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サンタからの手紙

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家に帰ったら、ポストに見慣れない緑の封筒が入っていた。

「とうとう来たか」

鍵を開けて部屋に入り、無造作にそれをベッドの上に放り投げる。
買ってきた食料の袋を開け、お湯を注いだ。
頃合いを見てスプーンを突っ込んで食べる。
これが美味いのか不味いのかなんてわからない。
これしか食べたことがないのだから当たり前だ。
かろうじて〝本物の〟食い物を食ったことのある祖父は、不味くて食えたもんじゃないと嘆いていた。
しかし俺はこんなもんだと思っているし、不満もない。

空腹が解消されたところで、封筒の存在を思い出した。
手に取ったそれには、【終末のお知らせ】と鮮やかな緑の封筒に赤文字で書いてある。
別名〝サンタからの手紙〟の由縁だ。
なんでも祖父の若い頃はクリスマスなるイベントがあり、緑と赤はクリスマスカラーなのらしい。
……とはいえ、ふーん、そんなのがあったんだ、くらいでそれ以上も以下も感想はない。
そもそも、いまどきなんで紙の手紙なのか。
すべてが電子で終わる時代、いちいち紙で送ってくる、役所の考えることはわからない。

びりびりと乱雑に封を開けた中からは、あなたの終末が決まりましたと、日にちと終末工場の場所、それに注意が書かれた紙が一枚出てきた。

「終末、ねぇ……」

投げ捨てた紙がひらひらと宙を舞う。
それを見ながらベッドへ仰向けに倒れる。
〝終末〟とはその人の人生最後の日だ。
まだ十五で健康そのものの俺までそれが決められた。
そこまでこの国は狂っているのだ。



いま、この国では終末を政府――AIが決める。



〝終末法〟が施行されたのは、両親がまだ学生の頃だと聞いている。
社会は少子化により高齢者を支えきれなくなり、回復の見込みのないものを政府が選定し、安楽死させる法が提案された。
当初は非人道的だと反対もあったが、医療、福祉従事者の減少、無意味な延命治療により膨大になっていく医療費の現実からは賛成せざるを得なかった。

終末日の指定は、AIが行う。
全国民にナンバーカードが義務づけられ、それによって医療履歴も管理されている。
そこからAIが判断するという寸法だ。

終末日が決まった人間はその日に、〝終末処理場〟へと送られる。
正式名称はなんかメルヘンチックな外国語だが、それで呼ぶものはほとんどいない。
そこでカプセルベッドに入り、楽しい夢を見ている間に薬で安らかにあの世へ送られる。
回復の見込みがなく延命で長く苦しむよりも人道的だ、なんてシステム運用がはじまってからしばらくは平和だった。



しかしある日、AIが狂った。



AIとは元来、学習し、成長していくものだ。
その課程で終末日運用AIは〝人間そのものが回復の見込みがない〟と気づいた。
どんどん下がっていく出生率、過剰な合成アルコールとエナジードリンクの摂取で、救急外来はいつも満員状態だ。
そんな人間たちに明るい未来なんてくると思うか?

AIは本来なら対象にならない人間にまで終末日設定をしはじめた。
なにかの間違いだ、AIが狂っている。
そう指摘すればいいと思うかもしれない。
しかし法律によってAIの設定した終末日は絶対、拒否するものは即刻死刑、と決まっている。
実際、訴えた人間が何人かその場で射殺された。
それほどまでに社会は疲弊していた。

終末日が決まれば、安楽死かむごたらしく射殺されるかしかない。
ならばということでほとんどの人間は言われるがままに終末処理場へと指定の日にちへ足を運んだ。



AIはその後も、人々の終末日を設定し続けている。
もう法律を変えられる政治家も、AIを停止できる技術者もいない。
街では親のいない子供ばかりが無気力な目で、サンタからの手紙が来るまでの日を過ごしている。



……で。
俺のところにもサンタからの手紙が来たわけだが。
このまま、指示に従って処理されるのも別に悪くない。
しかしどうせなら、俺たちの最後を決めるAIとやらを一度、拝んでみようと思う。



翌日、俺はAIがあるという首都へと足を向けた。
街はどこも一緒で、無表情な子供がちらほらといるだけだった。
もう大人はいないし、十五の俺のところにもサンタからの手紙が来た。
遠からずこの国の人間はいなくなるだろう。

「ここか」

たどり着いた施設を見上げる。
ここでAIが俺たちの終末日を設定し、通知書を出している。

なにも考えずに中に入ろうとしたらけたたましく警告音が鳴り、警備ロボットが飛んできた。
慌ててその場を離れてやり過ごす。

「……燃えるってこういうこと?」

生まれて初めて気分の高揚を感じた。
策を練り、どうにかして入れないか算段する。

しばらく入り口に貼り付いているうちに、定期的に出入りする車があるのに気づいた。
あれにどうにかして乗り込めば中に入れるのでは?
周囲を見渡し、手頃な大きさの木の枝を車の前に投げた。

「よっしゃ!」

狙いどおりに車が止まる。
自動運転の車は目の前になにかが飛び出せば止まるシステムだからな。
早速、荷台に潜り込む。
上手くいくか心配だったが、あっさりゲートを通過した。

車が止まり、なんの動きもないのを確認して荷台から出る。
そこは、がらんとした倉庫のようなところだった。

「どこに行きゃいいんだよ……」

悪態をついたところで、ノープランでこんなところへ来た自分が悪い。

その後、紆余曲折ありながら、AIがあるとおぼしき部屋の前まで来た。
ここに来るまで、どうやってこの問題を乗り越えるか考えるのはわくわくして、楽しかった。
これが、――生きているという実感なんだろうか。

あちこち丹念に探して見つけた、メモに書いてあるパスワードを打ち込む。
大事なパスワードをメモに書いて書類に貼り付けているなんて、間抜けすぎてちょっと笑った。

「入りますよっ、と」

開けたドアの中は、ひんやりとしていた。
その中でいくつも連なる壁のようなコンピューターが粛々と稼働している。

……こいつが、俺たちの最後を決めるAIか。

なんの感情もなく、ただ呆然としばらくそれを眺めていた。
きっと、人間がいなくなってもこれは、稼働し続けるんだろう。

「ん?」

不意に、電源パネルのようなものが目に入った。
そこにはいくつかのコンセントに電源プラグが刺さっている。

……これ、抜けば止まるんじゃね?

そう思ったときには手が動いていた。
すぽすぽと全部のプラグを引き抜く。
終わったときには部屋の中は静かになっていた。

「なーんだ、簡単じゃん」

もう、これを再び差す人間はいない。
これでこの先、サンタからの手紙は届かないだろう。

気分爽快で施設を出る。
そうだ、この調子で終末処理場を止めてやろう。
そう考えたら楽しくなってきた。



……その後。
なにか変わったかと言えば、なにも変わらない。
少なくともサンタからの手紙は来なくなったが、誰もそれに気づかない。
世界は緩やかに終末へと向かっていく。
まあ、それもいいんじゃないかと、今日も美味いのか不味いのかわからない食事をしながら俺は思う。


【終】
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