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3.君に、笑ってほしい
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次の夜、レスティンといつものようにカードで勝負しながらも、気持ちはなぜか落ち着かなかった。
「ワンペア」
「あっ、……僕はブタだ」
レスティンの声に、慌ててカードをその場に出す。
「どうしたの?
もしかして、お腹空いてるとか?
あなた、ぜんぜん食べないものね」
確かに、腹は減っている。
レスティンに勝つまではと吸血断ちして願まで掛けていた。
けれど集中できないのはそのせいじゃない。
「レスティンは、その、……笑ったりしないのか」
ここに通い始めてからずっと、レスティンの笑顔を見たことがない。
いや、見たことはあるがどれも、皮肉っていたり、困っていたり。
「はぁっ?
笑うわよ、人間だもの」
にやりと笑うレスティンは皮肉たっぷりで、はぁっ、小さくスクーナの口からため息が落ちた。
「そうじゃなくて。
こう、……こう」
自分でもうまく説明できない。
レスティンもあきれている。
「なに?
わけわかんないわよ。
だったら、……そうね。
あなたの望む笑顔ができるように、話でもしてみてよ」
「そうだな……」
記憶を漁り、レスティンに喜んでもらえそうな話を探す。
「ここからずっと南の大きな河に、人魚がいるそうなんだけど」
「人魚?」
興味津々と言わんばかりに、翠の瞳がきらりと輝いた。
……よし、食いついた!
確かな手応えを感じたスクーナはさらに話を続ける。
「そう、その人魚がね……」
「面白かったわ!」
ぱぁーっと、満面の笑みでレスティンが笑う。
花が咲いたようなその笑顔にスクーナは顔が熱くなる思いがして、思わず目を逸らしてしまった。
「どうしたの?
そういえば、私はあなたの望むように笑えているかしら?」
不思議そうにレスティンが顔をのぞき込み、緩みそうになる口元を見られなくなくてスクーナは手で覆い隠した。
「ねえってば!」
スクーナの気持ちなど知らず、レスティンが両の手で顔を挟み、ぐりんと強引に自分の方を向かせる。
「ああ、うん。
……いつもそうして笑っていればいいのに」
レスティンからじっと見つめられ、耐えられなくなって少し先の壁を見つめた。
「じゃあ、あなたが毎日、話をしてくれればいいわ!」
無邪気にレスティンが笑い、ばくん、一度大きく心臓が鼓動した。
どきどき、どきどき、心臓はそのまま早く鼓動し続ける。
……これじゃまるで、僕はレスティンに……恋をしているようじゃないか。
「約束よ!」
手を振って帰っていくレスティンに手を振り返す。
結局、毎晩レスティンに話をする、約束をしてしまった。
夜になるとスクーナはレスティンの家を訪れる。
酒場で話しているとレスティンと賭をしたい男が寄ってきてめんどくさいので、そのうち会うのは家になった。
家にはレスティンひとり。
姉は処刑されたし、母はそのショックで後を追うように逝った。
父親はレスティンを疎み、毎日恨み言を言いながら飲んだくれ、この村に来る前に他界した。
夜に、しかもひとり暮らしの家に男を招き入れるなどどんな噂が立つかと忠告はしたものの、レスティンは気にしない。
「人からどう思われようとかまわないわ。
もう慣れっこだもの」
そんなことを言うレスティンにいままでのことが忍ばれて、悲しくなった。
「今日はどんな話をしてくれるの?」
「そうだね。
火の山に住むドラゴンの話なんてどうだろう?」
「面白そうね!」
月明かりにレスティンの瞳がきらきらと輝く。
笑うレスティンといるのはまるで、晴れた、春の野原にでもいるかのように心地よい。
……いや。
スクーナ自身は昼間の野原など、一度たりとも行ったことはないのだが。
夜にしか訪ねてこないスクーナを、レスティンが不思議に思うことはない。
自分も昼間は農家の手伝い等で忙しいから夜の方が都合がいいし、スクーナにも用事があるだろうとひとりで勝手に納得してしまった。
「ここからずっと北の方に、火を吹く山があってね。
その中にドラゴンが住んでいて……」
にこにこと笑ってレスティンは聞いている。
妖精や人魚、ドラゴンにユニコーンなどの神話の話。
屋敷に残る本を片っ端から読んで話のネタにした。
尽きると今度は、スクーナ自身が創作する。
幾晩、こうやって楽しくレスティンと過ごしてきただろう。
レスティンと一緒にいると、ずっと埋められないと思っていた孤独が埋められる気がした。
……永遠にこうやって、レスティンに話をしていたい。
そんな願いがスクーナの中に生まれていた。
ある日、思い切って吸血鬼の話をしてみた。
人間に恋をした吸血鬼の話。
……自分のこと、だ。
「もし、もしも。
この話のように僕が吸血鬼だったとしたら、君はどうする?」
冗談めかして聞いてみると、レスティンは嬉しそうに笑った。
「魔女の私と吸血鬼のあなた。
こんなにお似合いのふたりはいないわ」
「そうだね」
スクーナも目を細めて笑い返す。
たとえそれが本心でなくてもかまわない。
その言葉が聞けただけで十分。
それに正直に話せば、もしかしたら一緒に生きることを選んでくれるかもしれない。
明るい希望がスクーナの胸の中に灯った。
「ワンペア」
「あっ、……僕はブタだ」
レスティンの声に、慌ててカードをその場に出す。
「どうしたの?
もしかして、お腹空いてるとか?
あなた、ぜんぜん食べないものね」
確かに、腹は減っている。
レスティンに勝つまではと吸血断ちして願まで掛けていた。
けれど集中できないのはそのせいじゃない。
「レスティンは、その、……笑ったりしないのか」
ここに通い始めてからずっと、レスティンの笑顔を見たことがない。
いや、見たことはあるがどれも、皮肉っていたり、困っていたり。
「はぁっ?
笑うわよ、人間だもの」
にやりと笑うレスティンは皮肉たっぷりで、はぁっ、小さくスクーナの口からため息が落ちた。
「そうじゃなくて。
こう、……こう」
自分でもうまく説明できない。
レスティンもあきれている。
「なに?
わけわかんないわよ。
だったら、……そうね。
あなたの望む笑顔ができるように、話でもしてみてよ」
「そうだな……」
記憶を漁り、レスティンに喜んでもらえそうな話を探す。
「ここからずっと南の大きな河に、人魚がいるそうなんだけど」
「人魚?」
興味津々と言わんばかりに、翠の瞳がきらりと輝いた。
……よし、食いついた!
確かな手応えを感じたスクーナはさらに話を続ける。
「そう、その人魚がね……」
「面白かったわ!」
ぱぁーっと、満面の笑みでレスティンが笑う。
花が咲いたようなその笑顔にスクーナは顔が熱くなる思いがして、思わず目を逸らしてしまった。
「どうしたの?
そういえば、私はあなたの望むように笑えているかしら?」
不思議そうにレスティンが顔をのぞき込み、緩みそうになる口元を見られなくなくてスクーナは手で覆い隠した。
「ねえってば!」
スクーナの気持ちなど知らず、レスティンが両の手で顔を挟み、ぐりんと強引に自分の方を向かせる。
「ああ、うん。
……いつもそうして笑っていればいいのに」
レスティンからじっと見つめられ、耐えられなくなって少し先の壁を見つめた。
「じゃあ、あなたが毎日、話をしてくれればいいわ!」
無邪気にレスティンが笑い、ばくん、一度大きく心臓が鼓動した。
どきどき、どきどき、心臓はそのまま早く鼓動し続ける。
……これじゃまるで、僕はレスティンに……恋をしているようじゃないか。
「約束よ!」
手を振って帰っていくレスティンに手を振り返す。
結局、毎晩レスティンに話をする、約束をしてしまった。
夜になるとスクーナはレスティンの家を訪れる。
酒場で話しているとレスティンと賭をしたい男が寄ってきてめんどくさいので、そのうち会うのは家になった。
家にはレスティンひとり。
姉は処刑されたし、母はそのショックで後を追うように逝った。
父親はレスティンを疎み、毎日恨み言を言いながら飲んだくれ、この村に来る前に他界した。
夜に、しかもひとり暮らしの家に男を招き入れるなどどんな噂が立つかと忠告はしたものの、レスティンは気にしない。
「人からどう思われようとかまわないわ。
もう慣れっこだもの」
そんなことを言うレスティンにいままでのことが忍ばれて、悲しくなった。
「今日はどんな話をしてくれるの?」
「そうだね。
火の山に住むドラゴンの話なんてどうだろう?」
「面白そうね!」
月明かりにレスティンの瞳がきらきらと輝く。
笑うレスティンといるのはまるで、晴れた、春の野原にでもいるかのように心地よい。
……いや。
スクーナ自身は昼間の野原など、一度たりとも行ったことはないのだが。
夜にしか訪ねてこないスクーナを、レスティンが不思議に思うことはない。
自分も昼間は農家の手伝い等で忙しいから夜の方が都合がいいし、スクーナにも用事があるだろうとひとりで勝手に納得してしまった。
「ここからずっと北の方に、火を吹く山があってね。
その中にドラゴンが住んでいて……」
にこにこと笑ってレスティンは聞いている。
妖精や人魚、ドラゴンにユニコーンなどの神話の話。
屋敷に残る本を片っ端から読んで話のネタにした。
尽きると今度は、スクーナ自身が創作する。
幾晩、こうやって楽しくレスティンと過ごしてきただろう。
レスティンと一緒にいると、ずっと埋められないと思っていた孤独が埋められる気がした。
……永遠にこうやって、レスティンに話をしていたい。
そんな願いがスクーナの中に生まれていた。
ある日、思い切って吸血鬼の話をしてみた。
人間に恋をした吸血鬼の話。
……自分のこと、だ。
「もし、もしも。
この話のように僕が吸血鬼だったとしたら、君はどうする?」
冗談めかして聞いてみると、レスティンは嬉しそうに笑った。
「魔女の私と吸血鬼のあなた。
こんなにお似合いのふたりはいないわ」
「そうだね」
スクーナも目を細めて笑い返す。
たとえそれが本心でなくてもかまわない。
その言葉が聞けただけで十分。
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