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3章

元カノ

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 私は少し残業があったけれど、梅原係長をメッセージアプリで食事に誘ってみた。
 行きたいと二つ返事が返ってくる。

 他にも残業をしている人がいたので、少し時間差を作って会社を出る。

 今日は奏が好きそうな、気取っていない居酒屋さんをネットで探しておいたのでそこへ行く。お魚のおいしいお店だと書いてあった。

「うまいな」

 芋焼酎を飲みながらお刺身を食べる奏。本当に美味しそうに頬を緩めて、長いまつ毛に縁取られた切れ長の双眸を細めた。

 隣にあるその姿にほっとする。

「おいしいね」

 私は嬉しくなって笑顔でうなずいた。

「これも頼んで良い?」

 メニューに載っていたカツオのタタキを指差す。タマネギと生姜もたくさんでおいしそうだ。
 奏が優しく微笑んで首を縦に振る。

 好きな人とおいしいごはんを一緒に食べる幸せ。思わず奏の肩にしなだれかかってしまう。

「今日、うちに来ないか?」
「良いの? 疲れてない?」
「ちょっと疲れてるから、一緒にいたい」

 ドキリとして、奏の顔を見上げる。彼も私をじっと見つめていていた。

 ザワザワするお店の音が、別世界のもののように聞こえる。

 人目がなければ多分キスしていた。

「山根さんのこと、聞いているか?」
「ちょっとだけ。奏の元カノだって……」

 私は原田課長と山根さんの会話で聞いていたけれど、なぜか一部の女性社員の間ですでにその話が広まっていた。化粧室でヒソヒソしているのを聞いてしまった。

 奏は私の言葉を聞いて、ゆっくり視線を落とす。

「大学生のとき、一ヶ月だけ付き合ってた」

 ぽつりとこぼれる奏の声。思っていたよりずっと短いお付き合いだった。
 そして何だか楽しい思い出ではなさそうだ。

「山根さんは、原田さんに連れて行かれた飲み会で初めて会った。俺も悪いが、記憶がなくなるまでいろんな人に飲まされて、次の朝、目が覚めたらホテルで俺と山根さんは裸で寝ていた」
「大学生って感じだね」

 苦笑いで流すしか、私にはできなかった。
 若気の至りと言うか。だけど今の奏も、昔の奏も、責める気にはならなかった。

 話しにくいことを、言葉を選びながら私に伝えてくれている。それはきっと、私を不安にさせないためだ。

「何も覚えていなくて、山根さんには本当に悪いことをしたと思っている。だから責任を取って付き合おうと思ったけれど、上手くいかなかった。多分、山根さんは俺を恨んでいるんじゃないかと思う」

 落ち込んでいる奏を放っておけない。項垂れる彼の頭をよしよしと撫でた。

「私はずっと、奏の味方だよ」
「……軽蔑されるかと思っていた」
「その奏も含めて、今の奏がいるんだもん。私は奏に何回も助けてもらってるから。奏がいてくれて良かった。大好きだよ。話してくれてありがとう」

 そこへ、店員さんが注文したカツオのタタキを運んで来てくれた。

「おいしそう!」

 早速ポン酢でいただいた。

「おいしいよ。奏も食べよ」
「……ああ」

 姿勢を正して、奏が箸を手に取った。
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