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1章
バウムクーヘンエンドを迎えた誕生日
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「是枝に頼んで本当に良かったよ!」
白いタキシードに身を包んだ新郎にぎゅっと手を握られた。
偽りのない感謝が伝わってくる。
隣には幸せそうに微笑む、水色のウェディングドレスの新婦。私とはまるでタイプの違う、モデルのようなスレンダー美人。
初めての大仕事。本来なら自分の仕事に誇りの持てる幸せな一時になるのだろうけれど、違った。
新郎の三村大樹は、私の高校時代からの友人。
私はアニメとゲームと声優が大好き。変な自意識からコミュ障なのと、趣味が恥ずかしくてオープンにできなかった。
中学の時から友達は少なかったけれど、高校入学直後はクラスの中で完全に浮いていた。
大樹はそんな私にも気さくに声をかけてくれるクラスの中心的な少年だった。
美容関係の仕事を目指していたお姉さんと引き合わせてくれて、私の外見や意識を変えてくれた。
お陰で私はコスプレを嗜むようにまでなった。有名レイヤーではないけれど、それなりに大学を卒業するまでは楽しく様々なイベントに参加していた。
就職してからは休日は仕事なので、時々SNSに自撮り写真をアップすることしかできていない。
私自身、気に入っていて、周りにも評判が良いのはイザベラというおとなしいロリ巨乳お嬢様。長年人気のあるソシャゲのキャラクターだ。
大学生の時からこのキャラクターのコスプレは続けている。時々違うキャラクターに挑戦して見るけれど、やっぱりイザベラに戻ってしまう。
そう言えば、私のイザベラコスを熱烈に応援してくれるプラムさんという人がいる。
今でもSNSに写真を上げると必ずイイねをくれる。
イベントでも良く写真を撮ってくれていたあの人。いかにもオタクと言う風貌をしていたけれど、セクハラとは無縁で本当にきれいに撮影してくれた。あの人以上に私をかわいく写してくれる人は今のところ存在しない。
全然会えなくなったけれど、元気にしているだろうか。
話がそれた。
誰にでも分け隔てなく優しくて明るくてアイドル並みに容姿の良い大樹は、とにかくモテた。だから私の知る限り、彼女がいなかった時期がない。
モテる大樹を離さないために歴代の彼女は彼を束縛し、それに嫌気が差して別れると言うのがパターンだった。
いつも大樹から恋人の愚痴を聞くのは私の役目だった。それは少し優越感もあった。
こんな風に話してくれるのは、本当は私のことが好きだからじゃないか。いつか大樹が私のことを選んでくれるのではないかと錯覚していた。
大学も同じところに行ったけれど、大樹が入るリア充なサークルはさすがに怖くて近寄れなかった。
それでもずっと大樹は私と友達として仲良くしてくれていた。
大樹が結婚式には夢があると言っていたから、私は安易にウェディングプランナーになりたいと思った。
いつか大樹と、彼の夢がいっぱい詰まった結婚式を挙げられることを夢見て。
今の会社の経営する結婚式を挙げられるレストランでバイトをして、コネを作って必要な知識を教えてもらい、勉強をした。
それなのに、私の26歳の誕生日。
私は大好きな人のウェディングプランナーとして式場で忙しく働いていた。
片想い歴10年。
当然彼氏がいたこともなく、貞操を守り続けた26年。
感謝の籠った高級バウムクーヘンを個人的に渡される。
「ありがとうな!」
幸せいっぱいで引き上げていく新郎新婦を笑顔で見送れていただろうか。
後始末を終え、披露宴会場を後にする。
今日はとても身体が重い。土曜の夜を楽しく過ごす人たちの流れの中に混じってしまったのがとても辛い。
ひとり暮らしの部屋に帰りたくない気分だけど、こんな時に頼れる誰かもいない。明日はお客様との打ち合わせもある。今日の報告書も作らないといけない。
本当に大樹しかいなかった。
じわりと涙がにじんでくる。バウムクーヘンの入った紙袋を投げ捨てたい衝動にかられる。
大好きな人の幸せを素直に喜べない自分にも嫌気が差した。
「うっ……」
大声で泣き出しそうになったけれど、口許を押さえて何とか堪えた。
ようやくアシスタントを終えて、プランナーとして一人立ちした最初の仕事が大樹の案件だった。
大樹の結婚式の準備を頑張れば頑張るほど、ウェディングプランナーを続ける自信がなくなっていた。いっそ、会社を辞めてトンズラしようかと思ったほどだ。
誕生日にバウムクーヘンエンドを迎えるなんて、さすがに堪えた。これ以上不幸な誕生日を迎えることはこの先二度とないと信じたい。
「是枝さん」
突然名字を呼ばれて驚く。
この耳に優しい低めの甘い声を私は知っている。
「係長……」
私の勤めている会社はウェディングプランナーが所属しているだけではなく、結婚式場なども経営している組織だ。
ブライダル部ウェディングプランナー課二係係長、梅原奏は29歳独身、身長推定182センチ。細身でスーツの似合う、いわゆる出来る男。
艶々の黒髪に、目鼻立ちがキリッとしていて唇も端正だ。だけど決してきつい印象ではなく、聡明で静謐な気配を見るものに与える。
係長を狙っている女性は社内に何人かいるけれど、係長はこれまで社内で誰にも手をつけていないと言う話を同じプランナーの先輩から聞いたことがある。
私にとって係長は、大学を卒業して社員として入社した時から、ずっと仕事を指導してくれた上司。
それよりも重要なのは、推しに似ていることだ。大好きな乙女系恋愛ゲームの登場人物で、氷室凛空という小説家。恐ろしいことに声まで似ている。
彼は普段は寡黙で仕事一筋な男だけど、好感度が上がって口説きモードに入るとガンガン押してくる。甘い言葉もたくさんくれるし、ボディータッチも多い。
作家という設定もあってか、シナリオが同じゲームの他のキャラに比べて全体的にエロい。
だけど美形でモテる係長は雲の上の人過ぎて、完全に観賞用。どうこうなろうなんて毛頭考えたこともなかった。
「どうしてここに……?」
呆然と顔を上げる。
係長も今日は仕事で別の事業所にいたはずだ。
本当に凛空さんが来てくれたような不思議な感覚だった。
「良いから、行くぞ」
少し強引に手を引かれ、私の足は勝手に動いた。
白いタキシードに身を包んだ新郎にぎゅっと手を握られた。
偽りのない感謝が伝わってくる。
隣には幸せそうに微笑む、水色のウェディングドレスの新婦。私とはまるでタイプの違う、モデルのようなスレンダー美人。
初めての大仕事。本来なら自分の仕事に誇りの持てる幸せな一時になるのだろうけれど、違った。
新郎の三村大樹は、私の高校時代からの友人。
私はアニメとゲームと声優が大好き。変な自意識からコミュ障なのと、趣味が恥ずかしくてオープンにできなかった。
中学の時から友達は少なかったけれど、高校入学直後はクラスの中で完全に浮いていた。
大樹はそんな私にも気さくに声をかけてくれるクラスの中心的な少年だった。
美容関係の仕事を目指していたお姉さんと引き合わせてくれて、私の外見や意識を変えてくれた。
お陰で私はコスプレを嗜むようにまでなった。有名レイヤーではないけれど、それなりに大学を卒業するまでは楽しく様々なイベントに参加していた。
就職してからは休日は仕事なので、時々SNSに自撮り写真をアップすることしかできていない。
私自身、気に入っていて、周りにも評判が良いのはイザベラというおとなしいロリ巨乳お嬢様。長年人気のあるソシャゲのキャラクターだ。
大学生の時からこのキャラクターのコスプレは続けている。時々違うキャラクターに挑戦して見るけれど、やっぱりイザベラに戻ってしまう。
そう言えば、私のイザベラコスを熱烈に応援してくれるプラムさんという人がいる。
今でもSNSに写真を上げると必ずイイねをくれる。
イベントでも良く写真を撮ってくれていたあの人。いかにもオタクと言う風貌をしていたけれど、セクハラとは無縁で本当にきれいに撮影してくれた。あの人以上に私をかわいく写してくれる人は今のところ存在しない。
全然会えなくなったけれど、元気にしているだろうか。
話がそれた。
誰にでも分け隔てなく優しくて明るくてアイドル並みに容姿の良い大樹は、とにかくモテた。だから私の知る限り、彼女がいなかった時期がない。
モテる大樹を離さないために歴代の彼女は彼を束縛し、それに嫌気が差して別れると言うのがパターンだった。
いつも大樹から恋人の愚痴を聞くのは私の役目だった。それは少し優越感もあった。
こんな風に話してくれるのは、本当は私のことが好きだからじゃないか。いつか大樹が私のことを選んでくれるのではないかと錯覚していた。
大学も同じところに行ったけれど、大樹が入るリア充なサークルはさすがに怖くて近寄れなかった。
それでもずっと大樹は私と友達として仲良くしてくれていた。
大樹が結婚式には夢があると言っていたから、私は安易にウェディングプランナーになりたいと思った。
いつか大樹と、彼の夢がいっぱい詰まった結婚式を挙げられることを夢見て。
今の会社の経営する結婚式を挙げられるレストランでバイトをして、コネを作って必要な知識を教えてもらい、勉強をした。
それなのに、私の26歳の誕生日。
私は大好きな人のウェディングプランナーとして式場で忙しく働いていた。
片想い歴10年。
当然彼氏がいたこともなく、貞操を守り続けた26年。
感謝の籠った高級バウムクーヘンを個人的に渡される。
「ありがとうな!」
幸せいっぱいで引き上げていく新郎新婦を笑顔で見送れていただろうか。
後始末を終え、披露宴会場を後にする。
今日はとても身体が重い。土曜の夜を楽しく過ごす人たちの流れの中に混じってしまったのがとても辛い。
ひとり暮らしの部屋に帰りたくない気分だけど、こんな時に頼れる誰かもいない。明日はお客様との打ち合わせもある。今日の報告書も作らないといけない。
本当に大樹しかいなかった。
じわりと涙がにじんでくる。バウムクーヘンの入った紙袋を投げ捨てたい衝動にかられる。
大好きな人の幸せを素直に喜べない自分にも嫌気が差した。
「うっ……」
大声で泣き出しそうになったけれど、口許を押さえて何とか堪えた。
ようやくアシスタントを終えて、プランナーとして一人立ちした最初の仕事が大樹の案件だった。
大樹の結婚式の準備を頑張れば頑張るほど、ウェディングプランナーを続ける自信がなくなっていた。いっそ、会社を辞めてトンズラしようかと思ったほどだ。
誕生日にバウムクーヘンエンドを迎えるなんて、さすがに堪えた。これ以上不幸な誕生日を迎えることはこの先二度とないと信じたい。
「是枝さん」
突然名字を呼ばれて驚く。
この耳に優しい低めの甘い声を私は知っている。
「係長……」
私の勤めている会社はウェディングプランナーが所属しているだけではなく、結婚式場なども経営している組織だ。
ブライダル部ウェディングプランナー課二係係長、梅原奏は29歳独身、身長推定182センチ。細身でスーツの似合う、いわゆる出来る男。
艶々の黒髪に、目鼻立ちがキリッとしていて唇も端正だ。だけど決してきつい印象ではなく、聡明で静謐な気配を見るものに与える。
係長を狙っている女性は社内に何人かいるけれど、係長はこれまで社内で誰にも手をつけていないと言う話を同じプランナーの先輩から聞いたことがある。
私にとって係長は、大学を卒業して社員として入社した時から、ずっと仕事を指導してくれた上司。
それよりも重要なのは、推しに似ていることだ。大好きな乙女系恋愛ゲームの登場人物で、氷室凛空という小説家。恐ろしいことに声まで似ている。
彼は普段は寡黙で仕事一筋な男だけど、好感度が上がって口説きモードに入るとガンガン押してくる。甘い言葉もたくさんくれるし、ボディータッチも多い。
作家という設定もあってか、シナリオが同じゲームの他のキャラに比べて全体的にエロい。
だけど美形でモテる係長は雲の上の人過ぎて、完全に観賞用。どうこうなろうなんて毛頭考えたこともなかった。
「どうしてここに……?」
呆然と顔を上げる。
係長も今日は仕事で別の事業所にいたはずだ。
本当に凛空さんが来てくれたような不思議な感覚だった。
「良いから、行くぞ」
少し強引に手を引かれ、私の足は勝手に動いた。
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