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第一章 三千万の借金
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眼鏡なしの私では危ないと思ったのか、店長がシャンパンの栓を抜いてグラスに注いでくれる。
「じゃあ。
オレとハナちゃんの運命の出会いに」
「か、かん……」
「この、泥棒猫が!」
グラスを持ち上げたところで、手の中のそれが消えた。
次の瞬間、ばしゃりと顔に水――ではなくシャンパンがかかる。
「三木さんは私のお客なのよ!」
聞こえてきた声はレイカさんだった。
「根暗のくせに私のお客取るとか何様!?」
戸惑っているうちに、ドバドバとさらに私の頭へとシャンパンが注がれる。
「ちょ、レイカちゃん、やめなよ」
「店長も店長だし!
私よりもこの喪女がいいと思ってるんでしょ!?」
店長が止めようとしたが、それは火に油を注ぐだけで終わった。
店内は騒然とし、誰もがこちらの様子をうかがっているようだ。
「三木さんも、こんな陰キャのどこがいいのよ!」
「や、やだなー、レイカちゃん。
オレがレイカちゃん以外の女に心変わりするとでも思ってるのかい?」
しどろもどろとはいえ、三木さんがレイカさんへ弁明する。
「でも、悪いのはレイカさんですよね」
笑ってバカを演じ、その場を乗り切るのが正解だってわかっていた。
しかし、嘘のつけない私の口は勝手に動いていく。
「三木さんよりも上客が来たからって、三木さんを放って、そっちに行って。
そんなことをされたら三木さんだって、心変わりしたくなりますよ」
三木さんの頭が、うんうんと激しく頷いているのが見えた。
彼にも言いたいことはあるが、今は黙っていよう。
「お客様を大事にしないレイカさんに、泥棒猫呼ばわりされたくありません」
そこにあるであろうレイカさんの顔をじっと見据える。
彼女からの返事はない。
「……して」
少しして小さな声が聞こえた。
「バカにして!
この店で私に逆らっていいと思ってんの!?」
彼女の手が振り上がる気配がする。
ぶたれるのを覚悟して目を閉じたが、痛みはいつまで経ってもやってこない。
「やめないか」
しん、と静まりかえった中、穏やかな声が響く。
目を開けてみると、背の高い男性が私とレイカさんを隔てるように立っていた。
「彼女の言うことは正しい。
君は俺より先に彼に着いていたのなら、きちんと断りを入れてから俺の席に着くべきだった。
プロ失格だな」
レイカさんはなにも言わない。
そして私はその声から男の正体に気づき、恐れ戦いていた。
これは海星本部長の声だ、間違いない。
僅かに香る香水の匂いも、彼のものだった。
「うっ、うっ、盛重さんまで酷いー」
唐突に彼女が泣き出してぎょっとした。
もしかして、言い過ぎた?
正論が過ぎるのは私の欠点だ。
「はいはい、俺が悪かった」
軽い調子で言い、海星本部長はレイカさんに向かってなにやらしている。
「シャンパン開けてやるから泣き止め」
私を援護するようなことを言っておいて、彼も結局レイカさんのご機嫌を取るのだとがっかりした。
「お騒がせしたお詫びに、皆さんにも振る舞ってもらえますか」
「よろしいんですか?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
弾んだ声で店長がお礼を言い、スタッフに指示を出す。
店内はにわかに、先程までの喧噪を取り戻していった。
「さてと」
どうしていいのかわからずに座ったままだった私を海星本部長が振り返る。
三木さんはもう飲む気にはなれないらしく、精算をお願いしていた。
「うっ」
しかし請求書を見て、青ざめている。
先程のシャンパンを後悔しているようだ。
せめてあのままいい雰囲気で帰せてあげたらよかったと、後悔した。
「とりあえず、着替えてこい?
そのまま、アフターな。
店長には話を通しておく」
「あっ、はい」
海星本部長の声で目の前に意識が戻る。
ここではなく店の外に連れ出そうなど、なんとなく私の正体がバレている気がした。
けれど逆らえるわけがなく、渋々バックに下がって着替える。
「おつかれさん」
事務所に顔を出すと店長が封筒を渡してくれた。
「今日の日当」
「ありがとうございます」
額を確認する勇気はない。
あれだけ迷惑をかけたのだ、もらえるだけ、いい。
「そのー」
「悪いけど、うちじゃ雇えない」
私が全部言い終わらないうちに店長が話し出す。
「レイカちゃんはもちろん、他の子とも仲良くやってもらわないといけないからさ。
アンタには無理だろ」
「うっ」
もっともすぎてなにも返せない。
確かに、笑って流せずに正論を吐く私は、ここでは軋轢を生むだけだろう。
「そんなわけで、悪いね」
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした。
お世話になりました」
苦笑いの店長に頭を下げて謝罪する。
「いいって。
おかげで今日は、けっこう稼がせてもらったし」
にやりと人の悪い顔で店長が笑う。
三木さんが開けた分と、海星本部長が振る舞ったシャンパンはそれなりの儲けになったらしい。
少しはお店のお役に立てたようで、ちょっとばかし気持ちが楽になった。
「まあ、風俗ならいつでも紹介してやるよ」
「そのときはお願いします」
真面目に私が頭を下げ、店長はまた苦笑いした。
でも、店長だったらアイツらみたいに怪しい店ではなく、風俗でもまともな店を紹介してくれそうだ。
どうにもならなくなったら頼ろう。
しかしその前に、乗り越えならねばならない問題があるが。
「じゃあ。
オレとハナちゃんの運命の出会いに」
「か、かん……」
「この、泥棒猫が!」
グラスを持ち上げたところで、手の中のそれが消えた。
次の瞬間、ばしゃりと顔に水――ではなくシャンパンがかかる。
「三木さんは私のお客なのよ!」
聞こえてきた声はレイカさんだった。
「根暗のくせに私のお客取るとか何様!?」
戸惑っているうちに、ドバドバとさらに私の頭へとシャンパンが注がれる。
「ちょ、レイカちゃん、やめなよ」
「店長も店長だし!
私よりもこの喪女がいいと思ってるんでしょ!?」
店長が止めようとしたが、それは火に油を注ぐだけで終わった。
店内は騒然とし、誰もがこちらの様子をうかがっているようだ。
「三木さんも、こんな陰キャのどこがいいのよ!」
「や、やだなー、レイカちゃん。
オレがレイカちゃん以外の女に心変わりするとでも思ってるのかい?」
しどろもどろとはいえ、三木さんがレイカさんへ弁明する。
「でも、悪いのはレイカさんですよね」
笑ってバカを演じ、その場を乗り切るのが正解だってわかっていた。
しかし、嘘のつけない私の口は勝手に動いていく。
「三木さんよりも上客が来たからって、三木さんを放って、そっちに行って。
そんなことをされたら三木さんだって、心変わりしたくなりますよ」
三木さんの頭が、うんうんと激しく頷いているのが見えた。
彼にも言いたいことはあるが、今は黙っていよう。
「お客様を大事にしないレイカさんに、泥棒猫呼ばわりされたくありません」
そこにあるであろうレイカさんの顔をじっと見据える。
彼女からの返事はない。
「……して」
少しして小さな声が聞こえた。
「バカにして!
この店で私に逆らっていいと思ってんの!?」
彼女の手が振り上がる気配がする。
ぶたれるのを覚悟して目を閉じたが、痛みはいつまで経ってもやってこない。
「やめないか」
しん、と静まりかえった中、穏やかな声が響く。
目を開けてみると、背の高い男性が私とレイカさんを隔てるように立っていた。
「彼女の言うことは正しい。
君は俺より先に彼に着いていたのなら、きちんと断りを入れてから俺の席に着くべきだった。
プロ失格だな」
レイカさんはなにも言わない。
そして私はその声から男の正体に気づき、恐れ戦いていた。
これは海星本部長の声だ、間違いない。
僅かに香る香水の匂いも、彼のものだった。
「うっ、うっ、盛重さんまで酷いー」
唐突に彼女が泣き出してぎょっとした。
もしかして、言い過ぎた?
正論が過ぎるのは私の欠点だ。
「はいはい、俺が悪かった」
軽い調子で言い、海星本部長はレイカさんに向かってなにやらしている。
「シャンパン開けてやるから泣き止め」
私を援護するようなことを言っておいて、彼も結局レイカさんのご機嫌を取るのだとがっかりした。
「お騒がせしたお詫びに、皆さんにも振る舞ってもらえますか」
「よろしいんですか?」
「ええ」
「ありがとうございます!」
弾んだ声で店長がお礼を言い、スタッフに指示を出す。
店内はにわかに、先程までの喧噪を取り戻していった。
「さてと」
どうしていいのかわからずに座ったままだった私を海星本部長が振り返る。
三木さんはもう飲む気にはなれないらしく、精算をお願いしていた。
「うっ」
しかし請求書を見て、青ざめている。
先程のシャンパンを後悔しているようだ。
せめてあのままいい雰囲気で帰せてあげたらよかったと、後悔した。
「とりあえず、着替えてこい?
そのまま、アフターな。
店長には話を通しておく」
「あっ、はい」
海星本部長の声で目の前に意識が戻る。
ここではなく店の外に連れ出そうなど、なんとなく私の正体がバレている気がした。
けれど逆らえるわけがなく、渋々バックに下がって着替える。
「おつかれさん」
事務所に顔を出すと店長が封筒を渡してくれた。
「今日の日当」
「ありがとうございます」
額を確認する勇気はない。
あれだけ迷惑をかけたのだ、もらえるだけ、いい。
「そのー」
「悪いけど、うちじゃ雇えない」
私が全部言い終わらないうちに店長が話し出す。
「レイカちゃんはもちろん、他の子とも仲良くやってもらわないといけないからさ。
アンタには無理だろ」
「うっ」
もっともすぎてなにも返せない。
確かに、笑って流せずに正論を吐く私は、ここでは軋轢を生むだけだろう。
「そんなわけで、悪いね」
「ご迷惑をおかけして、すみませんでした。
お世話になりました」
苦笑いの店長に頭を下げて謝罪する。
「いいって。
おかげで今日は、けっこう稼がせてもらったし」
にやりと人の悪い顔で店長が笑う。
三木さんが開けた分と、海星本部長が振る舞ったシャンパンはそれなりの儲けになったらしい。
少しはお店のお役に立てたようで、ちょっとばかし気持ちが楽になった。
「まあ、風俗ならいつでも紹介してやるよ」
「そのときはお願いします」
真面目に私が頭を下げ、店長はまた苦笑いした。
でも、店長だったらアイツらみたいに怪しい店ではなく、風俗でもまともな店を紹介してくれそうだ。
どうにもならなくなったら頼ろう。
しかしその前に、乗り越えならねばならない問題があるが。
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