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最終章 決別と未来

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――それから。

「じゃあ、俺はいってくるから……」

「パパ、お仕事、ダメーッ!」

玄関で、靴を履いた海星に娘の響希ひびきが抱きつく。

「響希、ダメだよ。
パパはお仕事なんだから」

「イヤーッ、パパ、ひびきとあそぶのーっ!」

どうにか海星から響希を離そうとするが、がっちり抱きついていて離れない。
それどころか。

「ぱー!
ぱー!」

腕の中の息子、星哉せいやまで手を伸ばして海星に抱きつこうとする始末。

「お前たち……」

必死に我慢しているのか、子供たちを見る海星の目には僅かに涙が光っている。

「でも、パパはお仕事に行かなきゃいけないんだ!
ごめん!」

とうとう海星は泣き――真似をしながら、勢いよくドアを開けて出ていった。

「パパーッ!」

「あぅーっ!」

縋るように響希と星哉が手を伸ばす。
もう、そこで私が限界。
堪らなくなってくすくす笑っていた。

「パパ、いっちゃった……」

「あぅ……」

悲しそうに子供たちが私に抱きついてくる。

「そうね、いっちゃったね」

子供たちを宥めながら部屋の中へ戻る。
どうにか笑いを止めたが、それでも思い出すとまた笑いそうになった。
今日だけじゃなくほとんど毎日これなのだ。
笑うなというのが無理だろう。

「じゃあ今日は、今から『お猿のウィッキー』の映画を観て、お昼はお弁当作って公園で食べようか」

「ウィッキー!
お弁当!」

「うぃー!
うぃー!」

みるみる響希の目の色が変わっていく。
星哉もウィッキーが大のお気に入りなので大騒ぎだ。

「じゃあ、おとなしくこれ観ててね」

リビングの大画面テレビに、もう何度見たかわからない映画をかけてやる。
これで一時間は確保できた。
このあいだに私も少し、作らせてもらおう。

長女の響希は三歳、長男の星哉は一歳になった。
海星は響希が幼稚園に上がるまでは育休で休みとか言っていたが、結局じっとしているのは性に合わず、二年前にずっとやりたかったソーシャルゲームの会社を起業。
今では業界トップ10に入るまで急成長を遂げている。

私はといえば響希を身籠もっているときになにかしたくてキットで買ったあみぐるみ作りに嵌まり、今ではハンドメイド作家として活動していた。

「ママー、ウィッキー終わったー」

「そうだねー」

編み針を置いて立ち上がる。

「じゃあ、ママはお弁当を作るから、もうちょっとふたりで遊んでてくれる?」

「わかった」

「うぃ」

頭を撫でてやるとふたりは嬉しそうに目を閉じて笑った。

キッチンに立ち、リビンで遊ぶ子供たちに目を配りながら調理する。
響希が生まれるのにあわせて引っ越したこの家は、対面キッチンだ。
子供の顔が見えたほうがいいもんな、と海星が決めた。
しかし対面とはいえ調理台の向こうは低い棚になっていて、手元が見えないうえに多少散らかしてもわからないようになっている。
そういう配慮が嬉しい。

「おじい、さん、が、おばあ、さん、の」

散らかったおもちゃの真ん中で、響希が星哉に絵本を読んでやっている。
響希はよく喋り、もうすでにひらがななら読めるようになっていた。

「けーき、を、たべ」

……ケーキ?
そこはリンゴだったはずだ。
ひらがなが読めるとはいえ、完全ではないのでときどきオリジナルストーリーが始まる。
そういうのがまた、おかしかったりする。

レジデンスの部屋はミニマル主義かってくらいものがなかったが、この家では溢れていた。
子供が生まれたからというのはある。
しかしそれ以上にこのリビングは、変わった海星そのものなんじゃないかと思っている。
前の海星はあのリビングみたいに味気ない、そんな人生を歩んでいたんじゃないだろうか。
それが私と結婚し、子供が生まれ、満たされた姿がこれなのだ、きっと。

できあがったお弁当を持って近くの公園へ出掛ける。

「ママ、おいしいねー」

お弁当を食べながら響希はにこにこ笑っている。
公園でお弁当が響希は大好きなのだ。

「ありがとう」

響希の口もとについていたケチャップを拭い、星哉にもごはんを食べさせる。
食べ終わってしばらく遊び、家に帰り着いたタイミングで子供たちは寝落ちた。

「じゃー、もう少しやりますかね」

コーヒーを淹れてきて、また編み針を握る。
あみぐるみはそこそこの収入になっていた。
海星は意外な才能があったんだなと驚いていたが、私自身も驚きだ。
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