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第二章 可哀想だと自覚した

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砺波さんにお礼を言い、弁護士事務所をあとにする。
駐車場に戻ってきて、車に乗せられた。

「とりあえず花音の家だな」

私に住んでいるマンションの場所を聞き、海星本部長はナビをセットしている。
これでようやく家に帰れると思ったものの。

「引っ越しは追い追いしてもらうが、当面の生活にいるものを取ってこい」

「ハイ……?」

意味がわからなくて首が斜めに倒れた。

「週明けには憲司が婚姻届を提出するから、そうなれば俺たちは夫婦だ。
子供の件もあるし、一緒に暮らしたほうがいいだろ?」

「そう……ですね」

そうか、まだ実感はないが私は海星本部長と結婚するんだ。
この数日、とにかく怒濤の展開で現実味がまるでない。

「近いうちに花音のご両親に挨拶へ行かなきゃだし、でもさすがに明日はご迷惑だろうから来週でも都合を聞いておいてくれ」

「……はい」

私を置いて話はどんどん進んでいく。

「式の日取りも決めないとな。
妊婦で花嫁はつらいだろうから早いほうがいいんだろうが、どうだろう?
それとも子供が生まれて落ち着いてから改めて挙げたほうがいいんだろうか」

もうそこまで海星本部長は考えていて驚いた。
けれどひとつ、段取りを飛ばしている。

「あの」

「なんだ?」

怪訝そうに眼鏡の奥から、ちらりと彼の視線がこちらへ向かう。

「海星本部長のご両親へのご挨拶は……?」

私の両親だけして、彼の両親にはしないなんてわけにはいかないだろう。
それに両家の顔合わせの問題だってある。

「俺の両親は……」

言い淀んで海星本部長は黙ってしまった。
結婚していない彼にも跡取りを儲けることを社長を継がせる条件にしてくるほど、彼が両親からよく思われていないのはすでに承知している。
その事情も社内どころか社外でも有名だった。

「きっと花音が嫌な思いをするから会わせたくないが、そういうわけにはいかないか」

自嘲するように彼が笑う。
それはつらそうでもあり淋しそうでもあって、胸がつきんと痛んだ。

「都合を聞いておくよ。
顔合わせはできるだけ避けられるように努力する」

そこまで嫌なのかとは思ったが、彼の事情からするとそうなのかもしれない。

そうこうしているうちに私が住んでいるマンションに着いた。
海星本部長には車で待っていてもらい、手早く当座の荷物をまとめてしまう。

「お待たせしました」

「いや、いい」

私がシートベルトを締めたのを確認し、海星本部長は車を出した。
そのまま彼が住んでいるレジデンスに戻ってくる。
昨日はいっぱいいっぱいで気にしてなかったが、駐車場にある通用口のドアは鍵など開けずに開いた。
まさか鍵がない?
そんなはずはないよね、こんなところで。

エレベーターに乗り、海星本部長は最上階である五階のボタンを押した。

「マンションの出入りは顔認証なんだ。
あとで花音も登録しないとな」

私の疑問に気づいたのか彼が説明してくれる。
エレベーターを降り、部屋の鍵は彼が腕時計をかざすだけで開いた。

「部屋は携帯で開く。
こっちも登録しないとな」

「ほえー」

感心して変な声が出る。
けれどくすりと小さく笑われ、みるみる顔が熱くなっていった。

案内されたウォークインクローゼットに持ってきた服をしまっていく。
そんな私を戸口で右肩を壁に預け、海星本部長は見ている。

「思ったんだけどさ」

「はい?」

「……服が、地味だよな」

それは馬鹿にされているようで、カッと頬が熱くなった。

「地味で悪いですね!」

私だってお洒落な服を着てみたい気持ちはある。
しかしどんな服を選んだらいいのかわからないのだ。
それに私なんかには似合わないとも思っていた。

「怒ったんなら謝る」

勢いよく振り返ったら、彼は姿勢を解いて私の前に立った。

「でも昨日の花音はとても綺麗だったし、せめてそのひっつめ結びやめて眼鏡を外したら……」

海星本部長の手が私の眼鏡にかかり、外させる。
けれど中途半端なところで止まった。

「……いや、このままでいい。
特に眼鏡は俺の前以外では絶対に外さないこと」

「はぁ……?」

なぜかまた眼鏡をかけさせ、彼は誤魔化すように小さくこほんと咳払いをした。
その眼鏡の弦のかかる耳は赤くなっているが、なにか照れる要因でもあったのだろうか。

「とりあえず服は俺が買ってやる。
明日にでも買いに行こう」

「えっ、でも借金の肩代わりをしてもらったうえに服まで買ってもらうわけには……!」

部屋を出ていこうとしていた海星本部長は足を止め、くるりと振り返ったかと思ったらちゅっと唇を重ねてきた。

「……は?」

おかげで間抜けにもひと言発して固まった。

「ほんと、花音は可愛いなー。
花音を俺の妻に選んで正解だったな」

「えっ、とー」

なんだかご機嫌に海星本部長は今度こそ部屋を出ていくので、私もそれに着いていった。
それにしても可愛いって誰のことだ?
高志にだって可愛いなんて言われたことがない。

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