上 下
11 / 59
第二章 可哀想だと自覚した

2-1

しおりを挟む
髪を撫でる、優しい手で目が覚めた。

「起こしたか?」

目を開けると、柔らかなバリトンが降ってくる。
寝起きでしかも眼鏡なし、ぼんやりとしか見えない相手はスーツを着ているように感じた。

「……お仕事、ですか?」

まだ眠い目を擦り、起き上がる。
枕元を探るが眼鏡が見つからない。
昨日、どこに置いたっけ?
目覚めきらない頭で考えるが、まだ靄がかかっていてはっきりしない。
私がなにをしたいのか気づいたのか、彼が手を取って眼鏡を握らせてくれた。

「ああ。
少し片付けなければならない仕事があってな」

眼鏡をかけ、ようやく彼の姿がクリアに見える。
彼――海星本部長は困ったように少し笑った。

「大変、ですね」

営業部はシフト制だが私のいる開発部は基本、休日は休みだ。
今日は土曜日だから私はもちろん、開発本部長の海星本部長も休みのはずだ。

「なんてことないさ。
昼過ぎには帰ってくる。
花音はまだ、寝てていいからな」

ちゅっと彼が、私の額に口付けを落としてくる。

「……じゃあ。
お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」

一昨日は借金を返せるだろうかとそればかりが心配で、ほとんど眠れなかった。
昨日も眠りについたのは遅く、正直にいえばまだかなり眠い。

「うん。
じゃあ俺は、いってくる」

今度は唇に、海星本部長が口付けを落としてくる。

「……いってらっしゃい」

それが恥ずかしくて、もそもそと布団に潜り込んだ。

彼が出ていき、眼鏡を外してベッドサイドにある棚に置き、布団の中で丸くなる。
すぐに再び眠気が襲ってきて、すぐに眠ってしまった。



「よく、寝た……」

それからどれくらい経ったのだろう。
すっきり目が覚めて、起き上がって大きく伸びをする。
こんなにゆっくり眠れたのはひさしぶりだ。

「何時だろう……」

部屋の中に時計はない。
寝室から出て、リビングのソファーに置いておいたバッグから携帯を取り出す。

「うっ」

画面を見て顔を顰める。
そこには私がかけたときにはあんなに繋がらなかった高志から、何件もメッセージと着信が入っていた。

「いまさらなんの用……?」

トークルームを開いてみたら、お金が必要だから用立ててほしいと、愛しているなどの言葉とともに送られてきていた。

「そんなんで、まだ私が騙せると思ってるの……?」

高志の愛は口先だけの嘘だってもうわかっている。
こんなの、既読スルーしてブロックしてしまえばいい。
しかし、ブロックボタンを押そうとして指が止まる。
メッセージはかなり、切羽詰まったものだった。
もしかしたらあの取り立て屋が高志を探し出し、困った状況になっているのでは。
いや、あんな奴らからお金を借りた彼の自業自得なのだ、私だって迷惑しているんだから気にしなくていい。
しかし、無視して彼が東京湾に浮くような事態になってしまったら、それはそれで自分を責めそうだ。

「あー、もうっ!」

ひとつ悪態をついて電話をかける。
ワンコールも鳴らずに相手が出た。
かなりのっぴきならない状況のようだ。

「高志……」

『花音!?
助けてくれ!』

相手――高志の声はかなり緊迫していた。

「ちょっと、落ち着いて。
なにがあったの?」

痛む額を押さえ、その場をうろうろと歩き回る。

『なんか弁護士?の使いだっていう探偵?が来て。
オレを詐欺で訴えるとかいうんだ。
訴えられたくなかったら金払えとか、絶対怪しいよな』

高志は怒っているが、もしかして私の他にもカモにしていた女性がいたのだろうか。
弁護士というのがその方の雇った人間なら、理解できる。

「怪しいと思うのなら、無視しとけばいいんじゃないの?
それか警察に相談するとか」

詐欺なら無視するに限る。
でもこれは高確率で詐欺ではないだろう。

『それが相手との待ち合わせ場所は自分が連れていくから、時間になったら迎えに来るっていうし。
逃げても絶対に見つけ出すって言われてさ……。
アイツ、絶対カタギじゃないし、無理だ……』

次第に高志の声が恐怖に染まっていく。
使いの人間はよっぽど強面の男だったんだろうか。

『金さえ払えば示談で済ませてくれるっていうんだ。
だから、お願い。
花音、なんとかして』

この期におよんで私にお金を工面してくれという彼の神経がわからない。
もしかして私のところに借金取りが来たとか知らないんだろうか。
いや、知っていたから電話が繋がらなかったんだろうし。

『頼れるのは花音しかいないんだ。
それにあれ絶対、金払わなかったら殺される。
な、頼むよ』

詐欺で訴えられる話が殺される話に変わっているが、もしかして全部高志の嘘?
訴えられるのは自業自得だけれど、死なれては目覚めが悪い。

「あー、もー、わかったよ!」

どうにか考えをまとめようと髪をがしがしと掻き回し、勢いよく頭を上げて決心をつける。

「行くよ、行けばいいんでしょ?
どこにいるの?」

『ほんとか、花音!?
助かる!』

どこで落ちあうか確認して電話を切る。
自分が都合のいい女の自覚はある。
でも、それが私なのだから仕方ない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

溺愛社長の欲求からは逃れられない

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛社長の欲求からは逃れられない

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 今好きな人がいます。 相手は殿上人の千秋柾哉先生。 仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。 それなのに千秋先生からまさかの告白…?! 「俺と付き合ってくれませんか」    どうしよう。うそ。え?本当に? 「結構はじめから可愛いなあって思ってた」 「なんとか自分のものにできないかなって」 「果穂。名前で呼んで」 「今日から俺のもの、ね?」 福原果穂26歳:OL:人事労務部 × 千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)

スパダリな義理兄と❤︎♡甘い恋物語♡❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
IT関係の会社を起業しているエリートで見た目も極上にカッコイイ母の再婚相手の息子に恋をした。妹でなくわたしを女として見て

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

処理中です...