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眞澄ルート 2章
たいせつなひと 6
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「記憶がないんが、吉と出るか凶と出るかわからんけどな」
眞澄くんの産みの親がひどい人だとは思いたくないけれど、生活に困るほどお金がないのなら、大島先生からの報酬で動かないとは限らない。お腹を痛めて産んだ子さえ傷つけていたのだから、その記憶がないなら尚更だ。
全身に力が入ってしまう。これ以上、眞澄くんが傷つくようなことが起きてほしくない。
「彼女に接触する人物はこちらで全て把握していますから、ご心配なく」
「おー、こわ」
透さんはおどけたように肩を竦めて見せる。
私は誠史郎さんの言葉を聞いて少しほっとした。
「真壁一門の方が、その辺りは容赦ないと思いますが」
「そんなまじめに返さんでもええやん」
「みんな、悪い……。変なことに巻き込んで」
「眞澄のせいじゃないじゃん」
裕翔くんがさらりと発言すると、項垂れていた眞澄くんは頬を緩めた。
「サンキュ」
照れくさいのか、端正な顔を隠すように少し背ける。無性に眞澄くんを抱き締めたくなったけれどがまんした。
「それにしてもあのねーちゃんはツメが甘いな。亘理さんが隣に住んでるのにおとなしくしてるっていうんは、そうしてるんが目的やってことやのに」
透さんの言うことに、なるほどと納得してしまう。
だけど大島先生が動かないとは思えない。眞澄くんのお母さんを引きずり出すことに成功するとは考えにくいけれど、それがさらに彼女をむきにさせてしまう気がする。
「これ以上は温情をかけられない。彼女は眞澄を傷つけ過ぎた」
淳くんの双眸に凍てつくような冷たい光が宿る。
「自滅するのも時間の問題でしょう」
誠史郎さんは少し冷めた紅茶を飲み干した。
遅くならないうちに解散して、みんなそれぞれに行動する。
私は鍛練場へ行った。素振りしようと思っていた。
きちんと整頓されている竹刀の中の、私のお気に入りの一本を持とうと柄に触れたとき、引き戸の開く音がした。顔を上げてそちらを見ると、眞澄くんが扉にもたれるように立っていた。
「ここだと思った」
長い足でやおら歩き出した彼は私の目の前に立つ。
「ちょっとは付き合ってやるから、終わったら早く風呂入って寝ろよ」
眞澄くんからお風呂という言葉を聞くと、なぜか恥ずかしくなった。頬が熱いと思いながらこくりと頷く。竹刀からは手を離してしまっていた。
「何でそこで赤くなるんだよ?」
「だって……眞澄くんがお風呂って言うから……」
身体を縮めてもじもじしてしまう。唇を少し尖らせ、上目遣いに眞澄くんを見やった。
「一緒に入るとは言ってないだろ」
言ってから漆黒の髪と瞳の私の好きな人は、ややあって真っ赤になった。
沈黙が訪れるけれど、ちっとも気まずくない。くすぐったい気持ちになる。目が合うと、照れ笑いがこぼれてしまう。
開いたままになっていた扉の辺りでカタリと音がした。振り向くと淳くんが引き戸に手を掛けていた。
「お邪魔だった……かな?」
少し困ったように微笑む淳くんに、眞澄くんも私もぶんぶんと首を横に振る。
だけど穏やかに淳くんは破顔して立ち去ろうする。そこを眞澄くんが呼び止めた。
「淳……っ」
ゆっくりと振り返った淳くんは、姿勢よく立って漆黒を纏う青年を見つめる。
「淳には、ちゃんと伝えておきたい」
眞澄くんも、真っ直ぐに白皙の王子様を見ていた。
私も背筋をピンと伸ばす。きちんと話さないといけない。たいせつなひとだから、余計に。
「……大丈夫。わかってるから」
淳くんはやんわりと眞澄くんが口を開こうとしたのを遮った。
「僕はうるさい小舅だから、覚悟しておいて」
イタズラっぽく笑って、ちょっとだけ首を傾げる。
「……淳」
もう一度笑顔を見せてから踵を返したミルクティーの色をした王子様のシャツの裾を、慌てて掴んでしまった。それで淳くんは立ち止まってくれたけれど、こちらを振り返ってはくれない。
「淳くん……」
引き留めてしまった。何か言わなければと思うと、真っ先に浮かんだのはごめんねだった。
だけど謝るのは違う気がした。
握りしめてしまったシャツの裾はシワだらけだ。だけど手を離すことができなくて、顔も上げられない。言葉も見つからない。
「……みさき」
淳くんの優しい声がストンと私の中に入ってくる。恐る恐る上を向くと、穏和な微笑みを浮かべる彼がいた。
手から自然に力が抜けていく。私が淳くんのシャツを握るのを止めると、彼は優美な仕草でこちらへ身体ごと向いてくれた。
「笑って」
頭で考えて笑うというのは難しいみたいで、表情筋の動きがぎこちない。そんな私の顔がおもしろかったみたいで、淳くんはくすりと笑った。それにつられると私も自然に笑っていた。
「眞澄に意地悪されたら、すぐに告げ口においで」
淳くんの瞳があまりに優しくて胸が痛む。泣いてはいけないと唇をきつく結んで、深く頷いた。
「眞澄は生まれて初めての友達で、みさきは僕が守るべき大切なひとだよ。それはずっと変わらない」
淳くんの声に、また大きく頷く。
「……ありがとう」
泣くな、と私は自分に言い聞かせた。
「ふたりが笑顔でいてくれることが、僕も嬉しいから」
穏やかな表情でいた淳くんが何かを堪えるように瞳を閉じる。大きく息を吸ったと思うと、大股で一歩前へ出る。そして彼に強く腕を引っ張られると抱擁された。
体温が重なったのは一瞬で、淳くんはすぐに私から離れた。
「あまり遅くならないようにね」
普段と変わらないように口元を綻ばせてくれる。でもいつも穏やかな双眸はどこか寂しそうで、切なく揺れているように見えた。
何も言えないまま、すらりとした背中が去っていくのを見ていた。
ゆっくりと扉が閉じられる。
後ろで見ていた眞澄くんが静かに隣にやって来て、私の頭を撫でた。
眞澄くんの産みの親がひどい人だとは思いたくないけれど、生活に困るほどお金がないのなら、大島先生からの報酬で動かないとは限らない。お腹を痛めて産んだ子さえ傷つけていたのだから、その記憶がないなら尚更だ。
全身に力が入ってしまう。これ以上、眞澄くんが傷つくようなことが起きてほしくない。
「彼女に接触する人物はこちらで全て把握していますから、ご心配なく」
「おー、こわ」
透さんはおどけたように肩を竦めて見せる。
私は誠史郎さんの言葉を聞いて少しほっとした。
「真壁一門の方が、その辺りは容赦ないと思いますが」
「そんなまじめに返さんでもええやん」
「みんな、悪い……。変なことに巻き込んで」
「眞澄のせいじゃないじゃん」
裕翔くんがさらりと発言すると、項垂れていた眞澄くんは頬を緩めた。
「サンキュ」
照れくさいのか、端正な顔を隠すように少し背ける。無性に眞澄くんを抱き締めたくなったけれどがまんした。
「それにしてもあのねーちゃんはツメが甘いな。亘理さんが隣に住んでるのにおとなしくしてるっていうんは、そうしてるんが目的やってことやのに」
透さんの言うことに、なるほどと納得してしまう。
だけど大島先生が動かないとは思えない。眞澄くんのお母さんを引きずり出すことに成功するとは考えにくいけれど、それがさらに彼女をむきにさせてしまう気がする。
「これ以上は温情をかけられない。彼女は眞澄を傷つけ過ぎた」
淳くんの双眸に凍てつくような冷たい光が宿る。
「自滅するのも時間の問題でしょう」
誠史郎さんは少し冷めた紅茶を飲み干した。
遅くならないうちに解散して、みんなそれぞれに行動する。
私は鍛練場へ行った。素振りしようと思っていた。
きちんと整頓されている竹刀の中の、私のお気に入りの一本を持とうと柄に触れたとき、引き戸の開く音がした。顔を上げてそちらを見ると、眞澄くんが扉にもたれるように立っていた。
「ここだと思った」
長い足でやおら歩き出した彼は私の目の前に立つ。
「ちょっとは付き合ってやるから、終わったら早く風呂入って寝ろよ」
眞澄くんからお風呂という言葉を聞くと、なぜか恥ずかしくなった。頬が熱いと思いながらこくりと頷く。竹刀からは手を離してしまっていた。
「何でそこで赤くなるんだよ?」
「だって……眞澄くんがお風呂って言うから……」
身体を縮めてもじもじしてしまう。唇を少し尖らせ、上目遣いに眞澄くんを見やった。
「一緒に入るとは言ってないだろ」
言ってから漆黒の髪と瞳の私の好きな人は、ややあって真っ赤になった。
沈黙が訪れるけれど、ちっとも気まずくない。くすぐったい気持ちになる。目が合うと、照れ笑いがこぼれてしまう。
開いたままになっていた扉の辺りでカタリと音がした。振り向くと淳くんが引き戸に手を掛けていた。
「お邪魔だった……かな?」
少し困ったように微笑む淳くんに、眞澄くんも私もぶんぶんと首を横に振る。
だけど穏やかに淳くんは破顔して立ち去ろうする。そこを眞澄くんが呼び止めた。
「淳……っ」
ゆっくりと振り返った淳くんは、姿勢よく立って漆黒を纏う青年を見つめる。
「淳には、ちゃんと伝えておきたい」
眞澄くんも、真っ直ぐに白皙の王子様を見ていた。
私も背筋をピンと伸ばす。きちんと話さないといけない。たいせつなひとだから、余計に。
「……大丈夫。わかってるから」
淳くんはやんわりと眞澄くんが口を開こうとしたのを遮った。
「僕はうるさい小舅だから、覚悟しておいて」
イタズラっぽく笑って、ちょっとだけ首を傾げる。
「……淳」
もう一度笑顔を見せてから踵を返したミルクティーの色をした王子様のシャツの裾を、慌てて掴んでしまった。それで淳くんは立ち止まってくれたけれど、こちらを振り返ってはくれない。
「淳くん……」
引き留めてしまった。何か言わなければと思うと、真っ先に浮かんだのはごめんねだった。
だけど謝るのは違う気がした。
握りしめてしまったシャツの裾はシワだらけだ。だけど手を離すことができなくて、顔も上げられない。言葉も見つからない。
「……みさき」
淳くんの優しい声がストンと私の中に入ってくる。恐る恐る上を向くと、穏和な微笑みを浮かべる彼がいた。
手から自然に力が抜けていく。私が淳くんのシャツを握るのを止めると、彼は優美な仕草でこちらへ身体ごと向いてくれた。
「笑って」
頭で考えて笑うというのは難しいみたいで、表情筋の動きがぎこちない。そんな私の顔がおもしろかったみたいで、淳くんはくすりと笑った。それにつられると私も自然に笑っていた。
「眞澄に意地悪されたら、すぐに告げ口においで」
淳くんの瞳があまりに優しくて胸が痛む。泣いてはいけないと唇をきつく結んで、深く頷いた。
「眞澄は生まれて初めての友達で、みさきは僕が守るべき大切なひとだよ。それはずっと変わらない」
淳くんの声に、また大きく頷く。
「……ありがとう」
泣くな、と私は自分に言い聞かせた。
「ふたりが笑顔でいてくれることが、僕も嬉しいから」
穏やかな表情でいた淳くんが何かを堪えるように瞳を閉じる。大きく息を吸ったと思うと、大股で一歩前へ出る。そして彼に強く腕を引っ張られると抱擁された。
体温が重なったのは一瞬で、淳くんはすぐに私から離れた。
「あまり遅くならないようにね」
普段と変わらないように口元を綻ばせてくれる。でもいつも穏やかな双眸はどこか寂しそうで、切なく揺れているように見えた。
何も言えないまま、すらりとした背中が去っていくのを見ていた。
ゆっくりと扉が閉じられる。
後ろで見ていた眞澄くんが静かに隣にやって来て、私の頭を撫でた。
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