上 下
78 / 80
最終章 執事服の王子様

13-6 個人的に家政夫として雇えません、か

しおりを挟む
 入院している間、松岡くんは毎日お見舞いに来てくれた。

「あの家、今度こそ売り払うって言われた」

「はぁっ!?」

 松岡くんは驚いているけど、……まあそうなるよね。

「……それで、どうするんだ?」

「死守した。
低俗なエロ小説書いてる娘なんて、あの家ごと捨てたらいいだろー!
って吠えたら、お父さんが折れた」

「なんだそれ」

 くすくすとおかしそうに松岡くんは笑っている。

 うん、あれは傑作だったなー。
 私が吠えたら、父はめちゃくちゃびっくりして。
 怒鳴ったの、初めてだったからかな。
 あの家を売るって喧嘩したときは、すねて部屋から出てこない、だったし。

「でもまたこんなことになったら困るから、警備会社に加入しろって」

「それは俺も賛成」

 そうだね、今回は凄く、心配させちゃったもん。

「でもそうなると、家政婦さんを雇うお金がなくなっちゃう。
ということは、家に戻ると同時にまた、あの状態に」

「なーにが言いたいんだっ!?」

 ぷにっと松岡くんが私の頬を摘まんでくる。
 痛い、けど嬉しい。

「松岡くんを個人的に雇えないかなーって。
あ、そういう具合なのでお給料は出せません。
けど、家に……す、棲んでくれたら、家賃はいらない、ので」

 私としては精一杯の、同棲のお誘いなんだけど……。
 ダメ、かな。

 はぁっ、俯いたあたまの上に、ため息が落ちてくる。
 失敗したんだって泣きたくなった。

「なんで素直に、一緒にいたいって言えねーかな?」

 おそるおそる顔を上げると、松岡くんはあきれたように笑っていた。

「一緒に、いたい。
もう松岡くんが帰るたびに淋しくなるのは、嫌」

「うん」

 松岡くんの手がそっと、私の顔に触れる。
 じっと眼鏡の奥から見つめられ、意味がわかって目を閉じる。

「紅夏……」

 ――ガラッ。

「お兄さん、いるー?
ひぃっ」

 眼光鋭く松岡くんに睨まれ、横井さんは棒立ちになった。

「なんで毎回毎回、邪魔するかなぁー?」

 松岡くんの口から冷気になって言葉が落ちていく。

「だいたい、もう用はないでしょう?」

「だってお兄さんのケーキ、女性陣に受けがいいから差し入れに頼みたいからさ……」

 いや、いじけても可愛くないです、横井さん。

「はぁっ。
いいですよ、上得意ですし」

「やったー」

 なんだろね、この人たちは?
 ちなみに横井さんはやっぱり、松岡くんに懐柔されていたらしい。

 ――美味しいケーキとお弁当で。

 うん、あの料理に負けるのは仕方ない。


 こうしていい雰囲気になるたびに邪魔が入り続け、――退院の日になった。
しおりを挟む

処理中です...