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6章
君のとなり 6
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「貴重な情報、ありがと」
裕翔くんは地面に寝転んだままの紫綺くんを起こそうと、もう一度手を差し伸べる。
だけど仰向けに倒れた色の白い青年は、目の前にある手を一瞥して、ふん、と小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
「ほんっとヘタクソな結界だな」
なぜか私へとばっちりがきた。でも彼はいつも間近で遥さんの張る結界を見ているのだから仕方がない。自分でも月とスッポンだと思う。
「……ごめんなさい」
「何で謝る」
紫綺くんにドスの利いた声ですごまれ、鋭く睨まれると驚いてしまって、私は小さく飛び上がった。
「ごっ、ごめんなさい」
「まーまー、そう虐めたりな」
私がおろおろしまっていると、透さんが紫綺くんを宥めるように僅かに苦笑しながら間に入ってくれる。
「お前、遥の弟だろ」
大の字で寝転んだままで顔だけこちらへ向ける。
「せや。知ってたんか」
「弟がいるとは遥が言ってたから、顔を見たらわかった。作りは似てるのに、全然似てないな」
「兄弟なんてそんなモンやろ」
「……もう、忘れた」
その声と夜空を見上げる双眸には寂寥が含まれていた。紫綺くんにも兄弟がいたのかもしれない。
「透のお兄さんに、許可は取ってるのか?」
起き上がろとしない紫綺くんの傍らに、眞澄くんは彼の顔を覗き込むように屈んだ。
「どういう意味だ?」
紫綺くんは不機嫌そうに片方の眉だけを跳ね上げる。
「言葉の通りだよ。裕翔に会いにくるのも、翡翠の居場所を教えるのも了解を取ってるのか?」
「俺が何をどうしようと俺の自由だ」
そう言って額にかかる長い前髪を掻き上げた紫綺くんは、どこか投げやりで寂しそうに見えた。確かに遥さんは紫綺くんが何をしても叱責しない気がする。だけど。
「……ふたりで決めたいの?」
私は透さんの後ろから、少し顔を出して聞いてみる。紫綺くんに再び辛辣な視線を向けられてしまった。
「イライラさせる女だな!」
強い語気に驚いたけれど、今度は逃げも隠れもしなかった。むしろ少し前に出て何か言い返そうと思った。
「……図星?」
言ってからしまったと思ったけれど、口をついた言葉はもう取り消すことができない。眞澄くんがぎょっとした表情で私と紫綺くんを見比べる。
「そんなわけ……っ」
ずっと起き上がろうとしなかった紫綺くんが慌てたような表情で、首から上だけを持ち上げた。そのまま身体を起こすのかと思いきや、無表情になって再び地面に後頭部を戻してしまう。
「寂しいなんて思ってない!だいたい、俺たちは対当だ!俺はお前たちよりずっと長生きしてるんだからな!」
「そのわりには……」
ぎろりと紫綺くんに睨まれた透さんは肩を竦めて見せる。
「あいつがそれをわかってないから、わからせてやろうと思ってた!お前たち兄弟はどんな育て方をされたんだ!?傲慢だな!」
今度は透さんに矛先が向いてしまう。言い方は難があるけれど、紫綺くんが遥さんと一緒にいたいのはわかった。
「なるほどー。ハルカがシキはオレに勝てないとか言ったんだ」
まだ銀色の瞳の裕翔くんがのんびり言うと、紫綺くんがまた不機嫌そうに眉根を寄せる。
「みさきがいたから、オレの方が強かったね」
胸を張ってにかっと笑った裕翔くんに、紫綺くんは鼻先でふんと笑い返す。そして器用に目を眇めて私を見た。
「この女が俺の敗因だと?」
「そーだよ。みさきがいるから、オレは強くなる」
「空っぽの分際で……」
「別に良いよ。これからいろいろ詰めていくから」
そう言った裕翔くんはとても大人びていた。紫綺くんも言葉に詰まってしまっている。
「……勝負あったな」
透さんが呟くと、眞澄くんも安心したように微笑んで立ち上がる。
「またいつでも遊びに来てよ。シキと戦うの楽しいから。次はみさきの力を借りなくても勝てるようになっとくけど」
「遊びになんて来ない。お前に勝つだけだ」
紫綺くんは立ち上がって汚れを払い、衣服の乱れを正す。長い髪の、凛とした涼しげな青年がそこにいた。
「ついでにもうひとつ教えてやる。理沙子は吸血鬼だ」
家に着くと、淳くんは夕飯を作り終えていて、誠史郎さんも戻っていたわ。リビングのソファーやダイニングチェアにそれぞれ座って一息つく。
眞澄くんと透さんが要旨を伝えてくれた。裕翔くんは疲れたみたいで床に倒れこんでいる。
「……そうか。亘理さんのところに……」
淳くんの長い睫毛が白い頬に陰を落とす。心配になった私に、淳くんはすぐにいつもの穏やかな微笑みを見せてくれた。
「大丈夫だよ。亘理さんのところなら、翡翠が今すぐ僕たちに危害を加えられないだろうから、むしろ安心したぐらいだ」
淳くんが安心させようとしてくれているのがわかったから、私は頷く。淳くんも優しく両目を細めて、こくりと首を縦に振ってくれた。
亘理さんの会社のことはインターネットでは表向きのことしか調べられなかった。真堂の情報網を使ってこれから詳しいことを探ることになる。
「社員に吸血種とは……。亘理さんはかなりの手練れのようですね」
「遥とおんなじで、シキみたいな自尊心の塊に好かれてるんかもしれへんで」
透さんの言葉で、少し辛そうに見えた紫綺くんの表情を思い出した。そして遥さんが悩み多き青年だと言っていたことと重なる。裕翔くんに対して空っぽだと絡むことも何かある気がする。
『白』の血の持ち主の遥さんの傍にずっといるのに眷属になっていないところを見ると、彼は血の香りに強固な理性が働くのだと思う。
今度は紫綺くんと、きちんとお話ができると良いなと思った。
裕翔くんは地面に寝転んだままの紫綺くんを起こそうと、もう一度手を差し伸べる。
だけど仰向けに倒れた色の白い青年は、目の前にある手を一瞥して、ふん、と小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
「ほんっとヘタクソな結界だな」
なぜか私へとばっちりがきた。でも彼はいつも間近で遥さんの張る結界を見ているのだから仕方がない。自分でも月とスッポンだと思う。
「……ごめんなさい」
「何で謝る」
紫綺くんにドスの利いた声ですごまれ、鋭く睨まれると驚いてしまって、私は小さく飛び上がった。
「ごっ、ごめんなさい」
「まーまー、そう虐めたりな」
私がおろおろしまっていると、透さんが紫綺くんを宥めるように僅かに苦笑しながら間に入ってくれる。
「お前、遥の弟だろ」
大の字で寝転んだままで顔だけこちらへ向ける。
「せや。知ってたんか」
「弟がいるとは遥が言ってたから、顔を見たらわかった。作りは似てるのに、全然似てないな」
「兄弟なんてそんなモンやろ」
「……もう、忘れた」
その声と夜空を見上げる双眸には寂寥が含まれていた。紫綺くんにも兄弟がいたのかもしれない。
「透のお兄さんに、許可は取ってるのか?」
起き上がろとしない紫綺くんの傍らに、眞澄くんは彼の顔を覗き込むように屈んだ。
「どういう意味だ?」
紫綺くんは不機嫌そうに片方の眉だけを跳ね上げる。
「言葉の通りだよ。裕翔に会いにくるのも、翡翠の居場所を教えるのも了解を取ってるのか?」
「俺が何をどうしようと俺の自由だ」
そう言って額にかかる長い前髪を掻き上げた紫綺くんは、どこか投げやりで寂しそうに見えた。確かに遥さんは紫綺くんが何をしても叱責しない気がする。だけど。
「……ふたりで決めたいの?」
私は透さんの後ろから、少し顔を出して聞いてみる。紫綺くんに再び辛辣な視線を向けられてしまった。
「イライラさせる女だな!」
強い語気に驚いたけれど、今度は逃げも隠れもしなかった。むしろ少し前に出て何か言い返そうと思った。
「……図星?」
言ってからしまったと思ったけれど、口をついた言葉はもう取り消すことができない。眞澄くんがぎょっとした表情で私と紫綺くんを見比べる。
「そんなわけ……っ」
ずっと起き上がろうとしなかった紫綺くんが慌てたような表情で、首から上だけを持ち上げた。そのまま身体を起こすのかと思いきや、無表情になって再び地面に後頭部を戻してしまう。
「寂しいなんて思ってない!だいたい、俺たちは対当だ!俺はお前たちよりずっと長生きしてるんだからな!」
「そのわりには……」
ぎろりと紫綺くんに睨まれた透さんは肩を竦めて見せる。
「あいつがそれをわかってないから、わからせてやろうと思ってた!お前たち兄弟はどんな育て方をされたんだ!?傲慢だな!」
今度は透さんに矛先が向いてしまう。言い方は難があるけれど、紫綺くんが遥さんと一緒にいたいのはわかった。
「なるほどー。ハルカがシキはオレに勝てないとか言ったんだ」
まだ銀色の瞳の裕翔くんがのんびり言うと、紫綺くんがまた不機嫌そうに眉根を寄せる。
「みさきがいたから、オレの方が強かったね」
胸を張ってにかっと笑った裕翔くんに、紫綺くんは鼻先でふんと笑い返す。そして器用に目を眇めて私を見た。
「この女が俺の敗因だと?」
「そーだよ。みさきがいるから、オレは強くなる」
「空っぽの分際で……」
「別に良いよ。これからいろいろ詰めていくから」
そう言った裕翔くんはとても大人びていた。紫綺くんも言葉に詰まってしまっている。
「……勝負あったな」
透さんが呟くと、眞澄くんも安心したように微笑んで立ち上がる。
「またいつでも遊びに来てよ。シキと戦うの楽しいから。次はみさきの力を借りなくても勝てるようになっとくけど」
「遊びになんて来ない。お前に勝つだけだ」
紫綺くんは立ち上がって汚れを払い、衣服の乱れを正す。長い髪の、凛とした涼しげな青年がそこにいた。
「ついでにもうひとつ教えてやる。理沙子は吸血鬼だ」
家に着くと、淳くんは夕飯を作り終えていて、誠史郎さんも戻っていたわ。リビングのソファーやダイニングチェアにそれぞれ座って一息つく。
眞澄くんと透さんが要旨を伝えてくれた。裕翔くんは疲れたみたいで床に倒れこんでいる。
「……そうか。亘理さんのところに……」
淳くんの長い睫毛が白い頬に陰を落とす。心配になった私に、淳くんはすぐにいつもの穏やかな微笑みを見せてくれた。
「大丈夫だよ。亘理さんのところなら、翡翠が今すぐ僕たちに危害を加えられないだろうから、むしろ安心したぐらいだ」
淳くんが安心させようとしてくれているのがわかったから、私は頷く。淳くんも優しく両目を細めて、こくりと首を縦に振ってくれた。
亘理さんの会社のことはインターネットでは表向きのことしか調べられなかった。真堂の情報網を使ってこれから詳しいことを探ることになる。
「社員に吸血種とは……。亘理さんはかなりの手練れのようですね」
「遥とおんなじで、シキみたいな自尊心の塊に好かれてるんかもしれへんで」
透さんの言葉で、少し辛そうに見えた紫綺くんの表情を思い出した。そして遥さんが悩み多き青年だと言っていたことと重なる。裕翔くんに対して空っぽだと絡むことも何かある気がする。
『白』の血の持ち主の遥さんの傍にずっといるのに眷属になっていないところを見ると、彼は血の香りに強固な理性が働くのだと思う。
今度は紫綺くんと、きちんとお話ができると良いなと思った。
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