上 下
47 / 59
第七章 嫉妬と愛と

7-1

しおりを挟む
「花音、おはよう」

今日も海星にキスで起こされたが、瞼を開けてちらっとだけ見てまた閉じ、もそもそと布団に潜り込んだ。

「かーのーんー。
起きないと遅刻するぞー」

彼が私を揺すってさらに起こしてくるが、断固拒否だと布団にしがみついた。

「ほんとに遅刻するぞ!」

おりゃっと勢いよく布団を剥がれ、それでもまだ身体を丸めて起きない。

「なー、なんか怒ってる?」

ため息をついて海星は私の枕元に座った。
また彼をちらっとだけ見る。

「かーのーんーさん?」

完全に彼は困り果てているが、言わせてもらおう。
誰のせいで朝だというのに、まだ身体がだるいと思っているんだ。
昨晩ももう無理だっていうのに何度も求めてきて。
だいたいあれだよ?
先週末の身籠もり旅行はちょうど、排卵日近辺だったのもあったわけで。
帰ってきてまでこんなにスる必要はない。

「仕方ないだろ。
今日は花音も俺も泊まりで出張だし。
その分、花音を充電しておかないと、死ぬ」

「……死ぬんですか」

深刻そうな彼がおかしくて、つい頭を上げていた。
その隙を見逃さず、海星が私を抱き起こす。

「そう。
一晩花音と会えなかったら、死ぬ。
だからいっぱい、花音を充電しておかないといけないの」

証明するかのように彼がキスしてくる。
なんかもうそれで、許していいかという気になっていた。

私がぐずぐずしていたせいで家を出ないといけない時間が迫っており、急いで準備をする。
今日は車に向かう私の手にも海星の手にもキャリーケースが握られていた。

「同じホテルに泊まるのに、部屋は別とかやめてほしいよな」

運転しながら海星は不満げだ。

「仕事だから仕方ないじゃないですか」

今回の出張はある施設の落成記念パーティに招待されていた。
私が入社してやっと一人前になった頃から携わっている仕事で、それからもう五年になる。
そのあいだに携わっている人間も変わり、いつの間にか私が右田課長の下で取りまとめをするようになっていた。

「確かに仕事だけどさ……」

まだ彼は文句を言っているが、だから昨日あんなにシたのでは?
と口から出かかったがやめておいた。

午前中は普通に仕事をし、午後から右田課長の運転で出発する。
海星は朝から別件で出掛けていて、別で行く。
そもそも、私たちは担当だから招待されているが、海星は関係企業の重役として招待されているのだ。
私たちとは待遇から違う。

車の中で右田課長はずっと無言だった。
FMラジオからパーソナリティの明るい声が虚しく響く。

……き、気まずい。

海星さんが迎えに来てくれたあの飲み会から、右田課長とは仕事の話しかしていない。
課長が実は私を好きだったなんて話を聞かされて、どんな顔をしていいのかわからなかった。

途中、トイレ休憩をかねてコンビニへ寄ってくれた。
用事を済ませ、喉が渇いていたのでお茶を買って店を出る。
右田課長は外で、誰かと電話をしていた。
すぐに私に気づき、ロックを解除してくれる。
小さく頭を下げ、先に乗って待った。

「待たせたな」

「いえ」

少しして戻ってきた課長はシートベルトを締め、車を出した。

また、沈黙が車の中を支配する。
あと一時間はこの状況に耐えなければならない。
今までなにを話していたっけ?
考えるけれどちっとも思い出せない。
けれど少なくとも、こんなに居心地の悪い時間ではなかったのだけは確かだ。

「盛重さんはなにも聞かないんだな」

唐突に声をかけられ、飲みかけていたお茶が変なところに入る。

「ごほっ、ごほっごほっ、ごほっ」

おかげで盛大にむせた。

「あ……。
すまん」

申し訳なさそうに課長が詫びてくる。

「……はぁ。
いえ」

呼吸を整え、どうにかそれに応えた。

「それで。
あんな話を聞いて、僕になにも聞かないんだな」

その問いにはどう答えていいのか困った。

「その。
ああやって第三者から勝手に話をされるのは、右田課長も不本意じゃないのかなって思って」

だからこそ、聞かなかったことにするのがいいと思っていた。
なのに彼から話を振られても、どうしていいのかわからない。

「盛重さんらしいな」

小さく笑った課長は、どうしてか淋しそうに見えた。

「僕は盛重……あえて坂下さんと呼ばせてくれ。
僕は坂下さんが好きだったよ」

そういう課長の顔は、さっぱりしている。

「改めてこんな話を聞かされても困るとは思うけど。
でも、僕の口からきちんと気持ちを伝えておきたかったんだ」

吹っ切れた、彼の表情からはそう読み取れた。

「いえ。
尊敬する右田課長にそう言っていただけて嬉しいです。
ただ、気持ちには応えられないですが」

「いや、いいんだ。
結婚してしまった君に後出しでこんなことを言うのは僕の傲慢だとわかっている。
聞いてもらえただけ、嬉しい」

こんなふうに言える課長はやはり、誠実で素敵な人だ。
もし、海星より先に彼に告白されていたら、高志と別れて課長と付き合っていたんだろうか。
想像してみたが、少しもできない。
課長には悪いが私にとって右田課長はあくまでも尊敬できる上司であって、運命の相手はやはり海星なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敏腕御曹司の愛が重た過ぎる件

鳴宮鶉子
恋愛
敏腕御曹司の愛が重た過ぎる件

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。 どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。 性描写を含む話には*マークをつけています。

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

凄腕ドクターは私との子供をご所望です

鳴宮鶉子
恋愛
凄腕ドクターは私との子供をご所望です

溺愛御曹司の独占欲から逃れたい

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛御曹司の独占欲から逃れたい

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...