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第一章 三千万の借金

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形ばかりのレクチャーを受け、フロアに出る。

三木みきさん、こんばんわー」

「し、失礼します」

ガチガチでレイカさんと同じテーブルに着く。
今日は彼女のもとで学べと言われた。

「今日も来てくれたんですね、嬉しー」

「そりゃ、レイカちゃんには毎日だって会いたいよ」

「もう、口がうまいんだから」

レイカさんは三木と呼んだ男性に密着して隣に座った。
どうしていいかわからず、彼を挟んで少し離れて座る。

「この子は?」

ちらりと三木さんの視線が私へと向かった。

「今日、体験入店の子なんですー、よろしくお願いします」

「ハ、ハナです。
よろしくお願いします」

レイカさんから視線で挨拶をしろと言われ、慌てて頭を下げる。

「ふーん。
ハナちゃん、ね。
君、なかなか可愛いんじゃない?」

三木さんがレイカさんから身体を離し、私のほうへと寄ってくる。
向こうから憎々しげにレイカさんが私を睨んでいるのが空気でわかった。

「あー、えっと。
私なんてレイカさんに比べたら全然です」

曖昧に笑ってその場を誤魔化す。
彼女の上客らしき三木さんを私が奪うなどしては、雇ってもらえないのは私だってわかる。

「ま、いっか。
それで、レイカちゃん……」

興味なさそうに言い、三木さんは再びレイカさんへと身体を向けた。
笑みを貼り付け、相槌を打つだけして彼らの話を聞く。
しばらくして急に、店内が色めきだした。
背の高い男性が複数のキャバ嬢に囲まれて入ってくる。

「あっ、盛重さーん!
来てくださったんですねー」

語尾にハートマークがつきそうな声で、話をぶった切ってレイカさんが立ち上がる。
そのまま彼女はそのお客へと駆け寄った。
……のはいいが、〝盛重〟って?
いやいや、きっとただの同姓だって。
そちらをうかがうが、残念ながら眼鏡なしの私には見えない。

「……はぁーっ」

すぐ隣から呆れるようなため息が聞こえ、びくりと身体が震えた。

「結局、金かよ」

三木さんが動く気配がする。

「ん」

彼がこちらを向いたのはわかったが、なにをしたいのかまではわからない……というか、見えない。

「……はぁーっ」

またため息をついた彼からすぐに、カチリとライターで火をつける音がした。
あれか、煙草に火をつけろと言われたのか。
それは申し訳ないことをした。

「結局アンタも、あっちがいいんだろ」

三木さんは先程の客の席を顎でしゃくった……と、思う。

「えっ、あっ、私、はっ」

きっと彼は、私が煙草に火をつけなかったのを不満に思っているのだろう。
眼鏡がないので見えなくてわからなかった、などと説明していいのか迷っていたら、私の答えなど待たずに三木さんはひとりで喋っていた。

「若くて、背が高くて顔もいい。
しかも『マグネイトエステート』の御曹司とくりゃ、誰だってヤツを選ぶだろうよ」

ケッと三木さんが吐き捨てる。
聞き慣れた弊社の名前が出てきて、思わずソファーの背に隠れそうになった。
あのお客は間違いなく、盛重本部長だ。
ただし、どちらかはわからない。
見つかればクビの可能性もありうる。
それだけは避けなければ。
まあ、どのみち私の顔なんて覚えていないだろうし、今は化粧でかなり変わっているのでよっぽどのことがなければバレないだろうけれど。

「ほら、アンタも向こうへ行きなよ」

三木さんは皮肉るように酒を呷った。
彼はああ言っているが、そうなんだろうか。
私は別に顔に拘りはない。
例の高志だって、平均的な顔だった。
お金だって仕事をクビになって住むところがないと転がり込まれたのが付き合うきっかけだった。
今にして思えば最初から彼は、私に借金を背負わせるつもりだったんだろうけれど。

「私は別に、顔とかお金とかどうでもいいですね」

姿勢を正し、真っ直ぐに三木さんの顔を見る。

「恋ってそんなの関係なく、運命とかタイミングとかで落ちるものじゃないでしょうか……?」

そんなものだと思っていた。
だからこそ偶然、コンビニで同じお茶を掴んだ高志に「ここで君に会えたのも運命だと思うんだ」とか言われて簡単に信じ、こんな目に遭っているのだが。

「乙女かよ」

なにがおかしいのか、三木さんは笑っている。

「じゃあ、ええっと……ハナちゃん、だっけ?
ハナちゃんとオレがこうやって出会えたのも、運命かな?」

私の手を握り、じっと三木さんが私を見つめてくる。

「えっと……。
どう、なんでしょう?」

笑顔を作ってその場を濁す。
いくらなんでも私だって、こうやって簡単に運命を信じてはいけないともう学習している。

「じゃあ、運命にしちゃおっかなー」

三木さんがボーイに向かって手を上げるのがなんとなく見えた。

「シャンパン、開けて。
一番いいヤツ」

近寄ってきたボーイに三木さんが声をかける。

「えっ、そんなの悪いです!」

「断るんだ?」

「そりゃ……」

三木さんは不思議そうだが、普通でも高いシャンパンがここではかなりの値になるのはわかる。
そんなのを初対面の私ごときに開けていただくなんて申し訳なさすぎる。

「やっぱ可愛いねぇ、ハナちゃんは。
オレ、気に入っちゃった」

少ししてシャンパンを手にしたボーイとともに店長がきた。

「これは三木様、ありがとうございます」

大仰に店長が三木さんにお礼を言う。
それだけこれは高いお酒なのだと、びっしょりと変な汗を掻いた。

「うん。
もうオレ、ハナちゃんが気に入っちゃってさー」

三木さんの手が私の肩に掛かり、抱き寄せる。

「体験入店なんだって?
もちろん、このまま雇うよね。
こんな可愛い子、雇わないなんて店の損失だし」

なんだか急速に私にとってはいい方向へと転がっているが、周囲からは痛いくらいバッシングの視線を浴びていた。
そりゃ、体験入店の子がいきなり上客のお気に入りだなんてそうなるよね。

「それとも、オレのところに永久就職しちゃうー?」

三木さんはおかしそうに笑っているが、言葉が古い。
顔はよく見えないが、きっとそれくらいの年齢なんだろう。

「あ、えと。
はははははは」

とりあえず笑っておいた。
しかし、三木さんと結婚すれば、借金も返せるんじゃないかという考えが頭を掠めていく。
いやいや、見ず知らずの方にあんな大金、払わせるわけにはいかない。

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