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誠史郎ルート 1章
甘い毒 4
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連休が終わり、今日からまた学校だ。
春と言うより、夏に近くなっていることがわかる。お天気が良いので、今日は暑くなりそうだった。
私自身ではそれほど運動神経が悪いとは思わないのだけど、時々どんくさいところを見せてしまう。
体育の授業中、ハードル走でハードルもろとも派手に転んでしまった。
身体のあちこちが擦り傷になり、左膝に特に大きな傷ができる。その応急手当のため、体育の先生に保健室に行くように言われた。
咲良が一緒に行くと言ってくれたけれど、それは断ってひとりで向かった。そうしたい理由があった。
「失礼します……」
静かに扉を開くと、白衣を来て机に向かっていた誠史郎さんがこちらを振り返って立ち上がった。
ちらりと横目でベッドに休んでいるひとがいないか確認するけれど、仕切りのカーテンは全開になっていて誰もいないみたいだ。
ふたりきりだと思うと自然に頬が緩む。
「真堂さん。どうかしましたか?」
悠然と出入り口までやって来て、目の前に立った誠史郎さんにドキドキしてしまう。
こんなにカッコいい保健室の先生はあまりいないと思う。
「膝を……」
誠史郎さんの視線は自然に私の膝へ降りる。
「これはまた」
派手に擦りむいた傷に、誠史郎さんは続く言葉を飲みこんで微かに苦笑した。
「手当てしますから、中へどうぞ」
促されたので室内に入り、ゆっくりとドアを閉める。
「痛みますか?」
砂や小石を水道で洗って傷口を清潔にする。しみたけれど、痛むと言うほどではないので首を横に振った。
お互いスツールに向かい合って腰かける。長い指が丁寧に、膝に湿潤療法用の絆創膏を貼りつけてくれる。
「今日の体育は何をしていたのですか?」
治療の様子を眺めていただけなのに、急に誠史郎さんに触れられた感覚が甦った。緊張で質問に答えることもできなくなる。
「真堂さん?」
保健室の先生の顔をした誠史郎さんに声を掛けられると、恥ずかしさで心臓が跳ね上がってあたふたした。
こんな時まで誠史郎さんに特別な女の子として触れてもらいたいなんて、私はイヤらしい。
「……そんな物欲しそうな顔をなさらないでください」
切れ長の瞳が鋭く妖艶に細められたと思うと、私の唇に誠史郎さんのそれが短く触れる。
「あれからふたりきりになれる機会がありませんでしたからね。私もみさきさんにこうしたかった」
細いフレームの眼鏡の奥からの情熱的な眼差しと、与えられる甘いささやきに心臓が止まりそうなぐらい驚いた。
てっきり私だけがキスしてほしいのだと思っていた。
だけどまさか授業中の保健室で、と硬直する。それなのに促されるがまま、彼の膝の上に横向きに座ってしまう。
大きくて少し骨張った手がハーフ丈の体操服から覗いていた、けがをしていない右の膝を撫で、唇が私の呼吸を奪う。
逃げられないように腰に腕が回った。
「っ……ぁん」
舌の絡み合う感覚。脳が痺れたように、何も考えられなくなる。学校でこんなことをしていてはいけないとわかっているのに、背徳感が愉悦を高める。
「誰か来ちゃいます……」
「みさきさんが私の煩悩を刺激するのがいけません」
意地悪な妖しい微笑みがひらめいて、また深く口づけられる。誰かに見られてしまう不安と同時に、誠史郎さんという感覚に囚われて、離れがたく思う。
「……そんな顔をされると、止められなくなります」
甘やかな声が鼓膜を擽り、耳朶に唇が触れる。
「止めないで……ください」
きっと私は耳まで赤くなってしまっている。恥ずかしくて、顔を見られないように私から誠史郎さんの唇にキスをした。
「誠史郎さん……?」
どこか彼の雰囲気がおかしい気がした。キスを終えて恐る恐る目を開ける。
「私から煽っておいてこう言うのもなんですが……みさきさんは末恐ろしいですね」
曖昧な微笑みを見せた誠史郎さんは触れるだけの短い口づけをひとつ落とす。
何が恐ろしいのかわからないけれど、羞恥から口元を右手で隠した。何とはしたないことを口走ってしまったのだろう。
「申し訳ありません。言い方が良くありませんでした」
誠史郎さんは私の様子に気づくと、また官能的に口づけた。脳は簡単に、この歓びに騙される。
「みさきさんはどれだけ私を夢中にさせるのかわからなくて恐ろしい、という意味です」
私の考えることなんて、手に取るようにわかるのだろう。少しでも不安になった顔をしたら、彼はきっとすぐにその原因を突き止めて消してくれる。
それはありがたいことだけど、少し怖くもあった。私は誠史郎さんに頼ってばかりになりたくない。
「そう言えば、こんなものが届いていました」
誠史郎さんは私を空いていたスツールにそっと戻して、優雅に立ち上がる。白衣の裾を翻し、机の上に置いてあった封筒から中身を取り出した。
「良く撮れていましたよ」
渡されたのは一枚の写真だった。写っているものに私は目が点になってしまう。
白い自動車のフロントガラス越しに誠史郎さんの後頭部と、その影から少しだけ覗く私。暗いのではっきりしないけれど、当事者なのでわかる。
一昨日、誠史郎さんに家まで送ってもらったときの車から降りる直前の光景だ。
「……本当は黙って処理してしまおうかと思ったのですが、それはみさきさんに失礼かと」
誠史郎さんが私を巻き込んでくれたことが嬉しかった。
「出勤するとここに置かれていました。差出人もありませんし、要求も書かれていませんので困りましたね」
「困りましたね……」
自分のキスしている姿を客観的に見せられるというのは変な感じだ。
「この程度のことで、みさきさんとの関係を解消するつもりはありませんよ」
「は、はい」
どこか鋭さを含んだ語勢に気圧され肯定の返事をすると、誠史郎さんはにっこりと破顔して私の頭を撫でる。
「名残惜しいですが、そろそろ真堂さんを授業にお戻しましょう。傷が痛むのでしたら運動場までご一緒しましょうか?」
おそれ多いと何度も頭を振った。
今さらだけど、みんなの目に触れる行動は誠史郎さんのファンの女の子達から嫉妬されてしまう。
「ありがとうございました」
立ち上がってペコリとお辞儀をする。
「いえいえ。お気をつけて」
出ていこうと踵を返した背中を不意に抱きすくめられた。
「みさきさんは、私が何に代えても必ず守ります」
春と言うより、夏に近くなっていることがわかる。お天気が良いので、今日は暑くなりそうだった。
私自身ではそれほど運動神経が悪いとは思わないのだけど、時々どんくさいところを見せてしまう。
体育の授業中、ハードル走でハードルもろとも派手に転んでしまった。
身体のあちこちが擦り傷になり、左膝に特に大きな傷ができる。その応急手当のため、体育の先生に保健室に行くように言われた。
咲良が一緒に行くと言ってくれたけれど、それは断ってひとりで向かった。そうしたい理由があった。
「失礼します……」
静かに扉を開くと、白衣を来て机に向かっていた誠史郎さんがこちらを振り返って立ち上がった。
ちらりと横目でベッドに休んでいるひとがいないか確認するけれど、仕切りのカーテンは全開になっていて誰もいないみたいだ。
ふたりきりだと思うと自然に頬が緩む。
「真堂さん。どうかしましたか?」
悠然と出入り口までやって来て、目の前に立った誠史郎さんにドキドキしてしまう。
こんなにカッコいい保健室の先生はあまりいないと思う。
「膝を……」
誠史郎さんの視線は自然に私の膝へ降りる。
「これはまた」
派手に擦りむいた傷に、誠史郎さんは続く言葉を飲みこんで微かに苦笑した。
「手当てしますから、中へどうぞ」
促されたので室内に入り、ゆっくりとドアを閉める。
「痛みますか?」
砂や小石を水道で洗って傷口を清潔にする。しみたけれど、痛むと言うほどではないので首を横に振った。
お互いスツールに向かい合って腰かける。長い指が丁寧に、膝に湿潤療法用の絆創膏を貼りつけてくれる。
「今日の体育は何をしていたのですか?」
治療の様子を眺めていただけなのに、急に誠史郎さんに触れられた感覚が甦った。緊張で質問に答えることもできなくなる。
「真堂さん?」
保健室の先生の顔をした誠史郎さんに声を掛けられると、恥ずかしさで心臓が跳ね上がってあたふたした。
こんな時まで誠史郎さんに特別な女の子として触れてもらいたいなんて、私はイヤらしい。
「……そんな物欲しそうな顔をなさらないでください」
切れ長の瞳が鋭く妖艶に細められたと思うと、私の唇に誠史郎さんのそれが短く触れる。
「あれからふたりきりになれる機会がありませんでしたからね。私もみさきさんにこうしたかった」
細いフレームの眼鏡の奥からの情熱的な眼差しと、与えられる甘いささやきに心臓が止まりそうなぐらい驚いた。
てっきり私だけがキスしてほしいのだと思っていた。
だけどまさか授業中の保健室で、と硬直する。それなのに促されるがまま、彼の膝の上に横向きに座ってしまう。
大きくて少し骨張った手がハーフ丈の体操服から覗いていた、けがをしていない右の膝を撫で、唇が私の呼吸を奪う。
逃げられないように腰に腕が回った。
「っ……ぁん」
舌の絡み合う感覚。脳が痺れたように、何も考えられなくなる。学校でこんなことをしていてはいけないとわかっているのに、背徳感が愉悦を高める。
「誰か来ちゃいます……」
「みさきさんが私の煩悩を刺激するのがいけません」
意地悪な妖しい微笑みがひらめいて、また深く口づけられる。誰かに見られてしまう不安と同時に、誠史郎さんという感覚に囚われて、離れがたく思う。
「……そんな顔をされると、止められなくなります」
甘やかな声が鼓膜を擽り、耳朶に唇が触れる。
「止めないで……ください」
きっと私は耳まで赤くなってしまっている。恥ずかしくて、顔を見られないように私から誠史郎さんの唇にキスをした。
「誠史郎さん……?」
どこか彼の雰囲気がおかしい気がした。キスを終えて恐る恐る目を開ける。
「私から煽っておいてこう言うのもなんですが……みさきさんは末恐ろしいですね」
曖昧な微笑みを見せた誠史郎さんは触れるだけの短い口づけをひとつ落とす。
何が恐ろしいのかわからないけれど、羞恥から口元を右手で隠した。何とはしたないことを口走ってしまったのだろう。
「申し訳ありません。言い方が良くありませんでした」
誠史郎さんは私の様子に気づくと、また官能的に口づけた。脳は簡単に、この歓びに騙される。
「みさきさんはどれだけ私を夢中にさせるのかわからなくて恐ろしい、という意味です」
私の考えることなんて、手に取るようにわかるのだろう。少しでも不安になった顔をしたら、彼はきっとすぐにその原因を突き止めて消してくれる。
それはありがたいことだけど、少し怖くもあった。私は誠史郎さんに頼ってばかりになりたくない。
「そう言えば、こんなものが届いていました」
誠史郎さんは私を空いていたスツールにそっと戻して、優雅に立ち上がる。白衣の裾を翻し、机の上に置いてあった封筒から中身を取り出した。
「良く撮れていましたよ」
渡されたのは一枚の写真だった。写っているものに私は目が点になってしまう。
白い自動車のフロントガラス越しに誠史郎さんの後頭部と、その影から少しだけ覗く私。暗いのではっきりしないけれど、当事者なのでわかる。
一昨日、誠史郎さんに家まで送ってもらったときの車から降りる直前の光景だ。
「……本当は黙って処理してしまおうかと思ったのですが、それはみさきさんに失礼かと」
誠史郎さんが私を巻き込んでくれたことが嬉しかった。
「出勤するとここに置かれていました。差出人もありませんし、要求も書かれていませんので困りましたね」
「困りましたね……」
自分のキスしている姿を客観的に見せられるというのは変な感じだ。
「この程度のことで、みさきさんとの関係を解消するつもりはありませんよ」
「は、はい」
どこか鋭さを含んだ語勢に気圧され肯定の返事をすると、誠史郎さんはにっこりと破顔して私の頭を撫でる。
「名残惜しいですが、そろそろ真堂さんを授業にお戻しましょう。傷が痛むのでしたら運動場までご一緒しましょうか?」
おそれ多いと何度も頭を振った。
今さらだけど、みんなの目に触れる行動は誠史郎さんのファンの女の子達から嫉妬されてしまう。
「ありがとうございました」
立ち上がってペコリとお辞儀をする。
「いえいえ。お気をつけて」
出ていこうと踵を返した背中を不意に抱きすくめられた。
「みさきさんは、私が何に代えても必ず守ります」
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