65 / 145
透ルート 1章
ふたりの花嫁 6
しおりを挟む
「……おはようございます」
会釈をしたけれど、真宮さんは無反応で立ち尽くしていた。
どうしたら良いのかわからなくて透さんを見る。透さんはじっと真宮さんを見ていた。
すぐ後ろに、眼鏡を着用した誠史郎さんもやって来た。彼も立ち止まって、小さく息を呑む。
「みさきさん、彼女ですね?」
誠史郎さんにささやかれ、私は視線だけ後方へ向けて首を縦に振った。
透さんが一歩前に出て真宮さんと向かい合う。
「みさきちゃんを嫁にはやられへんで」
飄々と言い放つ透さんにようやく彼女は反応した。透さんは数歩進んで距離を詰める。
「そこまでお話しましたか……?」
真宮さんは無表情に首を傾げる。どうも記憶がはっきりしないみたい。だけど確かに昨夜、彩音さんはそこまでは言及していなかった。
「されてへんけど、こっちもいろんな情報持ってるさかい」
「そうですか……。でしたら手短に伝えますと、真堂さんを真宮家に迎えたいのです」
単刀直入に言われて、私は思わず透さんの影に隠れたわ。透さんはわざとらしく大きなため息をつく。
「みさきちゃんは俺と将来を誓い合った仲なんや。渡す訳にはいかん」
透さんはニヒルに笑ってみせた。私が思わずどきりとしてしまう。
「……存じ上げず申し訳ありません。ですがこちらにも事情がありまして……。厚かましいですが……私では身代わりになりませんか?」
予想外の提案でみんな呆気にとられてしまう。
真宮さんは至って真剣みたいで、情緒は感じさせないけれど澄んだ瞳でまっすぐに透さんを見ている。
「養子ですが、一応真宮家に籍があります。真堂さんは真宮家に嫁入りしていただき、私があなたの……」
淡々と言葉を並べている。そこに彼女の思惑を推し量れる材料はない。何と答えれば彼女は納得してくれるのかしら。
「美人にそう言うてもらえるんはありがたいけどな」
色香の漂う整った唇を結び、透さんは長めの前髪を掻き上げた。
「家とか、そういう問題やない。誰もみさきちゃんの代わりになんかなられへん。この子しかおらへんねん。一緒におってこんなに楽しくて、こんなに俺が自然体でおれる子は」
真宮さんに向けた言葉なのに、私は感動してしまった。これが本当に透さんの本心だと信じて良いのだろうか。思わず彼のシャツの裾を掴んだ。
「安心しとき」
こちらを振り返った透さんの双眸はとても優しかった。
「そういうワケやから、諦めてな」
「良いですね……。あなた方はずっとこんな世界に身を置いているから、いろんなことを知っていて」
初めて真宮さんの感情の揺れを察知することができた。彼女は悲しんでいる。
私が口を開くより早く、真宮さんの言葉が続いた。
「私は何も知らなかったから、養子にされて挙げ句長男と結婚だなんて……」
何か言えることはないかと探しているとうちに誠史郎さんが後ろから私の肩を軽く叩いて頭を振る。そして透さんと並ぶように私の前に立った。
「……生き霊になるほどご自分が嫌悪していることを、みさきさんに強要なさるのですか?」
いつもの鋭敏さを控えて、できるだけやんわりとした口調で指摘した。
それで真宮さんの表情がまた僅かに動いた。驚いたのか目を見張る。
「……生き霊……?」
昨日の夜会ったときも、彼女は自分の肉体から抜け出していた。
「気づいてなかったんか。今ならまだ間に合う。自分の問題は……って、こういう問題はなあ……。どうにかできるなら、生き霊になんかなってへんよな」
頭を掻いたあと、透さんは腕組みをして考え込むように下を向いた。
誠史郎さんもあごの辺りに手をあてて、何か考えているみたいに見える。
昨日今日でどうにかできることではない。どんな言葉も同情に聞こえてしまいそうで、私は何も言えなかった。
「私……生き霊に……?」
真宮さんは自身の両の掌を食い入るように見つめる。
「理由とか、全然覚えてへんのか?」
緩慢な動作で真宮さんはうなずいた。唇に拳を当てて考え込む。記憶の糸を手繰り寄せ、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「あの人たちが話していたから……。妥協なんてせずに真堂家の娘にすれば良かったって……。だからその子に会って……連れて帰ればきっと……私は解放してもらえると……」
「……それは」
誠史郎さんが続きをいう前に真宮さんは頷いた。
「『白』の能力を持っていたから、真宮家の養子にされて……。長男と結婚して子供を産めって」
真宮さんの言葉で寒気を覚えた。以前透さんが言っていたことを思い出す。
「こんな世界には無縁に生きていたから魔物が本当にいるなんて知らなかったし、戦ったりできないけれど。吸血鬼に襲われた日から全部がおかしくなった。両親は抵抗してくれたけれど、どんどん周りを固められて、私が養子になるしか家族と……婚約者を助けられなかった」
真宮さん、否、彩音さんは感情がないんじゃない。気持ちを押し殺すしかなかった。
「本当は今頃、奥さんになれるはずだった。婚約してて、式場も決めて……。全部なくなってしまったけれど。私は妥協でこんな目に遭ったんだって……」
彩音さんは自身の両の掌をまじまじと見つめる。
「私……死のうとしてたのに。まだ生きてたの?」
「身体がかなり衰弱してるから、早く戻った方が良いと思いますよ」
右肩に式神の隼を乗せた遥さんが、穏やかな笑みを浮かべて優雅にこちらへやって来る。
「戻る……?」
遥さんを見る彩音さんの瞳に疑念が揺れている。
「この子に手伝わせますね。貴女が戻り次第、あちらで外へ出られる手筈が整っています」
「外に……出る?」
彩音さんは本当に意味がわからない様子だ。
遥さんが指を鳴らすと、隼は彩音さんの霊体の右側の二の腕を鋭い爪で掴んで飛び立とうとする。
「時間がない。頼んだよ」
式神をひと撫でして、あわただしく彩音さんを送り出した。
会釈をしたけれど、真宮さんは無反応で立ち尽くしていた。
どうしたら良いのかわからなくて透さんを見る。透さんはじっと真宮さんを見ていた。
すぐ後ろに、眼鏡を着用した誠史郎さんもやって来た。彼も立ち止まって、小さく息を呑む。
「みさきさん、彼女ですね?」
誠史郎さんにささやかれ、私は視線だけ後方へ向けて首を縦に振った。
透さんが一歩前に出て真宮さんと向かい合う。
「みさきちゃんを嫁にはやられへんで」
飄々と言い放つ透さんにようやく彼女は反応した。透さんは数歩進んで距離を詰める。
「そこまでお話しましたか……?」
真宮さんは無表情に首を傾げる。どうも記憶がはっきりしないみたい。だけど確かに昨夜、彩音さんはそこまでは言及していなかった。
「されてへんけど、こっちもいろんな情報持ってるさかい」
「そうですか……。でしたら手短に伝えますと、真堂さんを真宮家に迎えたいのです」
単刀直入に言われて、私は思わず透さんの影に隠れたわ。透さんはわざとらしく大きなため息をつく。
「みさきちゃんは俺と将来を誓い合った仲なんや。渡す訳にはいかん」
透さんはニヒルに笑ってみせた。私が思わずどきりとしてしまう。
「……存じ上げず申し訳ありません。ですがこちらにも事情がありまして……。厚かましいですが……私では身代わりになりませんか?」
予想外の提案でみんな呆気にとられてしまう。
真宮さんは至って真剣みたいで、情緒は感じさせないけれど澄んだ瞳でまっすぐに透さんを見ている。
「養子ですが、一応真宮家に籍があります。真堂さんは真宮家に嫁入りしていただき、私があなたの……」
淡々と言葉を並べている。そこに彼女の思惑を推し量れる材料はない。何と答えれば彼女は納得してくれるのかしら。
「美人にそう言うてもらえるんはありがたいけどな」
色香の漂う整った唇を結び、透さんは長めの前髪を掻き上げた。
「家とか、そういう問題やない。誰もみさきちゃんの代わりになんかなられへん。この子しかおらへんねん。一緒におってこんなに楽しくて、こんなに俺が自然体でおれる子は」
真宮さんに向けた言葉なのに、私は感動してしまった。これが本当に透さんの本心だと信じて良いのだろうか。思わず彼のシャツの裾を掴んだ。
「安心しとき」
こちらを振り返った透さんの双眸はとても優しかった。
「そういうワケやから、諦めてな」
「良いですね……。あなた方はずっとこんな世界に身を置いているから、いろんなことを知っていて」
初めて真宮さんの感情の揺れを察知することができた。彼女は悲しんでいる。
私が口を開くより早く、真宮さんの言葉が続いた。
「私は何も知らなかったから、養子にされて挙げ句長男と結婚だなんて……」
何か言えることはないかと探しているとうちに誠史郎さんが後ろから私の肩を軽く叩いて頭を振る。そして透さんと並ぶように私の前に立った。
「……生き霊になるほどご自分が嫌悪していることを、みさきさんに強要なさるのですか?」
いつもの鋭敏さを控えて、できるだけやんわりとした口調で指摘した。
それで真宮さんの表情がまた僅かに動いた。驚いたのか目を見張る。
「……生き霊……?」
昨日の夜会ったときも、彼女は自分の肉体から抜け出していた。
「気づいてなかったんか。今ならまだ間に合う。自分の問題は……って、こういう問題はなあ……。どうにかできるなら、生き霊になんかなってへんよな」
頭を掻いたあと、透さんは腕組みをして考え込むように下を向いた。
誠史郎さんもあごの辺りに手をあてて、何か考えているみたいに見える。
昨日今日でどうにかできることではない。どんな言葉も同情に聞こえてしまいそうで、私は何も言えなかった。
「私……生き霊に……?」
真宮さんは自身の両の掌を食い入るように見つめる。
「理由とか、全然覚えてへんのか?」
緩慢な動作で真宮さんはうなずいた。唇に拳を当てて考え込む。記憶の糸を手繰り寄せ、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「あの人たちが話していたから……。妥協なんてせずに真堂家の娘にすれば良かったって……。だからその子に会って……連れて帰ればきっと……私は解放してもらえると……」
「……それは」
誠史郎さんが続きをいう前に真宮さんは頷いた。
「『白』の能力を持っていたから、真宮家の養子にされて……。長男と結婚して子供を産めって」
真宮さんの言葉で寒気を覚えた。以前透さんが言っていたことを思い出す。
「こんな世界には無縁に生きていたから魔物が本当にいるなんて知らなかったし、戦ったりできないけれど。吸血鬼に襲われた日から全部がおかしくなった。両親は抵抗してくれたけれど、どんどん周りを固められて、私が養子になるしか家族と……婚約者を助けられなかった」
真宮さん、否、彩音さんは感情がないんじゃない。気持ちを押し殺すしかなかった。
「本当は今頃、奥さんになれるはずだった。婚約してて、式場も決めて……。全部なくなってしまったけれど。私は妥協でこんな目に遭ったんだって……」
彩音さんは自身の両の掌をまじまじと見つめる。
「私……死のうとしてたのに。まだ生きてたの?」
「身体がかなり衰弱してるから、早く戻った方が良いと思いますよ」
右肩に式神の隼を乗せた遥さんが、穏やかな笑みを浮かべて優雅にこちらへやって来る。
「戻る……?」
遥さんを見る彩音さんの瞳に疑念が揺れている。
「この子に手伝わせますね。貴女が戻り次第、あちらで外へ出られる手筈が整っています」
「外に……出る?」
彩音さんは本当に意味がわからない様子だ。
遥さんが指を鳴らすと、隼は彩音さんの霊体の右側の二の腕を鋭い爪で掴んで飛び立とうとする。
「時間がない。頼んだよ」
式神をひと撫でして、あわただしく彩音さんを送り出した。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる