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第四章 彼が社長になると決意した理由

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シャワーを浴びて身支度を調える。
海星さんもそのあいだに汚れた眼鏡を拭き、乱れた服装を直していた。

ホテルを出発し、すぐに高速に乗った。
その後は順調に道を進み、ちょうどいい時間に実家へ着く。
もう店は閉めた時間なので、そちらの駐車場に車は停めてもらった。

「ただいまー」

「あっ、帰ってきた!」

玄関を開けた途端、茶の間から弟が飛び出てきた。

「ヒューッ!
噂どおりのイケメンじゃん」

「ちょっ、失礼だよ!」

口笛を吹く弟を軽く睨んだ。

「いいよ、別に。
実際、俺、イケメンだし」

しかし海星さんはそれに乗って軽くふざけ、許してしまった。

「言うねぇ」

にやにや笑う弟と廊下を進んでいく。
茶の間のテーブルの上には寿司桶がのっていた。

「おっ、帰ってきたか」

私たちに気づき、父は読んでいた新聞を畳んで置いた。

「おじゃまいたします」

にこやかに海星さんが頭を下げる。

「まー、座ってください。
かーさん、花音が帰ってきたぞー」

「はーい、すぐに行くー!」

家の中からぱたぱたとスリッパの音がし、まもなく母が姿を現した。

「ごめんなさいね、お待たせして」

なんだか母の言葉遣いがいつもよりも丁寧に思えるが……気のせいということにしておこう。

家族が揃ったので座り直し、海星さんを紹介する。

「えっと。
会社の上司の、盛重海星さん。
それで……先日彼と……結婚、しました」

いきなり段階をすっ飛ばして結婚したとは言いづらく、しどろもどろになってしまう。

「結婚……した?」

父たちも理解が追いついていないらしく、確認するように繰り返したあと、固まっている。

「えーっと……。
三島さんは、どうした?」

両親は高志と面識はないが、同棲していたのは知っている。
いきなり上等なイケメンが登場したものだから浮ついていたが、この状況はなにかがおかしいとようやく気づいたらしい。

「あー。
高志とは、いろいろあって別れた」

……十日ほど前に。
というのは黙っておく。
少しでも彼と別れたのはかなり前だと誤解してもらいたい。

「それでえっと、ちょっと困ったことになってたところを海星さんが助けてくれて。
親身になって相談に乗ってくれてるうちに、こう、こう、……結婚、した」

なんかいろいろ端折り、適当に誤魔化して説明する。
高志に借金を背負わされて捨てられ、そのお金で海星さんに買われたなんて言えない。
まあ、実際のところ、海星さんは一銭も払っていないのだけれどね。

「なんだ姉ちゃん、とうとうアイツに殴られでもしたのか」

弟が不快そうに顔を顰める。
弟は仕事のついでにたまに私のところへ寄ってくれ、何度か高志とも会っていた。

「あ、いや。
……まあ、そんなとこ」

実際、身体への暴力は振るわれていないが、三千万の借金を背負わせて捨てるなんてそれに等しいだろう。

「だから早く別れろって言っただろ」

はぁーっと弟が重いため息を吐き出す。
弟は会うたび毎回、早く別れたほうがいいと私に忠告していた。
そのたびに私は本当はいい人だからと笑っていたが、弟が言うのが正しかったんだな。

「まあ、別れたんならいい。
それで本人を前にして言うのはなんだが、盛重さんはまともな人なんだな?」

高志がああいう人だっただけに、父の心配はもっともだ。

「いい人だよ。
私を大事にしてくれる。
高志の件もすっごく怒ってくれて、解決してくれた。
感謝してもしきれないくらいだよ」

これは私の正直な気持ちだ。
海星さんのおかげで私は今、こうやって家族と会えている。
彼とあのとき出会えなかったら今頃、借金の形にあの男たちの好きにされていたかもしれないのだ。
それに子供を産む道具でしかないはずの私を大事にして優しくしてくれる。
この一週間、天国にでもいるかのように居心地がよくて、もしかして夢なんじゃないかと何度も疑ったくらいだ。

「その」

それまで黙っていた海星さんが、真っ直ぐ両親と対峙する。

「先にご両親の許しを得ず、花音さんと籍を入れてしまい申し訳ありませんでした」

真摯に彼が頭を下げる。

「ご挨拶を済ませてからしたほうがいいのはわかっていたのですが、その……私が、花音さんに深く惚れておりまして」

「……は?」

思わず口から変な音が出たが、慌てて押さえて誤魔化す。
この人は頬を薔薇色に染め、なにをもじもじ照れながら言い出したのだろう?
両親も弟も気まずそうに目を逸らしているし。

「花音さんからOKをいただき、喜びのあまり一足飛びに籍を入れてしまいました。
申し訳ありません」

「う、うん」

また海星さんが頭を下げ、父は少し赤い顔で頷いた。

「私は花音さんを愛しています。
この気持ちに嘘偽りはありません。
花音さんを、一生をかけて幸せにすると誓いますし、申し訳ありませんがつらい思いはさせるかと思いますが、不幸には絶対にしません。
もし、私のこの言葉が嘘だったときは、どうぞお好きになさってください」

畳に手をつき、海星さんが今度は深々と頭を下げる。
それはまるで心からの言葉かのように聞こえた。
父たちもそう思っているのか、彼の真剣な気持ちに気圧されたかのようになにも言わない。
しかし何度も言うが、私は彼にとって子供を産む道具でしかないのだ。
でも、もしかしてこれが海星さんの本心なんだろうか。
いや、そんなはずはない、そんなはずはないのだ。
なぜか必死に否定した。

「……わかった」

父の静かな声が部屋の中に響いた。

「花音を不幸にしたら、店のオーブンに入れて焼くからな」

「肝に銘じておきます」

神妙に海星さんが頷く。
いやいや、オーブンで海星さんを焼かないでもらいたい。
そもそもあのオーブンにこの大きな海星さんが入るのか?
とは思ったが、口には出さないでおいた。
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