し、眩い光がふたりの間で破裂した。

 翡翠くんは後方に飛ばされたけれど、宙返りをして軽やかに着地する。ダメージを受けている様子のない涼やかな顔だ。

 透さんは引きずり出した真宮さんを少し乱暴だけど結界の端に放り出す。傷だらけの腕で大人の男性ひとり運ぶのはたいへんだったみたいで、肩で息をしていた。
 力を入れたせいで傷口が拡がったみたいで、腕は血まみれになっている。

「あら~?良いのぉ?」

 ニヤニヤする大島さんに対して、透さんの横顔は余裕がない。透さん自身もかなり負傷している上、けが人をひとり抱えてしまっているので仕方ない。それでも彼は不敵に口角を上げた。

「目の前で魔物に人間痛めつけられるんは、寝覚めが悪いんや」

 感情の感じられない、冷たい目をした翡翠くんが再び透さんに向かって風の刃を放つ。

「オンキリキリバザラウンハッタ!」

 透さんは印を結び、呪符をたくさん投げて攻撃を打ち消す。だけど仕留め損ねた刃が彼のふくらはぎを掠めた。それでも眉のひとつも動かさずに、翡翠くんへ反撃する。

 符のひとつが白い左腕で爆ぜる。翡翠くんは無表情のまま透さんと距離を取った。そこへヤタガラスが滑空してくる。
 翡翠くんの顔の辺りを狙っていたけれど、腕で防御された。白く細い腕を鋭いクチバシが刃物のように切り裂く。

 それでも翡翠くんはお面のように顔のどこも動かなかった。何かがおかしいと感じる。痛みも感じていないのだろうか。
 それに、姿を消す前にはあんなに執着していた琥珀――淳くんがすぐそばにいるのに、何の反応も示さないなんて。どうしてしまったのだろう。

「彰太くん、お兄さんに電話をかけてくれるかい?」

 裕翔くんに付き添われていた彰太くんに、淳くんがそっと耳打ちした。

「電話……?」

 淳くんの形の良い白いあごが小さくうなずく。

 訳がわからないまま、彰太くんはお兄さんの携帯に電話をかけてくれる。相手がこちらの意図を理解しても、味方してくれるかはわからない。
 だけど真宮さんの印象として、彼を裏切った人たちを庇うとは思えなかった。

「オンシュリマリママリマリシュシュリソワカ……」

 私はあまり目立たないように小さく印を結びながら、いつでも発動できるように口の中で火の術を唱える。
 眞澄くんと裕翔くんも、いつでも攻撃できるようにそれぞれ緊急時に使えるように携帯している短刀とナックルダスターを準備していた。

 透さんに助けられて地面にうつ伏せに倒れていた真宮さんは、スマホの呼び出しに気づいたようで、少し首を上げてこちらを見る。彰太くんが鳴らしていると確認すると、痛みに顔を歪めながら胸の内ポケットからそれを取り出す。

 こちらのやりたいことを汲み取ってくれたみたいで、苦悶しながらも通話できる状態にして、大島さんへスマホを向けてくれた。

 私の火焔の術は、狙い通り彼女の手元へ伸びる。

 結界にもいくつか弱点があって、そのひとつの電話機だ。繋がると空間が繋がることになってしまう。トリカゴも同じで私たちは助かった。

「きゃっ……!」

 小さく悲鳴を上げた大島さんの手から、マイクロSDカードのようなものが落ちる。
 それで結界が明らかに緩んだ。弱まった一点に眞澄くんと裕翔くんが鋭い攻撃を加える。まだ崩すことはできなかったけれど弱まっている。

 真宮さんが力を振り絞って、こちらへ何か投げた。小さすぎて何を投げたのか、どこへ落ちたのかもわからない。

 慌てながら投げられたものが何かときょろきょろ探す。真宮さんのすぐ近くの、トリカゴの境界のこちら側に落ちている黒いチップが視界に入った。

 そうであってほしいと思いながら走って拾いに行く。勢いがついたまま屈んで指先で触れると、トリカゴがぐにゃりと歪んで頭が中に入った。

「えっ……」

 驚いて声が出てしまう。バランスを崩してしまった。チップを握ってそのまま転がるようにトリカゴの中に入ってしまった。

「みさき!」

 淳くんが私を呼ぶ。顔を上げると翡翠くんの放った風の刃がひとつこちらに飛んできていた。
 さっと立ち上がってしっかり地面を踏みしめ、棍の柄を両手で持ってテニスの要領で刃を退ける。
 私が打った風の刃はトリカゴの上部に当たったけれど、結界を破壊することはできなかった。

 仕方がないので、大島さんが落としたチップを壊してしまおうと棍を右手に走る。
 それでこの結界が消える保証はないのだけど、やってみる価値はある。

「いったーい……」

 きれいにネイルの施された爪を気にしながらちらちら地面を見ている。一応チップを探しているけれど、それよりもネイルアートが気になるみたいだ。

 真宮さんが持っていたものと同じだとすると、小さくて黒いのでアスファルトの上だと見つけにくい。彼女が真剣に探していない今のうちに発見したい。

 これは怪しいと思う、端の焦げたものがあった。それに向けて棍を地面へ垂直に下ろした。小さな物体がパキ、と小さな抗議の音をたてるとトリカゴのあちこちが綻んで、結界が崩れていく。当たりだった。

「兄貴!」

 淳くんと彰太くんがうつ伏せに倒れている真宮さんに駆け寄る。

「気を失っているだけだ。大丈夫だよ」

 淳くんの言葉に彰太くんはほっとしたようだった。

 翡翠くんは私たちが結界を破ったことにも少しも動揺の色は見せない。淡々と透さんに攻撃を仕掛けている。だけど使うのはずっと同じ風の刃だ。
 攻めが単調なので透さんは更に傷を負うことは覚悟で、どんどん翡翠くんとの距離を詰めていた。

「……失敗かしらね」

 翡翠くんの様子を見てぼそりと呟いた大島さんは、眼球だけ動かして私を一瞥すると薄く微笑む。一瞬にして刀のように長く伸びた爪で私を切ろうとした。とっさに棍で止める。

「透さんを排除って、どういう意味ですか?」

 力比べになっていた。互いに一歩も引かずに押し合う。

「その通りの意味よぉ?」

 全く同じタイミングで私たちは力を抜いた。そして互いに次の一手を仕掛けた。

 私は棍の切っ先を大島さんの眉間にピタリと突き付けたけれど、彼女の長く伸びた鋭く尖った爪も私の左の眼球をいつでも抉れるところにあった。
 だからって、退く訳にはいかない。相討ち覚悟で大島さんを睨み付ける。透さんを傷つけたことが許せなかった。

「結界を解きなさい!大事なお姫様の目がなくなるわよ!」

 私から目を逸らすことなく大島さんが言い放つ。淳くんが警戒したような表情でこの場の結界を解こうとしていた。

「手を下ろすのが先だ」

 いつの間にか大島さんの背後に来ていた眞澄くんの短刀が、彼女の首筋をかき切れるところにあった。裕翔くんも拳を構えて大島さんを狙っていた。
 負け惜しみのような笑顔を見せて、大島さんは爪を元に戻す。

 それを見届けた淳くんは、約束通り結界を解く。私たちも武器を納めた。

「翡翠、実験終了よ!」

 どこか緩慢に、表情のない翡翠くんは彼女に従う。その隙を透さんは見逃さなかった。

 翡翠くんの金の髪にヤタガラスがまとわりつく。

「オンアボキャベイロシャノウマカボバラマニハンドマジンバラハラバリタヤ、ウン!」

 式神を振り払いながら退こうとした翡翠くんの真後ろに、魔性を焼こうとする大きな光の術が発動する。
 一瞬ためらった少年の口に、地面を勢い良く蹴った透さんが傷だらけの左前腕を押し込んだ。

 意思に反して透さんの血を舐めることになった翡翠くんは、エメラルドのような瞳を見開いて力なく仰向けに倒れていく。

 大島さんは舌打ちをしてハイヒールを履いているとは思えない速さで走り去ったけれど、誰も彼女を追わなかった。空間移動はできないみたいだ。

 白い指先から少しずつ灰になって散っていく。それなのに翡翠くんは穏やかに微笑んだように見えた。

「翡翠……っ」

 淳くんが駆け寄ったけれど、手を掴むことは叶わなかった。全身は灰となってサラサラと風に乗り、空へ舞ってしまう。

 透さんはがくりと崩れ落ちて膝をつく。

「透さん!」

 駆け寄って肩を貸そうとしたけれど、私では支えられそうにないほど透さんは消耗していた。

 淳くんのことも気になるし、真宮さんと彰太くんも心配だ。
 だけど今は透さんの傍にいたかった。透さんの頭を私の胸で抱える。私に回復の術が使えれば。

「みさき!」

 振り向くとみやびちゃんがいた。誠史郎さんを呼んできてくれていた。

「みやびちゃん……!ありがとう」

 誠史郎さんがすぐに透さんに回復の術を使ってくれる。

「……おおきに」

 透さんは力なく呟くように誠史郎さんにお礼を言う。

「ここでは目立ちますから、家の中へ」

 誠史郎さんがそう言うと、眞澄くんが透さんに肩を貸して家の中へ向かった。
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