25 / 145
3章
王子様の秘密 8
しおりを挟む
私が洗面台の鏡の前に立ってドライヤーで髪を乾かしていると、ドアが音も無くそっと開いた。
誰が来たのかと思ってじっと見ていると、透さんがずいぶん下の方から顔を出す。
「どうしたんですか?」
ドライヤーを停め少し首を傾げて尋ねると、透さんは笑顔を取り繕ったように見えた。
「ちょっと忘れ物してしもたんや」
「ごめんなさい、気が付かなくて。どうぞ入ってください」
「すまんな」
するりと猫のように透さんが狭い隙間から入ってくると、すぐに背中でドアを閉める。
私は何かまずい気がした。とっさに数歩、後ずさりしてしまう。
「なるほどなー。俺はまだ警戒対象か」
透さんはニヤリと笑った。
「そんな怖がらんといて」
大股で距離を詰めた透さんが、大きな両手で私の頬を包み込んで上を向かせる。
切れ長の瞳の優しい光を真正面から見たら、私はどうしたら良いのかわからなくなった。
「すごいな、みさきちゃんの力」
穏やかな微笑みが透さんの整った面に湛えられる。
「ここまでしてキスできへん」
私はきょとんとしてしまう。
「……え?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。恥ずかしくて口元を隠すと、透さんがお腹を抱えて笑い出す。
「ほんま、かわいらしいなぁ。みさきちゃん」
笑い過ぎで目が潤んだみたいで、透さんは目尻を指先で拭う。
私は真っ赤になった顔を隠すために、頬を触ってごまかした。
「何でやろな。みさきちゃんとやったら、ずっと一緒におっても飽きへん気がするんや」
私が頬に添えていた手を透さんに剥がされ、そこに彼の手が触れる。
「……俺と」
「そこまでにしてください」
いつの間にか、腕組みをして壁に肩を預けた淳くんがいた。私は慌てて透さんから離れる。
「淳クン、人の恋路を邪魔するんは馬に蹴られるで」
器用に目を眇めた透さんを見て淳くんは小さくため息を吐いた。
「女性の入っている浴室に乱入するよりよっぽどマシです。まだ僕以外は誰も気付いていませんから、早く戻りましょう」
淳くんの言葉に透さんは目をぱちくりとさせたけれど、すぐにいつもの不敵な笑顔になった。
私は相変わらず会話についていけていない。
「損な性分やな」
「敵に塩を送っただけですから、お気になさらないでください」
淳くんは透さんにおとぎ話の王子様のような微笑みで応える。
「ですが、またこんなことがあれば出入禁止になりますよ」
「へーい」
淳くんに促されて透さんは脱衣所から出て行こうとした。
「透さん、忘れ物……」
「おおきに。後でゆっくり探させてもらうわ」
ひらひらと笑顔で手を振って、透さんはドアを閉める。
何だったのかしら、と私は首を傾げる。まったく見当がつかない。考えても仕方ない、と私は再びドライヤーのスイッチを入れた。
††††††††
意識のない翡翠が軽々と遥に抱きかかえられている。
「ホント、あんたが敵じゃなくて良かったよ」
紫綺がぽつりと呟いた。
月明かりの下、遥と翡翠の一騎打ちは一瞬で勝負が決まった。
遥は依頼されたことをきっちりと果たす。できるだけ傷つけずに自由を奪い、翡翠の意識を奪えるか試してほしいと言われた薬品を使用した。
「この子も、琥珀を探しに出てきたりしなければ良かったのにね」
遥は慈悲深い微笑みを浮かべて、翡翠の透き通りそうに白い額をそっと撫でる。
「……僕も仕事だから。ごめんね」
これからの翡翠の命運は、遥に翡翠を捕らえるよう依頼した者にしかわからない。彼が酷い目に合わされないように願うばかりだ。
「透が気付いてくれれば良いけど」
「あいつらバカそうだからな」
紫綺はみさきと裕翔の姿を思い浮かべていた。
「そんなことを言ってはいけないよ、紫綺。みさきちゃんの能力は侮れないし、あの眷属の少年が覚醒したときは僕でも抑えきれるかわからない。君は負けるよ」
遥にそう断言されて紫綺は不貞腐れた表情になる。
中型トラックがライトを照らしてやってくる。配送業者に偽装していた。
「ご苦労様です」
助手席から降りてきたのはそのトラックには相応しくない、絵に描いたような美しいスーツ姿のキャリアウーマンだった。
依頼主に翡翠を確保した旨を伝えたので迎えに彼女を寄越したらしい。
「彼を荷台へ」
「……かしこまりました」
遥はため息まじりに返答する。
荷台へ翡翠を連れて移動すると、吸血種を封じるために開発された手錠と、簡易のベットが置かれていた。そこに翡翠を寝かせて手錠をかける。
「……ごめんね」
優しく頭を撫でると遥は女性の元へ戻る。
「社長が礼を申していました」
彼女は遥とできるだけ距離を取っている。紫綺は無表情にその様子を眺めていた。
「報酬は明日、口座に振り込んでおきます。失礼します」
そそくさとトラックに戻り、彼女は去っていく。
「……バカな女」
「こら」
遥は紫綺に少し強い調子の声でたしなめる。
「理沙子さんだって、辛いんだよ」
「でも、あいつは……」
紫綺は続く言葉を飲み込んで舌打ちをした。
誰が来たのかと思ってじっと見ていると、透さんがずいぶん下の方から顔を出す。
「どうしたんですか?」
ドライヤーを停め少し首を傾げて尋ねると、透さんは笑顔を取り繕ったように見えた。
「ちょっと忘れ物してしもたんや」
「ごめんなさい、気が付かなくて。どうぞ入ってください」
「すまんな」
するりと猫のように透さんが狭い隙間から入ってくると、すぐに背中でドアを閉める。
私は何かまずい気がした。とっさに数歩、後ずさりしてしまう。
「なるほどなー。俺はまだ警戒対象か」
透さんはニヤリと笑った。
「そんな怖がらんといて」
大股で距離を詰めた透さんが、大きな両手で私の頬を包み込んで上を向かせる。
切れ長の瞳の優しい光を真正面から見たら、私はどうしたら良いのかわからなくなった。
「すごいな、みさきちゃんの力」
穏やかな微笑みが透さんの整った面に湛えられる。
「ここまでしてキスできへん」
私はきょとんとしてしまう。
「……え?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。恥ずかしくて口元を隠すと、透さんがお腹を抱えて笑い出す。
「ほんま、かわいらしいなぁ。みさきちゃん」
笑い過ぎで目が潤んだみたいで、透さんは目尻を指先で拭う。
私は真っ赤になった顔を隠すために、頬を触ってごまかした。
「何でやろな。みさきちゃんとやったら、ずっと一緒におっても飽きへん気がするんや」
私が頬に添えていた手を透さんに剥がされ、そこに彼の手が触れる。
「……俺と」
「そこまでにしてください」
いつの間にか、腕組みをして壁に肩を預けた淳くんがいた。私は慌てて透さんから離れる。
「淳クン、人の恋路を邪魔するんは馬に蹴られるで」
器用に目を眇めた透さんを見て淳くんは小さくため息を吐いた。
「女性の入っている浴室に乱入するよりよっぽどマシです。まだ僕以外は誰も気付いていませんから、早く戻りましょう」
淳くんの言葉に透さんは目をぱちくりとさせたけれど、すぐにいつもの不敵な笑顔になった。
私は相変わらず会話についていけていない。
「損な性分やな」
「敵に塩を送っただけですから、お気になさらないでください」
淳くんは透さんにおとぎ話の王子様のような微笑みで応える。
「ですが、またこんなことがあれば出入禁止になりますよ」
「へーい」
淳くんに促されて透さんは脱衣所から出て行こうとした。
「透さん、忘れ物……」
「おおきに。後でゆっくり探させてもらうわ」
ひらひらと笑顔で手を振って、透さんはドアを閉める。
何だったのかしら、と私は首を傾げる。まったく見当がつかない。考えても仕方ない、と私は再びドライヤーのスイッチを入れた。
††††††††
意識のない翡翠が軽々と遥に抱きかかえられている。
「ホント、あんたが敵じゃなくて良かったよ」
紫綺がぽつりと呟いた。
月明かりの下、遥と翡翠の一騎打ちは一瞬で勝負が決まった。
遥は依頼されたことをきっちりと果たす。できるだけ傷つけずに自由を奪い、翡翠の意識を奪えるか試してほしいと言われた薬品を使用した。
「この子も、琥珀を探しに出てきたりしなければ良かったのにね」
遥は慈悲深い微笑みを浮かべて、翡翠の透き通りそうに白い額をそっと撫でる。
「……僕も仕事だから。ごめんね」
これからの翡翠の命運は、遥に翡翠を捕らえるよう依頼した者にしかわからない。彼が酷い目に合わされないように願うばかりだ。
「透が気付いてくれれば良いけど」
「あいつらバカそうだからな」
紫綺はみさきと裕翔の姿を思い浮かべていた。
「そんなことを言ってはいけないよ、紫綺。みさきちゃんの能力は侮れないし、あの眷属の少年が覚醒したときは僕でも抑えきれるかわからない。君は負けるよ」
遥にそう断言されて紫綺は不貞腐れた表情になる。
中型トラックがライトを照らしてやってくる。配送業者に偽装していた。
「ご苦労様です」
助手席から降りてきたのはそのトラックには相応しくない、絵に描いたような美しいスーツ姿のキャリアウーマンだった。
依頼主に翡翠を確保した旨を伝えたので迎えに彼女を寄越したらしい。
「彼を荷台へ」
「……かしこまりました」
遥はため息まじりに返答する。
荷台へ翡翠を連れて移動すると、吸血種を封じるために開発された手錠と、簡易のベットが置かれていた。そこに翡翠を寝かせて手錠をかける。
「……ごめんね」
優しく頭を撫でると遥は女性の元へ戻る。
「社長が礼を申していました」
彼女は遥とできるだけ距離を取っている。紫綺は無表情にその様子を眺めていた。
「報酬は明日、口座に振り込んでおきます。失礼します」
そそくさとトラックに戻り、彼女は去っていく。
「……バカな女」
「こら」
遥は紫綺に少し強い調子の声でたしなめる。
「理沙子さんだって、辛いんだよ」
「でも、あいつは……」
紫綺は続く言葉を飲み込んで舌打ちをした。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。

4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる