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5章
愛の病 2
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遥の小さい頃から、彼の元には傷を癒されたいものがよくやって来た。
記憶のある限りで1番最初は翼の傷ついた雀だった。遥は物心つく前は特に癒しの力に優れていた。
遥が母親からもらった応急処置の札を傷口に貼ってやると、それはみるみる塞がれ再び羽ばたいて行った。
その後は、けがをした犬や猫だったり、心に傷を抱えた同級生だったりと様々だが遥の元へやって来た。
今回はそれが吸血種で、独り立ちするのに少し時間がかかってしまっている。
仕方のないこととも思える。見た目は高校生ぐらいで、元は人間だったが望まぬ吸血種としての生を歩んでいる。
かといって自ら死を選ぶことも、遥の血を吸って消滅するなり白の眷属となるという選択肢も怯えて取らない。
本人から聞いたわけではないが、おそらく見た目の年齢の頃に紫綺は吸血種にされた。
そして思春期の精神のまま、孤独に気の遠くなるような時間を過ごしてきた。そんな彼が、何も言わないが遥の傍を離れようとしなかった。
遥と出会う前の紫綺は荒れに荒れていた。
彼を吸血種にした者に復讐をするため夜な夜な徘徊し、手当たり次第に同胞を傷つけた。しかし彼の探す吸血種には出会えなかった。
その内に紫綺の心は全てを憎むようになっていた。
自分を助けてくれなかった世界を。死なせてもくれなかった神を。人間の血を取り込むことを止められない自分を。
荒んでいた紫綺に遥はまず安定した衣食住を与えた。
吸血種になって以来初めて入った風呂に、紫綺は途方もない安堵を覚えた。
そして現代の風呂は機械で制御されているのかと驚いた。未だに遥に支度をしてもらわないと入れないアナログ吸血種だ。
遥は地元の大学を卒業してから、自由気ままな生活と仕事を能力の高さから許されていた。
しかし紫綺と出会ってから、2年以上連絡をしないでいたことにより現当主でもある母を心配させたらしい。
弟の透をこちらに寄越したのは、そういうことだと遥は思っている。母は占いや予知と言った方面の能力に長けており、父や遥や透のように前線で戦うタイプではないが侮れない。
関係者に見つからないように細心の注意を払っていたが、生活費を稼ぐために少々動きすぎた。その上、仕事の最中に姿を真堂家のお嬢さんに見られてしまうとは。
完全に透に尻尾を捕まれてしまった。だが不思議と悪い気はしなかった。これが縁というものなのだろう。
しかし、どうしたものかと湯船に浸かった遥は思案する。
先週からは紫綺とふたり、とある資産家の所有する高級マンションの一室に転がり込んでいた。
吸血種の持つ催眠能力を血を少し分けてもらう際にその男性に使い、格安で借りている。
ここで紫綺を放り出すわけにはいかない。遥が離れてしまえば、今度こそ彼は手がつけられなくなってしまう。
「……もう少しなんだけどな」
広い背中を檜造りのバスタブに預けて、湯気にけぶる天井を仰いだ。
再び遠い土地へ移動しようという気持ちは遥になかった。できればこの地で決着をつけてしまいたい。そう思えるほどに紫綺の様子も落ち着いている。
†††††††
「ヒスイくんを探したいです」
私の言葉に、珠緒さんは助けを求めるような視線をここにいる3人に向ける。
それに対して裕翔くんが片頬で剛毅に笑って見せてくれた。
「みさきが探したいって言うなら、オレはやるよ」
「裕翔くん……!」
ニコッと人懐こく破顔すると、裕翔くんは正面に立って私の手を握った。
「オレはいつでもみさきの剣だよ」
猫のように丸くて大きな両眼が急に色香と鋭さをひらめかせるので、驚いて私は何も言えなくなってしまう。
「……だからね」
「はいはい」
近くにいた透さんの両腕に頭を抱えられた裕翔くんは、そのまま引きずられて行ってしまった。
私はその場で硬直したままだったけど、両手に裕翔くんの熱がまだ残っている気がした。
このままではいけないというのは重々承知している。みんなの優しさや辛抱の上でこの状態が保たれていることは良くわかっている。
誠史郎さん、眞澄くん、透さん、淳くんにはっきりとした台詞で想いを伝えられた。
そのときもそれぞれにどきどきしてしまって、今は裕翔くんに手を握ったまま艶っぽく見つめられて胸を高鳴らせてしまっているなんて。
本当に節操がない。自分自身が恥ずかしい。
言い訳をするなら、現状に私の頭も感情も追いついていない。
いつか、何かがカチリと嵌まった瞬間に全てわかる気がする。いつまでもみんなの厚意に甘えているわけにもいかないけれど。
ぶんぶんと頭を振って気持ちを立て直す。落ち着こうと深呼吸をした。
「遥を見つけて聞き出したらええってことやろ?」
どこか楽しげな響きを宿した透さんの声に、誠史郎さんは小さくため息をついた。そして整った指先で眼鏡の位置を直す。
「若さですねえ」
そう呟いた誠史郎さんの切れ長の瞳が私へ真っ直ぐに向けられる。
「みさきさん、翡翠はあなたを逆恨みしていますから私は賛成できかねます。ですが、皆さんを野放しにしてみさきさんにもしものことがあってはいけませんから……」
「センセは素直やないなあ。仲間に入りたいならそう言わんと」
透さんが誠史郎さんに気を取られている隙に、裕翔くんはするりと逃げ出した。
「仲間に入りたいわけではなく、みさきさんを守るのが私の役目です」
意地悪な笑顔を見せていた透さんだけど、珠緒さんへは凛々しい表情になって向き直る。
「そっちの情報網も使わせてもらいたい。ええか?」
「かしこまりました」
珠緒さんはそう言うと柔らかな微笑をわたしに向けてくれる。
「ご迷惑をおかけします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
私は深々とお辞儀した。珠緒さんはやらなくてもいいと言った依頼を私の一存で受けたのに、お礼を言われると申し訳ない気持ちになる。
「報酬は必ず請求しますので、ご安心くださいまし」
強く拳を握って見せた珠緒さんは、とても茶目っけに溢れていて可愛かったわ。
リビングのドアが開いて眞澄くんが顔を出す。
「あ。こんばんは」
眞澄くんが珠緒さんに軽く会釈をすると、彼女もそれを返した。
「お邪魔しております」
照明を暗めにした部屋で眞澄くんは状況が飲み込めないようだ。少し戸惑った様子で私の隣に来る。
「どうしたんだ?」
「お仕事の話」
言ってから、眞澄くんに経緯を話したら叱られるだろうと覚悟した。
記憶のある限りで1番最初は翼の傷ついた雀だった。遥は物心つく前は特に癒しの力に優れていた。
遥が母親からもらった応急処置の札を傷口に貼ってやると、それはみるみる塞がれ再び羽ばたいて行った。
その後は、けがをした犬や猫だったり、心に傷を抱えた同級生だったりと様々だが遥の元へやって来た。
今回はそれが吸血種で、独り立ちするのに少し時間がかかってしまっている。
仕方のないこととも思える。見た目は高校生ぐらいで、元は人間だったが望まぬ吸血種としての生を歩んでいる。
かといって自ら死を選ぶことも、遥の血を吸って消滅するなり白の眷属となるという選択肢も怯えて取らない。
本人から聞いたわけではないが、おそらく見た目の年齢の頃に紫綺は吸血種にされた。
そして思春期の精神のまま、孤独に気の遠くなるような時間を過ごしてきた。そんな彼が、何も言わないが遥の傍を離れようとしなかった。
遥と出会う前の紫綺は荒れに荒れていた。
彼を吸血種にした者に復讐をするため夜な夜な徘徊し、手当たり次第に同胞を傷つけた。しかし彼の探す吸血種には出会えなかった。
その内に紫綺の心は全てを憎むようになっていた。
自分を助けてくれなかった世界を。死なせてもくれなかった神を。人間の血を取り込むことを止められない自分を。
荒んでいた紫綺に遥はまず安定した衣食住を与えた。
吸血種になって以来初めて入った風呂に、紫綺は途方もない安堵を覚えた。
そして現代の風呂は機械で制御されているのかと驚いた。未だに遥に支度をしてもらわないと入れないアナログ吸血種だ。
遥は地元の大学を卒業してから、自由気ままな生活と仕事を能力の高さから許されていた。
しかし紫綺と出会ってから、2年以上連絡をしないでいたことにより現当主でもある母を心配させたらしい。
弟の透をこちらに寄越したのは、そういうことだと遥は思っている。母は占いや予知と言った方面の能力に長けており、父や遥や透のように前線で戦うタイプではないが侮れない。
関係者に見つからないように細心の注意を払っていたが、生活費を稼ぐために少々動きすぎた。その上、仕事の最中に姿を真堂家のお嬢さんに見られてしまうとは。
完全に透に尻尾を捕まれてしまった。だが不思議と悪い気はしなかった。これが縁というものなのだろう。
しかし、どうしたものかと湯船に浸かった遥は思案する。
先週からは紫綺とふたり、とある資産家の所有する高級マンションの一室に転がり込んでいた。
吸血種の持つ催眠能力を血を少し分けてもらう際にその男性に使い、格安で借りている。
ここで紫綺を放り出すわけにはいかない。遥が離れてしまえば、今度こそ彼は手がつけられなくなってしまう。
「……もう少しなんだけどな」
広い背中を檜造りのバスタブに預けて、湯気にけぶる天井を仰いだ。
再び遠い土地へ移動しようという気持ちは遥になかった。できればこの地で決着をつけてしまいたい。そう思えるほどに紫綺の様子も落ち着いている。
†††††††
「ヒスイくんを探したいです」
私の言葉に、珠緒さんは助けを求めるような視線をここにいる3人に向ける。
それに対して裕翔くんが片頬で剛毅に笑って見せてくれた。
「みさきが探したいって言うなら、オレはやるよ」
「裕翔くん……!」
ニコッと人懐こく破顔すると、裕翔くんは正面に立って私の手を握った。
「オレはいつでもみさきの剣だよ」
猫のように丸くて大きな両眼が急に色香と鋭さをひらめかせるので、驚いて私は何も言えなくなってしまう。
「……だからね」
「はいはい」
近くにいた透さんの両腕に頭を抱えられた裕翔くんは、そのまま引きずられて行ってしまった。
私はその場で硬直したままだったけど、両手に裕翔くんの熱がまだ残っている気がした。
このままではいけないというのは重々承知している。みんなの優しさや辛抱の上でこの状態が保たれていることは良くわかっている。
誠史郎さん、眞澄くん、透さん、淳くんにはっきりとした台詞で想いを伝えられた。
そのときもそれぞれにどきどきしてしまって、今は裕翔くんに手を握ったまま艶っぽく見つめられて胸を高鳴らせてしまっているなんて。
本当に節操がない。自分自身が恥ずかしい。
言い訳をするなら、現状に私の頭も感情も追いついていない。
いつか、何かがカチリと嵌まった瞬間に全てわかる気がする。いつまでもみんなの厚意に甘えているわけにもいかないけれど。
ぶんぶんと頭を振って気持ちを立て直す。落ち着こうと深呼吸をした。
「遥を見つけて聞き出したらええってことやろ?」
どこか楽しげな響きを宿した透さんの声に、誠史郎さんは小さくため息をついた。そして整った指先で眼鏡の位置を直す。
「若さですねえ」
そう呟いた誠史郎さんの切れ長の瞳が私へ真っ直ぐに向けられる。
「みさきさん、翡翠はあなたを逆恨みしていますから私は賛成できかねます。ですが、皆さんを野放しにしてみさきさんにもしものことがあってはいけませんから……」
「センセは素直やないなあ。仲間に入りたいならそう言わんと」
透さんが誠史郎さんに気を取られている隙に、裕翔くんはするりと逃げ出した。
「仲間に入りたいわけではなく、みさきさんを守るのが私の役目です」
意地悪な笑顔を見せていた透さんだけど、珠緒さんへは凛々しい表情になって向き直る。
「そっちの情報網も使わせてもらいたい。ええか?」
「かしこまりました」
珠緒さんはそう言うと柔らかな微笑をわたしに向けてくれる。
「ご迷惑をおかけします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
私は深々とお辞儀した。珠緒さんはやらなくてもいいと言った依頼を私の一存で受けたのに、お礼を言われると申し訳ない気持ちになる。
「報酬は必ず請求しますので、ご安心くださいまし」
強く拳を握って見せた珠緒さんは、とても茶目っけに溢れていて可愛かったわ。
リビングのドアが開いて眞澄くんが顔を出す。
「あ。こんばんは」
眞澄くんが珠緒さんに軽く会釈をすると、彼女もそれを返した。
「お邪魔しております」
照明を暗めにした部屋で眞澄くんは状況が飲み込めないようだ。少し戸惑った様子で私の隣に来る。
「どうしたんだ?」
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言ってから、眞澄くんに経緯を話したら叱られるだろうと覚悟した。
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